13 本能の関係

13 本能の関係


僕は……

君がいなくなったら、きっと、

生きていることをやめてしまうかも知れない。





強く思い続けていた日から、そう月日は経っていない。

それでも僕は、重たい体を動かしながら、何とか生きている。





季節は冬を越し、また春を迎えた。

めぐみは正式な『Tosp』の陸上部員となり、

沢口の指導も、遠慮なく受けられることになった。

大学院に行くのか行かないのかと迷っていた葵は、『Tosp』のシステム部へ入り、

商品在庫のチェックや、店舗の管理のため、忙しく働き始める。

そして僕は、『Tosp』新商品お披露目会のため、

立食パーティーに出席することとなった。


「『鹿島製薬』の社長秘書」

「あぁ、まぁ、そう言っても末娘さんだ。
明日、パーティーに出席させて欲しいと連絡があった。
もちろん、断る理由もないし、お引き受けしたけれど、
大貴、お前が相手をして差し上げたらいいかと思って」


沙織のことがあり、しばらくは跡取りの件についても、何も言わなかったが、

年が明けた頃から、父は僕の相手を選ぶために、色々と動くようになった。


「大学を出て1年だそうだ。私も一度お会いしたことがあるが、
明るくて素敵なお嬢さんだよ」

「はい……」


父はハッキリと口に出しては来なかったが、

これはあらかじめ予定されている、軽い見合いのようなものだろう。

しかし、僕の年齢がターゲットになりやすいものなのか、

それとも、それだけ『Tosp』が魅力的な企業と成長したのか、

パーティーには色々な経済界からの招待客が並び、その娘さんたちが、

まるで新商品を出すかのように並べられ、あちこちで自己紹介が繰り返される。


相手をして欲しいと頼まれた『鹿島製薬』のお嬢さんは、

都心の渋滞に巻き込まれ、到着時間が遅れてしまった。

僕は父の秘書に代わりを頼み、そんなざわついた場所から抜け出すと、

タクシーを使って、あるマンションへ向かう。

そこは『あかり』こと、影山陵子が暮らしているマンションだ。


「ふーん……『鹿島製薬』の社長秘書?」

「あぁ、秘書とは言っても社長の末娘だよ。大学を出て1年だそうだ。
まだ遊びたい年齢だろうに、くだらない見合いなんて、しない方がいい」

「この名刺は? 『TOMIWA』の経理部じゃない」

「……その人は、結構仕事が出来そうなタイプだったな」

「こっちは『常磐物販』? すごい……大手ばっかり」


僕のスーツから、あかりは名刺を抜き出し、ベッドに横になりながら、

1枚、1枚を興味深そうに見続ける。僕達は店で会い、時間を共有する関係から、

プライベートな時間を、重ねあうようになっていた。

『あかり』の名前が陵子であるとわかった後も、僕は『あかり』と呼び続けている。


「どうでもいいことだ、会って挨拶をした、それだけだ」

「あら、もったいないじゃない。みなさん大貴に興味があるんでしょ? 
あわよくばお付き合いまでいけたらいいな……なんて」

「だとしても、付き合うつもりなんてない、後が面倒だろ」

「どういう意味?」

「先を求める女と、後腐れなく別れるのは難しい。しかも会社がらみだ、
変な別れ方をしたら、それこそ大騒ぎになる」


あかりの腰に唇を這わせ、ゆっくりと背骨の辺りから上へ舌を動かしてみる。

あかりは腰を少し浮かせるようなポーズをとり、無造作に束ねた髪をバラバラにする。


「わからないわよ、本気になるかもしれないし……」

「誰に?」

「お育ちのいい、箱入り娘達に……」


あかりは僕の体に腰を下ろし、こちらを挑発するような目を向けた。

売られたケンカは買わなければ、男が廃る。


「あいにく、お育ちのいい女に、今は興味がなくてね……」

「ひどい……」

「ひどいかな」


僕の手は、背中から前に回ると、あかりの膨らみをしっかりとつかみあげた。

そのまま前に座らせると、あかりは顔を横に向ける。

僕はその唇にキスをしながら、さらに強く引き寄せた。

愛しているのかと聞かれたら、おそらくそうではないだろう。

男の感情と体は、別にあるものなのだと思っている。

僕の心はいまだに沙織を求めていて、もう届かないのだと思っても、

その未練を排除することが出来ない。

だからこそ、新しい出会いを振られても、向かっていくことが出来なかった。

