7 怒りの矛先

7 怒りの矛先


携帯に全く連絡が取れないまま、1日以上が経過した。

いくら『かけ落ち』の相談をしていたとしても、このまま放って置くわけには行かない。

僕はパーティーを終えると覚悟を決め、沙織の家へ向かった。

インターフォンを鳴らしても、誰も出てこなかったが、

待ち続けて1時間した頃、疲れ切ったようなお母さんが、

下を向いたまま戻ってくるのが見えた。僕はすぐに声をかける。


「……大貴くん……」


お母さんはその場で泣き崩れ、僕はそれを慌てて支えた。

ここが公の道だということを忘れてしまったくらい、嘆き泣く姿が、

逆に沙織に何かがあったのではないかと、不安を膨らませる。


「お母さん、何があったんですか? 沙織に……」

「大貴くん……ごめんなさい、ごめんなさい……」


何度も繰り返し謝られても、僕には何もわからなかった。

ただ、沙織が家にいないことだけはわかり、

そして、僕にとってよくないことが起きていることだけは感じ取れる。

僕は安達家に入り、沙織のお母さんと向かい合わせに座った。


「沙織はどこにいるんですか、教えて下さい」


お母さんは泣きながら、何度も首を振った。

事故にでもあったのか、急な病気になったのかと問いかけるが、

何を聞いても、首を振るだけで全くわからない。


「お願いします、教えてください。電話はつながらないし、会社にも出社していない。
休暇を取ると連絡したのは、誰なんですか!」

「ごめんなさい……」

「お母さん……」

「沙織は……沙織は、広島に……」





『広島』





その土地名を聞いた時、僕の頭に浮かんだのは、勝ち誇った笑みを浮かべた、

あの男の横顔だった。杉町翔の実家は、広島にある。

沙織は、杉町に連れ去られたのだろうか。


「杉町翔のところですか?」

「……大貴くん、杉町さんを知っているの?」

「杉町が沙織を迎えたいと言っている話は、聞きました。でも……沙織は……」

「そう、沙織はそんなことを思ってないわ。沙織は……沙織は大貴くんを……」

「だったら!」


お母さんは、今まで沙織の父親と会っていたことを話してくれた。

昨日は朝、普通に出社したことは間違いなく、

帰りが遅くなるのも、僕と一緒なのだろうと、疑わなかったらしい。

しかし、日付が変わっても連絡がなく、戻ってこない娘を心配し、

夜遅くに帰って来た父親に話をすると、

当然のように沙織が広島へ向かったことを告げられた。


「主人が、沙織を広島へ行かせてしまったの。どうやってなのかはわからない。
でも……間違いなく広島にいると……そう……」


沙織の周りをうろついていた男達が、沙織を強引に連れ去ったのだろう。

いくら親子でも、これは正しいことではないはずだ。

沙織は、相手の囲いの中に押し込められてしまった。

僕はどうやって、彼女を救い出せばいいのだろう。


「教えてください。杉町の連絡先を。僕が話をします」

「大貴くん……」

「こんなこと、認められるはずがないじゃないですか。
沙織の気持ちは、彼女の想いはどうなるんですか」


泣いている母親にぶつけることではないことぐらい、心の片隅ではわかっていた。

それでも、何をどうしたらいいのかが全く見当もつかない。


「私も主人にそう言ったの。広島へ行きたいって。でも、それはダメだって」

「ダメ?」

「杉町家のしきたりを覚えるために出かけたのだから、
こちらがあれこれ口を出すなって」


想像以上に、話は現実的に進んでいた。

杉町翔は、すでに沙織と結婚することを親戚にも告げていて、

沙織は、『新妻』として、相手に迎えられているという。

あまりの出来事に、僕は体から全ての力が抜けていく気がして、

反論すら出来なくなった。





沙織……

君は今、どこにいる……





「僕が杉町に会います」


沙織の母は、何度も頷き、僕の両手を握りしめた。

