12 雨の中の叫び

12 雨の中の叫び


朝訪れた沙織の父親が構える事務所前には、それから警備員が立ち始めた。

僕の顔を見るなり、厳しい表情に変わる。

道に車を停めると、駐車違反になると言われ、そのまま会社へ走った。





「おはようございます」

「あぁ……」


めぐみはレース終了後、しばらくマスコミの取材に追われていた。

こうして研究室の前で会うのは、久しぶりのような気がしてしまう。


「どうですか? 私の優勝効果、出ていますか?」


自分がレースで優勝すると、必ずいいことが起きると言い、

沙織が僕の元へ戻ることを、予想してくれためぐみだったが、

それはまだ出来ていないと首を振る。


「そうですか……お金の力には、叶わないんですかね」


何も関係がないめぐみが、自分のレース優勝を喜べない気がして、

僕はそんなふうに考えるなと、逆に励ました。

そう、めぐみは頑張った。


「花束、ありがとうございました。驚きましたよ、
あんな大きなもの、もらったことないですし」

「どうせならインパクトのあるものと思ってさ」

「あの……」

「何?」

「出来たら次は、食べられるものを……」


めぐみは照れ笑いをしながら、ほんの少しだけ舌を出して見せた。

僕は、わかったと頷き、その場を離れることにする。

めぐみの明るさは、今の僕にとって、唯一の安らぎとも言えるものだった。





沙織と過ごす時間がない毎日は、仕事が終わっても、何もする気が起こらず、

あかりの店を訪れるか、まっすぐ家に戻るかしかなかった。

リビングで新聞を広げていると、

『Takamiya』が東京進出を狙っているという記事があり、

見たくもない男の顔が、しっかりと映っている。

この男の正体を知ったら、誰も『Takamiya』で買い物などしないだろうと、

そのまま紙面を閉じた。


「9月の末だってね」

「は?」


リビングに入ってきたのは葵で、冷蔵庫から麦茶を取り出しコップに注ぎ始めた。

僕も飲むかと言われ、首を横に振る。





「沙織さんと杉町さんの結婚式」





僕はすぐにカレンダーを見た。暦はあと何日かで9月になる。

その日を過ぎたら、沙織は本当にあの男のものになってしまう。

どうしようもないいらだちの中で、僕は左の親指の先を噛みしめる。


「沙織さんもずいぶんよね、お兄ちゃんとあれだけ付き合っておきながら。
杉町さんの方が、財力もあると思ったのかしら」

「誰がそんなことを言った」

「そんなこと?」

「誰が9月結婚だって、そんな情報を……」

「言ったでしょ、先輩に杉町さんの従兄弟がいるって。その人から聞いたの。
式は広島で行うんだって。もう、招待状も配られているらしいわよ」


僕が立ち上がり、安達家へ向かおうとした時、葵はさらに言葉を付け足した。


「お父さんにも招待状が来ているんだから」

「……は?」

「お父さんのところにも、招待状が来たって。お母さんから聞いたの。
出席するつもりはないようだけど。
お兄ちゃんだけよ、まだ、それが幻だとでも思っているのは」

「うるさい!」


車のキーを取り、そのまま霧雨の降る中を走り、沙織の家へ向かった。

なんとしても阻止しなければならないと、真っ暗な中、何度も玄関を叩くが、

誰も出てくることはなく、10分くらいした時、隣の女性から声をかけられる。


「安達さんなら、しばらく戻らないそうですよ」

「戻らない? あの、娘さんも、お母さんもですか?」


その女性は、僕が扉を何度も叩いたので、明らかに不機嫌そうな顔をしながら、

沙織と母親がすでに広島へ向かったと教えてくれた。


「広島?」

「えぇ……。なんだか結婚式の準備があるからって、
しばらく留守しますって、お父さんの秘書の方がうちにもごあいさつに……」





広島へ、沙織はすでに向かってしまった。





もう、何もかも終わりなのだと、

僕はその時初めて、諦めなければならないのかもしれないと、霧雨の中に立つ。

雨の細かい雫が、僕の頬を濡らし、涙を一緒に連れながら下へ向かう。

思いは深くても、人は無力なのだと、天に向かって泣き続けた。





それから1週間後、新装開店を予定する百貨店のグランドオープンに、

僕と父も出席した。『Tosp』も店舗の模様替えをし、新しい商品も並べていく。

大きなマンションが一気に立ち並び、都心へ向かう人達のベッドタウン化した町は、

ここ何年か人口の増加率が、大きい場所になっている。


「社長、『Takamiya』の専務がお見えです」

「『Takamiya』の?」


杉町が姿を見せるなど、予定になかったことだった。

それでも、この経営に彼が深く関わっているのだとわかり、僕と父は店の前に立つ。


「新装開店、おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「いやぁ……さすがですね『Tosp』さんの商品は間違いがない。
先日のレースでも、ニューヒロインを誕生させて、
これでますます関西の『Takamiya』でも、力を振るってもらえると、思っていますよ」


