KNIGHT 第7話

第7話




それからしばらくして、ハンドボール部の前から、丸岡さんの姿が消えた。

彼女からその後の報告を受けることもなく、

おそらく、理久が気持ちを正直に語ってしまったのだろうと予想がつく。

そのまま夏休みに突入し、理久は代表選手があつまる合宿に向かった。

『無料の家庭教師』がいなくなり、私は単独で宿題と向かい合う。

時々問題に詰まってしまい、廊下の小窓から島本家を見るが、

理久の部屋に明かりがつくことはなく、結局、花子に電話をしながら、

なんとかピンチを乗り越えた。





秋になり、冬が寒さをつれてくる頃、

私たちは大学受験に向かう決定をしなければならなくなった。

嫌いな数学と離れるために、私は『私立文系』コースを選ぶ。


「エ……『横浜北大学』?」

「そうなの。全ての面倒を見るから、来てくれないかって
学校に問い合わせがあったって」

「全てって」

「部員は全員寮生活なんだって。
『広報特待生』って制度があってね、寮の費用から学費から全て免除になるのよ」

「うわぁ……理久君、すごいじゃない」


兄の話していた通り、理久は大学側からぜひにと呼ばれる人になっていた。

おばさんは名誉なことではあるけれど、

逆に競技が出来なくなった時のことを思うと心配だと、小さくため息をつく。

親たちの思いを乗せながら、私たちは高校3年生になった。





「1年生、ちゃんと聞いてる?」


吹奏楽部の部長には、花子が推薦された。

男子部員がいないわけではないけれど、

顧問の服部先生が、花子がやるのが一番まとまりが出来るのではと、独断で決定した。

『女の下で出来るか』と反発する男子部員が出てくるかと思えば、

面倒くさいことはやらなくてよかったと胸をなでおろす男たちばかりで、

私は少し拍子抜けする。


「部員、集合!」


ハンドボール部は、当然ながら理久が主将となった。

一度、好成績を納めたハンドボール部には当然の期待がかかり、

プレッシャーはどんどん大きくなっていく。

無責任な応援団は、さらに他校の女子生徒を巻き込み膨らんで、

『松ヶ丘高校』の花は、最高の輝きを見せた。



しかし……



「こんにちは」

「あ……いずみちゃん」


高校3年生の春、理久のお母さんが久しぶりに入院をした。

検査入院には少し時期が早いけれど、

この際だから少し長めに時間を取りましょうと言われ、島本家はまた男所帯になる。


「おばさん、今日は顔色がいいみたい」

「そう? 久しぶりに頭がクラッとして、気づいたらこんなことになっていたわ。
もう大丈夫ですって言ったけれど、先生がなかなか帰してくれなくて」

「無理はしない方がいいですよ。これから暑くなってくるし、
少しゆっくりしたらいいじゃないですか」


おばさんは、理久が部活と勉強に加え、自分のために時間をとられるのではないかと、

心配そうな顔をした。私も時々、部活帰りにスーパーへ立ち寄り、

買い物カゴにあれこれ突っ込んでいる理久を、見かけたことがあった。


「私、手伝いますから、理久は嫌がるかもしれないけど……」

「いずみちゃん」

「おじさんはおつまみに枝豆があれば嬉しい人だし、
理久はボリュームがあるものを食べていれば満足でしょ?」

「うふふ……そうね、そうかも」


幼い頃から、何度も顔を合わせてきた島本家の人たち。

誰がどんなものを好きで、どんなふうにすれば喜ぶのかも、

いつの間にか身についている。

今日はこれから、『東海林とんすけ』の新作DVDでも、借りて帰ってやろうと

窓から見える夕焼けを目で追ってみた。





「こんばんは」

「おぉ……いずみちゃん」

「あ、おじさん、今日は早いんですね。夕食もう作りました?」

「いや……理久が部活の帰りに、何か買ってくるって言っていたけれど、
あいつも忙しくてねぇ」

「そうでしょ、そうでしょ。今日は私に任せてください」


