KNIGHT 第16話

第16話




理久のリーグ戦は、夏休み前に終了した。

私が応援に行ったのは、最初におばさんや母と一緒にいったあの試合だけだった。

試合が見たくなかったのではなくて、

真剣な理久を見ているのが、どこか辛かったからだ。


幼い頃から、からかっていた理久に、

はるか遠い距離まで離されてしまったような、そんな気分になり、

私は夏休みから働けるよう、新しいバイト探しに力を入れた。





「今度は続くのか?」

「続きます。今度は大学の仕事だもの」


私が見つけてきたバイトは、大学の教授から頼まれたものだった。

うちの大学には、隣の敷地に大学院がある。

バイト探しをしていることを教授が知り、それならばと推薦してもらった。

大学院の書類整理の仕事は、派手なものではないけれど、

高い場所で学ぶ人たちの影響を、いい意味で受けられる気がした。



私も、何か前向きに始めなくては……



教授の資料整理などを手伝っているうちに、その年の夏はあっという間に過ぎていく。

花子と待ち合わせをして、久しぶりに食事をしたのは、9月の頭で、

互いの近況報告を兼ねた場所で、私は神部さんとのことを初めて語った。

まさかと思っていた花子は驚き、その後すぐに辛そうな顔をする。


「そうだったんだ」

「うん……あれからすぐに話を聞いたの。
直接、他の人といるところを見たわけではなかったけれど、
それはそれでも問題はないって、堂々と言われちゃった」

「私、余計なことをしたのかもしれないね」

「ううん……よかったんだよ、これで。
あのまま、何も知らなくて、お付き合いを続けたとしても、
どこかでそんな考えの違いはわかったと思うし、時間も無駄になるじゃない」

