KNIGHT 第9話

第9話




4月を迎え、私は女子大生になった。

中学から6年間、制服で学校に通い続けたが、これからは私服で通うことになる。

どんな人がいるのかなど何もわからないまま、大きな講堂で最初の講義を受けた。

互いに緊張しあいながら、挨拶を交わす日が何日か続いていたが、

顔を合わせる回数が増えたことで、気持ちは一気に近付いた。

大学に入学してから2週間も経つと、まるで以前から友達だったのではないかと

勘違いするほど、笑い声が響くようになる。


「あ……これ、かわいい」

「どれ? あ……本当だ」


ファッション雑誌を広げ、渋谷にいいお店があるとか、

同じ物が地元で買うと2割も安いとか、役に立ちそうな情報を常に持ってくるのは、

中でもリーダー的な存在になった徳永彩だった。


「ねぇ、いずみ。バイトとか決めた?」

「ううん、まだ。でも履歴書出そうかなと思っているお店はあるんだよね」

「エ……どこどこ?」


人の話を聞くのがうまく、その最後にまとめるようなコメントを乗せてくるのは、

大学の付属高校から入ってきた亀村深雪。

私と松本紀香は、時々冗談を挟みながら、話を広げるのが得意だった。


「『DOOM』ってドーナツショップあるでしょ? 駅前に」

「あぁ、知ってる、知ってる。募集していたの?」

「うん……」


大学生になって、楽しみにしていたことがバイト生活だった。

今までは部活もあり、親の許しも出なかったため、

毎月のお小遣いでやりくりしていたが、

これからは晴れて自分の力でお金を稼ぎ、自由に物を買うことが出来る。


「接客業とかしたことあるの?」

「ないない。うちはバイト禁止だったもの。彩はあるの?」

「あるよ、でも書店だからね。あまり忙しくなくって、気がついたら潰れちゃってたの」


受験というしがらみから解放されて、私はこれから始まる夢のような生活に、

心がどんどん軽くなっていくのを感じていた。

コンビニで履歴書を購入し、早速ボールペンで自分のことを書き出していく。


「あれ? 小学校入学っていつだっけ?」


あの頃、どんなことをしたのか、思い出せることはあれこれあるけれど、

年号なんて記憶の片隅にも残っていない。指を折りながら思い出を振り返り、

高校卒業までの日々を、数字にした。





「いいのかしら、バイトなんて」

「何よお母さん、大学に入ったらいいって言ったでしょ」


別に怪しいバイトでもないし、時間だって夜9時までで終了する。

募集要項をしっかりと親に呈示し、黙っている父親にアピールした。

いつまでも子供扱いされては困る。

これから免許だって取るし、年齢さえ許されたら、お酒だって飲めるのだ。

私は大人の中に入っていく一歩手前。


「まぁ、いいんじゃないのか? ドーナツショップだし、
いずみにもいい社会勉強だろう」

「ありがとう、お父さん」


私はまだ、受かってもいない店で働く自分を想像し、

そこから生まれる出会いに、大きな期待を寄せた。





「あ……理久? こんばんは」

『なんだよ』

「なんだよじゃないわよ。今日、ホームページに名前が出ていたから、
電話してあげたのに」

『名前? 俺の?』

「そうよ」


寮に入った理久には、こうして時々電話を入れた。

ほとんどは、おばさんとおじさんの様子を伝えることだったけれど、

今日はバイトの申し込みをしたこと、

おそらく明日合格の電話をもらえるだろうということを、ご機嫌に語ってしまう。

ほんの少しだけと決めてかけた電話は、あっという間に10分を越えた。


「あ、ごめん、ごめん。もう切る」

『はいはい』

「じゃぁね!」


私の周りも、日本全国も季節は『春』で、

誰も彼もが浮かれているような、そんな毎日だった。





そして、期待通り『DOOM』から採用の連絡が届き、

私はイメージカラーのオレンジのユニフォームに身を包み、

頭に『D』マークのついた紙帽子をちょこんと乗せた。


「今日は、とにかくこの『虎の巻』を読んでください。
うちの店のこだわり、規則、お客様に対しての決まりごとなど、全てが入っています。
チェーン店ですから、自己流は要りません。しっかりとマニュアルをつかんで、
店の一員になってください」


