KNIGHT 第14話

第14話




何ヶ月かのバイト生活で、それなりにお金を貯めた私は、

それを『免許取得』に使おうと決めた。もちろん全額使っても足りないけれど、

そこは両親に頼み込む。いくつかの教習所からパンフレットをもらっては眺め、

電卓を弾いてみたが、結局、家から一番近いところを選んだ。

特にこだわりがあるわけでもないので、オートマチックのコースを選択し、

入学申し込みから1週間後、大学の講義を終えた後、通うようになる。


交通ルールや標識の種類を覚える学科授業は、時々強烈な眠気を誘ったが、

なんとかそれを乗り越え、年が明けると受験シーズンのおかげで、講義が休みになり、

平均的な期間で、免許が取れそうな目処がたつ。





そして、冬の2月。





ファー付きのコートを着込み向かった場所は、『南中学同窓会』の会場だった。

中学を卒業して4年、大人にあと一歩と迫った懐かしい顔が、

あちらこちらから勢揃いする。

一番仲の良かった近藤亜佐美も顔を出し、久しぶりの再会を喜んだ。


「やだ、もう、いずみ。すぐにわかっちゃった」

「何よそれ、成長していないって言いたいの?」


ぎこちなかったのはほんの何分かで、それぞれが時を重ねた顔を持ちながら、

あっという間に数年前へさかのぼった。

担任の渡田先生も顔を出し、見覚えのある雑誌を広げ始める。


「おいおい、みんな、これ、見たか?」


渡田先生が持っていたのは、深雪が毎回かかさずに買っている

『キャンパスファイター』だった。渡田先生の話から、

私達の同学年だったバスケ部の2人が、この雑誌に載っているのだと教えられる。

理久がいるのはわかっていたが、もう一人が中学最後の演奏会の日、

飴をなめていた田中君だとは知らなかったので、バスケのページを開き、

面影を残す彼の写真を確認した。

当時は、大きな前歯ばかり目立っていた気がするが、

身長が高くなったからか、笑顔からこぼれる歯もあまり大きく感じない。



当然ながら、飴もなめていないようだった。



「そうか……島本君、忙しいんだ」

「うん、シーズンオフなんだけれど、練習試合が入っているんだって。
4年が抜けて、理久もいよいよ中心選手入りだから、休めなかったみたい」

「そうよね……そういうものよね」


亜佐美はそう言いながら、ハンドボールのページに載った理久の写真を見る。

中学3年生、理久に憧れた亜佐美。


「そういえば、亜佐美は理久が好きだったんだよね」

「うん、だってバスケ姿かっこよかったんだもの。いずみは知らないでしょうけれど」

「知らない……かも……」


当時、理久の試合など、真剣に見たこともなかった。

唯一あるのは、吹奏楽部が応援に向かった試合だけ。


「会いたかったな、成長した島本君に。いずみは会ってるの?」

「ううん、大学に入ったら寮生活になっているでしょ。
たまにしか戻ってこないから、この前にあったのは……夏……」


神部さんと、初めて思いを重ねた日、

偶然理久に会って、逃げ出したことを思い出す。

そう言われて見たら、あれ以来、まともに顔を合わせてはいない。


「私ね、今だから言うけれど、本当にいずみがうらやましかったんだよ」

「私?」

「そう。だってさ、島本君、いずみのことばかり気にして、
いつも背中を追っていたから」


そんなことは考えてもみなかった。

理久が私を気にしていたなんて記憶、残されていない。


「ウソ、そんなことないって」

「ううん、いずみにはわからないのよ。だって、島本君がいずみを見るのは、
いずみが背中を向けた時だもの。歩き出すいずみの背中をじっと見ている表情。
今でも思い出すなぁ……」



私の背中……

理久が私の背中を追った……

そんなこと……



「そんなこと、何も言わなかったじゃないの、亜佐美」

「言わないわよ、言わなかったわよ当時は。だって、うらやましかったんだもの、
いずみは島本君のことをからかってばかりなのに、
彼はちゃんといずみを目で追っているなんて、私だって大好きなのに……って、
本当にうらやましかったの」