無言の仕草に、娘への思いが伝わってくる。


「必ず、沙織を戻しますから」


安達家を出た後、僕はそのまま駅へ向かおうと早足になった。

しかし、その足が止まり、今来た道の方へ振り返ってみる。

まだ僕らが学生の頃は、この道をくだらない話をしながらよく歩いたものだった。

家が近付くのが嫌で、沙織を離したくなくて、

他に誰も歩いている人がいないとわかると、僕は彼女の腕を引き、

キスしたことを思い出す。



『大貴、こんなところで何するのよ……』



ここにいると、今すぐにでも照れながら頬を膨らませる沙織に

呼びかけられそうな気がして、自然と涙が浮かんだ。





杉町は、とあるビルに事務所を構えていた。東京にはまだ『Takamiya』はないため、

その事務所には何人かの従業員が電話とPCを並べ、仕事に追われている。

30分後に戻るからと言われ、僕は奥にあるソファーで、その男の帰りを待った。

杉町はパーティーで見た男達を従えて、事務所に戻ってくる。


「お待たせしました。すみません、新店舗の打ち合わせがありまして」

「いえ……こちらこそ、突然お邪魔したのですから」


あえて冷静になろうと、怒りをこらえたまま挨拶を交わす。

杉町は、何もかもわかっているのだろう、余裕の笑みを浮かべ目の前へ座った。


「何かおありなのなら、会場で話をしていただけたら二度手間にはならなかったのに、
申し訳ないことを……」

「あの時はわかりませんでしたから」

「わからない?」

「……沙織を戻してください」

「沙織?」

「あなたが広島へ勝手に連れて行った、安達沙織のことです」


杉町は、口元をゆるめると、僕をバカにするように笑い出した。

あまりにも長く笑っているので、いい加減にしてくれないかとこちらから言葉を出す。


「戻して欲しいとは、どういうことですか。沙織は自分から広島へ向かったんですよ」





……沙織





この男から、彼女の名前が呼び捨てにされるの聞き、

張り倒したいくらい怒りが充満する。

それでも大きく息を吸い込み、なんとかこらえ前を向いた。

何もわからない状態で、感情のまま振舞うわけにはいかない。


「それはあり得ないでしょう。昨日は僕と会う約束があった。
広島へ行く予定なんて、なかったはずだ」

「何をするために会う予定だったんですか?」

「何って……」

「佐久間さん、あなたと沙織の付き合いは終わりになったはずだ。
そう、安達さんから聞いています。もう何も関係はなくなったと……」


ポケットからタバコを取り出すと、杉町はライターで火をつけゆっくりと吸い込んだ。

ゆらゆらとあがる煙と、吐き出された息で、一気に苦しく感じてしまう。


「まさか『かけ落ち』しようとしていたなんて、言いませんよね。
それは失礼な話だ、私の婚約者を捕まえて」

「婚約者? 何を……」

「沙織にはきちんと話しましたよ。過去はしっかり終わりにしないと、
後から痛い目にあうよって……。そうそう……」


一度だけふかしたタバコは、すぐに灰皿になすりつけられた。

杉町は何かを思い出すように目を閉じ、そしてニヤリと笑う。





「おでこにキスしてあげながら……ね……」





我慢が出来なかった。誰に止められようとも、この男を殴り倒し、

広島中を探し回ろう、そう思った。伸ばした腕が確実に杉町の胸元に届き、

一気に力を入れる。


「おい!」


杉町が声を上げた途端、扉が開き、周りを囲んでいたあの男達が姿を見せた。

僕の腕はすぐに杉町から離され、その体は押さえられる。


「血は争えないなぁ……『傷害事件』を起こし、警察のお世話になるような男の息子は、
同じようなことをしてみせる。あぁ……恐ろしい。沙織はこんな男と別れて、正解だ」

「な……」


言葉を発しようとすると、さらに強く締められた。

杉町は僕の前に立ち、怒りに震える姿を、下から上へなめるように見る。


