KNIGHT 第18話

第18話




理久の部屋に明かりがついたのは、日付が変わりそうな頃だった。

私はそれを確認すると部屋に戻り、浴室へ向かう。

リビングでは兄が映画を見ていて、

私がまだ起きていたことに、驚きの顔を見せた。


「ふぅ……」


理久に裸になれと言われた時、一瞬だけ驚いたが、すぐに気持ちが切り替わった。

あのまま、理久を受け入れてあげることが出来るのなら、

そうしてあげたいと、本当にそう思えた。


『頑張れ』なんて言葉をかけ続けるのは、ある意味無責任だ。

理久は、そんな言葉を通り越すくらい、今までも、そして今も頑張っている。

大切な人を亡くしてしまい、折れそうになっている心を、

すぐに元に戻してやることなど、確かに出来ないのかもしれない。


ずっと病気がちな母親を、守りながら生きてきた理久の心を、

解き放ってやることなど、無理なのかもしれない。

それならば、一瞬だけでも……

心の芯から、深くそう思えた。


幼い頃の思いとは違う。

理久がかわいそうだから、こんな気持ちになったわけじゃない。





理久だから……

理久だから、なんとしても救ってあげたかった。





私は……理久を好きなんだと……

確かにそう……思った。





理久は私と顔をあわせることなく、次の日の朝、寮へ戻ってしまった。

ハンドボール協会のホームページを開き、秋のリーグ戦のスケジュールをチェックする。

無駄でもいい。

理久が出るかもしれない試合を、見にいけるように、

授業と相談しながら、予定表を作った。

島本家に向かい、おばさんが使っていたデジタルカメラを借りてくる。


「すみません、大切なものなのに」

「いやいや……あいつも、いずみちゃんが理久を撮りに行ってくれたら、
きっと満足だと思うからさ」

「下手ですけど、頑張ってみます」


カメラの中には、あの『成人式』の写真が残っている。

消してしまわないように、私はしっかりと保護をした。





『横浜北大学』には、以前行ったことがあった。

カメラを片手に、なるべく試合がよく見えるように、前の席を取る。

観客は、野球などに比べたら少ないけれど、それでも、熱心に応援してくれるファンが、

数名は必ずいた。

理久はその日、ベンチに座ったままで、ハーフタイムを迎える。

初めて視線をこちらに向け、私に気づいたように見えた。

それでもすぐに下を向いてしまう。





焦ってはダメ……





ハンドボールのルールなど、何も知らない私は、それでも何試合か見ているうちに、

それなりに覚えていく。試合を見続けて5試合目の後半、

久しぶりに理久がコートに立った。

理久を目当てに来ている女の子たちからも、歓声があがる。

相手は、ここ何年かで急激に力をつけた『関工大』で、

同じ3年のエース鍋島君は、このリーグ戦ダントツの得点王になっていた。

理久のマークについた鍋島君は、徹底的にシュートの邪魔をする。

理久の体にわざとぶつかるようになり、反則を取られながらも、

それでもマークを緩めることをしなかった。

無理な体勢でしかシュートを打てない理久は、結局笛が鳴るまで、

あまり活躍できないまま、『横浜北大学』は3点差で負けてしまう。

応援に来ていた女の子のため息の中、理久は荷物を肩にかけそのままコートを出た。


「あの……」

「はい」


話しかけてくれたのは、1年生のマネージャーで、

理久がここで待っているように言ったことを、伝言してくれた。

私はわかりましたと返事をし、観客の消えていく体育館で座り続ける。

太陽が西に傾き、眩しさが反対の腕に届くようになった頃、

着替えを終えた理久が、シューズの音をさせながら、観客席に入ってきた。


「もういいよ、いずみ」

「何が?」

「来なくていいって、無理するな」


理久の目は、夏に会った時とあまり変わらないように思えた。

練習も出来るし、怪我をしているわけでもないのに、うまくいかない毎日に、

疲れ切っているように見えてしまう。

私は視線を理久から外し、おばさんの残してくれたカメラを見る。


「無理なんてしてないから。私がこうして来ておきたいだけなの。
私がどこで何をしようが、理久に言われる筋合いはないでしょ」


もしかしたら本当に、このままハンドボールを辞めてしまうのかも知れない。

そんな思いが頭をよぎる。


「理久は理久のしたいようにすればいい。私は私の思いでここに来るの」


もっと励ましになるようなことを、言ってあげたらよかったのかもしれない。

でも、私の頭には何も浮かんでこなかった。

こんなふうになるなんてだらしがないと、責めることが出来るほど、

私だって立派な生き方などしていない。

観客席を立ち、外へ出ようとする私に、理久から何も言葉がかかることはなかった。





「ねぇ、これから渋谷行かない? 急に休講になるなんてラッキーでしょ」

「あ、いいねぇ……ランチしてさ、買い物する?」


彩や紀香は、休講で思ったよりも早く授業が終了したこともあり、

これからどこかに出かける相談をし始めた。私はすぐに左手にはめた時計を見る。

今日は『慶城大』でリーグ戦があるはずだ。

時間的に後半だけでも間に合えばと思っていたが、

今からなら練習から見ることが出来る。


「ごめん、私出かけるわ」

「エ……何よいずみ。どこか行くの?」

「うん、ごめん、また買い物には付き合うから、じゃ!」


彩達と過ごす時間が、嫌いなのではなく、今は何よりも理久のことが気になった。

もし、少しだけでも試合に出ることがあるのなら、その瞬間を逃したくないとそう思った。

私がいることなど、何も役に立つことはなくても、

誰かが見ている、期待していることが、アイツに届けばそれでいい。

