4 父の影

4 父の影


沙織の父親に呼び出され、その場で明かされたのは、

僕の『本当の父親』についての情報だった。

自分が佐久間の息子ではないことは、わかっていたことだったが、

こうして知らなかったものを出されてしまうと、その違和感が現実味を増してくる。


「そこに書かれている進藤満という男が、大貴君、君の本当の父親だ」

「……進藤……満」


手渡された書類を読み進めると、僕がこうして育つまで、

いや、主に、母が佐久間の父と出会うまでの話が綴られていた。

進藤満という男は、母よりも5つ年上の男で、母と出会うまでに、

世話になっていた大家を騙し、『詐欺罪』で警察に捕まっている。

初めてだったこと、騙された大家が情状酌量を望んだことなどから、

執行猶予つきの刑にになり、それから半年後、母と出会った。

さらに1年後、母は僕を妊娠し、それをきっかけに二人は結婚を決めたが、

定職に就くことを嫌い、人間関係をうまく処理できなかった父は、

そのイライラを母にぶつけることが多く、二人は結局、2年も持たずに別れを迎えた。


そして、それから1年後、進藤満は、借りた金のトラブルから、

近所の男と言い合いのケンカを起こし、そして全治1ヶ月の怪我を負わせる。

『傷害罪』の罪は重く、刑務所に入ったことがわかった。


「佐久間さんが、どこまでこの事実を知っているのかはわからないが、
彼は彼なりに君を育てるために、覚悟を決めているだろう。
『Tosp』は社会に認められる企業になった」


佐久間の父も、おそらくこのことは知らないだろう。

いや、すでに亡くなった母も、進藤満が過去に罪を犯したこと、

そして別れてからまた罪を重ねたことを、知らなかったのではないだろうか。

それはそれで許される。なぜなら二人は他人だからだ。



僕は……



望んでいたわけでもなく、その男の血が、体の中に流れている。



「私の仕事は政治家だ。暮らしを支える仕事が大事なことはわかっている。
しかし、現実的には、スキャンダルによって、票は大きく左右される。
以前も、娘さんが不倫をした事実だけで、3度の当選実績がありながら、
落選した同僚もいた。君がもし、沙織の婿になったとしたら、
私をよく思わない相手の支援者達が、どんな人物なのかと調べ上げるだろう。
佐久間の家へ来たということだけでも、十分な刺激があるが、
それよりも……この進藤の罪は致命傷だ」


犯罪者の息子に、娘を嫁には出せない。

沙織の父は、遠回しにそう語った。

その意味がわからないわけではない、立場的に動揺するのも仕方がないだろう。

しかし、だからといって、沙織と別れるという条件を、

僕がのむわけにはいかない。


「申し訳ありません。僕も全て初めて聞く事実で、どうしたらいいのか正直……」

「いや、それはそうだろう。君のプライバシーを勝手に探ったことを、
不快に思わせたのだとしたら、それは申し訳ない。しかし、父親としての思いは、
くみ取ってくれるだろう」

「……はい」

「それなら」

「いえ、それでも、沙織さんと別れる選択肢は、僕の中にありません」

「大貴君……」

「僕自身の落ち度ならば、どんなことをしても自分で乗り越えます。
しかし、会ったこともない父の罪を、僕の人生になすりつけられても、
それはどうにもならないことです」


