KNIGHT 第10話

第10話




バイトも1ヶ月を過ぎると、ほぼ平常心でこなすことが出来た。

レジ前にずらりと並ばれても、お釣りを落としそうになることもなくなり、

心の余裕も出来始める。


「お疲れ様」

「あ、お先に失礼します」


閉店時間を迎え、レジ担当の私たちはそれから10分後に店を出た。

神部さんたちは、この後清掃があり、出てくるのは30分以上先だろう。

家の方向が同じことは、休憩時間の話しの中で聞いたことがあったが、

まだ、同じ電車に乗ったことなどはない。


「堀切さん」


神部さんの声に、私は慌てて振り返った。

今、何を考えていたのか、心の中が読まれそうで思わず下を向く。


「これ……休憩室のテーブル下に落ちていた。君のじゃない?」


神部さんが握っていたのは、新発売されたばかりのルージュだった。

私は自分のではないと首を振る。


「そうなんだ。色を見たとき、これは堀切さんのじゃないかなってすぐ思ったんだ。
ナチュラルで、少し透明感のある色で……イメージで決め付けてきたけど、違ったんだね」

「はい……」

「そうか、きっと楽しみに買ったんじゃないかと思って、走っちゃったよ」


神部さんはそのまま笑い出すと、お疲れ様と私の頭を軽くポンを叩いた。

ルージュの色はかわいらしいローズ系で、私を想像してくれたことが、

どこか嬉しくなる。

今まで、あまり化粧など興味がなかったが、『DOOM』でバイトをするようになって、

少しだけ整えるようになった。もちろん、先生は彩であり、深雪だったけれど、

自分を飾る気持ちになったのは、神部さんの存在も大きい。



少しでも、素敵な女性だと思って欲しい……



そんな気持ちが神部さんに届いた気がして、その日は電車の中でも、

顔が何度もにやけそうになった。





私の気持ちがさらに通じたのは、それから1週間後のことだった。

大学からバイトに入ると、先に来ていた神部さんに呼び止められる。


「はい……」

「堀切さん、今日バイト終わったら、少しだけ時間ある?」

「時間……ですか?」


私の心臓は、こんなことだけでドキドキし始める。大きな期待をしすぎて、

気持ちが抜けないようにと何度も思いながら、小さく頷いた。


「10分でいいから、店を出てすぐの曲がり角で」

「はい……」


浮かれて間違えないように、神部さんに笑われないように、

その日の仕事は、いつも以上に真剣だった。





仕事を終え、指定された場所で待っていると、

神部さんがいつものジーンズ姿で走ってきた。私の腕をつかみ、そのまま走り続ける。


「あの……」

「後ろから店のやつが来るんだ。ちょっとだけ……」

「はい……」


自然に手を握られ走ることに、私は高鳴る気持ちを抑えるのに必死だった。

武本部長を思い出した神部さんだったけれど、もう、武本部長を通り越して、

どんどん、私の中に入っていく。

神部さんが走るのを辞めたのは、駅から1本道を外したところにある、

小さな神社の前だった。


「ごめん、急に走ったりして。でも、店の連中が来るところで話すのは……」

「はい……大丈夫です」


神部さんはまっすぐに立つと、私に向かって『ごめん』と頭を下げてくれた。

その姿がおかしくて、私はまた笑顔になる。


「実はさ、これを渡したくて」


神部さんが差し出したのは、映画のチケットだった。

休みの日に、一緒に見に行きませんかと誘ってくれる。

私はすぐに返事が出来ないまま、そのチケットを見続けた。

こんなことがあるのかと……ウソじゃないのかと、頬をつねりたくなる。


「迷惑かな……こういう誘い」

「いえ、違うんです。びっくりしてしまって」

「あはは……どうして?」

「あの……私でいいんですか?」


『慶城大学』の3年生。明るく責任感の強い神部さんに、

何もとりえがない、そこら辺にいる女子大生の私が、

デートに誘われるなんて奇跡がどうしても信じられない。


「堀切さんを誘いたくて、チャンスを狙ってました」


正直に語ってくれたことが嬉しくて、

私は心配を通り越した笑顔でチケットを受け取り、

