10 行き場のない声

10 行き場のない声


同じようなことを繰り返しながら、時は無情にも積み重なり、

沙織が僕の目の前から消えて、2週間が過ぎていった。

母の屈折した気持ちを聞いてから、

仕事を終えそのまま家に戻ることもどこか辛くなり、

僕の足は、自然と『あの店』へ向かう。


「いらっしゃいませ」

「あぁ……」


話すことなど何もなかった。それでもあかりは何も聞かず、ただじっと横に座っている。

たいしたお酒も減らないまま、流れる時だけを確認すると、

僕をじっと見ていたボーイが、他の客を案内するために目の前から消えた。


「あの人、どうしてじっと見ているんだ」

「いい加減にしろって、そう思っているのよ」

「いい加減?」

「そうよ、はじめこそ高級なお酒を飲んで、ボトルも入れてくれたけれど、
それから回数は増えてもお酒は全く減らないし、ただじっと座っているだけだもの。
あなたは決して上客とは言えないでしょ」

「……だろうね」


そう言われて見て、あかりのことが気になった。

こうして、稼ぎにもならない客と、時を過ごすことは、

ホステスにとって実りあるものではないだろう。

僕はまた最初に入れたボトルを入れるように、あかりに告げる。

しかし、あかりはメニューを閉じると、僕のグラスにコースターで蓋をする。


「何をするんだ」

「佐久間さんのお酒は、楽しいお酒じゃないから」


あかりは、お酒を飲むのには楽しいものと哀しいものがあるのだと、そう言った。

楽しいお酒ならば、どれだけ広がっていっても構わないが、

哀しい酒は早めに切り上げないと、底が深くなりすぎて戻れなくなると説教をする。


「どっちだって同じだろう。君にとっては」

「あなたがここへ来る、その意味を組み取れていない以上、
私は仕事をしていないのと一緒だもの。
これ以上、お金を払ってもらうことは出来ないでしょ」

「君の仕事?」

「いつ、話をし始めるのかって、思っているのだけれど……」


あかりは、僕が何も語らないことに、気づいていた。

僕は無言でお酒を飲んでもいいだろうと、グラスに乗せられたコースターをおろし、

残りに口をつける。


「黙ってお酒を飲んでも、別に構わないけれど、
それを望むのなら、ここには来ないでしょ。
一人で飲みたいのなら……それに見合う場所があるはずだもの」


心の奥底にある思いを、誰かに語りたいのではないか。

あかりはそう、僕に問いかけた。

何も知らないあかりに、今の僕が語りたいことなどあるのだろうか。

沙織がいなくなってしまって、空っぽになった心は、

いくらお酒を飲んでも、乾いていく一方だ。


「君の父親って、どんな人なんだ」

「私の父?」

「あぁ……」


もし……や、でも……などを使うことが、どれだけ無意味なのか、

わかっているつもりだった。それでもそう思って見たくなる。

もし、僕の父親が、事件など起こしていなければ、過去に犯罪歴などなければ、

いや、もし、僕が本当の佐久間大貴なのだとしたら、沙織の父親は、

心配をしながらも、彼女の人生を素直に僕に任せてくれたのだろうか。


「私の父はね、大学教授なんですよ。そして母はスチュワーデス」

「……ウソだ」

「ウソ? どうしてウソだって言うの?」

「君はいつもはぐらかすだろ。名前だってしばらくは『少女A』だった」


そう、あかりは人に語れと言いながら、自らのことは何も語らない。

他の女の子は、普段買い物へ行って何を買ったとか、テレビ番組は何が好きだとか、

手が触れあうくらいの話題を、振りまいてくるのに。

彼女とはいくらお酒を飲んでも、どこか壁があるようなそんな気がする。


「そう……そんな話はウソ。本当の父親はギャンブルに狂って借金を作り、
母はそんな父に愛想をつかして、とっとと出て行った」


僕はあかりの話を聞き、やはりそうなのかと正直思った。

あかりはそんな僕の顔をじっと見た後、何がおかしいのかケラケラと笑い出す。


「何がおかしい」

「今、佐久間さんが思ったことを当ててあげましょうか」

「今?」

「そうよ。あぁ、やっぱりな。
こんな仕事をしている女の家は、そんなものだろうって……考えていたでしょ」


あかりの指摘に、僕は言葉が返せなかった。

図星を指されてしまい、その先が出てこない。


「どうしてそうやって決めつけるのかな。私が不幸の中に生きてきて、
こうしてここにいないと、納得出来ないのかな。大学教授の娘なら優秀で、
ろくでもない親を持った子供は、その道を重ねるように歩むみたいに思われるのって、
それって偏見でしょ?」



