KNIGHT 第19話

第19話




秋のリーグ戦、私は時間の許す限り、理久の試合を追いかけた。

始めは途中交代だけで出ていた理久が、リーグ戦の最後の2試合スタメンに戻る。

夏の落ち込んだ時の顔に比べ、少しだけ表情に余裕が出来た気がして、

レンズを向ける私も、自然と笑顔になった。





そして11月。

秋のリーグ戦が全て終了し、理久は久しぶりに家に戻ってきた。





「お疲れ!」

「あぁ……」


昨年選ばれた選抜メンバーには、もちろん今年選ばれることもなく、

理久は映画のDVDを借りては、家のリビングで見ているようだった。

私は、理久の大好きなイチゴが真ん中に乗った、ショートケーキを手土産にする。


「どうした? 結局」

「何がだよ」

「もう無理ですって尻尾巻いて逃げてきたの?」


理久は私の言葉を聞き、手に持っていたリモコンで、テレビのボリュームを上げた。

私はそれを取り上げ、人が質問しているのに失礼だと電源を切ってやる。


「お前なぁ……」

「何よ、部活を辞めるのなら、理久も車の免許くらい取ったらどうかと思って、
ほら、パンフレットを持ってきたあげたから、どうぞ」


テーブルの上にパンフレットを置くと、理久はそれを手に取り、1枚で紙飛行機を作る。

手から離れた飛行機は、スーッと線を描き、緩やかに着地した。



「辞めないよ」



私は飛ばされたパンフレットを拾いながら、その言葉を聞いた。

リーグ戦の最後に見せていた表情から、おそらくそうなるだろうと予想をしていたため、

だから、最初から憎たらしくなるようなセリフも、口に出せた。

『途中退部』という、最悪の事態を避けられたと、ほっとする。


「へぇ……じゃぁ、頑張ることにしたんだ」

「あぁ……」


理久がひとつ、壁を乗り越えてくれたことが、本当に嬉しかった。

そのまま涙が出そうになったけれど、ここで負けてはいけないと、

飛行機をゴミ箱に捨てる。


「そう、じゃぁ、私も負けずに見に行ってあげるわよ。あと1年」


文句を言われるのではないかと、思ったけれど、

理久は何も言わずにまたテレビをつけた。

私はケーキをお皿に取り分けると、それぞれの前に置き、

途中から映画鑑賞会に参加する。


「いずみ……」

「何?」

「お袋のデジカメ、お前持っているんだろ」

「あ……うん、ごめん。ずっと持っていた」


私は慌てて、バッグからカメラを取り出した。リーグ戦の理久を撮るだけのつもりが、

それが終了しても返していなかったことに気づく。


「ごめんね、大切なものなのに」

「いや、いいんだ……貸せよ」


理久はそういうと、カメラの電源を入れ、1枚ずつ写真を見始めた。

カメラマンが素人のため、ぶれていたり、理久が下を向いてしまっているものも多い。

それでも理久は何も言わずに、写真を見続ける。


「これ……永久保存だな」

「保存?」

「あぁ……このまま終わってたまるか。
こんなふうに、行き場所のないような日は、二度と送らない」


理久は、自分がベンチに座る写真や、シュートをし損ねた写真を見ながら、

どこかに置いてきてしまった闘志を、取り戻しているように見えてくる。

1枚ずつ、写真を送っていた指が、ある写真に止まった。


「お袋に、見せないとな……」


理久が呼び出し、じっと見つめている写真は、私たちの『成人式』だった。

借りてきたようなスーツ姿の理久と、着せ替え人形のような私。

おばさんが最後にシャッターを切ってくれた、1枚の写真。


「いずみ、今、カメラに入っている写真、全部保護しておいて」

「全部? ぶれているのも?」

「あぁ……残しておくんだ。もう戻らないように」


私がやたらにシャッターを切ったため、枚数はいつの間にか200枚を越えていた。

それではこれから写真を撮るのに、支障があるのではないかと問いかける。


「これからは写真なんて撮らなくていい」


理久はそういうと、カメラの電源を切り、テーブルに置いた。

ワインカラーのボディーが、部屋のライトに光って見える。


「いずみが見に来てくれるんだろ」

「……うん」

「だったら、写真なんていらない。いずみの目に映ればそれでいい」


私の目に映る理久。

そして、理久の目に映る私。

あらためて見た理久の瞳の奥には、とても澄んだ色が見えた。

これからはきっと大丈夫。

私はわかったと頷き、カメラをケースにしまった。





私たちはまた新しい春を迎え、大学4年になった。

理久はそこから見事に復活し、『横浜北大学』は快進撃を見せる。

3連覇の中で理久のような選手を目指し入ってきた下級生にも、優秀なメンバーが揃い、

他の大学をよせつけない。



ただ、唯一……



「あぁ……勝ったか」

「何? ライバル?」

「うん、『関工大』強いんだよね。今、得失点差だと、北大が負けてる」