沙織のことは、何があっても絶対に譲れない。

僕が僕でいられるのは、彼女なしでは考えられるはずもなかった。

全てを受け入れ、そして愛してくれる女性を、

こんなことで奪われるわけにはいかない。


「どうにもならないことでも、それを受け入れてもらわなければならないんだよ。
君は……その人がいなければ、この世に生まれてこないのだからね」


沙織の父親が見せた目は、今までのどの目よりも冷たかった。

凍り付くような冬の海に放り出され、どうにもならないような小枝をかき集めながら、

僕はただ、一人で震え、その場に浮いている。


「私の話は、これだけだ」


その言葉を残した後、沙織の父親は部屋を出て行った。

待ってくれと止めたかったが、止めたとしても、言うことは同じことの繰り返しだ。

茶色の封筒に収められた資料が、本当に僕をこの世に送り出した父のものなのか、

あらためて自分で調べて見ようかと、取り出して見るが、

その圧倒されるような情報に、僕の力が抜ける。

沙織の父親は、地元でしっかりと力をつけた政治家だ。

これ以上、何か行動を起こすのに、最適な職業があるだろうか。

自分のやろうとしたことが、あまりにも無意味に思え、渇いたのどを潤そうと、

無駄だとわかりながら、必死にツバを飲み込んだ。





仕事に戻ると、携帯に沙織からの連絡が入った。

僕に会ったこと、何を言ったのかを、彼女は父親から聞いたようで、

震えるような声で、『ごめんなさい』と謝ってきた。


「沙織……」

『大貴……ねぇ』

「大丈夫だよ、今日、仕事が終わってから会おう」


とにかく沙織の顔が見たかった。

互いの気持ちさえ固まっていたら、あとはどうにでもなる。

僕たちは、もう……子供ではないのだから。





「こんなこと……父がするなんて」


沙織は、僕が渡された資料を軽く見ただけで、すぐに封筒へ戻した。

自分にとって大事なのは、今生きているこの時間であって、

僕が生まれる前のことなど、何も関係ないと悔しそうな顔をする。


「沙織、お父さんを責めてはいけないよ。政治家なんだ、普通の状況とは違う。
しかも、大事な娘を嫁に渡す相手が、どんな男だと思って調べてみることくらい、
当然だと思う」

「でも……」

「あぁ……でも、この条件はどうにもならない。その進藤とかいう男に、
僕はこれからも会うつもりはないし、向こうだって、僕がここでこうしていることすら、
知らないはずだ。母親の姓も亡くしてしまったし」


僕を生んでくれた母親の名前は、桜沢真梨子。

僕も保育園に通っている頃は、桜沢大貴だった。

しかし、今は佐久間大貴になり、もうその名前以外で呼ぶ人などいない。


「父に相談してみるよ」

「佐久間の?」

「父は君との交際も賛成してくれているし、この話は少なからず無関係なことじゃない。
親の力を借りるのは、どうなんだろうかと言う思いもあるけれど、
結婚は家族同士の付き合いにもなるから」

「そうね、佐久間社長が話をしてくれたら、父も納得するはず」

「うん……」


助手席に座る沙織の髪をかき上げ、そっとおでこにキスをした。

いつも明るく振る舞う彼女の、弱々しい姿がかわいくて、

全てを求める時のキスではなく、少しだけ幼く接してみたくなる。


「大貴、私、このまま帰りたくない」

「沙織……」

「父に会うのが嫌」


僕は首を振り、そして沙織をしっかりと抱きしめた。

そばにいたい気持ちは山々だけれど、こんな時だからこそ、

指摘されるようなことは避けなければならない。

沙織を愛しく思い、大事だと思っていることを知ってもらう、

遠回りではあっても、それが一番正しい道だと、僕はもう一度彼女に口づける。


「互いに頑張らないといけないよ。僕達はだだをこねるような子供ではないのだから」

「……わかった」


沙織の顔に、ほんの少しだけ笑みが戻り、僕はエンジンをかけると、

安達家へ向かって、車を走らせた。





沙織を送り届け、そしてそのまま家へ向かった。

父の力を借り、この難問を切り抜けなければならない。


「そうか……」

「はい」


父には、今日の全てを語った。

沙織の父との話、沙織との話、そして、間に入って欲しいと僕の思いを告げる。


「安達さんも、酷なことをするな。お前も沙織さんも、真剣に相手を思いあっているのに。
いくら政治家だからとはいえ、大貴にはどうにもならないことだ。
もし、そんなことを言い出す人達がいたら、逆にそれを訴えればいい……。
しかし……本当にそれだけなのか?」

