KNIGHT 第6話

第6話




『吹奏楽部』3年生、最後の大会出場のため、

夏休みが終わってからも、特訓の日々が続いた。

それでも武本部長と同じ枠の中にいられることが嬉しくて、

夕焼けが消えてしまった空の下を歩くことになっても、少しも嫌ではなかった。

むしろ、秋に向かって綺麗になっていく月を見ながら、家を目指す時間は、

私の心を大胆にさせる。


武本部長は、推薦で大学を受験するらしいという噂は、

2年生の先輩から聞いたことだった。

がむしゃらな勉強にならないのなら、下級生の恋する気持ちを受け取ってくれる

心の余裕もあるかもしれないと、そんなことを考える。


彼女にして欲しいなんて、大胆な思いを全面に押し出すつもりなどないけれど、

気持ちを知ってもらえなければ、

大勢の中にいる、1年生の一人状態から抜け出すことなど出来ない。

うぬぼれではないけれど、嫌われているとは思えないし、

今、特定の人がいないのなら、『……みようかな』の気持ちを、

生み出すことだって出来るかも知れない。

そんなあてのない希望を胸に抱きながら迎えた大会は、10月の秋の風を運び、

さらに『哀しみ』も呼んできた。





「はぁ……」

「いい加減にため息つくのやめてくれない? 教室の中が湿気であふれそう」

「なによ花子。親友の悲しい出来事に、それはないでしょ」


私の淡い、淡い『恋』は、表に出すことなく終演を迎えた。

最後の大会を待っていたのは、私だけではなく、武本部長をずっと応援していた、

テニス部の部長、明石さんも連れてきた。

なんとか失敗なく演奏を終え、舞台から降りると、

ハンカチで涙を拭く明石さんが姿を見せ、

武本部長はその姿を照れることなく受け入れた。

頭を軽くコツンと叩き、私になど絶対に見せてくれない笑顔を、

明石さんだけに大盤振る舞いする。

そんな照れくさいシーンを誰もからかうことなく、まるで今日の出来事全てが、

二人のためにあったのではないかと勘違いするほど、似合っていた。


「明石先輩って、かわいいもんね、そういえば」

「はぁ……もっと早く知っていたらなぁ、武本部長を好きになんてならなかったのに!」


テニス部の部長でありながら、親からの遺伝子が強いのか色白で、

長い髪を一つにまとめ、絵に描いたような女子高生、それが明石先輩だった。

きつい赤や青よりも、淡いピンクやクリーム色が似合う女性。それが明石先輩。



『ナイトレッド』を愛し続け、幼い頃から泥だらけだった私とは、

全てが正反対。



「ねぇ、花子」

「何?」

「武本部長がいなくなった吹奏楽部って、どんな意味があるのかな」


音楽家を目指す予定のない私にとって、『吹奏楽部』イコール『武本部長』だった。

大きな支えを失った私の心は、今にもポキンと折れてしまうような気がしてしまう。


「『松が丘高校の部活動』って意味があると思うけど」

「何よそれ……真剣に答えてるの?」


きっとクラリネットを練習する気も、演奏会に向かって猛特訓する気持ちも、

二度と沸き上がらないだろうと思っていた……





……が、空想の恋愛から立ち直るのは、案外早かった。

高校2年に学年があがり、花子と理久とともにA組になった頃には、

『武本部長』は、思い出の1ページとなり、私は新人たちにルールを教える立場になった。

そして、バスケットを辞め、ルールの違うハンドボールに飛び込んだ理久も、

その運動神経の良さを発揮し、2年の春にはしっかりと中心選手になる。


野球部やサッカー部が、高校スポーツの花なのは百も承知しているが、

『松が丘高校』の花は、間違いなくハンドボール部だった。

校舎の窓から、『ハンドボール部 関東大会出場』の垂れ幕がかかり、

その年初めて、今まで出場するだけだった関東大会で、ベスト16まで勝ち進んだ。

大輪の花ではないスポーツでも、小さな花の魅力に気づく女性は多く、

今まで静かだった理久の周りは、少しずつ賑やかさを増していく。


「キャー……島本先輩」

「あ、本当だ……かっこいいよね」


ハンドボール部の中心選手になった理久には、中学の頃とは違い、

深く沈み込んだおたくのファンクラブではなく、1年生が堂々と応援団を結成した。

その応援団にさらなるパワーを植え付けるように、

理久は『高校東ブロック代表選手』に選ばれる。


「理久が代表?」

「そうなのよ、さっき島本さんから聞いてびっくりしちゃった。
理久君、この夏は長野の合宿と京都の試合とで、ほとんど家にいられないみたいよ」

