11 永遠の愛

11 永遠の愛


沙織が広島から家へ戻ったと聞いたのは、その夜のことだった。

何がどう動いたのか確かめたくてすぐに電話をしたが、

沙織は冷静な口調で、疲れているからあらためて会いたいのだと繰り返す。





次の日、二人でよく訪れた店を待ちあわせ場所にして、

約束の時間より早めに到着すると、それよりも早く沙織が座っていた。

久しぶりに会った沙織は、いつものように笑顔で僕を迎え、

この1ヶ月以上の空白が、まるでなかったかのようにふるまった。


「ずっと、心配していたんだ」

「ごめんなさい。もう少し早く戻ってくるつもりだったけれど、
色々と予定外のことが多くなってしまって」

「広島に……いたの?」

「うん……」


僕は出来るだけ冷静に、沙織に向かって話しかけた。

杉町に会い、彼が沙織が自ら広島へ向かったと、勝手なことを言い出した話も告げる。


「大貴……」

「何?」

「杉町さんの言うとおりなの。私、広島へは自分が決めて出かけたから」


何も知らないウエイトレスが、僕たちの前にコーヒーカップを置き、

軽く頭を下げると、その場を離れていく。

聞こえた言葉が信じられず、僕はカップを持とうとしたが、手を引いた。


「何言ってるんだ。あの日は、僕と……」

「そうよ、その前日まではそう思っていた。あなたと一緒にこの町を出て、
それから二人で暮らしていこうって。でも、そうじゃないってわかったの」

「……何が?」


心の片隅で、予想していたことだった。

『Takamiya』が手の平を返したのは、沙織の心が折れたからだろう。





「私は……大貴とは結婚しない」





僕は、大きく息を吸い込み、そして大きく吐き出した。

これは沙織の本心ではない。

僕はその言葉に首を振り、その後、わかっていると頷き返す。


「『Takamiya』が、中に入っているうちの店舗全てと、契約白紙にすると言ってきた。
君はそれを知っているだろう」


沙織は黙ったまま、何も言葉を発しない。

僕が聞きたいのは用意されたセリフではなく、何が起こりどんなことを言われたのか、

その事実だけだ。


「君の人生と引き替えに、そんなことをする必要はない。僕には覚悟が出来ている。
君にもそう話したはずだ。会社を継ぐことよりも、家に残ることよりも……
僕が大切にしているのは、沙織……君なんだ」

「広島に行って、向こうのご親戚とお会いしたの。みなさん優しい方で、
私のことをすごく大切に出迎えてくれた。
これからはここを中心にして暮らしていくのだと、心を決めることが出来た」

