18 神に誓う時

18 神に誓う時


次の日の朝早く、沙織の母親から、準備は整ったとの連絡が入った。

杉町は雅美が妊婦となり、『杉町家』を継ぐ大切な宝が入っているからなのか、

彼女のご機嫌とりに必死で、沙織が治療に向かうと告げるとあっさりOKを出した。

もちろん、僕が動いていることは、伏せてあるのだが。


午後から行動に移れるように、午前中は精力的に仕事をこなす。

めぐみにも同行するように頼んであるため、待ち合わせは昼の1時にした。


午前11時、父から呼び出しがあり、あることを告げられる。

それは、『Tosp』が以前取引をしていた『菅野ゴム』が、倒産すると言う話だった。

『菅野ゴム』は、ゴムの配合を研究し、

それぞれの業界へ資料を提供している町の小さな会社だ。

しかし、祖父の職人ぶりは、他に並ぶものがいないほどの腕で、

うちも昔はよく世話になっていた。

しかし、ある時期からうちのある製品が大量に返品されることになり、

それをよく調べると、『菅野ゴム』が、配合資料通りの製品を作らずに、

経費を抑えようとしたことが判明する。

何よりも卑怯なことが嫌いな父は、『菅野ゴム』との取引を全て停止し、

そこから別の会社へ、製品を頼むことになった。


「倒産ですか」

「あぁ……うちが配合のごまかしを見つけ、指摘してから、
他の業界とも色々重なったようだ。あれだけ優秀な腕を持った男がいながら、
息子が欲に目をくらませてしまったんだな」


『菅野ゴム』の跡取りは息子だった。父の職人ぶりからすると、

時には儲けのないような仕事もしていたのだろう。

それをどうにかしようとしたことが、倒産につながってしまった。


「しばらく、一人で行動するな。出来たら家に戻って来い」

「家に? どうしてですか」

「『菅野ゴム』は、倒産の原因をうちだと思っているんだ」

「うち? そんな……」

「あぁ、指摘をしたのはうちだが、大きな取引は別の会社とあったわけで、
それでも、あの指摘がきっかけになったことは変わりない。『Tosp』の責任だと、
息子と孫が、相当怒っていると……」

「わかりました。外へ出るときは車で出かけることにします」

「あぁ……裁判が終了し、処分が決まったら、少しは落ち着くだろう」


僕はそう父と約束をしたが、周りに注意しながら、

その後、沙織を『陽香里』へ送る準備をする。

移動は全て車で行ったため、危ないような目にはあわなかった。





午後になり、僕はめぐみを車に乗せると、沙織の家へ向かった。

沙織の母は、とある病院の医師に、

環境のいい場所で過ごすことを勧められたと父親に報告し、家を出る許可をもらった。

そして、すでに荷物は『陽香里』宛に送ったと聞き、ほっとする。


「それでは行きましょう」


後部座席に沙織と母親を乗せ、僕らは『陽香里』を目指した。





そしてその日、最後の船に乗り込む。

波はキラキラと光りながら夕焼けを反射し、どこからか来た鳥たちが、

船の周りを飛び、そしてまたどこかへいなくなる。

沙織は、船の中にある席に座ったまま、じっと海を見ていた。

ここへ来る間に、嫌がって抵抗するような素振りは見せなかったが、

無表情であるがゆえに、本当の気持ちは僕が見てもよくわからない。


僕は自動販売機で買った『ミルクティー』の青い缶を、沙織に差し出してみる。

付き合っていた頃に、よく飲んでいた味。

沙織は無表情のままそれを受け取り、プルを開けることなく、

両手でずっと包んでいた。





「いらっしゃい!」


めぐみの母と、その友達家族が、僕らの到着を待っていてくれた。

沙織の母は、よろしくお願いしますと何度も頭を下げる。


「いいんですよ、そんな堅苦しいご挨拶は。どうかゆっくりしていってください。
どうせ、たいした客も来ないんです。私たちはみんな毎日笑ったり、
話したりして過ごしているようなものですから」