「でも……」


花子はどこまでも申し訳なさそうに、何度も私に謝ってくれた。

今は本当に、それでよかったのだと心から思えたが、

意地を張って、電話番号を消した当初は、心のどこか片隅で、

彼からの連絡を待っていたところも、たしかにあった。

それが月日を重ね、だんだんと薄れていく。

どんなに辛いことも、時を重ねることで、気持ちも変わっていくものだと、

あらためて感じた。


「花子、もう顔あげてよ。せっかく久しぶりに会ったのに。
楽しくないじゃないの」

「いずみ……」

「これは勉強だったんだって。本物の恋をつかむための勉強」

「うん……」

「勉強して、私も成長するわけよ」

「……うん、そうだよね、そうだよ。そんな誠意のない男、
欲しいってやつにくれちゃいな!」

「うん……」


花子と会うと昔から、どこからか元気があふれてきた。

武本部長に抱いた、淡い恋の終わりも、確か花子と迎えたことを思い出す。

心につかえていたものを吐き出した私は、日付が変わるくらいまで、

花子と一緒にカラオケを歌い、結局、ノドをおかしくした。





季節は秋、おばさんは何試合か理久を見に行ったが、

その途中でまた入院をすることになった。

春、綺麗にした庭は、守る人がいなくなり、また少しずつ荒れていく。

私は島本家の門をくぐり、枯れてしまった花を引き抜き、ゴミ袋にまとめた。


入院したおばさんの様子を、おじさんから聞いたのは昨日のことだった。



「この冬を、越すことは難しそうなんです……」



堀切家と島本家、両方の窓から見える川の桜並木。

あの場所に咲く桜の花を、もしかしたらもう見ることが出来ないかもしれないと言われ、

私は涙が止まらなかった。

おじさんの前で泣くことは出来ないと部屋に入り、

誰にも聞こえないように布団の中で泣き続ける。

幼い頃、玄関で泣いた理久のことを思い出し、また涙が重なって、

これからアイツが受けるだろうショックを思うと、

自分が何もしてやれないもどかしさと、どうしようもない運命に、悔しさがこみ上げた。





次の日、私はまた『ホームセンター』で花をあれこれ買うと、

島本家の庭に植えることにした。

こんなことをしても、どうにもならないことはわかっているけれど、

何かしていないと、また泣いてしまう気がしたからだ。

春の花とは違う色合いが、植物の生命の強さを見せてくれる。

夕方近くまで取り組んでいると、そこに長い影が見えた。


「……理久」

「うん……」


秋のリーグ戦が半分終了し、理久は家に戻ってきた。

手にはいくつかの花が入っているビニール袋が握られていて、

同じことを考えたのかと思うと、なんだかおかしくなる。


「何それ、もしかして植えようとでも思ったの? 
全く、それっぽっちじゃ足りるわけないでしょ。どう? こんな感じで」

「あぁ……」


嬉しそうな理久の手から、私はビニール袋を奪い取ると、

せっかく買ってきたのだからと、我が家に残っているプランターを取り出し、

その中に植えてあげた。

『パンジー』はかわいらしい花をつけ、微笑んでいるように見える。

作業を全て終えて、島本家の縁側に腰を下ろし、理久に紅茶を入れてもらった。


「色々とありがとう、いずみ」

「何言っているのよ、おばさんにはお世話になってるもの。
もっと、もっとしてあげたいんだけど、結局また、こんなことしか浮かばなくって」

「いや……十分だ」


『横浜北大学』はリーグ戦の真っ最中だったが、

理久の母親の具合が悪いことを知った監督は、1週間の休みをくれたのだという。

今まで、何度も入院したことがあったが、こうして戻ってくることを考えると、

本当に哀しいときが迫っているのだと、あらためて思った。



残された日々を、悔いのないように過ごさせてあげること。

それは島本家と堀切家の決め事となった。





花の季節が過ぎ、寒い冬が連れてきたのは、私たちの『成人式』だった。

母は、この日を楽しみに2年かけて着物を選び、

着付けが出来るので、自ら着せたいと張り切っている。

そのおかげで私は朝早くに美容院でセットだけした後、一度兄の運転で家へ戻った。


「お母さん、早くして、花子と待ち合わせしているんだから」

「わかってますよ、そうあれこれ言わないで。晴れの日に焦らせないでよ」


気持ちを焦らされると、うまく着せられないと、多少脅迫じみたことを言われ、

私は仕方なく指示に従った。着物の帯は始めきつい気がしたが、

鏡に映る自分の姿に、少しだけ気持ちが高ぶっていく。


「おぉ……いずみもこんな格好をすると、女に見えるなぁ」

「失礼ねお兄ちゃん、最初から女ですけど!」


母は細かいところを直し、何度も確認を繰り返した。

私は一度くるりと回転し、着物姿を家族に披露する。

父は照れくさそうに新聞を読みながら、少しだけ私を見て、

兄はデジタルカメラを構え、あれこれ文句を言いながらもシャッターを切った。


「はい、出来た。これで終了」

「ありがとう……じゃ……」

「ちょっと待っていずみ。島本さんに言わないと」


理久のお母さんが、私の着物姿を見たいと言ったらしく、

母はいそいそと支度が出来たことを告げに言った。

理久は代表選手に選ばれたと聞いていたので、

今日のイベントには出席することはないだろう。

鏡に映る着物姿の自分を見ながら、アイツが見たら、

どんな言葉をかけてくれただろうかと考える。


「うわぁ……いいじゃない、いずみちゃん。素敵、素敵」

「あ……おばさん」


おばさんは手にカメラを持って、私の晴れ姿を見に来てくれた。

か細くなってしまった手で、私の頬に触れてくれる。


「かわいい、かわいい……あのいずみちゃんが、もう二十歳なんだね」

「理久だってそうですよ」

「うん……」


おばさんは、私の手を引くと、門の前で写真を撮ろうと言い出した。

私はわかりましたと頷き、玄関で草履に足を通す。

履きなれない足袋が気になるが、転ばないようにゆっくり進むと、

そこに立っていたのは理久だった。


「理久……あれ? 代表の合宿じゃないの?」

「うん……これからすぐに行くんだけど、『成人式』の会には出てくれって、
お袋に言われてさ」


理久の目が、私の頭から足の方へゆっくりと進む。

私はスーツ姿の理久に、振袖の袖を持つと、照れ隠しのために軽く回ってみせた。


「うん……」

「うんって何よ、綺麗とか、美しいとか、かわいいとか、そういう表現はないの?
ほらほら、ちゃんとここで褒めないと!」


どうせ『孫にも衣装』だとか、サルでも着物を着ると多少は見られるとか、

腹の立つことを言われるのだろうと、身構える。




「……きれいだと思うよ……ドキッとするくらい……」




大きな声ではなかった。『成人式』だと知り騒がしくする近所の人たちの声と、

母の声に混じり、他の人には届かない言葉だったかもしれない。

それでも、私の心にはしっかりと届いてきた。

理久が褒めてくれるなんて、初めてだったからなのか、

私はそこから、鼓動の速さに呼吸を追いつかせるようと必死になる。


「並んで、理久といずみちゃん。
ほら、小学校の入学式、桜の木の前で堀切さんに写真を撮ってもらったでしょ? 
だから、今回は私が二人を撮りたいの。ここに並んで、ね!」