「へぇ……」


母は食事の支度をしながら、将来はオリンピックに出られるのではないかとか、

有名人になる前にサインをもらうべきじゃないかとか、食卓に話題を振りまいた。

大学2年になった兄も、だとしたらこれから理久の争奪戦が

大学で行われることになるのではないかと、母の無駄話を盛り上げる。


「話が飛びすぎだよ。関東の代表でしょ? 
まるで日本代表になるみたいに、大げさだって」

「あら、おおげさじゃないわよ、ねぇ……」

「あぁ……さっき『選抜チームのブログ』を見たけれど、
期待されている選手の中に、理久の名前が書いてあったから」

「ウソ!」

「ウソじゃないよ、あいつの評価が一番厳しいのは、お前だっていずみ」

「そうよ、そうよ。いずみはきっと、男を見る目がないんだね」


母のからかった言葉に逆らうように、私はリビングをあとにした。

理久がどこの代表だって、別に何も変わらない。

アイツはアイツ。私は私。

誰が何を言おうが、どこから黄色い声援が飛ぼうが、変わることなどありえない。

そう思っていた。





ところが、話はさらに膨らみ、理久は関東代表での活躍を認められ、

兄の言っていた通り、まだ2年生なのにも関わらず、

大学でハンドボール部を持っている学校から、色々とアピールが入り出す。

いや、アピールし始めたのは、大学だけではなかった。


「おはよう、堀切さん」

「あ……おはよう、丸岡さん。話ってなに?」

「うん」


丸岡景子。クラスは別だけれど、委員会が一緒なので、時々話をする仲だった。

所属はテニス部。そう、明石先輩がいなくなった後、

男子生徒の視線を一身に受けているのが、この丸岡さんだった。

首を傾げてものを言ったり、悩む時にちょっとだけ口をギュッと結ぶ姿がいいらしく、

付き合って欲しいと告白して、断られた男の数が二桁になったというのは、

『松が丘高校』2年の間で密かにささやかれている噂話だった。


「あのね、堀切さんって島本君の幼なじみなんでしょ」

「まぁ、そうだけど……」

「だったら聞いてもいい? 島本君って、今、彼女いる?」

「彼女?」


丸岡さんが私にたずねてきたのは、理久のことだった。

理久の好きな色や食べ物、そして彼女がいるのかどうか、質問を変えながら、

何度も問い返す。


「私も、全てを知っているわけじゃないから」

「あ、ごめん、ごめん……。じゃぁ、これだけ」

「何?」

「私を推薦してくれない?」

「推薦?」


丸岡さんは、理久の彼女になりたいのだと堂々と語り続けた。

以前からスポーツをする男性が好きで、理久の試合を見に行って、

心をつかまれたらしい。

私はもちろん推薦などするつもりはないと断ったが、

だったら会えるようにして欲しいと、さらに強く押されてしまう。


「会えるようにって、同じ学年なんだし、そこらへんに呼び出せばいいじゃない」

「なんだか堀切さん、私が島本君と近付くのが嫌みたいなんだけど」

「……いえ……別に」


誰が理久に近付こうが、噛まれようが、私には一切関係がない。

私があまり積極的に動かないのが気に入らなかったのか、丸岡さんは自ら、

理久の周りをうろつき始めた。

ハンドボール部の練習が終った後に声をかけたり、

合宿前だからと怪我のないようにお守りを渡したり、

最初から手助けなど必要のないくらい、どんどん前へ出て行くように見える。

武本部長に振られてしまった私の心は、なかなか恋愛をするところまで膨らまず、

夏に入ってもクラリネットを壊さずに吹くくらいの、力しかなかった。





「それでは、島本理久君の頑張りを応援しましょう」

「ありがとうね、堀切さん」


未来の星を応援するため、うちの両親はなぜか小さな庭でバーベキューを提案し、

そこに理久親子を招待した。心臓の具合も安定しているおばさんも

嬉しそうに参加してくれたが、主役の理久はどうも機嫌が悪いらしく、

肉をつまんで口に入れると、すぐにお皿をひっこめてしまう。


「ちょっと理久。あんたが主役なんだからさ、もう少し張り切って食べたらどうなのよ」

「うるせぇなぁ、おせっかい女め」

「は? 誰がよ。食べたらどうなのって提案しているだけでしょ。
食べたくないのなら食べなくて結構」

「そうじゃないよ。丸岡のことだ」

「丸岡?」


理久はそういうと私の腕を引き、親たちのほろ酔いの輪からはずれ、島本家へ向かった。

そのまま入ったのは理久の部屋で、私は咄嗟に扉の端をつかみ、そこで止まる。


