14 嫌がらせメール

14 嫌がらせメール


『鹿島製薬』の社長の末娘で、秘書の役割を果たしている逸美さんが、

『Tosp』の研究施設へ顔を見せた。

先日、親が勝手に仕組んだ簡易見合いから逃げ出した僕に対して、

あらためて強制的に仕組まれたことなのだろう。

もちろん、その期待に応えるつもりなど毛頭なかったが、父の顔を潰すわけにはいかず、

とりあえず逸美さんをランチに誘う。

しかし、時間はまだお昼まで遠く、1時間以上もあった。

美さんは、しばらく研究室を見せてもらうと言う。

僕は彼女をそこに残し、終らせないとならない仕事をするため、

デスクに戻ろうとすると、目の前に葵が姿を見せた。


「葵、どうしたんだ」

「お父さんが、研究室に挨拶に行けって言うから」


逸美さんはすぐに葵に気づくと、名刺を取り出し、きちんと頭を下げた。

広がらなくてもいい話が広がりそうで、なんだか落ち着かない。


「佐久間葵です」

「あぁ……大貴さんの妹さんですね」

「違います!」


僕はその返事に、軽く葵の頭を叩いた。逸美さんは仲がいいのですねと笑い、

葵は仕事があるからとすぐに研究室を出る。

僕も逸美さんに頭を下げ、失礼な態度をとった葵を追った。

僕が呼びかけても、葵は止まることなく歩き続ける。

しかたなく腕をつかみ、その場に無理矢理止めた。


「葵、お前何をカリカリしているんだ」

「別に……正しいことを言っただけよ。私は妹じゃないもの……」


そう言いながら、葵は逸美さんが手渡した名刺を、

彼女の名前の場所で半分に切ってしまう。


「お父さんも結局、お兄ちゃんを型にはめようとしているんじゃない。
何が『鹿島製薬』よ、別にたいした企業でもないわ」

「葵、何……」

「お兄ちゃんもホステスばかり追いかけてないで、
どうせならお父さんの期待に応えたら? 『Tosp』の跡取りには、
行くのにふさわしいお店があるでしょ」


完全なる八つ当たりだった。

社員が歩く廊下で発する言葉ではないと、僕は葵を隅に寄せる。


「何よ」

「お前も企業の一員になったのなら、少し感情を抑えなさい。
逸美さんに対して失礼だし、僕も『Tosp』を継ぐとは一言も言っていない。
お前が継いでくれるのが……」

「……好きなの? あの人のこと」

「あの人? 美さんのことか?」

「そうよ、食事に誘ったりして……」

「好きになるほど、彼女のことは知らない。
ただ取引先のお嬢さんだ、失礼な態度を取ったら、お父さんが困るだろう」


葵は頬を膨らませた状態で、僕の手を振り切った。

半分に切った名刺を僕のスーツのポケットへ押し込み、システム部へ向かう扉を開ける。

焼き餅なのか、八つ当たりなのかわからないまま、ヒールの音は遠くへ消えた。





午前中の仕事を終え、待ちあわせの時間少し前に車を回し、美さんと向かったのは、

創作和食を出してくれる店だった。昼間はランチを出してくれるが、

夜になると洒落た居酒屋として、雰囲気をがらりと変えるらしい。

こんな場所でとは思ったが、特に個人的な話を聞き出すほどの仲でもなく、

話題はつい、企業同士の会話へ向かってしまう。


「『ワームス』との統合は進まれているのですか?」


『鹿島製薬』は、業界9位の同業者『ワームス』を吸収合併した。

その話題は1年ほど前に経済誌を賑わせ、

互いのプラス点を掛け合わせる作業が続いていると、先日もTVが特集を組んだ。


「はい、ほとんど終了したようです。
ただ、『ワームス』が持っていた土地の処分をしなければならないようですけれど」

「あぁ……結局処分されるんですか」

「えぇ……父は『Tosp』さんのように研究施設をと思っていたようなんですが、
場所と広さが少し足りないようです」


関越道を走り出すと、

フェンス越しに『ワームス』の生産ラインを抱えている土地がよく見えた。

幹線道路からは少し外れているが、周りに残る緑が、『ワームス』のカラーと重なり、

遠くからでもすぐにわかるほどだった。


「大貴さん」

「はい」

「私、大貴さんと初めてお会いしているわけではないんですよ」


それは予想外の言葉だった。

互いにパーティーで顔を見かけたことくらいあったかもしれないが、

僕の中では美さんの印象はこれといったものもない。


「実は私、大学時代に少しだけモデルの仕事をかじったことがあるんです」

「モデル……ですか」


美さんは、大学時代に『Tosp』の商品を着て、

雑誌のモデルをしたことがあったと思い出話をしてくれた。

撮影現場に行った僕と、少しだけ会話もしたと教えてくれる。


「あ……申し訳ない、全然気づかなくて」

「いえ、気づかなくて当然です。10人もいた中の一人ですから」

「何か失礼なことを言いませんでしたか?」

「いえ……」


そう言いながら、美さんは口元を押さえ笑顔を見せた。

その表情が何かを隠しているように思えてくる。


「なんだか変な気分です。何を言ったのか教えてください」

「いえ、本当に何も。ただ、頑張ってくださいとそう言ってくれただけなんです。
でも、モデル仲間達は、大貴さんが素敵だってそう……。
そんな方とこうして食事をしていることが、なぜかおかしくて……ごめんなさい」