「そう……」


父や母に、何か話したわけではなかった。

でも、私が理久の試合を見るために、時間を使っていることは知っていたし、

幼い頃の関係とは、少し変化していることにも気づいてくれているはずだった。

4年になると、授業に出ないとならない日も減り、

私の生活のほとんどは、理久の応援に費やされる。

『横浜北大学』の学生でもなく、ハンドボール部のマネージャーでもない私だったが、

いつの間にか存在は知られるようになり、試合が終わると下級生のマネージャーから、

挨拶を受けることもあった。





そして、さらに季節は進み、私も将来を決める出来事が始まり出す。

鏡の前に立ち、上着だけを手にかけた。


「おはよう……」

「おはよう、あれ? いずみ、もう着替えたの?」

「着替えたよ。だってこれから『南坂大』に行かないとならないから」


隣で朝食を食べていた兄が驚き、思わずコーヒーを噴出しそうになる。


「お前、今日も理久のところに行くのか。就職試験だろ」

「そうよ、でも間に合うもの。時間の計算もしたし、
試合終了後すぐに体育館を出れば、ちゃんと会場につく」

「いや……でも……」


母は私の前にサラダを置き、今日くらいは自分のことを考えなさいと忠告した。

私はきちんと考えていると言い返し、パンにバターを塗っていく。


「お前なぁ……そんな格好で試合を見に行ったら、理久もびっくりするぞ」

「いいでしょ、悪いことをしているわけじゃないもの」


今日は就職試験があった。自分にとってそれがどれだけ大事なことなのか、

わからないはずもない。しかし、理久の応援に行くことは、絶対に譲れなかった。

私は文句の中で朝食を済ませ、身支度を済ませると駅へ向かう。



理久の頑張りに、少しでも寄り添うこと、

それが私の出来ることのようなそんな気持ちだけで、足を前に進める。



しかし、さすがに兄の言うとおり、

会場では私のリクルートスーツ姿に振り返る人が多かった。

スーツが汚れてはいけないと、あらかじめ用意したシートを下に敷く。


「おい!」


練習を始めた理久は、私の姿にすぐ気づいたらしく、慌てて飛んできた。

こっちはいいから、しっかり練習しなさいと、涼しい顔で言い返す。


「何してんだ、お前」

「何って応援ですけど」

「お前、今日就職試験なのか?」

「そうよ……」


理久は血相を変え、すぐに会場へ向かえと偉そうに指示を出す。

私は少し高い場所で立ち上がり、間に合うから練習に戻れと言い返してやった。

試合に集中してくれないと、ここまで来た意味がない。


「いずみ、電車が遅れたらどうするんだ。試合だって同点で延長ってこともあるんだぞ」

「延長?」


私はそんなことは絶対にないでしょう? と言いたいところを我慢し、

いいから練習に戻れと何度も告げた。

『南坂大』と『横浜北大』には、相当実力差があるはずだ。

延長なんて弱気になってもらっては困る。


「一生に一度のことだろうが、バカみたいに意地を張るな」

「この試合も1回しかないの! そっちこそ、私のことばっかり責めてないで、
さっさと練習しなさいよ。またシュートミスるわよ」


会場の中で、選手とリクルートスーツの女が言い合いをしているなんて、

前代未聞だろう。理久はそれでも納得いかないのか、

無理やり私を外へ追い出すつもりなのか、柵を乗り越え目の前に立つ。


「何よ、無理やり追い出すつもり? 絶対に行かないから」

「全く……意地を張りやがって。前半で大量点取るから、
それでここを出て行け、いいな、出て行けよ!」


理久は、『南坂大』の方に聞こえないように、私の耳元でそうささやいた。

前半だけで大量点を取るので、安心して出て行けと繰り返す。

それならばそうしましょうと、私はしっかり頷いた。





15対2





理久は言ったことを守り、前半だけで13点の差をつけた。

去年、あれだけ入らなかったシュートもおもしろいように決まり、ハーフタイムとなる。

私は約束どおり席を立つと、感謝の気持ちを込めて、理久に敬礼をする。

理久も私に向かって、小さく敬礼を返し、ほっとしたのかタオルを頭にかぶった。





私はそれから、目指す企業の面接に向かった。

自分の思いを貫いた充実感が気持ちを大きくしたのか、

質問にも堂々と答えられたし、試験も落ち着いて受けることが出来た。

理久の勝利をメールで知り、気分よく家路につく。


「ただいま!」





私が『合格』知らせを受け取ったのは、それから2週間後のことだった。







第20話


みなさんのおかげで 『ももんたの発芽室』 も3年を迎えます
これからも、ご贔屓に……(笑)
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