「沙織……」

「子供じゃないのよ、自分の人生は自分で決める」


再生ボタンを押されたレコーダーのように、感情がぶれることなく沙織は淡々と語る。

何度このセリフを練習させられたのだろうか。

舞台に上がった子供のように、ただ、次のセリフをつなげていくだけで、

そこには何も感情が入っていない。



沙織はこんな人じゃないはずだった。

もっと楽しそうに笑い、悔しそうに怒り、時々困らせると少しすねながら、

それでも僕を優しく受け入れた。



流れを止めることは出来ずに、時間だけが過ぎていく。



「色々な価値観があるものだと、よくわかったの。杉町のみなさんが……」

「いい加減にしろ! そんな言葉が聞きたいんじゃない」


僕は思わず、目の前にあった沙織の手に触れた。

すると、店の中にいた何人かの客が、一斉に僕らの方を向く。





僕は……

いつの間にか、舞台に上げられていた。

沙織はここへ一人で来たのではなく、すでに杉町の手の中にいて、

僕らの一言、一言を、見張っている人物が、まるで刑事のように聞き耳を立てていた。





本音で語ることなど、出来ない。

沙織が僕の言葉に、心の奥を見せることはないだろう。





「今までありがとう……」

「沙織、何を言っているんだ」

「大貴と過ごした日々は、私の大事な思い出だから」


勝手な幕引きなど許さない。僕は何もかもわかった上でその場から立ち、

沙織の腕を取った。誰に追われても構わない。

君を失うくらいなら、何もかもなくしてしまっても、悔いはない。


「やめて!」


僕のその思いを打ち消したのは、誰でもない沙織自身だった。

つかんだ腕は振り払われ、店の前に1台の車が近付いてくる。

その車体には見覚えがあった。

沙織の父の事務所に向かった時、杉町が乗っていた車だった。

杉町は、最初からこの店の中をしっかりと見ていたのだろう。

沙織がどんな態度で僕と接し何を話すのか、そばで見張っていた客が、

音を送っていたのかも知れない。





全ては……

どうにもならないほど、がんじがらめになっている。





店の扉が音を立て、そこに杉町が姿を見せた。

本日の公演は終了だとばかりに、満足そうな顔をする。


「沙織……時間だ」

「……はい」


僕の横を通りすぎていく沙織を、一瞬の隙で捕まえそのまま抱き締めた。

しかし、その体はすぐに離され、ガードされるように周りを囲まれると、

そのまま遠くなってしまう。

沙織と僕の前に大きな壁が出来、その隙間に入ったのは、杉町だった。


「未練を残した男の姿は、哀れなものだ」


金と権力にまみれた汚い男の腕が、沙織の腰に触れた。

触るなと叫んでみたけれど、動き出した男達の波にもみ消されてしまう。

つまずくように床に手をついた僕が、必死に顔を上げた時、

沙織はあの男に導かれ、車の中に入っていくところだった。

無情にも扉は音を立てて締められ、そのまま走り去っていく。

店には、何も知らずに入っていた客達が残り、何が起きたのだろうかと僕を見る。

店の入り口から飛び出してみたが、僕にかかってきたのは、

あの男が沙織を連れて立ち去った車の、排気ガスの匂いだけしかない。


しかたなく店へ戻り、力が抜けたように腰かけると、

沙織が座ったテーブルの上に、ハンカチが残っていた。

チューリップのシルエットが浮かぶ中に、

一輪の『紫色のチューリップ』が刺繍されている。

それは初めて見るものだった。

きちんとたたまれていて、手に取ったような跡もない。

まるで、この場に残していったような、そんな気持ちさえした。

僕は、そのハンカチをしっかりと握りしめる。


「お客様……」

「はい」

「紫のチューリップの花言葉をご存じですか?」


カウンターにいた女性の店長が僕のそばに立ち、そう話しかけた。

僕たちが何度もここに座り、笑いあっていた日々を、彼女は知っている。


「いえ……知りません」

「紫のチューリップの花言葉は『永遠の愛』です」





『永遠の愛』





沙織は全てわかっていた。

自分が犠牲にならなければ、『Tosp』が犠牲になることも。

そして、父親が杉町一族の力を利用し、安定した政治家の道を歩もうとしたことも、

何もかもわかっていてこの場所に来た。

『永遠の愛』を僕に残し、別の人生を歩む決意をしたこと、

言葉に出せない思いを、沙織はこのハンカチに乗せ、ここに置いていった。

決して、心が変わってしまったわけではないことを……。


僕はあふれる涙を止めることが出来ないまま、店の隅に座り、

ハンカチを握りしめたまま、泣き続けた。





僕は……

君がいなくなったら、きっと、

生きていることをやめてしまうかも知れない。





そう思っていた。





それでも……

いつもと同じような朝は、やってきた。





テーブルの上に置いたハンカチを引き出しにしまい、僕はネクタイを締めた。

沙織からもらったスーツはクロゼットにしまい、心の中に封印する。

朝食を食べるのかと問いかけた母に首を振り、そのまま車に乗り込んだ。


非情にも、沙織がいなくなってから、僕は僕なりに色々と調べを進めた。

父が聞いていたように、沙織の父親は『政治家』としての地位をあげるために、

『Takamiya』との結びつきを強めたかったのだろうが、それよりも緊迫していたのは、

沙織の叔母、つまり父親の妹夫婦が持つ美容整形外科が経営の危機になり、

どうにもならないほどの借金を抱え、その返済が家族を苦しめていた事実だった。

杉町はそのことを先回りし、沙織との縁談を持ち掛ける前に、

美容外科への支援を提案した。

年の離れた妹夫婦が経営する整形外科を救いたかった父親は、

娘の結婚を、その道具として使ってしまった。




父の願い、

父の地位に群がる親戚の思い、

そして……




僕の家『Tosp』の経営を救うため、

沙織は自らを犠牲にし、杉町の元へ歩いてしまった。




それから何度も安達家に向かったが、沙織もご両親も姿を見せることなく、

杉町の事務所も、何名かのスタッフが仕事をしているだけで、

本人が姿を見せることはなかった。

沙織をなんとか救いたいと願ってみても、誰も彼女の行き先さえ教えてくれない。

『Takamiya』が、『Tosp』との契約を順調に進めれば進めるほど、

沙織が遠くに行くことがわかり、僕はただ苦しくなる。



仕事を終えて部屋に戻り、引き出しにしまったハンカチを取り出す。

これに触れることは、彼女の残した言葉を受け入れるようで嫌だったが、

それでも捨てることなど出来なかった。







12 雨の中の叫び

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コメント

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No title

ため息しか出ないです。
このまま二人は別れていくのでしょうか。
とにかくドキドキが続きますね。

辛いです

yokanさん、こんばんは

>沙織さんもつらいよね~(TT)
 大貴は沙織さんの思いを無駄にしないように頑張らないと。

板挟み、がんじがらめの沙織。
それがわかりながら、救うことの出来ない大貴。
二人のこれからは別れたままなのか、
どうなるのか……は続きます。

いつもありがとう。

大貴と沙織の運命は

あんころもちさん、こんばんは。

>ため息しか出ないです。
 このまま二人は別れていくのでしょうか。

すみません、深みにはまっていく展開ばかりで。
この先のことは何も言えないのですが、
真っ暗なままで終了! とはならないはずなので、
どうか最後までお付き合いくださいね。

幸せ探し

fujiさん、こんばんは

>ももドラ~最強の意地悪スト-リ-???ですね。

確かにそうかも……。
杉町は、最強の悪役として登場していますので、
大貴は苦労しております。

大貴の幸せ……

が、どんなふうに来るのか、こないのか。
最後までお付き合いください。

次男坊っ!

犠牲になった。なんて口が避けてもいえない沙織。
それくらいの覚悟が有るって事ですね。
杉町一族も佐織の家族も、女を道具にするんだ。

あーークソ!(すみません)
この場にいたら私自分を抑えられないかも(怒)

大貴は沙織の思いに報いるように、これから何をどうするのかよく考えて行動しなくちゃ!

兎に角前を見て!

残した思い

yonyonさん、こんばんは

>犠牲になった。なんて口が避けてもいえない沙織。
 それくらいの覚悟が有るって事ですね。

戻ってこられなかった日々の中で、
沙織にも沙織の葛藤があったと思います。

>大貴は沙織の思いに報いるように、
 これから何をどうするのかよく考えて行動しなくちゃ!

沙織の思い……わかっているとは思うのですが。
やりきれない思いを抱えて、寂しい大貴です。

応援してやってください。