KNIGHT 第12話

第12話




真夏の太陽は、少し臆病だった私にも、明るい気持ちを運んできた。

神部さんとの付き合いは順調に進み、バイトも大きな失敗もなく続けている。

カレンダーが9月を着実に刻み、大学の夏休みが終わる少し前、

久しぶりに花子と待ち合わせをし、互いの近況報告をすることになった。



私の近況報告は決まっている。

大切な人が出来たこと……その話を一番にするのは、親友の花子だと決めていた。





「いずみ!」

「花子! やだ、何よ、髪の毛切ったの?」

「切ったわよ……」


高校を卒業して、ほぼ半年、電話では何度も話しをしたけれど、

こうして顔を見て話しをすると、電話の何倍も楽しかった。

先に誕生日を迎えた花子は、免許を取るために頑張っていると楽しそうに語る。


「免許か……私も取ろうかな」

「この間、先輩に言われちゃった」

「何を?」

「免許を早々取ると、男に恵まれないって」


花子は先輩に、女は男に運転してもらい、助手席に乗る方がいいと、

アドバイスされたと話し始めた。

そんなことはもちろんどうでもいい迷信だけれど、この中で神部さんのことを語れば、

流れもスムーズかとそう思う。


「あのね……花子、実はさ」

「あ! そうだ、思い出した」

「何?」


勢いが花子の方にあったため、私は一度話の身を引いた。

花子は一番最初に言おうと思っていたと笑う。


「あのさ、前に電話した時、人の名前を言っていたじゃない。
えっと……神部さんとかっていう、慶城大3年生の話。
確か、素敵な人なんだって、そう……覚えてる?」


私は驚くと同時に、なぜ、今さら花子の口から神部さんの名前が出るのだろうと、

少し身構える。それでも、彼のことなら何でも知りたいと思い、

どうしたの? と話を誘導した。


「憧れとか言っていたけれど、まさか、付き合ったりしてないよね、いずみ」


話題の振り方から考えて、ここは首を振っておく方がいいだろうと、

私は語ることなく首を振る。

花子はそれはよかったと安堵する表情を見せ、

目の前にあったアイスコーヒーの残りをストローで吸い込んだ。


「実はさこの間、別の人から偶然その人の話を聞いたのよ。
経営学部の3年、神部陽生、間違いない?」

「うん……」


心臓が飛び出しそうなくらい、ドキドキする。

花子に表情の変化が悟られないように、私もストローでアイスティーを吸い込んだ。





「その人、洒落にならないくらいプレイボーイらしいよ」





あまりに予想外の言葉で、私は逆に笑いそうになった。

神部さんのどこをどう見れば、そんな噂になるのだろう。

目の前で鼓動を速めている私の気持ちなど知らない花子は、

サークルの先輩から聞いたと前置きをし、神部さんの噂話を続ける。


「父親は貿易関係の会社を経営していて、母親は現役のスチュワーデスなの。
どこだかわからないけれど、駅に近いマンションで優雅な暮らしをしているらしい」


駅に近いマンション……

私が初めて、彼と結ばれた場所。

確かに、広めのワンルームには、ベッドも家具も、高級そうなものが並んでいた。


「女性に優しくて、それでマメな性格だし、ルックスもいいんだって。
だから女もほっとかないし、彼もそれにはどんどん答える方針を決めていて、
まぁ、二股? いや、三股状態なんて、しょっちゅうらしい」


