KNIGHT 第17話

第17話




季節は4月、私は大学3年生になった。

理久と小学校の入学式に並んで写真を撮った桜の木は、また今年も見事な花を咲かせる。

おばさんも上から見ているだろうかと、少し雲のかかる空を見上げた。


お葬式が終わった後、理久は3日だけ家にいると、すぐに寮へ戻った。

おじさんも、仕事をしている方が気が紛れるからと、会社に向かい、

島本家は、あまり人の気配がしなくなる。

兄が恋人を家に連れてくるようになり、

そろそろ結婚の二文字がちらつく堀切家とは違い、

島本家には色も声もなくなったような、そんな気がした。





去年のクリスマス前に、付き合っていた恋人と別れた彩は、

就職が決まるまで男は作らないと決意を述べ、

どこか甘ったれていた紀香は、バイト先にそのまま就職を決めようかと、

漠然と将来のことを見始めた。

相変わらずマイペースなのは深雪で、『キャンパスファイター』を買いながら、

今日も難しそうな資格の本とにらめっこをする。

私は、深雪が他の本に気持ちを向けている間に、理久の様子でも確認しようと、

ハンドボールのページを探した。


「あ……いずみ。そうそう幼なじみ君、調子悪いの?」


深雪はそういうと、理久が春のリーグ戦開始当初はレギュラーとして出ていたのに、

近頃はベンチにいることが多いようだと教えてくれる。

私は、そんなはずはないだろうと、『キャンパスファイター』の試合結果欄を見たが、

確かに先発メンバーの中に、理久の名前は記されていなかった。


「バイト先の友達に、『北大』の子がいてね、島本君の調子が上がらなくて、
3連覇がまずいかもって話していたのよ。そういえば島本って、
いずみの幼なじみだったなぁ……と。怪我でもしたの?」


聞かれても何もわからないので、私は首だけ振ってみたけれど、

深雪の指摘に、おばさんのお葬式の後、疲れているような理久の顔が浮かんだ。

それでも、すぐに寮に戻ったのは、リーグ戦へ気持ちを向けたからだと思っていたし、

理久が怪我をしたなんて話も、おじさんからは聞いていない。


「よくわからないけど……」

「本当にわからないの? いずみ、幼なじみ君、励ましてあげないと」


紀香は、理久のことをただの幼なじみではないのだろうと、

私に何度もしつこく問いかけ、彩は、自分が不幸になったのに、

いずみだけが春なのはズルイと、意味のわからない文句を投げかける。

そんな笑いの出そうなふざけた会話も、私の耳には、あまり届かなかった。





理久の話を聞いてから1ヵ月後、

私はバイトの帰り道、少し前を歩く理久のお父さんに追いついた。

10日ほど九州へ出張に出かけていて、やっと戻ってこられたと笑顔を見せてくれる。


「家内の具合が悪いことで、会社がずいぶん出張を減らしてくれていてね、
まぁ、これからは少し頑張らないと、申し訳ないからさ」

「そうなんですか」


おじさんは、手にコンビニのお弁当を持っていた。

男の人の一人暮らしだと、自炊する気持ちになどならないのだろう。


「あの……おじさん。理久なんですけど」

「ん? 理久?」

「怪我でもしたんですか? 春のリーグ戦、あまり出番がなくて」

「あぁ……」


おじさんは、理久の話を向けると、大きく息を吐き、少し辛そうな顔をした。

私は聞いてはいけなかったことかもしれないと、思わず下を向く。


「理久の携帯にも、何度かかけてみたんですけど、
忙しいのか、話がうまく出来なくて……」

「いずみちゃん……」

「はい」

「あいつ……3年のリーグ戦が終了したら、ハンドボールを辞めたいと言ってね」


全く予想外の答えだった。

理久は怪我をしたわけではなく、ハンドボールを辞めようと思っていた。

おばさんが亡くなり、もう一度と気持ちを切り替えて戻ったつもりだったが、

体が思うように動かずに、シュートをしても微妙にずれてしまい、

自分が納得するプレーになっていないのだという。


「あいつが私に直接電話をしてくることなんて、今までほとんどなかったからね。
相当気持ちが苦しいんだろう。最上級生になって、惨めな姿をさらすよりは、
いっそ潔く身を引いて、別のことを考えたいってそう言い出してさ」


