6 獲物を狙う目

6 獲物を狙う目


沙織と別れた後、僕は冷静に行動を開始した。

我が家の人間は誰一人、僕が逃げだそうとしているとは思わないだろう。

とりあえず預金の残高を確認し、そのまま会社へ戻る。

今年の秋に発表する、新しいスニーカーのデザインが出され、

父を囲む重役達は、今期の売り上げをさらに伸ばすべく、色々と意見を戦わせた。

僕はその話し合いと、夜になりライトが光り始める街並みを、

どこか遠い目で見ながら、ただ沙織のことを考える。


「大貴」

「はい」

「明日の予定は、頭に入っているな」

「あ……はい」


明日は夕方から、打ち合わせが予定されていた。

長い間うちの製品に関わる業者が、新作のトレーニングウェアの素材を相談するため、

わざわざ松山の工場を止め、本社に出て来てくれることになっている。



明日……



僕はその打ち合わせに出ることは出来ない。

父に何も語らずに動くことは、申し訳ない気もしたが、

何よりも大切なものを守るためには、方法はこれしかなかった。

とにかく二人でゆっくり話せる場所に非難するために。





車を走らせ、いつもの時間に家へ戻る。

母は、食事の支度を整え、父は遅いのかとたずねた。

僕は同じような時間に家を出たので、もうすぐ戻るのではないかと言いながら、

着替えのために部屋へ向かう。

僕の出生から、確かに冷たいところのある母だったが、

今まで育ててくれたことには感謝もある。

冷静にと思えば思うほど、どこかからほつれが出そうな気がして、

深くため息をついた。


「葵はまだ戻ってないの?」

「あの子は、何を考えているのか。大学院に進むと言ってみたと思ったら、
急に『Tosp』に入ると言ってみたり、
今日も急に人と会うって電話をくれただけで……」

「一番楽しい時期なのでしょう。しばらくすれば落ち着くはずです」

「そうかしら……」


母は大きなため息だけを残し、リビングを出て行った。

温かいスープに口をつけながら、しばらく味わうことのない食事を、

噛みしめるように食べ終えた。





携帯を枕元に置き、ベッドに横になる。

沙織と約束をした時から、互いに連絡は取らないことと決めていた。

彼女の周りにうろつくようになった、秘書の行動を助けることになりかねない。

とにかく、明日を祈りながら、目を閉じた。





いつもの時間に目覚め、沙織からもらったスーツに腕を通す。

何も荷物を持たないと決めたが、このスーツだけは残せない。

朝食はフルーツとコーヒーで済ませ、玄関で靴を履く。


「お兄ちゃん」


葵の声に振り返ると、まだ、髪の毛も整えていない妹が、

寝間着姿で立っていた。時々、こちらを迷わせるような目をするかと思えば、

こんなふうに、昔、手をつなぎ遊んでいた頃を思い出させるようなことをする。


「何だ、何かある?」

「……別に」


葵は、行ってらっしゃいと手を振りながら、洗面所へ消えていった。

僕はそのまま扉を開け、いつものように車のエンジンをかける。




『しばらく、さよなら』




そう心でつぶやき、アクセルを踏み込んだ。





約束の午後2時、僕は少し前に到着する。

選んだ駅は、互いの会社とは全く別の路線にある駅で、

乗り換え客が多く、道と道で人が交差を繰り返す。

現れた沙織を見逃すまいと、目だけはあちこちに動かすが、

予定時刻を過ぎても、沙織は姿を見せない。



買い物客が色とりどりの袋をぶら下げていた時間から、

学生が帰宅を目指す時刻へと変わっていく。



何かがあったのかもしれない。

そう思い出したのは、待ちあわせから1時間経過した頃からで、

ホームを間違えたのかも知れないと、何度か階段を上がった。

ポケットに入れてあった携帯を取りだし、沙織へかけようかと思ったが、

約束を守るべきだと、またポケットに戻す。

近くにいた駅員に、公衆電話の場所を聞き出し、硬貨を入れ沙織の会社へかけた。