美さんは、食事中も楽しく色々と語ってくれた。

僕も適当に話を合わせ、そのまま駅へと送る。

変な意図さえなければ、たまに話をすることも出来そうな人だったが、

いい印象だったはずなのに、美さんからの連絡は、それから入ることがなかった。

別に付き合いたいと思ったわけでもないし、僕にとっては好都合だったが、

父は納得がいかないらしく、なぜなのかと問い合わせたらしい。


「僕が気に入らなかったのは、仕方がないですよ」

「いや……そうではないんだ」


父の表情は暗く、言葉を出すことも重そうな雰囲気だった。


「どういうことですか?」

「お前のことを書いたメールが、贈り主不明で届いたらしい」

「メール?」


逸美さんのメールアドレスに、僕の過去を書き並べたメールが送信され、

それを知った鹿島家は、書かれていたことが事実なのかと調べを進めたらしかった。




それはもちろん、進藤満のことになる。




どうしてそんなメールが送られるのだろうかと考え、沙織の父親の顔を思い浮かべたが、

今更、僕の縁談を邪魔する意味などないはずで、その線は消えていく。





それからさらに1ヵ月後、打ち合わせで出合った女性のメールにも、

同じようなものが送られた。彼女は鹿島家とは違い、僕に直接謝罪にやってくる。

初めて見せてもらったメールは、淡々と僕の過去だけが綴られていて、

改行も句点も打たれてはいない。

その無表情な中身が、逆に怖ささえ呼び起こすようだった。


「ごめんなさい、つい気になって、調べさせてもらったりして」

「いえ……ここに書いてあることは事実です。僕は佐久間の家に引き取られた息子で、
父とは血のつながりはないですし、本当の父親は、逮捕歴があるそうです」

「ある……そうです?」

「はい、会ったことはありませんし、どこに住んでいるのかも知らないですから」

「そうだったんですか」


僕の本当の父親が『犯罪者』であることは、

家柄や企業を抱える人たちにしてみたら、とんでもない話だった。



『大貴さんは素敵な方なのに……』



それからも、仕事で誰かと近付くたびにメールは送られてしまい、

季節が夏を迎える頃には、僕に話を振ってくれる人も、いなくなっていた。





「あはは……」


外を歩くと自然と汗が浮き出る季節になり、

仕事から家へ戻ると、僕はすぐに冷蔵庫へ足が向かう。


「葵、お前よく笑うな、そんなにおもしろいか、テレビ」

「ううん、そうじゃないけど」


冷蔵庫を開け、冷えた缶ビールを取り出すと、葵は自分も飲みたいからと、

グラスを出し始める。


「お父さんのところに、『幸村医院』からお断りの連絡があったわよ」

「あぁ……」


もう何回目のことだろうか。

今、誰かと付き合いたいわけではないので、どうでもいいことだったが、

いつもメールで話が壊れることだけが、不気味でならなかった。

まるで、誰かが意図的に、僕の周りから女性を排除しているような、

そんな思いが交差する。


「このままじゃ……お兄ちゃんのお嫁さん候補はいなくなるわね」

「ん?」

「誰一人」


ビールの栓を開ける音が響き、葵は2つのグラスにその中身を注ぎ始めた。

泡が一気に膨らみ、そして少しずつ消えていく。


「消えちゃえ、消えちゃえ……」


葵の目は、目の前で消えていく泡を捕らえ、