特別な料理を用意するような、そういう浮いた出迎えではなく、

ここになじませようとする、土地の方の思いが僕の心にしみた。

沙織は丁寧に靴を脱いで畳へ上がり、その香りに手で触れる。

左手をゆっくりと畳の上で動かすと、その手触りがいいのか、

しばらくそこを離れようとしない。


杉町とのマンションには、和室がなかったのだろうか。

雅美が家に乗り込み、沙織を家政婦のようにこき使い、

床に座らされていたという話が思い出され、僕の目が自然と潤んでいく。


「さて、美味しいものでも出してよね、お母さん」

「はいはい!」


めぐみは僕の表情に気づいたのか、わざと明るい声を出した。

沙織の母に部屋の説明をするというもの、風呂の用意をするというもの、

スタッフもそれぞれ、バラバラになっていく。

僕はめぐみのお母さんを隅に呼び、用意していた封筒を手渡した。


「……やだ、ちょっと大貴さん、あんたいくら持ってきてるんだよ。
これじゃ金額が多すぎるよ」

「いいんです。とにかく、いつまでになるかもわかりません。
また、しばらくしたらきちんとお支払いします」


僕は、沙織と母親がしばらくここで暮らしてもいいくらいの金額を用意した。

沙織と結婚し、二人で家を買おうとしていた預金から引き出したものだ。

形は変わってしまったけれど、彼女のために使うことには変わりない。

沙織と母親は、スタッフに案内されて、奥の部屋へ向かっていく。


「よっぽど、大切な人なんだね。こんなふうにしてやるなんて」

「……はい」


世間的に見たら、人の奥さんに必死になる光景は、

あまり格好のいいものではないだろう。

それでも、そんな正直な思いを隠す必要もない。


「どこまで出来るかわからないけれど、私たちなりに、やってみるからね」

「ありがとうございます」


どこかの有名大学を出た教授が、ありがたい話をしてくれるよりも、

色々な苦しみを経験し、労わる気持ちを知っている人たちの方が、

今の沙織には必要だと、そう思う。


「何かあったら、夜中でも必ず、僕に連絡してください」

「あぁ……任せなさいって。ここへ誰かが来ても、
このほうきを振り回して追い返してやるからね」

「はい」


その日は僕も、『陽香里』のお世話になった。

窓を開けると、斜め向かいに沙織がいる部屋が見える。

近くに来てくれたような気がしていたが、彼女はいまだに『杉町沙織』のままで、

僕のものではない。



それでも……

沙織がまた笑ってくれるのなら、どんなことでもしようと思えてくる。




『大貴……』




いつかまた、明るい君の声を聞けるまで。





「それでは、よろしくお願いします」

「はい」


次の日の朝、僕とめぐみは東京へ戻ることになった。

沙織の母が帰る前の僕に、沙織が朝食を少し食べたと嬉しそうに語ってくれる。


「少しずつだと思いますが、きっと変わります。
くれぐれも強引に何かさせようとはしないでください」

「はい……」


玄関前で話をしていると、後ろで人の影が動いた。

椅子に座っていると思っていた沙織が、自分から部屋を出てきたのだ。

僕は沙織のそばに進むと、『必ずまたここへ来る』と約束する。

沙織は黙ったままだったけれど、最後に少しだけ首を動かした。

船の時間が迫るため、車に乗り込みエンジンをかける。

バックミラーには、こちらを見たままの沙織が映った。



彼女を安心させるように、抱きしめたい衝動をこらえながら、

僕はアクセルを踏み出していく。



車が走り出し曲がり角を過ぎ、『陽香里』が見えなくなった頃、

隣にいためぐみは急に泣き出した。声を上げ、隠すことなく泣き続ける。


「どうした……何かあったのか?」

「違うんです……違うの。だって……」


めぐみはハンカチを取り出し、しばらく自分の目を押さえると、大きく息を吐いた。

僕はスピードを上げ、その先へと向かう。


「沙織さん……大貴さんが帰るのを見ている顔が、とっても寂しそうだったから……」





めぐみの言葉に、

僕の心は、締め付けられる思いがした。





沙織……





「そういうことを言うな。戻れなくなるだろう」

「すみません……」


下を向き、泣きじゃくるのをこらえためぐみを乗せたまま、

僕らはゆっくりとした時の中から、慌ただしい都会へと戻っていく。

傷ついた人達の迷いや苦しみなど関係ないとばかりに、街はしっかりと動いていて、

人は交差しあいながら、それぞれの場所へ足を進める。





僕は、その日、久しぶりに佐久間家へ戻った。

父だけには、沙織の話をしておくべきだろうとそう思ったからだ。

一人で全て動かしていくつもりでいるが、

いざとなったら頼れる人は、父しかいない。

沙織が杉町家でどのような扱いを受け、どれだけ辛い状態で戻ってきたのか、

そして、杉町には別の女性に子供が生まれる話も、そこに付け足していく。

父は、難しい顔をしながら、それでも何度か頷いた。