『警察のお世話になるような男の息子は、
同じようなことをしてみせる。あぁ……恐ろしい』



杉町の事務所に向かった日、あいつは僕にそう言った。

親がどんな人間なのかで決められることが、

どれだけ腹立たしいことかわかっていたはずなのに、僕はあかりに同じ想いを持った。


「面倒な女だな、君は。そんなふうに考えていたら、贔屓の客なんて出ないだろ」

「どうかしら……企業秘密は漏らさないの」


あかりはそう言うと、タバコを取り出し、自分で火をつけた。

メンソールの細いタバコは、ゆらりと煙を上げながら、漂っていく。


「私の親は普通のサラリーマンよ、本当に。ごく普通の家庭に育ってきたつもり。
勉強は得意じゃなかったし、かといってこれといって出来ることもなくて。
でもね、昔から人の話を聞くことは好きだった。頷いてあげたり、
一緒に泣いてあげたり、それは別に無理矢理じゃなくて、本当に好きだったの。
そんな私には、向いている商売だと思った。
こうしてお酒を飲んで、話を聞いてあげる……それだけで、
また次へ向かう気持ちになってくれるのなら、ずっと聞いてあげていたい」


あかりはプロなんだと、その時に思った。

何も話などしていないのに、心の隙間にゆらゆらと優しい風が吹いていく。

彼女に話せることなど、何もない。

政治家と大手企業の息子が、女性を誘拐まがいに連れて行ってしまったこと、

そして、妹だと思っていた人から、思いを寄せられること、

どれも、決して語ることは出来ない。



あまりにも、真実の方が重すぎて。

軽々しく、口に出せなくなる。



結局、その日も新しいボトルは入れることもなく、ただ、時間が流れていくのを、

ため息を落としながら、待つだけだった。





それから2日後、『Tosp』の店長合同会議が本社で行われた。

全国に散らばる店舗は70にもなる。大手百貨店に入っている店、

駅前の商店街と取引をしている店、形は色々とあり、

それぞれの場所によって、相手をする客層も違うし、力を入れる商品も異なってくる。

それでも、業界全体の状況を素早く把握し、常に前を見て行動するようにと、

社長は前に立ち、短い話で言い切った。

拍手が起こり、さらに会は進む。

全体会を終え、グループごとに会場を分けた時、関西地区でチーフを勤める矢田が、

話があると前へ出て来た。


「何かあるのか」

「あの……少し気になる動きがありまして。取り越し苦労だとは思うのですが、
もし、確認していただけるのなら、していただいた方がいいかと……」


全体会議で発表するような内容ではないと聞き、

全ての会議が終了後、矢田だけを社長室に呼び出した。そこには僕も同席する。


「実は……」


矢田の話は、関西の店舗に、

近頃ライバルの外資系メーカー『JUST』が、何度も顔を見せるということだった。

ライバル店舗の状況を知るために、営業部員がうろつくことなど日常茶飯事だが、

『JUST』はオーナー側の営業部員を引き連れ、堂々と姿を見せていた。


「あまりにもそれが頻繁なので、私の知り合いにたずねてみました。
大学の同期が、『JUST』と取引のある会社に、入社しているものですから」

「あぁ……それで?」

「『JUST』に、オーナー側から、新店舗を出さないかと誘いが入っているらしいです」

「新店舗? でも、その場所はうちが……」

「契約期間が、秋に終了になる場所が、関西はあちこちありまして……」


関西にいくつか存在する店舗の中で、秋に契約更新を迎えるところは、

たしかにいくつかあった。


「『Takamiya』ですか」

「……はい」


『Takamiya』が経営しているいくつかの百貨店でも、『Tosp』は店舗を持っている。

その契約更新は、確かにこの秋だ。


「契約更新の話は、進んでいるのでしょうか。
まさか、更新しないで、全て『JUST』に変える予定では……」

「まさか……」


あの忌々しい杉町の顔が、目の前に浮かんで消えた。

この出来事は偶然ではなく、起こるべきして起きているのではないかと、

そんな予感が漂ってくる。

沙織が広島へ向かってから、2週間以上が経過している。

普通に考えたら、東京へ戻らないのはおかしい。

沙織が杉町のことを拒否し続け、思うとおりにはならず、

さらなる要求がこの出来事だとしたら、沙織はそれを知っているのだろうか。


「本社の方から、確認していただけませんか。
私達はもちろん、これからも続けて行くつもりですが、
何しろ、テナントを決める権利は、『Takamiya』側にありますし」