休みの日、待ち合わせる場所を聞き、しっかりと頭を下げる。

神部さんが私を選んでくれたことが嬉しくて、バッグの中に入れたチケットを

何度も確認しながら、私は家へ向かう電車の中で、最高に幸せな気持ちを味わった。





そして、初めてのデートの日は、彩たちと渋谷に出かけると、親にウソをついた。

まだ、お付き合いをしているわけではないし、あまり大げさにすることは避けたかった。

ただ、映画のチケットがそこにあって、誘ってくれただけかもしれないし、

次はないかもしれないと、自分に言い聞かせる。

それでも、約束よりも早く駅につき、トイレの鏡で何度も自分を確認する。


バッグに入れていた携帯が鳴り出し、

もしかしたら神部さんの都合が悪くなったのかもしれないと、

私は慌てて着信相手を確認した。




『りく』




どうしてこんなタイミングで電話をかけてくるのだろう。

約束の時間が迫ってくる中で、理久と話す気持ちになどなれず、

私は携帯電話をマナーモードに変え、バッグの中に押し込んだ。





神部さんと映画を見た後、そのまま食事に向かった。

どうしてバイト先に『DOOM』を選んだのか、

将来はどんな仕事に就こうと思っているのかなど、いくつか質問される。


「正直、まだ何も決めていないんです。大学で見つけられたらって思っているので」

「そうか……」

「神部さんは、何か決めているんですか?」

「僕? 僕は……将来自分で事業を興してみたいと思っている。
人生は一度きりだからね、人に使われながら、頭を下げているよりも、
その方が充実した日を、過ごせそうだし……」


大学の友人たちと、少しずつ経営の勉強を進め、

将来は自分たちで会社を作りたいのだと、夢を語ってくれた。

具体的な夢の話を聞きながら、目標があるということは、

人に自信をつけるのだと、あらためて思ってしまう。


「あ……ごめん。ひとりで話してた。男のおしゃべりは嫌われるんだよね」

「いえ……楽しかったですよ」

「またまた、そうやって甘やかすと、調子に乗るよ」


初めてのデートは、あっという間に時間が過ぎてしまった。

同じ電車に乗りながら、切ってしまった携帯が気になり、カバンからそっと出してみる。

理久からの着信は、あれから3回連続で記録されていた。


「何かあった?」

「いえ……」


神部さんは、扉のそばの私を、かばうように立ってくれた。

横から押されることがあっても、先輩の支えで、私には負荷がかからない。

私たちが互いに乗り換える駅のホームに下りたとき、神部さんがまた、

私の腕をつかんだ。


「堀切さん」

「はい……」

「また、誘ってもいい?」


神部さんの問いかけに、私はコクンと頷いた。

この先が続くのだと思うだけで、幸せな気分になれる。


「また……きっとその後も、その先も、ずっと誘うけれど……」


つかまれたままの腕と、神部さんの言葉が気になり、私は顔を上げた。


「僕と、お付き合いしてください」


行きかう人は、私の顔などには興味がないだろう。

それでも、何人かの人は、真っ赤になっている私のことを、笑っていたかもしれない。





それでもいい……

そんなこと、どうだっていい……

私は今、とても幸せだから……





「はい……」


神部さんの隣にこれからも立てる約束をもらい、私は一日の思い出を抱きしめ、

家へと戻った。





家に戻ると、母から理久のお母さんがまた入院したことを告げられた。

朝、10時ごろに具合が悪くなり、救急車が迎えに来たと言う。

私は携帯電話を開き、理久の着信記録を確かめた。

昼少し前のこの時間、きっと、おばさんの様子を知りたくて、

理久は私の携帯を何度も鳴らしたのだろう。

寮に入る日、頼むと言われたことを思い出す。

このままでいることが申し訳なくて、私は部屋へ戻ると、理久に連絡を入れた。


「ごめんね、理久」

『いいよ、気にするなって。ただ、親父から入院したって電話だけ入ったんだけど、
その後、何も連絡をくれないから、どうなったのかわからなくて。
親父、携帯持たないし、家に電話しても出ないしさ。それでつい、いずみに……。
休みだと思ってかけたんだ、悪かった』

