KNIGHT 第13話

第13話




食事に選んだ場所は、都会のビルが並ぶ道からひとつ外れたところにある

オープンカフェだった。神部さんは、もう少しすると寒くなるけれど、

今ならちょうどいいと、緑がよく見える場所に腰かけた。

木々のざわめきに、こぼれてくる日差しが、ほんの少しだけ私を和ませてくれる。


「この間はごめん。いずみの話を深く聞いてやれなくて」

「いえ……私の方こそ、忙しい時にかけてしまって」

「まぁ……それはいいよ。で、何かあったの?」


何かがあったわけではなかった。

むしろ、何もなければそれでよかったのだけれど……


「神部さんが、どんなことをして過ごしているのかなって、気になって……」


好きな人が、24時間をどう過ごしているのか、そんな小さな思いを、

正直にぶつけてみた。会わない日だって、夜、一人で眠るときにだって、

心の片隅にはいつも、あなたがいる私のように……きっと……




「……いずみは束縛タイプなのか」




束縛……



私は思いがけない言葉の登場に、どう返していいのかがわからなかった。

自分と会っていない時間に相手が何をしているか興味を持つことは、

束縛していることなのだろうか。


「いえ、束縛だなんてそんな」

「僕の24時間を全て君に向かわせることは出来ないよ。そんなことを望むの?」

「いえ……」


誰も私だけを思っていて欲しいと言いたいのではない。

ただ、花子から聞いてしまった噂話が、必ず指定された日にしか会えない事実が、

私を不安にさせる。


「もっと、会いたいと思うのは、おかしいですか?」

「いや……おかしくはないけれど、それは無理だよ」

「無理?」

「あぁ……でも、こうして会っているときには、ちゃんといずみのことを見ているし、
いずみを大事にしているつもりだけれど」

「神部さん」

「何?」

「私たち、お付き合いしているんですよね」


子供のような質問だと思いながら、でも、そう聞かないと心がまた、

複雑になりそうだった。初めて男性とお付き合いをする私にとって、

見本は神部さんであり、目の前の事実しかない。


「僕はそのつもりだけれど。こうして会って、話をして」

「そう……ですよね」

「どうしたんだよ、なんだか試されているみたいに聞こえてくる。
僕は遠まわしにされることは好きじゃない。何か気になることがあるのなら、
堂々と聞いてくれないか」


確かにその通りだと思った。

探るようなことをするよりは、きちんと事実を確認した方がスッキリするだろう。


「あの……、神部さんに、他にお付き合いしている方は、いるんですか?」

「付き合い?」

「はい……そんな噂を、ちょっと耳にして……」


私は花子の名前は出さずに、その噂話だけをそのまま語った。

そうしながらも、こうして時間を共有する女性がいるなんて、

そんなことは噂だけで事実ではないと、言ってもらえたらそれでよかった。



どちらが正しいなんてことは考えずに、

神部さんの言葉だけを受け入れるつもりで……

『何を言ってるんだ』なんて、笑ってくれること、それだけを願って……





「……いるよ」





一瞬、何を言われたのかがわからなかった。

予想外の言葉が耳を通過し、とんでもない嵐をつれてきたような気持ちになる。


「あ、でも、勘違いしないで欲しいけれど、いずみと会ってから、
同じ日にそのまま別の人と会っているわけじゃない。
でも、こうして会うのは君だけではないから、だから『いる』と答えた。
それはおかしいこと?」


小学生ではあるまいし、ただ会って、それでさようならではないだろう。

だとすると……


「まぁ、世の中では、それを二股って言うんだろうね。
確かに、付き合いがうまくいかなくなって、当てつけのようにされたこともある」




当てつけ……

それは、『自殺未遂』の話だろうか。




「こんなこと、いずみに話すつもりはなかったけれど、
でも、それだけ疑問に思っているのなら、僕もウソはつかない。
そう……僕が付き合っているのは、いずみだけじゃない。
でも、今向き合っているのは間違いなく君だ、わかるよね」

「はい……」


『はい』と答えながらも、私にはその意味なんてわからなかった。

何も悪びれることなく、こうして自分を正当化する神部さんが、

どこまでも遠く見えてくる。


「これから社会人になって、人生を決めていくうえで、
互いに一緒に生きていける人を探すことになる。でも、今、目の前にいる人が、
その女性なのかどうかはわからない。他の人と話をすることによって、
逆によさを知ることもあるし、違いに気づくこともある。
交際期間が縦になっていれば、何人並んでいても問題なくて、
横になっていると二人でもおかしいと言われるのは、僕にはわからない」