今までも、理久の決断はいつも潔かった。

中学であれだけ成績がよかったのに、ランクを下げてまで、

自分のやりたいことが出来る学校を選んだ。

熱中していたバスケをキッパリと辞めて、1から始めるハンドを選んだ時も、

恐ろしく気持ちは前向きだった。でも、今回は違う。


「まぁ、部を辞めたら寮も出ることになるし、学費もかかるから、
本人はこっちに戻ってきてバイトをしながら、あと1年で卒業するって。
何度か説得するようなことも言ってみたけれど、最終的に決めるのはあいつだからなぁ」

「でも……ここまで来たのに。頑張ってきたのに……」

「いずみちゃん、あいつが戻ってきたら、話でも聞いてやってくれないか。
今年は初盆だから、あいつも戻ってくる」


おばさんの初盆。

苦しさの中で、自分を追い込んでいる理久と、話し合うことが出来るだろうか。

それでも私は、わかりましたと約束し、理久が戻るその日を待った。





お盆の行事を終え、私は部屋に入っている理久を訪ねた。

親戚がたくさんいる場所では話しにくかったため、理久の様子だけを見ていたが、

いつもと変わらないように笑い、いつもと同じように振舞っているように思え、

本当に悩んでいるのだろうかと、勘違いしそうなくらいだった。

しかし、部屋に入っていた理久は、ベッドの上で膝を抱えたまま、

床のどこか1点を、ただ見つめている。


「理久、入ってもいい?」

「あぁ……」


私は昔のように、冗談交じりで話をした方がいいのではないかと、

床に落ちていたハンドボールを放り投げた。

理久はボールをよけるでも取るでもなく、右肩に当たって、ベッドの上に落ちる。


「何よ、反応鈍いわね、それでも『横浜北大学』のエースなの?」

「親父に何か言われたんだろ、お前」

「ん?」

「親父から、俺と何か話をしてくれとでも、頼まれたんだろ。
いいよ、無理に任務を遂行しなくても」

「任務って」


理久は立ち上がるとハンドボールを右手でグッと握り、一度投げるふりだけをして、

そのまま床へ落とした。鍛えられた腕に浮き上がる血管が、

理久が何年も頑張ってきたのだと、私にアピールする。


「任務じゃないわよ。私だってそう思うもの。
あと1年、最後まで頑張って、それで終わればいいじゃない。
おばさんだって、理久がハンドボールを頑張ること、すごく楽しみにしていたんだよ」

「……もう……いないよ」

「姿は見えないけれど、ちゃんと見ているって……」

「どこから」

「空から!」

「ガキみたいなこと言うな。どうやったら空から見えるんだよ、
見ているわけないだろ。いないものは……いない」





隙がなかった。

いつもの理久のように、言いくるめられるような隙がない。

私が強気なことを言えば、どこかで折れてくれるような、そんな優しさも見つからない。

体が悪いわけではなくて、心が壊れそうなのだと、すぐにそう思った。





「辞めて……どうするの?」

「別に……どうにかしないといけないのか」


弾き返されるような言葉のやり取りの中で、

私の心の中で、ギューっと何かに縛られているような感覚が湧き上がった。

絶対にここで負けてはいけない。理久の言うことを納得してはいけない。

そんな意地の気持ちが、大きくなっていく。


「やることもなくてフラフラするくらいなら、レギュラーから落ちたって、
続けるべきでしょ。理久を育てようとしてくれた先生とか、
理久のために試合に出られなかった人のことを考えたら、
中途半端になんてしたらいけないと思う」

