54 青色の夢(9)

54 青色の夢(9)


若村さんが会社を辞めたことは、保坂さんから確かに聞いていた。

でもそれは、きっと別の仕事をするためなのだろうと、特に気にも留めなかった。

いや、あんな出来事があった後で、正直、若村さんがどう生きていこうが、

私には関係ないという気持ちの方が強かったかもしれない。


「警察?」

「そうよ、若村君は悪くないけれど、樫倉英吾の事務所と、
親しくしていたことはあったみたいで。それでも、経営状態の悪さとか、
待遇の悪さとかで、元の所属タレントさんたちが力をあわせて、
立ち向かったんだって……あら、史香の方が詳しいと思っていたけど」

「そんなこと知らないわよ。私……」


そう、私にはもう関係ないことだからと、割り箸を補充しながら、母に返事をした。





結局、本当に近くに来たふりだけして、私は家を手伝ったが、

泊まることにするとあれこれ聞かれるのが嫌で、そのまま店を出る。

近道ではなく、学生時代よく歩いた道を進んでいくと、

駅まで続く商店街の中に、1件の理髪店が見えた。

『WAKAMURA』というのは、若村先輩のご両親が経営しているお店だ。

お客さんの髪を整え、サービスなのだろうか、肩を揉んでいる男性が見える。

若村先輩のことを聞いてみたい気はしたが、ご両親と話をしたことはなく、

店の扉を開ける勇気は出なかった。





『BLUE MOON』最終回放送の2日前、

私は米原さんの部屋へおじゃまして、若村さんのことを話した。

会社を辞めてしまったこと、あの告発メンバーに名前を連ねていたこと、

母に聞いた話も全て付け加える。


「あぁ……そうらしいよね。私たちもびっくりしたんだもの。
まさかあの若村君がっていうのもあったし、
いつの間にか、そんなに不満分子たちがタッグを組んだのだろうかって」

「不満分子」

「そう、前からね、色々とあったからさ。
所属タレントがきちんと決められた報酬をもらえなかったって言って、
裁判沙汰になったこともあるし、急な仕事を入れられてて体調を崩して、
芸能界を辞めた子もいるし。あ……そうだ」

「何ですか?」

「ここぞとばかりに、樫倉英吾の元彼女って人が、
プライベート写真をネットに流して、大騒ぎになったみたいよ。
すぐに事務所が削除したみたいだけれど。事務所が怪しいなんて思われたら、
あっという間に仕事も減るし、イメージも落ちるからね」

「そうなんですか」


そう言われてみたら、以前、しつこいくらいに流れていた樫倉英吾のCMが、

近頃流れなくなっている。


「そうそう、社長が史香のことを気にしていた」

「私のことですか?」


米原さんは、樫倉英吾の社長が、元所属タレントや、

事務所の関係者たちから裏切られる形で、脱税を指摘されたことに、

私のことを思い出したのだろうと笑った。


「ほら、淳平とのことがあって、多少強引に辞めさせてしまったでしょ? 
あれから前島さんの就職は決まったのかって。
史香に恨まれたら困ると思っているのよ、きっと」


日向さんの事務所を辞めてから、私はまだ、新しい場所を決めかねている。

米原さんの言葉に、苦笑いするしかない。


「そんなに気になるのなら、社長が再就職先を紹介したらどうですか? って、
私の方から言っておいたけどね」

「エ……」

「案外、そんな話が湧き出てくるかもよ」


米原さんはそういうと、楽しそうに笑い、日向さんのところにあらたなドラマの話や、

映画の話が舞い込んでいることを語ってくれた。

私はその話を聞きながら、思い切って日向さんと紗那さんとのことを

聞いてみようと話を切り出してみる。

撮影スタジオに面接へ行ったこと、

日向さんがせっかく会えたのに慌しくしていたこと、



そして……



紗那さんと会っていたこと……



「そうなんだ……それは勘違いしたくもなるし、淳平が悪いね」

「あの……これは」

「もちろん内緒にするけれど、まぁ、二人がどうのこうのってことはないはずよ。
ただ、確かに紗那さんがよく出入りしているなとは思っていたの。
いくら『BLUE MOON』のデザイナーとはいえ、
それからスポンサーのお嬢様だとしても……田沢君は知っているのかな、理由」

