15 女の末端

15 女の末端


次の日曜日、『東日本企業対抗駅伝』は予定時刻通りに行われた。

ダークホースと言われ、多少注目度はあったものの、

優勝候補は別のチームで、国際レース経験の多い部員を並べた相手に、

『Tosp』は前半、苦戦を強いられる。

それでもめぐみは先頭集団にくらいつき、解説者から驚きのコメントを引き出した。

チーム成績自体は6位だったものの、タイムは予想外にいいもので、

次へまた頑張ることが出来る希望が、チーム全体に膨らんだ。

明日、選手達にねぎらいの言葉を贈ろうと思いながら、僕は車を走らせる。





「あかりも見たのか、レース」

「見たわよ。ネタになるじゃない。日本人は駅伝とかマラソンとか好きでしょ?
私はとんでもないけどね、走るだけなんて」

「僕もそう思うけどね」


その日は、会わせたい人がいると言われて、あかりの部屋へ向かった。

僕の仕事は、すでにあかりも知っているため、

何か取引先になる企業の男でも紹介するのかと問いかけるが、

そうではないと言いながら、何度も時計を確認する。


「全くもう、相変わらず遅刻魔なんだから」


そんなぼやきから10分後、あかりの部屋に姿を見せたのは、

新人の頃、僕にマイナスポイントをくらいそうになった『まひる』だった。

まひるはあかりにとって妹のような存在で、店を辞めた今でも、

付き合いは続いているらしい。

しかもあの時、僕がまひるの態度に抗議し、

彼女のことを怒った目で見ていたボーイと恋仲になり、逃げ出したというのだから、

世の中はどう動くか、本当にわからない。


「お久しぶりです、佐久間さん」

「元気そうだね、まひるちゃん」

「はい……」


まひるは店を辞め、今は彼に食べさせてもらっていると、

薬指につけた指輪に触れながら、照れくさそうに言った。

あの時、きらびやかなドレスを着ていたまひるよりも、

今の方が、僕にはよっぽど魅力的に見える。


「すっかり昼の生活に慣れましたよ、朝、ちゃんと起きて家事をこなしてって」

「はいはい、私は未だに夜の女ですよ」


あかりはそう言い返しながら、コーヒーの支度を手際よくこなす。

まひるちゃんは、お薦めのケーキを持ってきたとテーブルに置き、

そういえばと急に話を切り出した。

僕は久しぶりに会った二人の邪魔にならないように、ソファーへ体を移動する。


「私、すごい話を聞いちゃいました」

「すごい話?」

「今時、そんな人がいるのってくらい羽振りのいい話なんです。
ほら、『REICA』さんって、あかりさんも知ってますよね、モデル上がりの」

「あぁ……うん。で、彼女がどうしたの?」

「店を持つらしいですよ、ついに」

「じゃぁ何? 費用を出してくれる人が見つかったってこと?」

「見つかるも何も、彼女は大きな支援者持ちじゃないですか、昔から」

「あれ? そうだった?」


夜に生きるたくましい女性達の話は、どこかなまめかしく、どこか危うい雰囲気が漂った。

どうせ夜の街に着飾り出て行くのなら、確かに人に使われるよりも、

自分が仕切りたいと思うのも無理はない。





「『REICA』さんの支援者は、『Takamiya』の御曹司、次男坊ですよ……あれ?
知らなかったでしたっけ? あかりさん」





どうでもいいと思っていた話に、僕の心は一瞬でさらわれた。





『Takamiya』の次男とは杉町のことで、沙織とあれだけ大騒ぎして結婚しながら、

ホステスに資金を出し、店を持たせたと言う。

まひるの話だと、店の権利は『Takamiya』が持ち、企業ぐるみでご贔屓にするのだろうが、

そこに何もないとは考えにくく、昔からの付き合いだとしたらさらに怒りが増してくる。


「開店祝いに、『かな』さんも行ったらしいですよ、ほら、二人は以前、同僚だったし」


まひるもあかりも、僕と『Takamiya』の関わりについては、何も知らない。

だからこそ、こうしてそこら辺に転がっていたものを拾ったくらい、

当たり前に話をするのだろう。

その影で、気持ちを押し殺し泣いている沙織のことなど、何一つ知るはずもない。


「まひるは、この世界を辞めて正解ね」