僕にはこれから何が起こるのかが、よくわかった。

杉町の少し後ろに立っているのは、沙織だったからだ。

あれだけ探し、必死に姿を見つけようともがいたのに、

愛しい人は、こんな形で僕の前に現れた。


「沙織……こちらへ来なさい」


沙織はその声が聞こえていないのか、

周りを囲む男たちの、一番後ろに立っているままだった。

杉町は少し鋭い目を向け、側へ来るようにと繰り返す。

沙織はゆっくりと前に歩き出し、僕の横に止まった。

手を伸ばせば触れられる距離なのに、その姿はどこまでも遠い。


「沙織、せっかくだから、君に『Tosp』の靴を買うことにしよう」

「いえ……私は……」

「『Tosp』が優秀な企業であることは、君もよく知っているだろう。
遠慮などすることはない、君は僕の妻になるのだから……」


遠慮する沙織の腰に手を当て、杉町は僕の前に立つと、

すぐ隣にある靴を取ってくれないかと言い始めた。

後ろにいた店員が出てこようとすると、それを静止する。


「大貴さん、あなたが取ってくれませんか? 
うちは、『Tosp』にとっては取引企業なはずですし、
私が客として買い物をするのだから、そちらも後継者であるあなたが、
接客をしてくれるくらいの気配りをしていただかないと……」


店員はそう言われてしまい、足が動かなくなった。

僕は横に展示されている靴を取り、サイズを確認する。


「こちらは24になりますが」

「沙織……どう?」


沙織は困った顔のまま、何も言えずに立っていた。

僕はここでムキにならずにいようと、靴を持ちひざまずく。


「よろしかったら……どうぞ」


沙織は僕の顔を見ながら、小さく何度も首を振った。



深く酔ってしまった沙織の靴を、文句を言いながら脱がせたこともあるし、

体を重ねながら、互いの脚に口付けたこともある。

まさか、こんな日が来るなどとは……思ってもみなかった頃。





あの時間は、もう決して戻らないのだろうか。





「申し訳ない、大貴さん。沙織はどうも気持ちが乗らないようです。
失礼なことをいたしました」


杉町は勝ち誇ったように笑い、次へ行かなければならないと沙織を引き寄せ、

そして店の前を立ち去った。

店員はただ頭を下げ、杉町が帰ったことにほっとする。

ひざまずいた状態になっている僕の肩を叩いたのは父で、

その顔は、怒りに満ちた激しいものだった。


「父さん……」

「よく耐えたな、大貴……」


僕は、その言葉に抑えていたものが一気にあふれ出しそうだった。

店を飛び出し、エレベーターを避け、階段で駐車場まで一気に駆け下りる。

これほどまでに好きなのに、君とこれからの人生を歩むことしか考えていなかったのに、

何が起きて、どうして僕たちが別れなければいけないのか、

その理由すら聞くことが出来ない。





それが、会ったこともない父親の罪が原因なのなら、

僕が、正式な跡取りではないのに、この会社を背負って立つことが理由なのなら、

佐久間大貴という存在が、そうさせるのなら……





僕は何一ついらないと、大きな声で叫んでみせる。





ただ一つ……

沙織のことだけを……

思い続けていたいのに……





誰もいない車で、エンジンをかけたまま、

その音にかき消されるようにしながら、一人で泣き続ける。





何もかもが、この涙に流されてくれと祈りながら。









それから1ヵ月後、秋の色が見え始めた日、

僕の沙織は……





『杉町沙織』になった。







13 本能の関係

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コメント

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別れのあとに

pikoさん、こんばんは

>とうとう沙織は杉町のところへ。
 やりきれない思いを抱えた大貴は、どうするのでしょうか。

予想もしていなかった展開になりましたが、
大貴も今は、深い闇の中でしょう。

二人の別れが、どうこれからに影響するのか……
今週は1日おきに進みますので、じっくりお付き合いください。

……すみません、こんなことしか答えられず(笑)

妻に・・・

あー!!!杉町次男(絶対名前なんて呼んでやんない)

杉町沙織になってしまったのならもう戻れない。
戻って来たとしても大貴はそれを受け入れられないと思う。
しかし杉町次男はそれほどまでに沙織を愛してるとも思えないし、
何故ここまでする必要が?
やっぱり只の嫌がらせ?
だとしたら飛んでも無い事だ!

辛いです

yokanさん、こんばんは

>はぁ~、辛い・・・(TT)大貴、頑張れ!

はい、大貴は辛い状況です。
ついに、沙織は杉町のところへ行ってしまいました。
しかし、人生はここで終わるわけではなく……

二人の行く先には何があるのか、
今週は1日おきにUPです。
ぜひ、お付き合いくださいね。

二人のこれから

yonyonさん、こんばんは

>杉町沙織になってしまったのならもう戻れない。
 戻って来たとしても大貴はそれを受け入れられないと思う。

沙織が杉町になったこと、
それは大貴にもわかっていることなのですが……
大貴がどう、気持ちを変えていくのか、
それともそれを引きずるのか……

杉町の性格も、これからわかってきます。

今週は一日おきにUPです。
ぜひ、お付き合いくださいね。