『はい、KANAMOです』



沙織は、家電メーカーの『商品管理部』に勤めている。

出来る限り冷静に、沙織の名前を告げると、

電話に出た同僚は、沙織が『外出中』になっていると、教えてくれた。

『外出中』ということは、間違いなく出社したことになり、

まずは、こちらに向かっていることがわかりほっとする。



しかし、サラリーマンが帰宅を急ぐ時刻になっても、

沙織は待ち合わせ場所に姿を見せることがなかった。



僕は、限りなく不安な気持ちを押し殺したまま、携帯の電源を入れる。

打ち合わせを何も言わずに流してしまった僕に、父からの着信が並んでいた。

僕が駅から離れた時には、周りの客はすでに酔っているように思え、

明日もまた頑張ろうと、どこかから声が聞こえた。





「何をしていたんだ、大貴」

「すみません。食事に出かけた後、少し体調が悪くなって、
ずっと、喫茶店に入っていました」

「喫茶店? お前に話をしていただろう。今日の打ち合わせのことは」

「はい……」


とんでもない言い訳だと思ったが、何を付け足してもウソにしかならないとそう思った。

それよりも、沙織がどうして来られなかったのか、その理由が知りたくなる。

父は、明日のパーティーには出席するようにと付け加え、僕を解放したので、

一度頭を下げた後、車に乗り込み、向かったのは沙織の家だった。

何も変わらない夜に、当たり前のように灯る明かり。

日付が変わる頃まで、道に止めた車の中から見た沙織の部屋は、

明かりがつくこともなく、静かなままだった。





僕の足は、朝から自然と研究室へ向かった。

白衣を着た社員達が、それぞれ目標を持ちながら、仕事を続けている。

製品が完成し、カートに乗せて運んでいるのは、間違いなくめぐみだった。


「おはよう」

「あ……おはようございます。今日は早いんですね、こちらへ来るの」

「そうかな、いつもと変わらない気がするけれど」


部員達は、それぞれ仕事を持ちながら、練習もこなしている。

めぐみはまだ正式な社員扱いではないが、バイトとして登録を済ませているため、

忙しい時期には、ユニフォームを着て力仕事もこなす。


「うちの大事な製品なんだ、そこらへんで転んだりするなよ」

「大丈夫です!」


めぐみは小振りなポニーテールを揺らしながら、また研究室の中へ消えていった。





時計が11時を回った頃、僕はあらためて沙織に連絡を入れた。

昨日と同じ声の女性が出てくれたようで、同じ質問をすると違った答えが戻ってくる。



『本日は、休暇をいただいておりまして……』



沙織は会社に出ていなかった。

もしかしたら急に体調を崩し、家で寝ているのだろうか。

すぐに安達家へ連絡をしようと思ったが、この後は会議が始まりそれは出来ない。

こうなったら、作戦は仕切り直すしかないだろうと、受話器を閉じた携帯を、

スーツのポケットへ押し込んだ。





父と揃って参加したパーティーは、

ターミナル駅に新装開店した、百貨店のお披露目だった。

元々、電鉄会社が持つものなので、客層も主婦だけではなくサラリーマンも多い。

『Tosp』も開店当初から店舗を持っていたため、

新規開店にあわせて、内装も新しく変化させる。

主役ではない誰かの登場に、会場内は少し騒がしくなった。

今まで、あちこちを向いていた招待客の視線が、ある1点へ集中する。

その視線の先には、頑丈そうなボディーガードを3人従えた男が、

少し派手なスーツに身を包み、堂々と歩く姿が見えた。

その男を呼びかける人の声が、僕の耳に届く。


「杉町……って言いましたよね、今」

「あぁ……あれが、『Takamiya』の次男だ」


関西を中心に力をつけ、今、東京で苦戦をしている百貨店の跡地に、

専門店をオープンさせようとしている杉町翔が、

近寄ってきた男達から、歓迎を受けている。