「いえ、いいんです。最終回が終了したら、自分できちんと聞いてみようと思います。
なんだかもやもやしているのも嫌なので」

「そうよ、そうよ。ちゃんと話をした方がいいって。
だいたい、話をしないことが一番、問題を起こす原因だと思うし……」

「はい」


米原さんに話をして、何か解決したわけでもないのに、

私は少し気持ちが軽くなった。





米原さんと別れて、駅までの道を歩いていると、母からの電話が入った。

父にでも何かが起きたのかと、慌てて受話器をあげる。


「もしもし……どうしたの? 何?」

『あぁ、史香? 今どこなのよ』

「今? 家へ向かうところだけれど、何?」


母は前島の家に、若村先輩から1通の手紙が私宛に届いたと話してくれた。

そちらに転送しようか、このまま預かっておくべきかと聞いてくる。


「若村先輩から?」


私は、すぐに家へ向かうと返事をした後、駅のホームを反対側に変更した。





午後4時ごろに家へ着き、それから自分の部屋に入る。

若村先輩の名前と、私の名前が書いてあり、消印がないところを見ると、

家のポストへ直接届けに来たのだろう。

若村先輩は、実家にいるのかもしれない。


机の中からはさみを取り出し、封筒の上部分を丁寧に切る。

中から出てきたのは、私宛の手紙だった。



『史香へ』



書き出しにはそう記してあり、私は中身をじっくりと読み進めた。

久しぶりの再会が本当に嬉しかったこと、服部先生と会い学生時代を思い出したこと、

そして、私の周りを気にしているうちに、日向さんとの付き合いに気づいたこと、

そんなことが淡々と語ってある。



『樫倉の事務所から、証拠をつかみたいとそう言われて、
あの日向が、史香のことを真剣に思っているわけはないと、その話を承諾した』



店の周りにカメラマンがうろついたのも、

そして、日向さんが私のところに来た写真を撮られることになったのも、

全て自分がからんだことだと言うことも、詳細に記されている。



『今まで、嫌というほど裏切られる人を見てきた。
アシスタントと付き合っておきながら、平気で裏切る歌手や俳優も何度も見た。
でも、まさか日向が、あんな形で史香との付き合いを認めるとは思っても見なくて』



日向さんが記者に囲まれて、私との交際を認め、『大事な人だ』と宣言した日、

若村さんはそれを、スタジオの控え室で見たようだった。

樫倉英吾は、これで日向も終わりだと笑い出し、

スタッフたちもしてやったりと上機嫌だった。



『それを見たとき、自分は間違っていたことが初めてわかった』



実力で勝負しようとせずに、平気で笑える樫倉英吾に対し、

若村さんは一緒に仕事をする気持ちがうせたと言う。

それから、事務所に対し、訴訟を起こそうとしている人たちと出会うチャンスがあり、

中に居続けるふりをして、証拠をつかむ手伝いをした。



『芸能界なんて、ウソばっかりだと今でも思っている。
でも、その中でも大事なことは忘れずに生きている人もいるんだって、それはわかった』



若村さんがこう記したのは、日向さんのことだろう。

変な気持ちだけれど、この手紙を読みながら、

私のもやもやが少しずつ晴れて行く気がする。



芸能界を続けていくピンチに会いながらも、決してウソをつくことなく、

私との交際を認めた日向さんだ。

紗那さんと、会わなければならない理由が、きっとあったに違いない。



『直接、謝ろうと思ったけれど、照れくさいので手紙でごめん』



私はその手紙を握り締め、急いで若村さんの家へ向かった。

話したことはないけれど、そんなことで照れている場合じゃない。

突然飛び込んできた私に、若村さんのお母さんは、きちんと応対してくれた。


「北海道?」

「そうなの。学生時代の友達と一緒に、しばらく牧場の手伝いをしてくるんだって言って、
今日の最終便で向こうへ……」

「最終便?」


お店の時計を見ると、まだ夕方の5時には少し手前だった。

今から電車に飛び乗れば、最終便までには空港に迎えるはずだ。

会えるかどうかはわからないけれど、この手紙をもらったまま、

いや……

うちの前でにらみ合った時のまま、お別れにしたくはなかった。



腹を立てて、若村先輩の携帯番号を消してしまった私。



それでも、先輩の再出発を、なんとか見送りたい。



若村先輩のお母さんに、先輩が乗る便を聞き、そこからすぐに空港へ向かう。

夕方ラッシュとは逆の方向へ進み、階段を駆け上がりながら急ぐ。





『史香、あれだけの男に惚れてもらったんだ、自分に自信を持てよ』





若村先輩の手紙は、この1文で終わっていた。

学生時代、先輩の後姿を見ながら、ドキドキしていた日々。

声をかけてもらって、気持ちが高ぶり、その日の帰り道は、

スキップしながら家へ戻った。





あの時の先輩は……

消えてしまったわけではなかった。





広い空港の中で、若村先輩を探す。

『札幌』行きに乗る人たちのゲート前で1時間近く待ち続けると、

サングラスをかけた先輩が、スーツケースを引きながら歩いてくるのが見えた。


「若村先輩!」


若村先輩は、私に驚き、すぐにサングラスを外してくれた。

それから何秒かして、緊張していた顔が、優しくゆるんでいく。


「史香……」

「よかった、間に合って……」


たった2、3分のことだった。

それでも、私はここに来て、若村先輩に会えたことが、本当に嬉しかった。



『いってらっしゃい』



そう声をかけられたことに満足し、ゲートに消えてしまうまで、

ずっと手を振り続けた。






55 青色の夢(10)


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コメント

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よかったね^^

ギクシャクしたまま別れずに済んでよかったね。
若村君もそれなりに悩んでいたんだ。
(ももちゃんの作品は基本的に悪者がいない)

淳平のことも、何かは分らないが理由があるだろう、
と割り切ることが出来たしネ

1歩だけど前に進めた。

続きが半年先だって!!!!!
その頃には忘れてるから、又初めから読み直しだな・・

いやいや

yonyonさん、こんばんは

>ギクシャクしたまま別れずに済んでよかったね。
 若村君もそれなりに悩んでいたんだ。
(ももちゃんの作品は基本的に悪者がいない)

あはは……さすが、yonyonさんだわ、
私の創作を、読み続けてくれているので、読まれ切ってる(笑)

>続きが半年先だって!!!!!
 その頃には忘れてるから、又初めから読み直しだな・・

大丈夫、大丈夫。
この作品は、登場人物も少なめだし、
そんなにゴチャゴチャしてないから、
『あぁ、あれだ……』って思い出せるはず。

半年後も、よろしくね。