薄く笑う唇は、言葉に出せない何かを隠しているように見えた。





沙織の父親が、僕の母の過去を調べたことで、

本当の父親が過去に事件を犯したことがわかった。

そのことについて、佐久間家で語られたことなどなかったが、

渡された資料は僕の部屋にある。





僕の結婚話が壊れることを望む人……





葵ならこの部屋の中に入ることも可能だろうと、漠然と考える。

その危うい気持ちをかき消そうと、僕は棚の中に入れた資料を、

さらに奥へと押し込んだ。


生涯をともに歩もうと決めていた沙織が、僕の腕をすり抜けてしまってから、

その代わりを求めることなど考えてもいなかったが、

繰り返される出来事に、自然と僕の目は葵へ向かう。





僕の出会いを邪魔する理由があるとしたら……





考えたくないけれど、近頃の葵を見ていると、疑わざるを得なくなる。

システム管理部のPCから、発信されたデータは、

全てチェック出来るようになっていた。

しかし、そこにそんな証拠が残っていることはなく、

僕の思いは、とりあえず空振りに終わる。





僕はそのまま本社に戻る気持ちにはなれずに、

朝練習でグラウンドで走るめぐみを追ってみる。

痛めた足は、すっかり完治したのだとほっとした。


「おはよう、めぐみ」

「あ……おはようございます。どうしたんですか? こんなに早く」


妹の行動を疑っているとは言えず、調べたいものがあったとごまかしてみせる。


「そうだったんですか……びっくりしました」

「よかったな、足の調子、レースに間に合って」

「はい、それは意識してバッチリ調整してきましたからね。
日曜日は絶対に区間賞取りますから」

「絶対なんて言うなよ。お前のジンクスには思い切り急降下させられたんだぞ」

「あ……」


1位を取ったレースの後には、必ずいいことがあったというめぐみは、

まだ沙織が広島から戻らない日々の中、優勝するのだと僕に誓った。

しかし、沙織は僕の腕には戻らずに……


「すみませんでした」

「……バカ、冗談だよ」


申し訳なさそうな顔をするめぐみに、僕はそう声をかけた。

めぐみの責任なんて、何一つあるはずもない。

僕らの運命を動かしてしまったのは、とてつもない大きな力で、

神様など怖くもない悪魔のような連中が、世の中に住んでいることだけを教えてくれた。


「人生はまだまだこれからです」

「ん?」

「終わり……って時まで、何が起こるのかわかりません」


めぐみはそう言うと、タオルを首にかけたまま、疲れたと芝生に横になり、

僕が見上げた空には雲が浮かび、ゆっくりと進んでいく。


「終わる時……か」


めぐみの言葉を聞きながら、僕も流れる雲を追い続ける。

長い人生の中で、あとどれくらいの雲が流れていくのだろうかと、ぼんやり考えた。







15 女の末端

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コメント

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怪しい

yokanさん、こんばんは

>私も葵ちゃんが怪しいと思う(;一_一)
 それが違っていたら、一体誰だというの?

うーん……それはきっと大貴も思っているでしょうね。
葵じゃないのも不気味だし、葵だとしても問題だし……
まだまだ苦悩は続くようです。