食欲旺盛の、男子高校生がスーパーに飛び込んで買ってくるものなど、

だいたい想像がつく。油っこいものか、肉が多く入っているものか、

味付けが濃いものだろう。


「野菜をたっぷり入れて、スープを作りますから」

「スープ?」

「美味しいですよ。おばさんがいないと、なかなか野菜を取らないでしょ?
理久が買ってくるのはから揚げとか、酢豚とか、あと……」

「コロッケ」

「でしょうね」


優しい味付けをして、野菜をたくさん煮込んだ。

生野菜だと量が取れないけれど、温野菜なら結構な量、食べることが出来る。

コンロから野菜の甘い匂いが漂い始めた頃、理久が姿を見せた。


「ただいま、親父今すぐ……あれ?」

「おぉ! 頑張っているかね、運動青年」

「……なんだよ、お前」


おじさんは私がゆでた枝豆を嬉しそうにほおばりながら、なぜここに来たのか、

理久に説明をしてくれた。


「お前がきっと、から揚げだの酢豚を買ってくるだろうって、心配して」

「ん?」


理久は手に持っていたビニール袋をのぞき、そのままテーブルの上に置いた。

入っていたのは、から揚げと酢豚と、『刺身の盛り合わせ』。


「お! 魚に気持ちが向くとは、理久も成長したね」

「うるせぇ、いずみ。お前の作ったスープなんて食べられるのかよ。
明日、大会前の練習試合なんだからな。腹痛起こすと困るんだよ」

「失礼ね、せっかく作りに来てあげたのに。どういう性格なの?」


どうせそんなことを言われるのだとわかっていたからか、たいして腹も立ってこない。

理久が買ってきたおかずを、それなりのお皿に並べて、炊き立てのご飯を茶碗に盛る。

最後に湯気の上がるスープを、食卓に乗せた。


「では、私はこれで」

「いずみちゃん、食べていけばいいじゃないか」

「いえいえ、母にも私は家で食べるって言ってありますから」

「食っていけよ、俺からおばさんには話すから」


理久の目が、どこか寂しそうなそんな気がした。

いつもなら嫌味の一つでもくっつけて、舌を出して帰るところだけれど、

そんなことが出来なくなる。


「じゃぁ……少しだけ」


その日の私は、お客様用の食器を借りて、島本家で夕食をとった。





「いいわよ、座っていれば。私が片付けて帰るから」

「いいよ、手伝いもしなかったって、あれこれ言われたらたまらない」


おばさんがいつも磨いている流しの前に立ち、

私はお皿を洗い、隣で理久はそれを布巾で拭いていく。

おじさんは先にお風呂へ向かい、時々、お湯の流れる音が聞こえてくる。


「今日、おばさんに会ってきたの。顔色もよかったし、元気そうだった」

「……あぁ、悪いな。わざわざ行ってくれたんだ」

「わざわざって、学校から2駅でしょ。たいしたことないよ」


夜中に救急車を呼ぶ音に、何度か遭遇したこともあった。

だからなのか、顔を見ないとどうも落ち着かない。


「お袋、いずみが好きだからさ、きっと力が出るんだな」

「力?」

「あぁ……」


なんだか引っかかるセリフを言われ、

私の心の中に小さな雲がもくもくと湧きだしてくる。

そう言われてみたら、理久の表情はうかないままで、

話の流れ上、どういう意味なのかと問いかけた。


「これから、入院の回数も増えるだろうし、長くなるって医者に言われた」


同じ模様のお皿を、同じリズムで洗い続ける。何枚かに洗剤をつけこすり、

何枚かをいっぺんに洗い流す。今聞いた言葉も、洗い流してしまいたかったが、

そうもいかないのだろう。


「具合……よくないの?」

「……うん」


理久は拭き終えた皿を棚に戻し、そこから動きを止めてしまった。

私は流しの中に残した皿を全て綺麗にして、しっかりと蛇口を止める。


「何落ち込んでいるのよ、しっかりしなさい。理久には大会があるでしょ。
おばさん、楽しみにしているんだよ。今年も上の大会に行けるのかって。
今日だって、その話で盛りあがったんだから」