私は地下鉄の改札を急いで走りぬけ、『慶城大』に向かう電車に飛び乗った。

『慶城大』に憧れ、その選手を無条件に応援する女性たちの中で、

私は『横浜北大学』の選手が入ってくるのを待つ。

半分くらいの拍手に迎えられ、選手たちがコートに散らばっていったが、

理久は今日もベンチスタートで、下向き加減に座っていた。


「いずみ!」

「あ……花子。うわぁ、本当に来てくれたの?」

「何言っているのよ、メールよこしたくせに」

「そうだけど」


会場が『慶城大』だったため、ダメでもいいからと、花子にメールをした。

授業の校舎から、会場へかけて来たと、花子は笑ってくれる。


「『慶城大』の私に、『横浜北大学』を応援しろっていうわけ?」

「……違うの。理久を応援して欲しいの」


花子は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに私の方へ体ごとぶつけてきた。

照れ笑いするのは花子の方で、私は何が言いたいのかと少し頬を膨らませてみせる。


「いやいや……高校1年生の時、渡り廊下のところで、
睨み合っていた二人のことを思い出してさ」


花子の言葉に、私も当時のことを思い出した。

私たちは吹奏楽部で、理久はあの頃からハンドボール部だった。

理久に頭を振り回され、私の腕にアイツの汗がつき、

それを文句言いながら、洗い流したことがよみがえる。


「やっと気づいたかって感じだよね」

「何が?」

「心の奥の気持ちにさ」


花子の言葉には何も返事をすることなく、私はデジタルカメラを取り出し、

理久の方へ向ける。


「初めてなんだよね、これだけ理久が苦しんでいるのを見るのが。
いつも、いつも、助けてもらうばっかりで、
いつの間にかそんな関係が当たり前だと思っていたの。
でも、違うんだって、アイツも我慢してここまで来ていたんだって、
支えてくれる人がいなくなってしまったから……」


理久に文句を言い、それでも理久を頼っていたあの頃。

理久は何をしても答えてくれる、いつでもそこにいる……

そう思っていた日。

理久に支えられていたことなど、気にも止めていなかったわがままな私。


「いるじゃない、ここに」

「ん?」

「いずみがいるじゃない。きっと、島本君気がつくよ。
お母さんはいなくなってしまったけれど、いずみがそばにいるってことに……」

「花子……」

「気づくよ、絶対に」


私もそう思って欲しいと、何度も頷いた。

これからは私が、理久を見守っていく……。

『横浜北大学』と『慶城大』では、実力的に北大の方が上位にあるはずだったが、

司令塔がうまく動かずに、試合はスコアを抜いたり抜かれたりでハーフタイムを迎える。

理久が監督に呼ばれ、着ていた上着を脱ぎ、ベンチの後ろで準備を始めた。

私はカメラを必死に向ける。

何かきっかけをつかんで欲しいと、レンズ越しに理久の表情を追った。





後半戦、理久はエースポジションに入った。チャンスは何度かあったものの、

相手方のマークにしっかりとシュートが打ち切れない。

それでも相手方のミスからこぼれ落ちたボールを拾った北大の選手が、

前にいた理久にパスを出す。


「あ! 行け、島本君!」


ほとんどノーマーク状態になり、キーパーと1対1だった。

ここで外せば、また理久は自信を無くすかもしれない。


「……お願い!」


私は両手をしっかりと握り、神様に祈った。

もう少し、理久のプレーを見せて欲しい。

このまま終わってしまったら、きっと、アイツは後悔する。

ボールが投げられた後に、大きな歓声が上がる。

理久のシュートに、相手方のキーパーは、動くことが出来なかった。


「ヤッター!」


興奮した花子は、私の手を取り、その場で思い切り立ち上がった。

『慶城大』の学生が囲む中、北大のプレーに盛り上がる私たちは、完全に浮いている。


「花子、花子ってば!」

「……あ、そうだった」


理久の得点は、その日それだけだったが、

結局、5点差をつけて、『横浜北大学』が勝利した。

試合が終了する前から、『慶城大』の負けを予想した学生たちが体育館を離れだし、

観客席は風通しのいい場所になる。

挨拶を済ませ、荷物を持った理久が、しっかりとこちらを向いてくれたことだけで、

私も花子も満足だった。



私達は手が真っ赤になるくらい、選手に拍手を送り、

その日は二人で『小さな宴会』を開くため、レストランへ向かった。







第19話


みなさんのおかげで 『ももんたの発芽室』 も3年を迎えます
これからも、ご贔屓に……(笑)
ポチリ……していただけたら、嬉しいです (@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント

こんばんは。
花子の言葉に、あぁそうだと思い出しました。
二人の高校時代、少し前だったのに、
なんだかずいぶん前だったような気がしますよね。
毎日、ともに成長している気分です。
いずみの気持ちが、理久に届いていると、
信じています。

共通の日々

清風明月さん、こんばんは

>花子の言葉に、あぁそうだと思い出しました。

はい、花子は二人の高校時代を知ってますからね。
そうそう、ちょっと何日か前だったんですけど(笑)

いずみの気持ち、
理久に届いているのかどうか、残り3話も
よろしくお願いします。

強さと弱さ

yokanさん、こんばんは

>今回のお話はお母さんが亡くなって、切ないね(TT)

そうですね。
理久の強さと、弱さが、
表と裏のように見え隠れてしていると思います。
いずみにも、きっとそれがわかったはずで……

花子の指摘も、きっといずみの心を動かすでしょう。
残り3話も、よろしくお願いします。