縦というのは、交際期間が重ならず、年齢を示していることで、

横というのは、同じ時期にという意味だろう。


「その人といるときは、その人のことを何よりも考える。
だけれど、僕は自分のことも目いっぱい考えたい。
人生は一度きりなんだ、それはおかしいことなのかな」


『慶城大学』の経営学部にいる人は、みんなこんなふうに理論的なのだろうか。

この話を聞いた100人は、果たして何人賛同するのだろう。

それとも……私の考えがおかしいのか……

いつまでたっても、その通りだとは到底思えない。

話を聞きながらわかったことを、一つだけ口に出してみた。




「神部さんは、自分に自信があるんですね」




今の私に言える、精一杯の言葉だった。

神部さんは、驚く顔をするわけでもなく、当たり前のように頷いてみせる。


「……自信? あるよ。僕はそれだけ努力もしてきたし。
男なんだ、自分に自信がなければ生きていけないよ」





そうだろうか……





自分に自信がない、臆病な人だって、数多くいるはずだ。

365日を、24時間を、簡単に断ち切ることなど出来なくて、

一人の人を必死に愛して、自分のことよりもその人を気にしながら、

人生を終えていく人だって、この広い世の中には必ずいるはずだ。



いや……いて欲しい。



その日は、ぎこちないまま時間が過ぎていく。

それでも、まだ振りきれない思いを抱えて、彼の部屋へ向かった。

心の片隅で、少し前に聞いてしまった話は、私の勘違いだった、

どこかにそう言える鍵が落ちているのではないかと、懸命に探してみる。



私の目の前にいる神部さんは、確かに私のことだけを考えてくれた。

花子から何も聞くことがなければ、疑うことさえもしなかっただろう。

それでも……

二人で過ごす優しい時間の中で、私の目から自然に涙が流れ落ちる。

何をどう考えてみても、このまま流されているわけにはいかない。

あまりにもいつもと変わらない神部さんが、私には感情のない人形に見えてしまう。



『恋愛』の形は、人それぞれだろう。

ようは、私が受け入れられるのか、そうではないのか……それだけだ。

神部さんは、その『恋愛』を受け入れる人だけを、求めているのだから。





その日も同じように送られながら、会話は極端に少なかった。

神部さんは私のフォローをするわけでもなく、ただ、流れるように時間を過ごす。


「気をつけて……おやすみ」

「はい……」


全く同じ場所に立ち、手を振り私を見送る彼。

結局最後まで、神部さんの表情には、不安や疑問が見えてこなかった。





地元の駅に下り、家までの緩やかな坂道を登っていく。

静かな理久の家の前を通り過ぎ、そのまま自宅へ戻った。


「ただいま」

「あ、いずみ。机の上に包み置いてあるからね」

「包み?」

「理久君が寄こしたんだって。さっき、島本さんが持ってきてくれたの」

「理久から?」


私はそのままリビングを通り過ぎ、部屋へ入ると机の上を見た。

白いクッション入りの包みを開けると、中から出てきたのは白いラベルのDVDで、

そこには理久の文字で、『東海林とんすけライブ』と書いてある。

同封してあった手紙を見てみると、たまたま取材に来たライターが、

理久がとんすけのDVDを見る話を聞きつけ、

発売される予定のないライブ映像を、ダビングしてくれたことが書いてあった。



『バイト、頑張っているか。とんすけのDVD思わぬ所からゲットした。
先に見たけど、結構おもしろかった。何か落ち込んだときにでも見てみろって。
売られていないから貴重だぞ。あ、でも、くれぐれも、絶対に外へは出すな』