「そうか……」

「はい。そのままにはしておけませんでした」

「そうだな」


父なら、僕の複雑な気持ちを理解してくれるだろう。

まだ人の妻であるという立場の沙織を、愛さずにいられない気持ちは、

子供を持った女性と恋に落ち、その人の子供を形見として育ててきた父になら、

きっと伝わると信じていた。



どんな形であっても、その人に寄り添いたい……



今の僕は、沙織に笑顔を戻してやることしか、考えられなくなっている。


「お前があまり表面に出ない方がいいぞ。
向こうは、そこを突いてくる可能性があるだろうし」

「わかっています。でも……」

「でも?」

「僕はもう、沙織を杉町には渡しません。誰がなんと言おうと」

「大貴」


沙織が、あの闇の中に戻らなければならないのなら、

その時は、僕も『幸せ』になろうなんて、考えは持てないだろう。


「杉町がどうしても沙織を手放さないと言うのなら、
神に逆らってでも、それを阻止します」

「大貴……」

「僕のために、全てを犠牲にした人です」


父にはそれだけを告げると、僕は部屋へ戻った。

以前、沙織が残していったハンカチを取り出し、手にとって見る。




『永遠の愛』




『永遠』などいらない……あの時はそう思った。

でも、『永遠』がこの世にあるのなら、今から時を動かしても、

手遅れにはならないはずだ。




外に車が着く音がし、僕はカーテンを開けた。

運転席から出てきた男は、小走りに車の後ろを走り助手席に回ろうとする。

すると、その前に扉が開き、葵が降りた。

男の手を無視するように歩き、門の中に入る。

葵を満足そうに見送った男は、そのまま運転席に入ると、エンジン音をさせ、

そのまま走り去った。


以前も、こんな光景を見たことがある。着信拒否までした葵の恋だったが、

僕が家を出た後、またよりが戻ったのだろうと、

心のどこかでほっとした気持ちを持ち、コーヒーでも入れようかと部屋を出る。

階段を上がってくる葵と目が合ったが、すぐにそらされた。


「葵……お帰り」


気まずくなった日から、葵はずっとこんな態度を続けている。

僕は1段上に向かった妹に、彼は以前の人だよねと声をかけた。


「……そうよ」

「そうか。よかったな……」


そのまま下へ降りるつもりだった。

また、以前のように兄妹として、付き合っていける、そう思えた。


「よくなんてないわ……抱きたいって言うから、抱かれてやっているだけよ」


葵の吐き捨てるようなセリフに、僕は一度振り返る。

どんな顔でそんなことを言うのか注意しようとしたが、

葵の目からこぼれる涙が見える。


「お兄ちゃんが……私をまっすぐに見てくれないから……」

「葵……」

「お兄ちゃんのことを思いながら……抱かれているだけよ」


部屋へ向かう葵を止めることも出来ないまま、僕はただ、その場で立っている。

思いの代役を作ることは、いけないことだけれど、

同じようなことをしていた自分に気づき、ふと『あかり』のことを考えた。







19 光を見た日

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コメント

非公開コメント

身勝手な!

優しい人達に囲まれて少しでも慰めになれば・・・
しかし沙織が居なくなっても構わない次男(もう!!!!)

こんな時に倒産騒動。
ここでも坊ちゃんが!(もう!!!!②)

葵は相変わらずだし(もう!!!!③)

もう! がいっぱいだ

yonyonさん、こんばんは

>しかし沙織が居なくなっても構わない次男(もう!!!!)

杉町がどんな状態でいるのかは、まだハッキリしてませんが、
結婚する前の状況とは、明らかに違っているようです。
大貴にしてみたら、腹立たしくてしかたないところですけど。

さて、父さん騒動、葵の気持ち、
これからどうなるのか……まだまだお付き合いくださいね。

ため息……だよね

yokanさん、こんばんは

>はぁ~溜息しか出てこん(ーー;)

あはは……『ももドラ』はため息が多いと……
まぁ、辛い時期もあれば、
明るくなる時期もあるはずで。

お付き合い、よろしくお願いします!
(と頼むしかない私・笑)

 
 こんにちは!!

お久しぶりです(^_^;)

『ももドラ』ドキドキ、ハラハラしながら読んでます。

この先もすっごく楽しみ♪♪

 ≪えるすて・りーべⅡ≫もね(^o^)丿


毎日寒いのでお体大切に!


   ・・・では、また(^.^)/~~~
  

どうも!

ネギちゃんさん、こんばんは
お久しぶりです! 来てくれてありがとう。

>『ももドラ』ドキドキ、ハラハラしながら読んでます。
 この先もすっごく楽しみ♪♪

楽しみ……と言ってもらえるのが、
こちらもとても嬉しいです。
『えるすて』共々、よろしくお願いします!

そうそう、寒いですからね、
ネギちゃんさんも、体調管理、気をつけてくださいね。