「わかってるよ、でも……」


集中しきれない……

きっと、理久の心の中は、そうなのだろう。

母親の具合が悪くなっていると聞かされて、冷静でいられる子供などいない。


「理久がうらやましいよ、私」

「どうして」

「だって、お母さんの期待に応えてあげられるんだもの。
私なんてさ、お兄ちゃんと違って、高校だって『松が丘』になっちゃったし、
それならばそこでトップでも取れるのかと思えば、並に落ち着いているし、
吹奏楽をやっているって言ったって、別に音楽大学に行けるほどじゃないし、
もちろんかわいいけど、モデルになれるほど美人でもないしさ」

「くっ……」

「そこで笑わない!」

「……ごめん」


理久の表情が、少しだけ穏やかになった。私がそれが嬉しくなる。


「自慢の息子なんだよ、理久のこと。おばさんは絶対に、理久が高校最後の夏、
ハンドボールに燃えていけるようにって、そう思っているはず。
おばさんが具合が悪くなったから、集中出来なくて負けたなんて、
その方がよっぽど親不孝だし、悲しませるんだから」


それは咄嗟に出た言葉でも、取り繕った言葉でもなかった。

頭もよくて、スポーツも出来る理久が、私は本当にうらやましかった。

自分で自分の道を決め、あれだけ熱中していたはずのバスケをきっぱりと辞め、

またハンドボールという新たな目標を決めてくる。



未だに、何を目指せばいいのか見当もつかずに、毎日ダラダラと過ごしている私とは、

大きく差が付いてしまった。



玄関で靴を履き、見送りに出てくれた理久に、『東海林とんすけ』のDVDを手渡した。

新作が出ていたことは知らなかったと、理久も笑顔を見せてくれる。


「でしょ? 情報早いんだ、私。しっかり1週間借りてあげたから、
見終わったら駅前の『返却ポスト』にちゃんと返してよ」

「お前、見ないの?」

「うん……借りてやったって優越感に浸っているの。自分が見てしまったら、
自分のために借りたみたいでしょ。つまらないじゃない」

「変な理由」

「いいの、いいの……じゃ、おやすみ」

「あぁ……」


島本家に流れる空気を、ほんの少しだけ変えてあげた気がして、

私の心は十分満足だった。

ドアノブから手を離し、前へ進むと、後ろから理久が呼んでいる声が聞こえ、

忘れ物でもしたのかと思いながら、振り返って見る。


「いずみ……」

「何? 何か忘れた?」

「……ありがとな」





なんだろう……

何年ぶりくらいだろうか。こんなに素直に話せたのは。





理久率いる『松が丘高校ハンドボール部』は、関東大会ベスト4として、

この夏、創部以来、最高の成績を収めることになった。







第8話


みなさんのおかげで 『ももんたの発芽室』 も3年を迎えます
これからも、ご贔屓に……(笑)
ポチリ……していただけたら、嬉しいです (@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

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ありがとう!

ナイショさん、こんばんは

ナイショでコメントをしてくださった方には、
こうしてお返事をしています……

KNIGHT、楽しんでいただけて嬉しいです。
しかも、『はーとふる』の方にまで、思いを寄せてくださって(笑)
先を想像してもらったり、どうなのかなと思ってもらえるのは、
こちらとしても、とっても楽しいことなので、
あれこれ考えながら、待っていてあげて下さいね。

『発芽室』が癒しになっている……

書いている私も、日々のストレスなどを、
ここで発散している……かもしれないです。
こちらこそ、読んでくださって、ありがとう。
読み手の方がいてくれないと、寂しいですから、
これからも、お好きな時間に、お越し下さい。

3周年へ、応援のコメント、
ありがとうございました!

ハンド部の理久

yokanさん、こんばんは

>女の子は母と遊んでくれるからいいわ~

ですよね。私自身が、母との関係を考えてもそう思います。
うちは男2人なので、大きくなると寂しいな……

>理久君の優しさって硬派だよね^m^

あはは……硬派?
そうかもね、運動青年だし。
いずみの一言に励まされ、また頑張ることでしょう。

続きもよろしくお願いします。