主役ではないはずなのに、その圧倒的な存在感と抱えている大きな財力に、

あふれる人達の目は集中した。


「あぁ、お久しぶりです、お会いできて光栄ですね」


少し大きめの、そしてどこか押しつけるような声が、僕の耳にも届いた。

あの男が沙織を見つけ、沙織の父を揺さぶっているのかと思うと、

そのまま殴りかかりたいくらい、腹が立ってくる。


「大貴、あまり感情を表に出すな」

「……はい」


父には、僕の荒い息が届いたのだろう。

少し落ち着けるように会場を抜け出し、廊下の長い椅子に腰かけた。

今日は、県議会で会議があるため、沙織の父は家にいない。

もし、お母さんがいたとしても、沙織に電話がつながるだろうと信じ、

僕は廊下で、沙織の携帯にかけてみる。



『ただいま電源が入っていないか、電波の届かないところに……』



沙織は約束通り、携帯を切ったままなのだろう。

それでもしつこく鳴らしてみるが、何度やっても出てこないため、

家の電話へ番号をかけ直す。

同じように呼び出し音だけが聞こえ、誰もいないのなら仕方がないと、

受話器を閉じた。


「佐久間大貴さんですよね」

「……はい」


少し前に耳に入った声に振り向くと、そこに立っていたのは杉町だった。

見たくもない顔を不意に見せられ、僕は思わず目をそらす。


「あなたが、佐久間さんなんですか……」


なんだろう。人の名前を連呼し、それで納得するように頷く杉町に、

腹立たしさを通り越した、怪しささえ見えてくる。


「何か……」

「いやぁ……背が高くて、羨ましいです。
『Tosp』の跡取りは、どこにいてもすぐにわかると言われていましたが、
確かにそうですね」


この男に捜される理由など、僕には何もなかった。

取ってつけたようなコメントに、答える気持ちすらなくなってしまう。


「あなたなら……男でも、惚れてしまいそうなくらいだ……」





杉町は、僕の横を通りすぎる時、確かに笑った。





その自信に満ちあふれる顔は、完全なる勝利者のもので、

何を勝負したのかわからない僕は、ただ、呆然とその男の後ろ姿を見送った。







7 怒りの矛先

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コメント

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No title

沙織さん、どこに行ってしまったのかしら。
そして怪しい人が出てきましたね。
葵も、怪しくなってるし。
ドキドキしながら、次を待ってますね。

どこに……

yokanさん、こんばんは

>いったい何があったの~(@@;)
 不気味だわ~(ーー;)沙織さん、大丈夫かしら・・・

おそらく、読んでくれている方がみなさんそう思っているかと。
沙織はどうしたんだろうってね。
もちろん大貴もそう思っているわけで……

怪しい人物が登場し、さらに深みにはまっていきます。
これからもよろしくお願いします。

少しずつ……

あんころもちさん、こんばんは

>沙織さん、どこに行ってしまったのかしら。

読んでみるみなさんも、大貴もそう思っているはずで……
どこに行ったのかは言えませんが、
少しずつ『波紋』は広がっています。

『ももドラ』をこれからも
よろしくお願いします!

心配よね

約束を違えるような佐織では無いと思うので・・・
きっと出てこられない事情があるのね。
心配だわ、でもこれで逃亡計画は少し遠のく?
良い結果にはならないと思うから、考え直す時間には
なるかと。

おおー噂の杉町の次男
尊大で不遜、嫌感じ!この男何か知ってるな。

杉町登場

yonyonさん、こんばんは

>きっと出てこられない事情があるのね。

時間を間違えたとか、道を間違えたとか……
そういったことではないようです。
沙織がどこにいるのか、

杉町が知っているのか……

それは次回で!