KNIGHT 第5話

第5話




待っていた理久は、私を島本家の夕食に誘ってくれた。

父も兄もいない状況で、一人家に入るのはやはり寂しく、

そして、理久が小さい頃、同じようにお世話になったのだからとおばさんに言われ、

その日は遠慮なくおじゃますることにした。


「そう、それは不幸中の幸いだったわね」

「はい。病院に行ってみたら、母は思ったよりも全然元気で。
足や腹部を打撲してはいるようなんですけど、
お医者様も念のためって何度も言ってくれましたし」

「そうよ、いずみちゃん。病院にいるんだもの、先生がついているんだもの、大丈夫。
明日になったら笑って帰ってきてくれるから」

「はい……」


母も料理はうまいと思うが、おばさんも負けないくらい料理が上手だ。

始めは母のことで、のどに通らないかもと思っていた食事も、

島本家のみなさんが明るく笑ってくれることで、心配ないくらい通過し、

八分目も通り越す勢いだった。


「いいのに、いずみちゃん」

「いえいえ、これくらいはさせてください」

「そう? いつもお手伝いしているのね……偉いわ」


おばさんに当たり前のように言われ、私は愛想笑いを浮かべるだけになった。

手伝ってはいるけれど、嫌味も文句もつけながらだから、偉くはないはずだ。

汚れた食器を洗い、それをしっかりと布巾で拭き、食器棚に入れた頃には、

リビングには誰もいなくなっていた。


「全くもう、理久は。さっさと部屋に入って」


おばさんは、いただきものだけれどといって、みつ豆の缶を開けながら、

男の子は成長するとつまらないと愚痴をこぼす。


「堀切さんがうらやましい。子供は女の子がいいわよね。
男の子なんて、だんだん口も利かなくなるし、何を考えているのかわからなくなるし……」

「そうですか? 母は女は同じ目線になるから、嫌だって言ってましたけど」


プルを開けると、半透明な寒天がひょっこりと顔を出した。

黄色いお椀型のお皿に、それを入れていく。


「そんなことない、ない。学校から帰ったって、食事以外はほとんど部屋だもの。
今日はどうだったの? なんて聞いても、『別に……』とか『特にない』とか、
近頃はこっちも聞く気持ちがなくなってきてしまって。
全く、あんなに愛想がないんじゃ、女の子にももてないわよね」