「沙織は、私が幸せにしてやる。あなたは自分にあった女を探せばいい。
その容姿があれば、女なんてすぐに寄ってくるよ」

「ふざけるな!」

「ふざけてなんていない。いいか、黙って見ていろ。沙織はちゃんと帰ってくる」





帰ってくる……





沙織は気持ちの強い女性だ。こんなやつの言葉に、言いくるめられたりはしない。


「その時こそは、しっかりと過去の清算をしてくださいね。式も近いですから……」


男達につかまれながら、僕は事務所を追い出された。

解放された体のあちこちが痛いままで、そのまま玄関の横に座り込む。

恐ろしい場所に閉じ込められた沙織を、救ってやれないもどかしさに、

僕は周りのことなど考えず、思い切り扉を蹴飛ばした。





仕事にも家にも戻ることは出来なかった。

知らない街へ繰り出し、そのまま知らない店へ潜り込む。

バブルの頃なら賑わっただろう街並みも、『空店舗』があちこちに見えて、

どこか寂しげな雰囲気さえ漂った。

その中の1件に入ると、5人くらいのホステスが迎えてくれた。

誰でもいいと言い席に座ると、すぐに一人のホステスが横に座る。


「お客さん、この店初めてでしょ。見たことがない顔だもの」

「あぁ……別にいいんだろ、初めてでも」

「もちろんです」


何か飲ませて欲しいと頼むと、彼女は1本のボトルをテーブルに乗せた。

誰が見てもわかる高級な酒の登場に、勝手に決めるなと手で払ってみせる。


「そんなことないでしょ。あなたにはこれだけの収入があるもの」

「どうしてそう思う」

「着ているスーツでわかるわ。私だって、プロなんですから」


これ以上、言い合いを続ける気持ちにはならずに、言われるままボトルを開けた。

氷の音が響き、マドラーでかき混ぜるのを待つことなく、それを一気に飲んでいく。


「あぁ……もったいない、味わわないなんて」

「うるさいな、黙っていろよ」


つい強くそう言い切ると、ホステスは口の前に指を置き、

それならば黙っていると抗議した。黙ったままだとピッチは速くなり、

ボトルはどんどん減っていく。


「名前は?」

「黙っているんでしょ?」

「客に逆らうな、名前を聞いているんだ」

「……少女A」


笑うと左の頬にえくぼが出るそのホステスは、また新しい酒を作り、

僕のグラスに『乾杯』と軽くぶつけた。







8 心を癒す場所

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コメント

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あーー!!!!!

あーーーーーくそ!(・・・すみません)
杉町次男!嫌な奴、嫌な奴、嫌な奴!!!!!!

沙織パパもどうかと思うよ。こんな男のところに行って娘が幸せになれると信じてるの?

↑自分のコメントで、「ア~ァドップリももドラに嵌ってる」を実感。

沙織・・・・大丈夫かな?

最強の男

yokanさん、こんばんは

>杉町、やな男だね~(ーー;)

はい、嫌なヤツです。
おそらく、ももんた創作の歴代1位になる素材だと思うので(笑)

>まさか、麻薬なんてことありえんよね

……いやぁ、そんなハードなものは書けませんので、
大丈夫ですよ。

大貴がこれからどうなるのかは、次回へ続きます。

嫌なヤツです

ナイショさん、こんばんは

>うわぁ……嫌なヤツだ。

『嫌なヤツ』だと思っていただきたかったので、
それはよかったです(って変かしら)

杉町……
おそらく忘れられないヤツになると……
次回もお楽しみ下さい。

嵌ってね!

yonyonさん、こんばんは

>杉町次男!嫌な奴、嫌な奴、嫌な奴!!!!!!

あはは……そうでしょ、嫌なヤツなんです。
ももんた創作史上、もっとも嫌なヤツになる可能性大!

『ももドラ』に嵌っていただいて、
嬉しいなぁ……