花子は神部さんのことを何も知らない。名前だってうろ覚えなくらいなのだから、

きっと、誰か別の人と間違えているのだろう。


「サークルの友達が、話していたんだけど、
うちの2年生で、彼と恋愛のゴタゴタ起こして、自殺未遂をしたって話も出たくらいなの」


いくらなんでも酷すぎる。

そんな話、信用出来るわけがない。

私は、今、誰よりも彼のそばにいて、彼の優しい気持ちを知っている。


「まぁ、いずみなら、そんな男にひっかかることはないだろうけどさ。
とりあえず、この間聞かれたから、情報まで……。さて、デザート食べない?」


私の手帳には、次に彼と会う約束の日が記されている。

昨日、バイトの帰り、電話をもらって、『火曜日空いている……』という話になった。

その前に会ったのも、神部さんが日付を指定し、私はそれに従った。

『慶城大学』の3年生、就職に向けて忙しいのだろうと、何も疑わなかった。



空いている日付……



花子がショートケーキの種類がいくつもあると、目をキラキラさせている前で、

私の気持ちは、バラバラになりそうなくらい、からまっていく。

大切な人だと誓ったのだ……

あの時間は、私に、『恋』とは違うことを、教えてくれたはずなのに。

優しく包まれ、一つになれた瞬間は、私にとって……





神部さんが見せた、あの時の微笑んだ顔。





そこから花子の話は他にそれ、再び彼の名前が登場することはなかった。





再会を誓って、花子と別れた後、

私は夏の残りに負けたようなボーッとした頭のまま、家に向かった。

理久の家の前に1台の車が停めてあり、私がちょうど前を通るタイミングで、

玄関からおばさんと一人の女性が姿を見せた。

髪の毛は肩ほどで、ポロシャツには『YOKOHAMA NORTH』の文字。


「それじゃ、確かにお預かりしました。島本君に必ずお渡しします」

「ありがとうございました。わざわざごめんなさいね」

「いえ、失礼します」


そうか……理久の大学の人だ。

私はこちらを見た女性に向かって、軽く頭を下げた。向こうも軽いお辞儀を返して、

そのまま車へ乗り込み、そしてエンジン音と一緒に、曲がり角で見えなくなる。


「お帰り、いずみちゃん」

「こんばんは。おばさん今の人、理久の大学の人でしょ?」

「そうなのよ。ハンドボール部のマネージャーさんなんだって。
5人もいるうちの一人らしいけれど、この間、私が入院したとき、
理久と一緒にお見舞いにも来てくれて……」

「へぇ……」


今まで、おばさんが入院したとき、私は見舞いを欠かしたことがなかった。

けれど、この夏の入院だけは病院に顔を出していない。

時間が出来ると……思うことは別にあって……。


「ハキハキしているなと思ったら、理久より2つ年上なんだそうよ。
昨日ね、なんだか寮に持って行きたいCDとかが色々あるから
まとめておいてくれって電話がかかってきたの。
彼女……えっと本間さんって言うのよ、本間寿恵さん。
東京の大会本部に用事があって車で来るから、
荷物を理久に届けてくれるってことになったって」


おばさんの見舞いに訪れたこと、今も、明るくこの場を去ったこと、

ただのマネージャーだと言い切るのには、無理がありそうな気がする。


「聞いてみたのよ、お付き合いしているのって。だってねぇ、お見舞いにも来てくれたし、
ここまでわざわざ荷物も取りに来てくれるんだもの。そう思うでしょ?
そうしたらあの子、肯定も否定もしなかった。ということはそうなのよ。
だから、今日はちょっとドキドキしちゃった」