私と理久は、ご近所の方に見守られるようになりながら、2軒の家の前に立ち、

大人になった日の写真を撮った。おばさんは失敗していたらいけないからと、

何度も何度もシャッターを切る。

嬉しそうなその笑顔を見ながら、涙が浮かびそうになるのを、必死でこらえた。








そして……

その年の春を迎える少し前……

大切に育ててきた理久の、大人になった日を喜んだおばさんは、

私たちと永遠の別れを告げた。








その日は、息が白く浮き出るほどの寒さだったが、

おじさんと理久は、立派におばさんを天国へ旅立たせた。

親戚がおばさんの遺影の前で集まる中、理久の姿が見えないことが気になり、

私は階段を上がる。部屋の扉が少しだけ開いていて、そっと中をのぞくと、

ベッドの端に腰かけたまま、どこかボーッとしている理久の顔が見えた。


昔、私の母が交通事故で入院した日、

おばさんは私に、理久が涙を見せなくなったと話してくれたことがある。

悔しいときにも、悲しいときにも泣かないのは、

きっと、自分に心配をかけたくないからだろうと、そう言っていた。


今日も、理久は一度も涙を見せず、ただ、おばさんの遺影を握っていた。

その姿を思い出し、私の目にだけ涙が溜まり、そして耐え切れなくなったのか

ボロボロと落ちていく。


「いずみ……か 」

「……うん……」


理久は横に置いてあったデジタルカメラを手に取ると、じっと見つめた。

『成人式』の日、おばさんが嬉しそうに写真を撮ってくれた、あのカメラだ。


「とうとう……逝っちゃった、お袋……」


下を向いたままの理久に、かけてやる言葉も見つからず、

私は部屋の扉を持ったまま、理久の分まで一人、泣き続けた。







第17話


みなさんのおかげで 『ももんたの発芽室』 も3年を迎えます
これからも、ご贔屓に……(笑)
ポチリ……していただけたら、嬉しいです (@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

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とうとう・・

とうとうその日が来てしまった(TT)
泣きたいのに泣けない。
理久の切ない思いがいずみを泣かせる。

理久の分まで泣いてやるといいよ。
それで救われる気持ちってあるから。

大人になった二人の向かう先は?

初めてのコメントです。
理久の気持ちを考えると、こちらが泣けてきます。
どこにでもある日常が、細かく書かれてあって、二人の成長が我が子のように感じます。
物語のはじめから、おそらくこうなるだろうと予想はありましたが、やはり悲しいですね。

理久を見るいずみは、何を感じるのでしょう。
最後までじっくりと楽しませていただきます。

yonyonさん、こんばんは

>理久の分まで泣いてやるといいよ。
 それで救われる気持ちってあるから。

幼い頃から知っているいずみだからこそ、
悲しさが増すのかもしれません。

さて、二人の向かう先は、どこなのか、
最後までよろしくお願いします。

ありがとう

rohuさん、こんばんは
初めてのコメント、とっても嬉しいです。

>どこにでもある日常が、細かく書かれてあって、

ありがとうございます。
どこにでもある、どこにでもいる……を書いているので、
そういってもらえると、ほっとします。

>理久を見るいずみは、何を感じるのでしょう。
 最後までじっくりと楽しませていただきます。

はい! ぜひぜひ、お付き合いください!

ありがとう!

mihiroさん、こんばんは
初めてのコメント、とても嬉しいです。
それがどれだけ勇気のいることか、自分でもわかるだけに
(私も、初コメントは、ものすごく緊張したので)
ここで実行してくれたことに、感謝です。

>ももんたさんのお話はいつも、私の心にス~ッと入ってきます。

私は素人なので、好きなように書かせてもらっていますが、
少しでもみなさんの楽しみになっているのなら、
これ以上の幸せはないです (@^∇^@) わぁーい

>いずみと理久の成長は他人事でない感じがして
 物語にどんどんはまってしまった・・・

そこらへんにいそうな二人ですからね。
でも、身近に感じてもらえると、話に入りやすいと思うので、
よかったです。
あと5話になりました。二人がどんな成長を見せ、どうなるのか……
どうか最後まで、お付き合いください。

ついてきて下さいねぇ(笑)