しかし、体は目の前の快感を求め、その刺激に強く酔わされる。


「だって、あなただってそっちの世界の人でしょ?」

「そっちってどこだよ、人を宇宙人のように言うな」


僕の手は、あかりの体を彷徨い、そして指先は緊張を求めていく。


「大貴は宇宙人じゃないわね……」

「あぁ……」


あかりは僕の指にじれったさを感じたのか、自らの手を添えて、

さらなる刺激を探し出そうとした。

吐息の中で目を閉じる横顔は、僕をさらに高ぶらせる。


今、生きていられるのは、『あかり』との時間があるからで、

それは自分を最低限支えるのに、どうしても必要なものだった。

非情な男には、非情な女の思いも、重なってくる。


「ダメよ……大貴」

「何が?」

「お育ちのいい女に興味がないからといって、お遊びは広げないこと。
先を求めない女が、別の物を求めることもあるかもしれない」

「どういう意味だよ」

「知っているんだから……『かな』があなたを狙っていること……」


あかりは、しっかりとこちらに向きなおし、そして僕を受け入れた。

強く押し当てる刺激に、体をそらしながら、腕を離すまいと必死に受け入れる。

僕はあかりの変化を楽しみながら、余裕のある顔で、言葉を返した。


「『かな』とは何度か飲んだけれど、別に何もないよ」

「……大貴は……だまされないでしょうけど……」


息が大きく口から吐き出され、あかりは少し汗ばんだ体を僕に押し当てた。

あかりの体が、僕の目の前で揺れ続け、少し時をずらし僕があかりを揺らす。



あかりが僕との関係を深めたのには、彼女なりの理由があった。



この2月から、店に一人の女性が入店した。

店長が別の店から引き抜いた女で、本名は知らないが、店の名前は『かな』と言う。

大手企業の部長クラスからの贔屓が多く、少し売り上げを落としていた店は、

『かな』のおかげで、上向きになった。

しかし、それまで不動のトップとして君臨していたあかりは、

自分の地位を脅かす存在として、『かな』を意識しなければならなくなる。

『かな』は男をそそる体つきのわりに、顔は童顔だった。

そんなギャップがいいのか、指名客はあっという間に伸びる。

沙織を失った僕と、何かに追われたあかりは、自然と体を重ねるようになった。


互いの心の寂しさを埋め、男と女が別の生き物だと感じあう。

快感の後に残るものはなく、僕は適当な時間を過ごし、あかりの部屋を出た。





タクシーで家に戻り、静かなリビングに入ると、時計がちょうど12時をさした。

このまま風呂に入ろうかとネクタイをゆるめると、僕が帰宅したことに気づいた父が、

リビングに姿を見せる。


「大貴、お前、どこに行ったんだ」

「どこって……決まっていた予定があったからです。
『鹿島製薬』さんは到着時刻が遅れたので、藤本に頼んで会場を出ましたが」

「お前でなければならなかったことくらい、気づいていただろう」

「……すみません」


お小言を聞くのは嫌だった。

父がいる入り口とは反対の方へ進み、その場から逃げようとする。




「そろそろ沙織さんのことは、諦めなさい……」




扉に伸びた手が、そこで止まった。

そんなことは言われなくてもわかっている。彼女はもう、届かない人になった。

たとえどんな汚い手を使われても、非情なことをされても、それは関係ない。

僕のところに戻ってこないことだけが、事実であって、

こんな日々を送っていても、何もかわらないのだ。


「わかっています。そういうことじゃありません」

「ホステスに会いに行ってばかりいると、葵が言っていたぞ」


あかりの香水の匂いがしたのだろうか。

シャワーを浴びた体で、堂々と戻ってくるからだろうか、

さぞかし、だらしがない兄貴だと、呆れられているだろう。


「男ですから、色々とあります」

「大貴……」


扉を強く閉め、そのまま風呂場へ向かう。

たいして飲んだはずもないのに、なぜか酔いがまわり、そのまま座り込んだ。





沙織……

君はどんな暮らしをしているのだろうか。

せめて幸せで、笑顔がそこにあればいいのだけれど……





次の日、僕は久しぶりに陸上部の練習を見に向かった。

以前よりもめぐみは張り切って練習に取り組み、時々はマスコミの取材も受けていた。

新人レースでいきなりの優勝をさらったものの、さすがに社会人ランナーの壁は厚く、