母が交通事故に遭い、一人になった日、理久から初めてDVDを貸してもらった。

理久がおばさんの入院に落ち込むとき、私が新作のDVDを借りてやった。

そして……今日、

見られていたわけでもないのに、私が落ち込んでいることが、

アイツに伝わったのだろうか。


「理久の字……相変わらず読みにくいなぁ」


成績も運動神経も、理久に勝ったことはなかったけれど、

極端な右上がりの字は、お世辞にも読みやすいとは言えない。

それだけは私のほうが、上だった。


「何よ……こんなもの、出すな出すなって言うのなら、
こっちに出さなければいいのに……おせっかいめ……」


メールのような機械文字ではない、手書きの文字が理久の姿を思い出させた。

何度も教えてもらった宿題、教科書に残されたアドバイス。

確かに読みにくい字だけれど、私にとっては何回も見てきた、アイツの字がそこにある。


理久が制服を着て振り返る姿が、ふっと頭に浮かんだ。

まだ卒業して1年も経っていないのに、とんでもなく遠くへ行ってしまった、

そんな気がする。





その日の私は、そのDVDを握り締めたまま、布団を被って泣き続けた。





それから何日か、私なりに頭を悩ませてみたけれど、

神部さんの言葉を、理解できる大人の女にはなりきれない……そう結論を出した。

『DOOM』の店長に、細かいことは何も言わないまま、バイトを辞めることを告げる。

秋も深くなる頃には、大学3年生の神部さんも忙しいのか、バイトも少なくなり、

会わないまま店を辞めることだって、可能なほどだった。


私の決断を後押しするように、神部さんからは、あの日ぎこちなく別れてから、

一度も電話はかかってこなかった。

メールで次に会う約束の日だけは、知らせてくれたけれど、

私はメールでその日は別の用が入ったと返信した。


もし、神部さんが私のことを大事だと思ってくれているのなら、

その返信に何かアクションがあるはずだと、そう思ったが、

結局、メールは『わかった、それじゃまた』とあっけないもので、

残っていたバイトも、最終日になる。





「バイト、やめちゃうの?」

「うん、疲れちゃった」

「あの店、人が多いし、色々と厳しいんでしょ」

「まぁ、そんなところかな」


彩や紀香には、細かいことは何も話さなかった。

神部さんとのことも、もう少し先になって話せればと思っていたが、

語れる関係ではなくなった。

私は、重たい足を引きずるように歩き、最後のバイトへ向かい、

そしていつもと同じように仕事を終え、従業員がユニフォームを並べる控え室に、

一つのバッグが置いてあるのを見つける。




神部さんが、いつも肩にかけ、持ち歩いていたもの。




高級な皮のブランド品、貿易関係の会社を経営している父がいるのなら、当然だろう。

そのバッグの横には、時計が置いてある。




神部さんが外し、必ずベッドの横に置いた腕時計……

コトッ……という音が耳に届くと、自分の体が動き出すような気がした。




私は手に持っていた飲みかけのミネラルウォーターをグッと握り締める。




いくらかっこいい言葉を並べたって、

結局は、一人の女性を真剣に愛することが出来ない男だったのだ。

自分を表現することが好きで、自分が何よりもかわいい男だった。

それに傷つき、迷う女性の気持ちなど、考えていないのだろう。

だから、事実を知って落ち込んだ私にだって、あれから連絡も寄こさない。




このまま、ボトルの中身をバッグの中に注ぎいれて、逃げ出してやろうか。




一瞬、右手がボトルの蓋に伸びたが、すぐに冷静さを取り戻した。

そんなことをするのは、自分が惨めになる。

そう……いくら神部さんが、自分勝手な人であっても、その人を好きだと思ったのは私、

初めて見た印象が、武本部長に似ていて、優しい言葉をかけてくれたことを、

心からの言葉だと勘違いした私の負け。



あの日……見せてくれた微笑みは悦びではなく、

私が墜ちたことへの満足感だったのだろうか……



ボトルの蓋をきっちりと閉めなおし、目に溜まった涙は指で拭き取った。

私は控え室を出る前に、大きく息を吐く。

また明日から新しい気持ちになれるよう、

過ぎ去った思いを、引きずりながら怪我をしないよう、

駅へ向かう道を進みながら、神部さんの携帯番号を消去した。







第14話


みなさんのおかげで 『ももんたの発芽室』 も3年を迎えます
これからも、ご贔屓に……(笑)
ポチリ……していただけたら、嬉しいです (@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント

こんにちは。
いずみちゃん、ちょっと辛い経験ですね。
素直に信じていただけに、引きずらなければいいけれど。
そんなときに理久君からの包み。
思いがそちらに向くのかな。
でも、彼女いるんですよね。
色々思うところはありますが、更新をお待ちしてます。

いずみの知らない理久

辛いけど一つ学んだと思うこと。
長い人生、まだ始まったばかり。出会う人が皆素晴らしい人ばかりとは限らない。

楽しかったことも事実だから、次、次!

理久にもいずみの知らない時間がある。

フフフ~~気になるよね・・・・

いずみのこれから

ナタデココさん、こんばんは

>大人の階段上るために、
 ちょっと心痛む社会勉強したと思ってみてはどうでしょう。

今はまだ、チクリと胸も痛いでしょうが、
そうそう、社会勉強だったと思える日が……
来るといいんですよね。

いずみの赤い糸の人、
巡り会うのは、いつでしょう。
この先も、お付き合いくださいね。

色々な人がいます

清風明月さん、こんばんは

>いずみちゃん、ちょっと辛い経験ですね。
 素直に信じていただけに、引きずらなければいいけれど。

素敵な人だと思っていたけれど、
そこに落とし穴がありました。
それを乗り越えられるのか、それとも深く沈み込むのか、
それはこの先を読み進めてくださいね。

理久との関係も、どうなるのか。
更新を待ってもらえること、とっても嬉しいです。

楽しいこともあったんだよね

yonyonさん、こんばんは

>楽しかったことも事実だから、次、次!

そうそう、そういう時もあったんだもんね。
人生、色々とあるものですから。

>理久にもいずみの知らない時間がある。

そうなんですよ、
いずみもそれに気付きました。
さて、続きもお付き合いお願いします。