手の平に収まるくらいの『虎の巻』には、お辞儀の角度や、言葉遣い、

商品のつかみ方、入れ方など、本当に細かい指定がされている。

事務所奥にある休憩用の机に見本の商品と箱が置かれ、

店長がストップウォッチを取り出した。


「少し練習していてくれる? 僕はこれから店長会議で本部へ行かないとならなくて。
その代わり、君たちの先輩が教えてくれるから」


私達は3人でそれぞれドーナツをつかみ、

箱の中に効率よく並べる方法を、何度も練習した。

店長が見えなくなって5分後、同じユニフォームを着た男性が目の前に現れる。


「ごめんなさい、待たせてしまって」


紙の帽子をかぶったその人を見たとき、私の頭の中に浮かんだのは、

吹奏楽部の部長、武本さんだった。

優しいものの言い方、笑うと白い歯が見える表情、バイトの指導を頼まれて、

手を抜かない真面目な態度、その全てが結びつく。


「堀切さん、聞いてる?」

「あ……はい、聞いています」


神部陽生(かんべはるき)。

彼が高校時代の同級生、吉田花子の合格した

『慶城大学』3年生だということを知ったのは、指導を受けた次の日だった。





「いい? こうでしょ? こうして片手で詰めるの」

「ほぉ……。いずみも頑張ってますね、お金を得るために」

「そうよ」


私はその日、自分で『DOOM』のドーナツを購入し、家でトングを探すと、

練習の成果を家族の前で披露した。父はシンプルなドーナツが美味しいといい、

母はクランチチョコがまぶしてあるものに興味を持つ。


「あのね、一番のお勧めはこの『ベリードーム』なの。
これ、イチゴの果汁が練り込んであって、クリームにも入っているの。
イチゴ好きにはたまらないんだってば」


私の周りにいるイチゴ好きと言えば、間違いなく理久だった。

小さい頃は『いちごポッキー』を買うのが好きで、よく100円を握りしめ、

スーパーのレジに並んでいたのを見た覚えがある。

合宿所が近ければ届けてやりたいところだけれど、部員の人数を考えると、

ちょっとのバイト金額じゃ、赤字になってしまう。


「まぁ、真剣にやりなさいよ。
いい加減にやったりしたら、すぐに辞めさせられるんだからね」

「わかってます!」


人生初のバイトであることも、私をやる気にさせたが、

遠くなった『恋』を思い出させる神部さんの存在も、そのやる気を倍増させた。

『慶城大学』は、高学歴の代表と言われる大学の一つで、

それだけでも憧れる女性は多い。

バイトという固定の場所で会える事が嬉しく、私は勤務表を見ながら、

次に神部さんと合える日付はいつなのか、しっかりチェックした。





「いらっしゃいませ」


私は、何度かの練習を終え、いよいよ店のレジに立つ日が来た。

わかってはいるつもりだったけれど、ここからは本番だと思うと、

手が震えるほど緊張する。


「堀切さん」

「はい……」

「しっかりフォローするから、任せて」


私の側でそうささやいてくれた神部さんの言葉に素直に頷くと、

大きく深呼吸をして、初めてのお客様を出迎えた。





緊張する日々は、それから数日だった。

手順を覚え、しっかりお客様の目を見ることが出来るようになると、

自分なりに素早く出来る方法を探してみたり、今まで見えなかったものが見え始める。

神部さんが、店の込み具合を見ながら、奥とレジを行ったりきたりしている姿も、

自然と目に入るようになった。

季節は5月を迎え、恋する女子学生達は、華やかに色づき始める。


「はぁ……」

「どうしたのよ、彩」

「ねぇ、いずみ。ここ、首の横、ついてない?」

「横?」


週明けの月曜日、彩は彼の部屋から学校へやってきた。

指摘されたところを見てみると、確かに少し赤く色づいている。


「ちょっと赤いよ」

「あぁ、もう……。調子に乗って、あいつ」


昨日は彼の誕生日で、彩は頑張ってお祝いのケーキを作った話をしてくれた。

そのお返しにつけられた『キスマーク』に、怒りながらもどこか嬉しそうな顔をする。


「なによ、彩。こんなところに愛の印をつけてきて。隠すな、隠すな」

「やだ、やめてよ紀香。ちょっと!」


この年になると、こんな話も当たり前のことなのだろうか。

まだ、付き合っている人さえいない自分は、どこか乗り遅れているような、

そんな気持ちになってしまう。

彩から目をそらしため息をついた時、浮かんだのは神部さんの笑顔だった。

私は慌てて、自分の空想状態からひき戻る。


「ところで何見てるのよ、深雪」

「ん? これ知らない? 『キャンパスファイター』って情報誌。
今ね、結構売れているんだよ、ごくごく一部の人に」

「それって売れてるって言える?」


深雪が持っていたのは、『キャンパスファイター』という雑誌だった。

ネットから立ち上がった出版社で、部数はたいしたことがないけれど、

大学生でスポーツに打ち込んでいる人たちを特集し、

次世代のヒーローを応援しようという試みで作られた。


「確かにごくごく一部だね、それを買うのは」

「あ、バカにしているでしょ。でもね、子供が少なくなっている今、
大学側も、色々な方法で学生を募りたいから、
こういったイケメン運動部員も広報活動に使っているんだよ。
ごく一部って言ったけれど、部数は増えているし、確実に。
我が大学にはたいしたメンツがいなくても世の中は広いの。結構いい男多いんだから」