正月に行われたレースでは、フラフラになりながらなんとか完走した。

それでも、諦めなかった姿勢を評価され、

沢口は夏に行われる企業駅伝の候補に、めぐみを上げる。


「おはようございます」

「おはよう、足の具合はどうなんだ」

「少し腫れはありますけど、でも大丈夫です。
練習しないと、気持ちの方がむしゃくしゃしてしまって」

「そうなんだ」


何もない会話が、これほど心地よいとは思わなかった。

めぐみには妹に近い感情があり、成長をずっと見続けていたいと、本当にそう思う。


「また、週末に釣りに行かせてもらうことにするよ。
少し前に電話をしたら、部屋を用意してくれるって言うからさ」

「あはは……すっかり大貴さんは特別客ですよ。
母なんて、『陽香里』の部屋がなかったら、自分の家に泊めるって言ってますし」

「……夜に襲われそうだ」

「あぁ、ありえますから、気をつけてくださいね」


めぐみが教えてくれた癒しの町は、僕にとっても大きなものになっていた。

最初に訪れたときには苦労した釣りも、今では期待されるくらい釣れるようになる。

練習を続けるとグラウンドで戻っためぐみを見送りながら、僕はまた研究室へ入った。

そこには昨日、会場で挨拶をするはずだった『鹿島製薬』の社長秘書さんが、

姿を見せてくれた。


「今回は、ありがとうございました。協力していただいて」

「いえ……僕はそのことさえも知らなかったくらいで」


『鹿島製薬』が出した貼り薬の効果を見るために、

うちの陸上部員が協力をしていたことは、その時、初めて聞かされたことだった。

社長秘書という肩書きをつけた、社長の末娘、鹿島逸美さんは、

丁寧に挨拶をしながら、僕に話しかけてくる。


この時間は、おそらく父が作ったものだろう。

僕にまだその気がないこともわかっているはずなのにと、腹立たしい気持ちになる。

彼女も簡易見合いだということを意識し、わざわざここへ来た。

そうでなければ、研究結果の挨拶に、社長秘書が来る事自体おかしな気がする。


「お時間はありますか?」

「はい……」

「それでは、ランチでもご一緒にいかがですか?」


出来上がっていたこととはいえ、父に恥をかかせるわけにはいかないと思い、

僕は逸美さんを食事に誘った。







14 嫌がらせメール

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そう見えたら嬉しいです

ナイショさん、こんにちは。

>「TRUTH」を偶然見つけ、読ませていただくようになりました。

うわぁ、本当ですか、見つけてもらうのって、嬉しいですね。

>ももんたさんは女性だと思いますが、
 男性目線がリアルな気がして・・・

あはは……そうです、私は女性ですよ!(絶対に!)
どちらが好きと言うことはないですが、
男性目線の方が、シーンの展開を多く書けるような気がしています。
ナイショさんも創作をされるんですね。
ぜひぜひ、男性の目線にも、チャレンジしてみてください。

これからも、大貴にお付き合いくださいね。
コメント、ありがとうございました。

男だものね・・・

男の本能、そりゃね恋人が居なくなったからって
欲求が無くなるわけじゃない。
居なくなったのなら余計にかも・・・

めぐみは癒しをくれるけど、本能をぶつける相手ではない。

次男(もはや杉町さえも言いたくない 爆)と
一緒になった佐織、幸せに暮らしてるのかな?
夜こっそり泣いてる気がする。

そうなのさ

yonyonさん、こんばんは

>男の本能、そりゃね恋人が居なくなったからって
 欲求が無くなるわけじゃない。

だろうね(って、私は男じゃないから、想像だけど)
空しさが、さらに気持ちを向かわせるのかも。

めぐみとあかりは確かに違う。
しかし、どちらも沙織ではないんだよね……

沙織の生活ぶりに関しては、
この先に出て来ます。
さらに話は進みますので、
よろしくお付き合いくださいませ。

大貴の心はどっち向き

yokanさん、こんばんは

>あかりさんとそういう関係になったか・・・

はい、なってしまいました。
沙織を失った大貴、確かに今は前向きとは言えませんね。

あかりとの関係が、吉となるか凶となるか……
あらたな女性の登場があるのかどうか、
それもじっくりお付き合いください。