「父さん」


本当の父の話、それ以外の理由が、まだ僕の中にあるのだろうか。


「何か……あるのでしょうか」

「確かに進藤満という男のことは、安達家とっていい話ではないだろう。
しかし、それだけで別れろと言うのは、あまりにも唐突すぎる気がしてね……」


父の言葉に、僕もそう思った。

いや、沙織の父親に別れろと責められたときには、目の前の言葉しか頭に残らなかったが、

落ち着いて考えてみると、確かに唐突すぎる。


「大貴、今はあれこれ考えても仕方ない。とにかく早めに私から安達さんに話をしよう」

「すみません、こんなことになってしまって」


『血のつながり』が親子の絆なのなら、僕と父には何もないはずだった。

しかし、間違いなく僕をここまで育ててくれたのは、ここにいる父で、

その恩だけは、忘れたことがない。


「何を言っているんだ。子供のために動くことは、親として当たり前のことだろう。
お前には……大貴には、幸せになってほしいんだ」

「父さん」


『幸せ』とは縁遠かった母の残した息子。

その息子を誰よりも幸せにしたいという父の言葉は、

切り裂かれた僕の心を、深くあたたかい糸で、しっかりと縫い合わせてくれた。





研究室で取り出した結果が、それぞれの陸上部員に手渡された。

持久力、足のバネなど細かい項目があれこれあるが、小さなめぐみは、

どれもチームトップクラスで、そのデータ結果に一番驚いたのが、

師匠としてめぐみに尊敬されている監督の沢口だった。


「夏前にある、新人レースに、石垣を出場させてみたいんです。
『Tosp』の枠をいただけないでしょうか」

「あの細さで、持つんですかね」


沢口は、1年契約の形でもいいから、めぐみを選手として登録して欲しいと、

僕たちに願い出た。会社の広報を担当している尾崎は、

店員オーバーになるからといって、首を縦に振ろうとはしない。

合宿所があるわけではなく、主な経費は練習のグラウンド整備や、コーチ陣の給料、

そして大会に出るための参加費だった。

僕は頭である程度計算し、これならばという数字を弾き出す。


「尾崎さん、いいですか?」

「あ、はい……何か」

「石垣さんを、チームに入れましょう。僕も、彼女は細くて小さいから、
スタミナがどうなのかと心配したんです。でも、何度か走る姿を見ましたが、
安定していて下半身はぶれないし、先日のデータでも、
優秀なことはハッキリわかりました」

「大貴さん」

「投資する価値のあるものには、惜しみなくつぎ込むこと、これは社長の考えです。
ですから、彼女にかかる費用に関しては、僕が個人的に支払うことにします」





そして僕は、石垣めぐみの、スポンサーになった。





「ありがとうございます!」

「礼などいりません。しっかりと練習に励んで、結果を出してください」

「はい」


その話は、早速めぐみに伝わった。

何もかもを実費で支払わなければならないと、覚悟を決めていた彼女も、

バイトと練習の日々に、疲れていたのだろう。


「まぁ、生活の全てを見ることは出来ないから、二重生活は続くのだろうけれど、
登録費や練習費用も、そうそうトレーニングウェアやシューズ費用も、
かからなくなるのは大きいだろう」

「大きいも何も……本当にありがたいんです……け……ど……」

「けど?」


めぐみはそう言うとタオルで顔を覆い、クスクスと笑い出した。

何がおかしいのかわからずに笑われるのは、あまりいい気分ではない。


「何だ、何で笑うんだ」

「だって私、大貴さんのお金で活動するんですよね。
まるで『愛人』みたいじゃないですか。報酬をもらって、それで生活して……」




『愛人』




こんな古めかしい表現が妙におかしくて、そして、18才の子供のような選手に、

からかわれている自分が、さらにおかしく思えてくる。


「愛人はないよ、そんな興味がめぐみに湧いてこないからね」

「あ……それって、ひどい!」


どこか緊張の続く日々の中で、絶対的存在である沙織とは別の場所に、

心を癒してくれるめぐみの存在が、その頃から大きくなっていた。







5 走る理由

『ももドラ』確立を目指し、奮闘中です。
励ましの1ポチ、よろしくお願いします *´∀`)ノ ヨロシクオネガイシマス♪

コメント

非公開コメント

はまっています

こんばんは。

ももドラいいですね。私も深みにはまりそうです。

物事の裏を読めるか、大貴・・・。

楽しみにしています!

癒される・・・か

沙織パパ、何か含むところが??
気になるね~~(既にももドラにドップリyon)

葵が?と思っていたら伏兵現る。
めぐみちゃん、なかなか侮れない存在。

心癒されて、反対される沙織より・・・ってか?
ヽ(´o`; オイオイ 

ももドラ、応援してください

milky-tinkさん、こんばんは

>ももドラいいですね。私も深みにはまりそうです。

わぁ~い、はまってください、ぜひぜひ!(笑)
まだ、ストーリーとしては、序の口の序の口なんです。
誰がどんな鍵を握るのか、
どうなるのか……は、読みながら確かめてね。

……思いっきり10話くらい、UPしちゃいたいくらいだわ(笑)

今回の父は違います

yokanさん、こんばんは

>実父のことはショックだね、佐久間のお父さんが良い人でよかったわ~。

ねぇ……知りたくないことなのに、知ってしまいました。
今まで、結構お父さんは嫌な人が多かったのですが、
今回の佐久間の父は、大貴にとって、強い味方になります。


……敵も、すでにあちこち出てますが(笑)


さて、めぐみ……
みなさんはどう見るのかなぁ
それを想像するのも、私の楽しみです。

大貴を囲む女達

yonyonさん、こんばんは

>沙織パパ、何か含むところが??
 気になるね~~(既にももドラにドップリyon)

ありがとう!
もういいです……って言われたらどうしようかと(笑)
なんせ、まだまだこれからなんですよ。

葵、めぐみ、沙織……と3人の女性が登場。
誰がどんなふうに大貴と関わるのか、
それはさらに読み進めてくださいませ。

……あぁ、一気に10話くらい、先に進めたいです(笑)

ありがとう!

milky-tinkさん、こんばんは
覚えていてくれて、ありがとう……
なんだかあらためて言われてしまうと、恥ずかしいですね。

こちらこそ、いつもこうして読んでもらえて、
本当に嬉しいです。
お互い、子供のパワーに負けず、
毎日をしっかり、またドキドキ感を忘れずに、過ごしましょう!