男の子の母親って、みんなこうなのだろうか。

母も、兄が思い通りにならないと嘆いたことがあった。

女の子にもてないと言い切るときがあるかと思えば、彼女が出来たと聞き、

寂しそうな顔をしたこともある。


「そんなことないですよ。理久、結構人気あると思います」

「エ……ウソ!」

「吹奏楽部にいるC組の女の子が言ってましたから。
クラスで理久人気はすごいんだよって」

「あら……どこがいいのかしら」

「うーん……」


そんなことを言われても困るし、何も浮かばないだろうとそう思った。

でも、私の口は、自然に言葉を並べていく。


「理久って、優しいですよ。それに背も高いし、運動神経いいし、勉強も出来るし……」


なんだろう。私、将来はセールスレディーにでもなろうかしら。

褒め言葉が、呼吸をするたびに、湧き上がってくる。

私の言葉に、それは褒めすぎだと言いながらも、

おばさんはまんざらでもなさそうだった。

それからも、普段あまり聞けないからと、『松が丘高校』の珍しい話を語っていく。

5時に消えてしまう『ゴジオ』のこと、家庭科を教えてくれる女教師が、

実は2度離婚を経験していること。

おばさんは、その度に笑いながら、楽しそうに相づちをうってくれた。


一方的に語り続けた私の話も、30数分するとネタもつき、

静かな時間が増えていく。


「ありがとう、いずみちゃん。理久の知らない部分が見えた気がして楽しかった」

「いえ……私こそ、好き勝手に話してしまって、こんなに長い時間……」

「ううん……」


本当に長い時間だった。

気づくと、いつもならお風呂に入るような時間になっている。

食べ終えたお皿に手を伸ばした時、おばさんは私に話しかけた。


「最後に一つだけ」

「はい……」

「これからも、理久のいい友達でいてあげてね」


どういう意味なのか、すぐには理解できなかった。

不思議そうな顔をした私に、驚いたおばさんは、

あまり深く考えないでと手を振ってみせる。


「ごめんね、変な言い方して。ただね、私、いつも思っていたから」


おばさんは、小学校に入ってから、

理久が一度も泣いた顔を見せたことがないと教えてくれた。

どこかで転んでも、唇を噛みしめて立ち上がり、前へ歩き続けたこと。

中学の試合で負けた時も、泣いている人達の中で、

一人だけ口を動かすことがなかったこと。

私はその話を聞きながら、小さい頃、

よくうちの玄関で泣いていた理久のことを思い出した。

おばさんが入院し、今日の私のように理久も一人になることが多かった。

同じように食事に誘い、食べに来てくれたこともあったけれど、

よく玄関前に座り込み、グズグズと泣いた。




『弱虫』




私が初めてアイツに感じたのは、『弱虫』だということで。


「きっとね、私が心配ばかりかけたから、あの子、私に心配かけたくないのよね。
いつの間にか、そんなふうにしてしまったんだなって、時々申し訳なくなって」


母がちょっと車にはねられた。

それを聞いただけで、私は気持ちが張り裂けそうだった。

先生が大丈夫だと念を押してくれても、母が笑顔で見送ってくれても、

今も心の奥底で、何かあったら……という思いは抜け切れていない。

当時、小学校に入ったばかりだった理久は、今の私なんかよりももっともっと、

深い苦しみの中にいたのだろう。

救急車で運ばれる母親を見ながら、懸命に耐えてきたのかも知れない。



母が無事病院に着き、安心したことの涙。



あれは『弱虫』だから泣いたのではなくて……



「いずみちゃんと話している時の理久を見ていると、
すごくリラックスしているように見えるのよ。
遠慮がないといえばそうなんだけど、それがあの子にはとても貴重な気がして。
兄弟もいないでしょ。たまにでもいいから、話を聞いてやって……お願いします」


私はただ、頷くことしか出来なかった。

私も大好きな父と母がいるように、理久とおばさんにも、

深くて強い絆がちゃんとあるんだと、あらためてそう思った。





島本家から自宅に戻り、状況を父と兄に連絡した。

父も兄も驚いたが、母が明日にも退院してくると言ったら、

受話器に聞こえるくらいの溜息が届く。

全てを終えてお風呂から出た時、何も物音のしない家の中でソファーに座り、

いつもなら聞いたこともない、体が沈み込む音を聞く。


「はぁ……」


初めてのことだった。

当たり前のように、目の前で動く家族が誰もいないのは、

これだけ寂しく感じるものなのかと、気を抜くと涙がじわりと浮かび始める。


私はいくつになったんだっけ?