カーテンの隙間から、理久がグラウンドを走る姿を追っていた亜佐美の表情は、

今でも記憶に残っている。


「そう……まるで、お姫様を心配している騎士、そんな感じ?」


亜佐美は新しいグラスを手に取ると、オレンジジュースを注ぎ入れた。

私は手に持ったグラスをテーブルに置き、あらためて氷をいくつか入れる。


「憎いじゃないの、相手に悟られないように、それでいてしっかりその人を見るなんて。
まぁ、大人に近付いた今だから、そう思うのかもね。
あの時は子供だったし、そこまで深く考えてなかったかもしれない。
色々な経験をしたことで、あの島本君の目の意味が、わかったのかもしれないな……」


目の意味……

亜佐美と理久の話をしたのはそこまでだった。

それでも、2時間以上語り合った中で、この話が一番、私の心に重みを残した。





「出発進行!」

「ちょっと、人を運転手のように使わないでよね」


無事免許を取り終えた私は、いい運転手が出来たという母にいいように使われ、

春休みをドライブ訓練に費やした。

気温の変化に体調を崩した理久のお母さんの見舞いも、二人で揃って出かける。

見舞いの時は、極力明るい顔を見せようと母と約束し、病室に向かった。

何度目かの検査入院で、どこか余裕があるのか、

おばさんは新聞に載った、理久の小さな写真を嬉しそうにノートに貼り付けている。


「野球やサッカーならね、もっと大きく載るんでしょうけれど、
ハンドボールじゃ、大学選手権に優勝しても、せいぜいこんなものなのね」

「いいじゃないの、うちなんて一生新聞に子供の名前が載るなんてことないわよ」


理久のことを話すとき、理久のことを思う時、おばさんは本当に嬉しそうな顔をした。

子供は分身であるということを、痛いくらい感じ取ることが出来る。


「あ……」


ベッドの上で記事を貼っていたおばさんの手から、スティック糊がポロリと床へ落ちた。

私は立ち上がり、それを取る。


「ありがとう、いずみちゃん」

「いえいえ……」


おばさんは、一昨年より去年、そして今年と、

確実に病気が進行しているように思えた。

家に戻っても、家事に動き回ることは少なくなり、外へ出てくることもない。


「春のリーグ戦、大学まで見に行こうと思っているの。この入院が終わったら」

「大学の?」

「そうよ。4年生が抜けたら、出られる場面も増えるだろうって、理久が言っていたし、
なかなかニュースにもならないから、この目で見ておかないとね」


……この目で見ておくという表現が、この先を暗示しているようで、

私はおばさんの顔を見ていられず、カーテンを開けるふりをしてごまかした。





しかし、その計画は理久の怪我によって、思い通りには進まなくなった。

私がおばさんを見舞って1週間後、練習試合で左足の小指を骨折した理久が、

家に戻ってくる。しかも、靭帯にも負傷している箇所があり、

思っていたよりも包帯はグルグル巻き状態だった。


「うわぁ……大変そうね、理久君」

「いえ、たいしたことはないんですけど、かばうところをかばっていたら、
こんな包帯になってしまって」


理久は生活をするにも不便があると大学の寮を出て、一時家に戻ることになった。

大学のコーチがお世話になっている『東総合病院』の高橋教授は、

スポーツ医学で有名な先生で、理久はその先生のところに、

リハビリをするため通うことになったと教えてくれる。

母は興味深そうに理久のギプスに触れ、痛くないのかとコンコン指で叩いた。


「本当に痛くないの? 理久君」

「はい……」

「お母さん、あんまり叩くものじゃないでしょ。一応怪我しているんだから」

「一応って……立派な怪我だよ」


私はカステラを切り分け、理久と母の前に置いた。

母はそれを受け取ると、私が病院までの運転手をすればいいと提案する。


「運転手?」

「そうよ、リハビリって1週間に2回でしょ? ちょうどいずみが免許を取ったし、
『東総合病院』くらいまでなら、なんとか走れるわよ、きっと」

「ちょっとお母さん!」

「暇じゃないの、いずみ……」


暇じゃないのだと言い返せない自分が歯がゆいが、それが事実だった。

理久はもちろん必要ないと断ったが、母は遠慮するなと譲らない。


「タクシー使いますから、大丈夫です」

「いやぁ……もったいないってば、タクシーはもったいない!」


昔から母はこうだった。

自分の提案したことに間違いないと思い込むと、

相手の希望などおかまいなしに意見を押し付けまくる。