「エ……どうしてですか?」

「そうやって、聞いた話をあちこちでポロポロ話しているんでしょ」


あかりはそう言うと、まひるの話を止めてしまった。

杉町がどんな生活をしているのか、知りたい気持ちもどこかにあったが、

それを知ったところで、沙織に何かしてやれる立場ではないのだ。

いい加減に諦めろと、自らの気持ちに向かってつぶやいてみても、

心は、頑なに扉を閉めたまま、他の思いを受け入れようとはしない。

ソファーから立ち上がり、カーテンに手をかけると、乾いていた道路に雨粒が落ち始め、

その勢いは急に増していき、あっという間に小さな川が出来た。





その年の夏は暑かった。

各メーカーはより薄く、そして吸水性のいい素材を求め、改良を重ねていく。

動きやすさと質の強さを求めながら、さらに低価格を基本とする『Tosp』は、

海外に工場を移し、人件費を抑えることで、なんとか他社をリードした。


「このたびは、色々とありがとうございました」

「いえ、お役に立てたのなら嬉しいです」


この春から、研究室に出入りし、選手達の栄養管理を担当してくれた網島さんが、

半年の契約を終了し、一度、九州の『KASEDA』本社へ戻ることになった。

僕の担当部署とは違っていたため、仕事上のつながりは少なかったが、

めぐみを通して話すことも多く、何度か食事をしたこともあった。

『Tosp』の選手達は、小柄な体格が多いため、

栄養面では特に気を使ったと裏話をしてくれる。

そして、最後の挨拶を終えたあと、彼女は少し言いづらそうにしながら、

1枚の紙を取り出した。


「あの……実は」


それは、『鹿島製薬』の美さんをはじめとした、

僕に関わろうとした女性に送りつけられたメールと同じものだった。

仕事をする間柄で、こんな情報をあれこれ気にする必要はないと判断したらしいが、

僕がそれを知っているのか、知らせた方がいいと判断し、

最後に言葉に出したと頭を下げる。


「網島さんに嫌な思いをさせてすみません」

「いえ……ただ……」

「なんですか?」

「このメールの発信が、システム管理部からだったので」


今までと同じだと思っていた紙は、ある一点だけが違っていた。

他の女性に送った用紙には、ナンバーリングがなくて、

どこからの発信かわからないようになっているけれども、

網島さんの持っていた紙は、左下にナンバーが記してある。

この数字を解読すれば、誰が送ったのかも、すぐにわかるものだ。





用意周到に進めてきたのだろうが、綱島さんは予想外の相手だったのか……

それとも、何度もこなしているうちに、隙が出来たのだろうか……





彼女に礼を言い、その紙を証拠として受け取った。

今日こそ、ハッキリと告げなければならない。

兄として、妹の過ちに目をつむっているわけにはいかないからだ。

仕事を終え、家に戻ると、葵はすでに部屋の中に入っているようで、

リビングには母しかいなかった。


「葵は部屋?」

「えぇ……なんだか疲れたって言って、帰ってきたけれど」

「そう……」


僕は階段をそのまま上がり、自分の部屋を通りすぎると、奥にある葵の扉をノックした。

中から声が聞こえてきたので、話があるから入れて欲しいと聞き返す。


「どうぞ……」


葵が開けてくれた扉を開け、中へ踏み込んだ。

手に持った紙を見て、すぐに何かを察したのか、

僕から目をそらし、散らかしていた雑誌を片付け始める。


「葵、この紙はお前が送ったものなのか」

「……どうしてそんなことを聞くの?」


証拠がなければ、あくまでも知らない顔をするつもりなのだろうか。

僕は机の上に紙を置き、左下に残された数字を指差した。

葵はすぐにそれを見たが、何も言わずに片付けを続ける。


「どういうことなんだ、どうしてこんなことをした。
送り主がわからない状態で、こんなメールを受け取ったら、
誰だって嫌な気持ちがするだろう」

「事実だけでしょ、ウソはついてないわ。それに……お兄ちゃんの本当の姿を知って、
それでお付き合いが出来なければ、続くはずもないんだし。
私は逆に、みんなの本音がわかって、よかったと思っているけど」