おねしょをして泣くような、子守歌を聴かないと寝付けないような、

そんな子供じゃないはずなのに。

『母にもし、何かがあったら……』と思う気持ちが、どうしても振り払えない。


もし私が成人式を終えていたら、お酒を飲むのだろうけれど、

今、強引に父のお酒を飲んでしまう勇気は持っていない。


静かな家の中に、インターフォンの音が響いた。

そんなことはないだろうと思いつつ、何かがあったのかと慌てて玄関へ向かう。


「はい……」


ゆっくりと扉を開くと、立っていたのは理久だった。


「ごめん、さっき渡そうとして、渡しそびれた」

「何?」


理久が差し出したのは、『東海林とんすけ独演会』と書かれたお笑いDVDだった。

『東海林とんすけ』は、普通の主婦やサラリーマンの出来事をお笑いに変え、

年配の女性に、特に人気のある芸人だ。

私もテレビで何度か見たことはあるが、DVDなどもってはいない。


「これ理久のなの?」

「あぁ……結構笑える」

「それはそうだろうけれど……」

「笑っていたら、明日なんてすぐに来るよ」


体半分だけ出ていた理久は、そこで扉を閉めてしまった。

私の手には、『東海林とんすけ』が妙に派手なスーツを着て、

笑っているジャケットが残ってしまう。


「全く、急に来るから、何かあったのかと思って焦ったじゃないの!」


私はDVDをテーブルに置いたまま、しばらくひざを抱えニュースを聞いた。

お笑いのDVDなど見なくたって明日なんて来るものだと、2杯目のコーヒーをいれる。

気になり何度も時計を見るが、地球から別の力が働いているのかと思うくらい、

針の進みが遅い。


「……もう!」


テレビの下にある台を開け、私はDVDを押し込んだ。

おもしろくなかった、つまらなかったと明日言ってやろうと決意を固め、

リモコンを押す。





「ふっ……」


大爆笑というわけではないけれど、『東海林とんすけ』のお笑いは、

私の心にスーッと入り込んだ。

誰を傷つけることなく、バカにするようなこともなく、

日常生活に起こるかもしれない出来事に、ちょっとしたエッセンスを加えていく。


「あはは……全くもう」


気がつくと、あれだけ重たかった時計の針は1周近く動き、

その代わりに顔の筋肉を目一杯動かした私の瞼は、だんだんと重くなった。





高校1年の夏は、こんなふうに過ぎた。

もちろん母はすぐに元の生活に戻り、事故がどんな様子だったのかと、

お茶のみ友達に語り続ける。その話が少しずつおおげさになるのが楽しくて、

私も兄も、すっかりヒロイン気分の母を影で笑った。





「まずい……」


色々なことがあったからでは、済まされない量の宿題が、私の休みの残りを奪っていく。

やりかけのプリントを必死に整理し、わからない箇所を抜き出し花子にSOSをした。

それでもわからないところを、教科書から探し出していたら、

机の奥から1枚のDVDが見つかった。




『東海林とんすけ独演会』




母が事故に遭った日、理久が貸してくれたDVD。

アイツもきっと、おばさんが入院することになる度に、

こうして気を紛らわすものを用意し、涙を見せることなく耐えてきたのだろう。

もうこのDVDを見る日など来ないように願いながら、

理久の大好きな『いちごポッキー』をつけて返してやろうと、

過ぎゆく夏の太陽を見ながらそう思った。







第6話


みなさんのおかげで 『ももんたの発芽室』 も3年を迎えます
これからも、ご贔屓に……(笑)
ポチリ……していただけたら、嬉しいです (@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント

はじめての書き込みです。
KNIGHT、いいですね。
二人の遠慮がない会話を微笑ましく、
また、理久くんのセリフ

笑っていたら、明日なんてすぐに来るよ

から見えてくる優しさに、
少しほろりとしながら、次の更新を待っています。

ももんたさんがお幾つなのかはわからないのですが、
私は、高校生の娘がいますので、
いずみちゃんが恋をするのを、
娘に置き換えてみたり、また、自分の遠い昔を思い出してみたり。
とにかく二人の成長を、楽しみにしています。

寒くなりましたので、お体には気をつけて。
これからも、楽しませてください。

ありがとう

拍手コメントさん、こんばんは

拍手をしてくれて、ナイショのコメントを入れてくれた方には、
このような表現で、お返事をしています。

KNIGHT、楽しみにしてくださって、
ありがとうございます。
いつも、カウントよりコメントをもらえるものを書きたいなと思っているので、
こうして『はじめまして』と声を出してもらえると、本当に嬉しいんです。

『TRUTH』も、私にとっては、チャレンジ! の創作だったので、
気に入ってもらえてほっとしています。

これからも自分のペースで楽しく続けて行きたいと思っていますので、
どうかお気楽に遊びに来て下さい。

本当にありがとう!

幼なじみ

なでしこちゃん、こんばんは

>うふふ・・・あのときのあのコメントに納得!
 そして、「りく」 にもびっくり!!

でしょ、でしょ。
『幼なじみ』で来たか……と思ったもの、
あの作品が出て来たとき(笑)

あれ? でも、『りく』はなんだっけ?
なるべく重ならないようにと思ってはいるんだけど、
忘れてるのかも……

二人の距離が近くなるか、遠くなるかはまだまだこれからなので、
ぜひ最後までよろしくお願いします。

ありがとう

金木犀さん、こんばんは

はじめての書き込み、ありがとうございます。
カウントよりもコメントをもらえるように……と
いつも考えながら書いているので、
声をあげてもらえることが、何よりも嬉しいんです。

>ももんたさんがお幾つなのかはわからないのですが、
 私は、高校生の娘がいますので、

えっと、詳しい年齢は……ですが、
息子が2人いまして、中学生と小学生です。
高校生の娘さんだと、あうところと反発するところと
両方でしょうね。
私も、母とそんなことを繰り返してましたから。

全21話なので、まだまだ序盤ですが、
どうか最後までおつきあいください。
こちらこそ、これからもよろしくお願いします。

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まだまだこれからです

ナイショコメントさん、こんばんは
ご無沙汰だなんて、気にしない、気にしない。
ここは、いつでも営業中ですから。

『KNIGHT』を楽しく読んでもらえて嬉しいです。

まだまだ高校生の二人なので、
こちらから見ていると、じれったいくらいなのですが、
色々と積み重ねながら、進んでいくと思います。
ぜひ、これからも見てやってね!