一人息子に彼女が出来たのだと、おばさんは嬉しそうに語ってくれた。

理久は少しのんびりしているところがあるから、

年上くらいがちょうどいいのかもしれないと、

庭の隅にあった雑草を手でちぎりながら、笑顔を見せてくれる。


「そうなんですか……」


私はそれ以上の言葉を出すことが出来なかった。

私にも私の時間があるように、理久にも理久の時間が流れている。




そんな当たり前のことに、ふと気づいて……




綺麗な黒髪から見えた彼女の横顔に、理久の顔が重なり、

同じような時を過ごしているのかと、不思議な思いがした。





部屋に入り、着替えた後、私は神部さんに電話をした。

花子の言葉を鵜呑みにするわけではなかったが、

そのまま放置しておくには、あまりにも刺激的すぎる。

呼び出しコールは7回鳴り、留守電を覚悟したとき、彼の声がした。


「もしもし……」

「こんばんは、いずみです」

「うん……どうした?」


いつもと変わらない、優しい口調だった。突然の電話を迷惑だと言うこともなく、

逆に何かあったのかと、問いかけてくれる。


「今……何しているんですか?」

「今? ちょっと人と会っているんだ」


その瞬間、目の前に女性がいるのではないかと、咄嗟にそう思った。

心臓がドキドキと音を立て始め、切らなければと思いつつ、それが出来なくなる。


「誰?」

「……どうして? 友達だよ。いずみ、何か用があってかけてきたわけじゃないの?」


そうだった。私は何をしているんだろう。

またかけ直しますと言い残し、受話器を閉じる。

信じているのか、疑っているのか……

どちらの心が本心なのか、わからないままベッドで天井を見続けた。





夜10時を過ぎた頃、神部さんから連絡が入った。

私は少し前の電話を後悔し、正直に謝ることにする。


「謝らなくたっていいよ、でも、何があったんだ。今は大丈夫だから、話してみて」


私は手帳の印を見ながら、明日かあさってにでも会えないかと問いかけた。

神部さんの返事は、迷うことなく『ノー』と聞こえてくる。


「明日は友達と出かける予定があるし、あさっては大学の方で忙しいんだ。
約束通りの火曜日じゃダメになったの?」

「そうじゃないんです」


火曜日がダメなのではない。わがままを通して欲しかった。

いや、ほんの少しの隙間があるのなら、その時間をくれるだけの答えが欲しかった。

心の奥底で、もやもやと広がり続ける闇を消し去るために。


「かわいいな……いずみは。そんなわがままを言う面もあるんだね」

「神部さん……」

「でも、会えるのは火曜日だ」


私は、『はい』と小さく答えると、結局そのまま受話器を閉じる。

秋の物悲しさを含んだ月の色は、いつもよりも少し青白く見えた。





約束の火曜日、いつもよりも早く家を出て、待ちあわせの場所へ向かった。

神部さんの顔を見て、漂い続ける疑問符を、全て洗い流すつもりだった。

店の入り口の鈴が音を立て、視線をそちらに動かすと、

いつも通りの笑顔を見せ、軽く手をあげる彼がいる。




大丈夫……

絶対に、大丈夫……




私はそう思いながら、手を少しだけ上げると、軽く振って見せた。







第13話


みなさんのおかげで 『ももんたの発芽室』 も3年を迎えます
これからも、ご贔屓に……(笑)
ポチリ……していただけたら、嬉しいです (@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント

うふふ・・・面白くなってきたわぁ~^^
噂だけなのか、本当なのか 「彼の真実」は見えてくるのか!
もし彼がプレイボーイだとしても、いずみは本命かもしれないし・・・

年上の彼女の登場もいいスパイス!

幼馴染は別の方向に向かうのか、それとも、回り道して同じ道にたどり着くのか
次回も待ってます^^/

ももんたさん、こんばんは(*^^)/

このお話しも 一気にファンになってます。
いずみちゃんに彼氏が出来たように、やっぱり理久君にも年上の彼女?

神部さん 花子ちゃんが言うような人なんでしょうか・・。
ますます 毎夜が楽しみですv-218

なんだかショックですね。
神部さん、本当のところはどうなんだろう。
いずみちゃん、それを聞くのかな。
あ、でも、理久の彼女も気になるし、
単純に二人の物語だと思っていたら
違うんですね。
早く、続きを読みたいです。

半分まで来たよ!

なでしこちゃん、こんばんは

>うふふ・・・面白くなってきたわぁ~^^

おもしろくなってきた?
それは嬉しいです。
いずみと神部、どういう話になるのか、
それは次回へ!

お待ちくださいませ(笑)

ファン……嬉しいな

yasai52enさん、こんばんは

>このお話しも 一気にファンになってます。

うわぁ、嬉しいな。
楽しみにしてもらえないと、書いている方も寂しいしね。
まぁ、好みは色々とあるでしょうけれど、
気に入ってもらえたらよかった、よかった。

さて、神部といずみの話はどうなるのか、
……明日……です(笑)

本人、家族、友達

清風明月さん、こんばんは

>なんだかショックですね。

いずみはショックでしょうね。
でも、心の中では『違う、違う』と言っているはず。

>単純に二人の物語だと思っていたら
 違うんですね。

主人公はこの二人ですが、人生、関わる人は色々といますからね。
家族や友人も巻き込んで、さらにお話は続きます。

微笑みの意味

yokanさん、こんばんは

>ベットでの薄笑いが気になってたのよね~(ーー;)

ねぇ……そうなんですよね。
果たして、あの笑みはなんだったのか。
それはこの続きを見て、判断してください。

いずみと理久、それぞれに進んでいます。
離れてみたからこそわかること、
それがなんなのか……ということで、さらに話は続きます。