「今までのメールも、全てお前が送っていたということなんだな。どうなんだ」


葵はすぐに返事をせずに、黙っていた。

黙っていること自体が、僕の言葉を認めている何よりの証拠になる。


「お前があれこれ判断をすることじゃない。いいか、二度とこんなことはするな」


沙織以外の女性と、付き合い話が壊れたからではない。

葵が、そんな細工をしていた事実が、許せなかった。


「……しないわよ、お兄ちゃんがきちんと私を見てくれたら!」


薄々気づいていた異様な関係は、こうして思い切り正面からぶつかってくれた方が、

気持ちの乱れも少なかった。



葵は恋をすることに恋しているのだろう。

そう思いながら、一度息を吸い込んでいく。



「葵、何度も言っているように僕とお前は兄妹だ。
それ以外のことを考えるのは無駄だろう」

「兄妹じゃないわ、それはハッキリしたことじゃない。沙織さんだっていなくなった。
お兄ちゃんは誰を待っているの?」


葵はそう言うと、まっすぐに僕を見ながら、1歩、また1歩と前へ出る。

ここで逃げてはいけないと、しっかり立ち続け、迷いの中にいる葵に立ち向かう。


「私だって沙織さんと同じ女なの……。
ねぇ……私だって、お兄ちゃんの気持ちに応えることだって出来る」


葵は僕にしがみつくと、離れまいと体を寄せてきた。

どんなに思いを語られても、濡れるような目で僕を見ても、

沙織と同じだとは到底思えない。

触れられただけで、全ての神経が一点に向かうような、

あのしびれていく感覚は、何一つない。


「お願い……私をきちんと見て。きっと触れてくれたら……」

「葵……」


ゆっくりとその腕を外し、幼い頃そうしたように、僕は姿勢を低くする。

何をしても、僕の心は動かないのだと、葵の場所は他にあると説得する。


「お前はたった一人の妹だ。昔も、今も、そしてこの先も……ずっと変わらない」

「嫌! 妹じゃないわ!」

「妹だ」


僕の声に顔をそらし、不満そうな顔を浮かべる葵を見ながら、

すぐにでもこの家を出て行くべきだと、強くそう思った。







16 肌の距離

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コメント

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駄目だよ

やっぱり・・・
葵ちゃん、間違いに早く気づくべきだわ。
妹だからと言うより、女として好意をもてないというのは仕方が無い事だもの。

メール一つで壊れる話なら、って言っても
受け取った人の気持ちを考えられないようでは、
葵もそれだけの人ということになる。

しかしとんでもない所からとんでもない話が・・・
次男!近いうちに痛い思いを?
激しく希望!

大貴の変化

ナイショさん、こんばんは

>沙織さんは、どう考えても幸せそうではないですよね。
 大貴はこの先、どう気持ちを割り切っていくのでしょうか。

杉町の現実部分が、思いも寄らないところから見えてきて、
大貴の気持ちを揺さぶります。
16話は、大きく話が動きますので、
ぜひ、これからもお付き合いくださいね。

葵と大貴

yonyonさん、こんばんは

>葵ちゃん、間違いに早く気づくべきだわ。

葵は間違っているとは思っていないんだよね。
(思い切り、間違っているのに)
大貴としては、沙織への思いも振り切れていないのに、
後ろからとんでもないものが、のしかかっている状況です。

さて、16話。
ここで話は大きく動きます。
ぜひぜひ、お付き合いくださいね。