「イケメン? どれどれ」


雑誌を覗き込む紀香に、深雪は自分が今、

一番応援しているという『南坂大』の所沢選手を指差した。

種目はバスケで、身長は197センチととにかく高い。

高校総体で優秀選手に選ばれた実績を持ち、期待されている1年生だと言う。

彩は顔が長いと文句を言ったが、私はその隣に写真が掲載されている人に目がとまった。


「あ……理久だ」

「誰? 何、いずみ知り合い?」

「うん、このハンドボールの島本理久って、幼なじみなんだよね」


ハンドボールなど、バスケットに比べたら比較にならないくらい知られていない、

誰も理久のことを知らないだろうと思っていたら、

彩がびっくりしたように理久を何度も指差している。


「知ってる、知ってるこの人。この間、『横浜北大学』に行ったら、
人だかりが出来ていて、なんだろうってのぞいたらこの人だった。
やだ、いずみの幼なじみ?」

「うん……」


紀香は彩に、何をするために『横浜北大学』へ行ったのかと問い詰め、

深雪は幼なじみだとか言いながら、本当は彼氏じゃないのかと、

私のわき腹を、肘でつついてくる。


「違うわよ、本当に幼なじみ。もう、何でもそう結び付けないでって」


結局その時間の講師は教室に姿を見せることなく、いきなりの休講となり、

私たちの話の花は、枯れることなくしばらく続いた。







第10話


みなさんのおかげで 『ももんたの発芽室』 も3年を迎えます
これからも、ご贔屓に……(笑)
ポチリ……していただけたら、嬉しいです (@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

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ようやく・・

賑やかに始まった大学生活。
バイトも初め、何もかもが楽しく輝いている感じ。
恋の花も咲きそうで浮かれてるかな?
でもその一方で、頑張る理久。

心秘かに応援してるよ『頑張れ理久!』

少しご無沙汰してました。
漸くギブスが摂れ、スッキリした気分です。
しかし未だ重いものを持ってはいけない、と言うことなので手抜き主婦してます。

早く追いつくように頑張って読みますね

よかったね

yonyonさん、こんばんは

>バイトも初め、何もかもが楽しく輝いている感じ。

そうそう、いずみは解き放たれた気分でしょうね。
理久は、しっかりと努力中です。

>心秘かに応援してるよ『頑張れ理久!』

ありがとう、応援してやって!

ギプス、取れて良かったですね。
何かと家事も、やりにくいし、キーボードも打ちにくいし……
でも、無理のないようにしてください。

ゆっくり読んでも大丈夫、
気にせずに……

遅れました。。

ももんたさん、こんばんは^^

ちょっと若い男にうつつを抜かしていて、ここに来るのがとっても遅くなってしまいましたm(__)m

ここまで一気読み。一気読みって、何だか得した気分になるんですよね(笑)
今夜一晩で中学生だった二人が大学生まで成長しました。

二人は、お互いの存在が大切なものだともうすぐ気がつくのでしょうか?!
なんて、答えてもらえるはずもない質問をしたりして。。

理久のことを本当に理解できるのは、いずみだけですね。
二人が近づいていくのを楽しみにしてます。

いつでも、どうぞ!

れいもんさん、こんばんは

>ちょっと若い男にうつつを抜かしていて、
 ここに来るのがとっても遅くなってしまいましたm(__)m

あはは……いいんですよ、そんなこと。
でも、私にはよくわからなくて、
そちらにお邪魔しても、なかなかコメント出来ませんでした。
こちらこそ、ごめんなさい。

記念創作は消えませんので、いつでもお時間のあるときに!

>二人は、お互いの存在が大切なものだと
 もうすぐ気がつくのでしょうか?!
 なんて、答えてもらえるはずもない質問をしたりして。。

……はい、答えられません(笑)

みなさんのおかげで、3才になりました。
これからも、よろしくお願いします。