「……そうだな」


もし、『Takamiya』が『Tosp』の店舗を全て奪い取ったら、

とんでもない売り上げのダウンが見込まれ、経営自体が行き詰まるかも知れない。

杉町は、それを沙織に突きつけるつもりなのだろう。

どこまでも汚い男のやり方に、僕はただ、振るうことの出来ない拳を握りしめる。





「そうか、やはりな」


父も薄々その状況を感じ取れていたのか、僕が杉町のことを語ると、

あり得ないことではないだろうと、椅子に座った。

このまま向こうのいいように、操られているしか道はないのだろうか。


「正規の理由がないまま、一方的に契約を解除することは出来ないはずです。
売り上げも悪くはないですし、それを契約時に訴えれば……」

「確かに、うちの売り上げは悪くはないだろう。しかし、トップになれるものでもない。
売り場の嗜好を変えると言われてしまえば、強く出ることは出来ない」


確かに、過去にも衣料品のみに店舗を絞るため、契約を終了した場所もあった。

しかし、それは『Takamiya』に比べたら、規模も小さく、売り上げも悪い場所で、

経費節減のためには、仕方がないと思える相手の事情もあった。


「とにかく、早急に『Takamiya』と連絡を取ろう」

「僕も……」

「いや、お前は残りなさい。個人的な感情を入れたように思われては、
損をするのはこちらだ」


父の判断には逆らえなかった。

結局、また、何も出来ないまま、向こうの罠にはまっていく。

僕は父が陣頭指揮を執る間も、ただじっと下を向くことしか出来なかった。





暦は6月になり、めぐみが出場する『ニュースターラン』が行われた。

僕は別の仕事があったため、試合を見に行くことは出来なかったが、

その結果はメールとなって、リアルに入ってくる。



『やりました。私、約束守りましたからね』



めぐみはマスコミ全くのノーマークから、一気に優勝をさらい、

初めて多くのライトを浴びることとなった。

優勝すると必ず願いが叶うというジンクスからすれば、

沙織は僕の元に返ってくることになるはずだ。

もしかしたら、本当にコトがいい方向へ進み出すのではと思いながら、

その日、すぐに花屋へ向かい、めぐみ宛にお祝いの『花束』を贈る。





それからしばらくして、沙織が帰ってくるという連絡をくれたのは彼女の母で、

僕はその知らせを車の中で聞いた。



しかし、それとほぼ同じ時刻にもらった、父からの電話は、

『Takamiya』が、全ての店舗の契約を、更新する約束をしたというもので、

その急展開ぶりから、不安のタネが一気に芽を出すことになった。







11 永遠の愛

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コメント

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嫌な予感

あー又杉町次男か・・・
本当にももちゃん史上最悪のキャラだわ。

でもきっといつかギャフン(古ッ!)と言わせてやるよネ。ネ。

めぐみ、よく頑張った。
そして本当に沙織は帰ってきた。契約更新もされて。

でももっと難題を吹っかけてきそうな嫌な予感。

杉町の狙い

yonyonさん、こんばんは

>あー又杉町次男か・・・

おそらくみなさんもそう思っているはず。
戻って来た沙織、手こずるはずだった更新の急な決定。

めぐみの頑張りがあり、そして……
ギャフン! と言わせられるかは、まだまだこれからです。

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クセにしてね

ナイショさん、こんばんは

>読みながら辛いなと思うのに、さらに読みたくなるので不思議です。

よかった……読みたくなくなったじゃなくて(笑)
確かに辛い展開かも知れませんね。
それでも、一つの創作はエピソードの積み重ねだと思って、
これからもお付き合いしていただけたら、嬉しいです。

まだまだ

yokanさん、こんばんは

>あかりさん、良い人だね~。

あかり(本名は別ですけど)は、人と接することのプロなので、
どこか迷いのある大貴の気持ちを、見抜いているのかも知れません。

ももんた創作史上、最低の男(笑)、杉町。
まだまだやってくれますよ。

はまってもらえたかな

拍手コメントさん、こんばんは

>お勧め聞いときながら、この作品読み始めたら、
 また、はまりそうです♪
 沙織は、なんなんでしょうね・・・。
 杉町もたちわるそうなイメージだし・・・。

はい、そのイメージを持ちながら、さらに続きを読んで下さい。
大貴の語りで進むので、見えない部分は多いでしょうが、
それも段々とわかってきます。