それを跳ね返すだけの、強力な意見がなければ、みんな押し切られてしまうのだ。

結局、今回も私を運転手にすることを理久に押しつけ、

母は満足そうに紅茶を飲み干し、鼻歌を披露ながらカップを片付けた。



この春休みに、何かをするという予定もなかった私は、

ガソリン代を補填してくれるという条件で、理久の運転手を引き受ける。





「それじゃ、行って来ます」


それから4日後、理久を乗せ私は初めて『東総合病院』へ向かった。

道幅の広いわかりやすい道なので、オートマは快調に進んでいく。

横断歩道が青になると、近所の保育園の子供たちが、小さな手を目いっぱいあげて、

並びながら渡っていった。


「かわいいなぁ、あの子達」

「あぁ……」


理久は後部座席に座ったまま、どこかうかない顔だった。

本当ならこの時期、おばさんは退院する予定だったのだが、3日前に急に発熱し、

退院が延びてしまったからだ。


「ねぇ、高橋先生ってどんな人なの?」

「どんな人って?」

「雰囲気よ。大学の教授だから、神経質そうな人なのかなとか、
それとも体格がよくてドンと構えているような人なのかとか……」

「そうだな……体調管理とかをあれこれ言うくせに、自分はメタボだ」

「エ……そうなの?」


理久と話すときに、どこか気を遣ってしまうのは、二人の環境が変わったからだろうか。

以前なら、思っていたことは正直に口にしていたし、落ち込んでいる姿を見たら、

頭でも軽く叩けたのに、今は、そんなことをする気持ちにならない。

それでも、大きく息を吸い込んで、私はいつものようにと言い聞かせる。


「理久、おばさんの退院、3日延びただけでしょ。
そんなに思いつめたような顔しないでよ。見ているこっちの方が疲れちゃう」

「ん?」

「元気に迎えてあげないと、おばさん……気にするよ」

「あぁ……」


病院へ向かう最後の坂道を上がり、私は駐車場に車を停める。

一度でピッタリ入ると思った車は少し斜めになり、何度か切り替えした。


「へたくそだなぁ……お前」

「うるさいなぁ、免許もないくせに、文句言わないでよ」


口うるさいことを言われるのが、当たり前の関係のようで、どこか嬉しかった。

理久がリハビリをする間、私は病院自慢の中庭を散歩する。

春がそこまで来たのだとわかるくらい、色とりどりの花が花壇に植わっていて、

自然と笑みがこぼれていく。



私は、少し退院の延びたおばさんが、帰ってくるその日を思いながら、

小さな花の花びらに触れた。





「こんにちは」

「どうしたんだよ、それ」

「買ってきたの。売り場のお兄さんに、おまけしてもらったんだから」


リハビリを終えた次の日、私は車に乗って近所のホームセンターに向かった。

色とりどりの花を、仕入れてくる。

あさって退院してくるおばさんを、花いっぱいの庭で迎えてあげようと、

そう思ったからだ。

体の調子が悪くなり、家のことをやるので精一杯だったおばさんの庭は、

茶色の土だけが姿を見せている。

きっと、この花たちの華やかな色合いが、塞ぎそうになる気持ちを、

前向きに変えてくれるに違いない。


「花?」

「うん、ここに植えていくから。おばさんお花好きだし、きっと喜んでくれる」


理久は私の指示を聞き、怪我した足をかばいながら、庭造りを手伝ってくれた。

久しぶりの時間が嬉しくて、私は鼻の頭が真っ黒になっていることにも気づかないまま、

夕方近くになるまで、庭造りに打ち込んだ。







第15話


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これからも、ご贔屓に……(笑)
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コメント

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気がかり

気づかれ無いようにそっと見守る。
まさにKNIGHTだ^^ ヒャ~カッコいい!
それも中学の時からなんて・・・

そしてどんどん意識して、気づいたら。
なんてね~~~。

理久のお母さん、本当に心配だわ。
理久の足も、選手でいられなくなるなんてこと。


KNIGHTだよ

yonyonさん、こんばんは

>気づかれ無いようにそっと見守る。
 まさにKNIGHTだ^^ ヒャ~カッコいい!

あはは……カッコいい?
理久の過去を知ったいずみ。
まぁ、知らなかったとはいえ、聞けば気にはなるよね。

色々と心配事はありますが、
最後までお付き合いお願いします。