「自分の人生も……自分で決めたらいけないのか」

「そうじゃない。理久が決めていいけれど、でも、このまま逃げたら、きっと後悔する」

「いずみ……」

「何?」

「なんでお前、必死なの? お前のことじゃないだろう。俺のことだ」

「そうだけど……」

「何もわかってないんだからさ、あれこれ言うなって」


小さい頃からかわいがってくれたおばさんの笑顔、

成人式の日、嬉しそうに私と理久の写真を撮ってくれたあの顔が思い出されて、

涙が出そうになった。

おばさんは、理久が辞めることなど、絶対に認めないだろう。


「何か……したいの、よく事情はわからないよ、でも、理久が苦しいのはわかるから、
私、何かしたいんだって」


それは本音だった。

これだけ理久が追い込まれる姿なんて、今までに見たことがなかった。

成績がいつもいいのは理久の方で、私は文句をつけながらも、

わからないところは教えてもらい、落ち込んでいるときにも、

理久の一言に救われたことだってある。

亜佐美が言っていたように、理久が私の背中を見守ってくれていたのなら、

その恩を今こそ、返すべきだとそう思った。





もう一度……

あのコートに立てるように……





「いつも、助けてもらったから……」

「助け?」

「うん。色々と助けてもらったからさ、理久には。私、何か役に立ちたいじゃない」

「本気でそう思うのか」

「思うよ……」


ずっと床だけを見ていた理久の目が、私の方へ向けられた。

その寂しそうな目の奥にある大きな影に、私は吸い込まれそうになる。


「本気で、俺のためになろうと思っているわけ? お前」

「うん……」



怖いくらいだった。

理久の目を、怖いと思ったのはその時が初めてだった。

でも、その怖さはすぐに、私の心の中で、切なさに変化する。





「だったら、今すぐここで裸になれよ」





理久は、私の方を見た後、すぐに目をそらし、そう言った。

私は、理久の腰かけているベッドを見てしまう。


「俺のためになりたいんだろ。だったら裸になって、このベッドに横になれって。
親父もいないし、ここには俺たちしかいない」

「理久……」


言葉が出なかった。

裸になって横になって、それで理久の気持ちは晴れるのだろうか。

私は、言い返すことも出来ずに、こぶしを握る。


「簡単に、俺のためになりたいなんて言うな。
お前がどうにかして変わることじゃないんだ。
これは俺が乗り越えないとならないことで、お前に……」


理久の声は、ずっと聞こえていた。

私はTシャツのすそをつかみ、そのまま一気にめくり上げる。

夏のお盆の時期、シャツの下には下着しかつけていない。

このまま理久を受け入れるのなら、それでもいいとそう思った。

苦しくて仕方がないのなら、その間だけでも、忘れさせてやれたらいいと、

本当にそう思った。

理久の顔を見ると、恥ずかしくなりそうで、

私は下を向いたままブラジャーのホックに手を動かす。


「バカ! やめろって!」


私の頭の上には、理久のタオルケットがかけられ、そのまま体ごと抱きしめられた。

タオルケットの向こうで、理久が何度も謝っているのが聴こえてくる。


「理久……」

「いずみ……こんなことするな。俺のことなんて放っておけよ」


初めてだった。

理久の声が震えていると思ったのは。

タオルケットの向こうで、理久が泣いているかもしれない。

私は中から必死に、腕を握る。


「ごめん、いずみ……」


理久の顔が見たかった。

もう少し、心をそばに寄せたかった。


でも、私の腕を振り切った理久は、そのまま部屋を飛び出していく。

遠くなる足音に向かって、必死に理久の名前を叫んだが、

耳に届いたのは扉の音だけだった。







第18話


みなさんのおかげで 『ももんたの発芽室』 も3年を迎えます
これからも、ご贔屓に……(笑)
ポチリ……していただけたら、嬉しいです (@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント

感じること

お母さんと言う、理久をつなぎとめていた糸が切れたのかな?
居なくなったわけじゃない。見えなくなっただけ。
ちゃんといる、感じなくちゃ!

辛いだろうけど理久はキット立ち直る。
その時いずみは只傍に居ればいい。

悲しい時こそ

拍手コメントさん、こんばんは

>なんだかせつなくて泣けました。

大切な人を失った悲しみ……
理久の場合は、少し時間を置いてからだったようです。
さて、いずみはそんな理久に対してどうするのか、
残り4話、最後までお付き合いくださいね。

ガンバレ、理久

yonyonさん、こんばんは

>居なくなったわけじゃない。見えなくなっただけ。
 ちゃんといる、感じなくちゃ!

そうなんだよね。理久は立ち直れるのか、
いずみは、そんな理久にどう向かい合うのか、
残りは4話、最後までよろしくお願いします。