「ううん……」

『今日、出かけていたんだってな』

「……うん」


理久からの着信には気づいていた。でも、神部さんと会う前だったから、

わかっていてあえて出なかった。もし、私があの時出ていたら、

すぐに家に連絡し、それなりの情報を渡してあげられたかもしれない。

おばさんが入院したことで、動揺している理久の心を、

少しでも落ち着かせてあげることが出来たのかもしれない。


「ごめん……理久」

『……何度も謝るなよ、変な気分だ』


それもそうだよねと明るい声を出し、私はそのまま電話を切った。

携帯電話と、今日見た映画のチケットの残り。

私の光と影が、一緒に重なるような気がしてしまう。

すると、また携帯が鳴り出し、相手を見ると『吉田花子』だった。

花子は、今日『高校卒業式』の写真が、大阪の大学に行った友人から届けられ、

それを見て私に電話したのだと、嬉しそうに話しだした。

大学生活はどうなのか、何か報告はないかと、互いに探りを入れる。


「あ……ねぇ、花子。神部陽生さんって知ってる?」

『神部さん? 知らない。何、誰それ』


私は神部さんが『慶城大学』経営学部の3年生で、

今、同じバイトでお世話になっているのだと話をした。

今日デートしたことや、付き合って欲しいと言われた事などはしっかりと隠しておく。

まだ、形にならないと、花子には伝えられない。


一番、仲のいい友達だったからこそ、しっかりとした形になったときに、

祝福してもらいたかった。


『何よ、その言い方。ようは気になっているってことでしょ?』

「エ……あ、えっと……」


花子との楽しい会話に、少し前まで理久に申し訳ないと思っていた気持ちは、

どこかに飛んでいってしまい、私はそれから1時間近く、神部さんの話をし続けた。







第11話


みなさんのおかげで 『ももんたの発芽室』 も3年を迎えます
これからも、ご贔屓に……(笑)
ポチリ……していただけたら、嬉しいです (@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

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KNIGHT、とてもおもしろいです。
いずみになりきり、そして理久を気にしながら、
私も日々、成長している気分です。
パソコンタイムはいつも昼間が多いのですが、
このお話がスタートしてからは、子供を寝かせてゆっくりと読んでいます。
これで半分なんですね、二人はどうなるのかな。
いずみの恋は、順調に進むのでしょうか。
気になることがたくさんあって、また明日が楽しみになりました。
応援してます。

ありがとう!

清風明月さん、こんばんは
KNIGHT、楽しんでもらえて嬉しいです。

>いずみになりきり、そして理久を気にしながら、
 私も日々、成長している気分です。

うわぁ……ありがとう。
なりきってもらったり、身近に感じてもらえるって、
ほっとします。

>これで半分なんですね、二人はどうなるのかな。

そうなんですよ、まだ半分なんです。
幼い頃の二人を見てもらって、
これから色々とまだまだありますので、
どうか応援してやってくださいね。

どこ行くのかなぁ

pigbigbagさん、こんばんは

>なんだかいずみちゃん、どこ行くの? なんですけど。

あはは……どこ行くんですかね、いずみは。
まだお話は半分なので、これから色々と……

ドキドキしながら待ってもらえて、私も嬉しいです。
ぜひ、最後までお付き合いください。

かもね

yokanさん、こんばんは

>いずみちゃんには新しい恋が・・・〃▽〃
 でも、なんだかすっきりしませんね~(ーー;)

あはは……確かに、そう思っている人は多いかも。
読んでいる方としては、いずみと理久……を頭に置いているからね。
でも、動いている本人達は、
そんな縛りがないから。

まぁ、どうなんだろうと思いながら、
先へお進みください。