「何よ、どうしてここに来ないといけないの? 誰もいないでしょ」

「ん?」

「用があるのなら、ここで聞くわよ」


理久の力がここまで強いとは思わなかった。

つかまれたまま、振り払うことなんて出来ないくらい手も大きく、

私など、どうにでも振り回せるような、そんな差を感じた。


「手紙、お守り、差し入れ、写真、アドレス……毎日のようにこんなことされたら、
練習にならないよ。お前からあいつに言ってくれ」

「毎日?」


理久の部屋の隅に置かれたダンボールには、丸岡さんが渡した手紙やお守り、

なぜか自分の写真などが入っていた。丸岡さんは私と仲がいいのだと理久に話をして、

代表選手になったことが嬉しいからとお守りを寄こしたらしい。

理久も気持ちだからと受け取ったところ、そこから怒涛の攻撃が始まった。


「島本君の好きなものは知っているの……なんて言って、あれこれ持ってこられるし、
アドレスの番号が書いてあるし、いい加減にしてくれって叫びたかったけれど、
お前と友達だって言うから、悪いんじゃないかと思ったんだ。チームの連中もいるし、
後輩もいるし、それでもこれ以上おせっかいなことをされたら、精神的におかしくなる」

「そんなこと私に言われたって……」


丸岡さんが理久に渡した品物の数々を見ながら、

私には絶対に出来ないことだとそう思った。

彼女はきっと、心の中で自分は美人だと思っていて、自分に自信があるに違いない。


「いいじゃない。受け取ってあげたら。彼女、理久のことが好きなんだよ。
代表選手になったから応援したいって言うんだし、それは断ることじゃないでしょ。
きっとさ……すぐに飽きちゃうよ。それを迷惑だなんてかわいそうじゃない」


人を好きになる気持ちは、わからないわけじゃない。

方法は違うだろうけれど、好きな人が出来たら、誰だって何かしてあげたくなるものだ。


「かわいそう?」

「そうよ、理久は優しくないんだから、女っていうのはさ……」

「優しいってなんだよ。いずみにとってはどういうのが優しいんだ」


私の話なんてしていないのに、人が言い返したことに腹が立つのか、

理久は真剣な顔でこっちを睨んだ。


「彼女はそれなりに時間をかけて作ったり、買いに行ったりしているんだろ。
それを平気な顔で受け取って、どこかに捨ててしまう方が優しいのか。
いらないものはいらない。出来ないことは出来ないとハッキリ言ってやる方が、
俺は優しいんだと思うけどね」

「……そ……それは……」

「静かに見ていて欲しい時だって、あるだろうが……。
何でもかんでも、アピールしないとダメなのか?」


理久は、ダンボールの蓋を閉めながらそう言った。

私は言い返すことも出来ずに、扉をつかんだまま立ち続ける。


「いいよ、俺が返すから」


理久はそういうと私の横を通り過ぎ、さっさと階段を下りていった。

勝手に理久を好きになった丸岡さんと、勝手に好きになられた理久の間に挟まって、

どうして私が嫌な気持ちになるのだろう。



少しずつ湧き上がる腹立たしい思いに、

私は、あいつの部屋に置いてあった小さな観葉植物の葉を、

プチプチと5枚ほどむしって、そのまま床に捨ててやった。







第7話


みなさんのおかげで 『ももんたの発芽室』 も3年を迎えます
これからも、ご贔屓に……(笑)
ポチリ……していただけたら、嬉しいです (@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

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纏めちゃって

ほらほらイズミ、理久の気持ちに気づかない?
気づかないか・・・・

親何ていつでも元気でいるもの、と思っていると
急にいなくなってしまう時が来る。
有りがたいと思いながらいないとダメなんだけど、
そんなことに気づくのは亡くなった後なんだよね。

5,6話を纏めてしまってゴメンネ。
なかなか近づかない二人がもどかしい。
でも未だ高校生だものね。

そうそう、高校生

yonyonさん、こんばんは

>ほらほらイズミ、理久の気持ちに気づかない?
 気づかないか・・・・

あはは……なかなかね。
こちらから見ているのとは、違うんだと思うよ。
知りすぎているのも、また難ありなのです。

親のこと……
本当にその通りだよね。
当たり前にいるものと思っているからさ。

失わないと、気付けないことって、
世の中に結構ある気がします。

コメントは気にせずに。
最後まで読んでくれたら嬉しいです。