23 突然の襲来

23 突然の襲来


僕は、父が用意してくれた病院の個室に入院した。

検査は1週間で終了し、家に戻ることが出来るが、

その間も仕事をしないわけにはいかないため、最低限の道具を揃えていく。


「ありがとう、申し訳ない」

「いえ……」


父の側で、いつもスケジュール管理を担当する藤本さんに、運ぶ作業を頼んだ。

傷口は順調に閉じられ、傷みも少しずつ減っていく。

病院の中で、携帯を使用できないため、『陽香里』からの連絡は、

直接パソコンのメールに転送されるように設定した。

そして、僕が入院して2日目、その連絡は突然に入った。



『明日、杉町さんがこちらに来るそうです』



杉町が来る……

それを考えなかったわけではないが、井ノ口雅美の妊娠がわかり、

正直、そちらのご機嫌伺いに、沙織のことを考えている余裕もないと思っていた。

実際、沙織の母が、治療のために沙織を引き取りたいと言ったときも、

雅美が沙織を意識しているのを知っていたため、杉町は安堵の表情を浮かべたと聞いた。

だとすると、これだけ急に『陽香里』へ行くことに決めた理由は、

たった一つしかない。





僕が、『陽香里』に関わっていること……

杉町はそれを知ったのだろう。





このままこうしているわけにはいかない。

なんとしても『陽香里』へ行って、沙織の身を守らなければ。


「お兄ちゃん、入るわよ」


聞こえてきた葵の声に、僕はそのままPCを閉じた。

扉を開けた葵は、母が持たせたといって、果物が入った入れ物を広げ始める。


「ごめん……一人にしてくれるかな」


葵にここを抜け出すとは言えない。どうせ反対されるに決まっている。

とりあえず帰ってもらってから、タクシーを呼ぼうと思い、

引き出しの中に入っている携帯を取り出す。


「何しようとしているの? 『陽香里』へ行こうと思っているわけ?」


葵は、僕の言うことを無視したまま、家から持ってきたと荷物を棚に詰め始めた。

僕はもう一度、今日は一人になりたいんだと言葉を返してみる。


「お兄ちゃんが、そんな体で『陽香里』へ行ってどうするの? 
杉町さんは沙織さんのご主人なのよ。病気の妻を労わって、
迎えに行くのは当たり前で、何も関係がないお兄ちゃんこそ、邪魔ってものでしょ」


葵は全てを知っている……

その時、ハッキリとそう思った。


「どうして杉町が『陽香里』へ行くことを知っているんだ」

「知っている? それが当然だって思っただけよ。いつ向かってもいいじゃないの。
だって、二人は夫婦なんだから」


夫婦であること、杉町にこそ、沙織を守る権利があること、

葵は当たり前のように、そう告げた。

そんなことは僕だってよくわかっている。だからこそ、こうして連絡を取らないまま、

早く怪我を治そうと、努力しているのだから。


「お前が……杉町に話したのか」


葵は返事をせずに、光の入っていた窓にカーテンをかける。

部屋の中は一瞬にして、影が作られた。


「杉町さんに言ったわけじゃないわ。ただ、先輩には話したわよ。
杉町さんの奥さんが、お兄ちゃんに頼っていて困るって。
それは杉町家の問題であって、佐久間家には何も関係のないことでしょ」

「葵……お前……」


不確定な思いは、葵の告白から確定事項に変わった。

こうしてはいられない。僕は痛みの残る体に力をいれ、横にあった車椅子に乗ると、

そのま扉へ向かう。しかし、座ったままでは上手くドアノブに届かないため、

方向を変えようと車を動かした。

その時、患者が脱走するのを防止するために取り付けられた小さな鍵を、

葵にロックされてしまう。


「何するんだ」

「その体で、行けるはずがないじゃない」


僕はそれでも必死に立ち上がり、そのロックされたカギを外した。

しかし、腰に激痛が走り、思うように前へ進めない。

扉に寄りかかるようになりながら、ポケットに入れた携帯を開こうとすると、

それを葵に振り払われた。

携帯電話は床に落ち、そしてクルクルと回り、壁に軽く当たって止まる。


「葵……」

「何をしているの。ほら、無理をしないで座って。怪我が悪化するでしょ」

「携帯を返せ」

「嫌よ……」


壁になんとかつかまりながら、葵の横に落ちている携帯電話に足を伸ばす。

自分のそばに運ぼうとすると、また葵にそれをつかまれた。


「いい加減にしろ!」


必死に伸ばした手は空振りに終わり、その代わり、

僕は崩れるように病室の床へ倒れてしまう。

どうしても左に力が入りきれずに、バランスが崩れたのだ。


「あ……」


床に倒れた僕を見た葵は、満足そうに笑みを浮かべ、ナースコールを押した。

呼ばれた看護士が2人、すぐに病室へ飛んでくる。


「すみません、兄が無理なことをしてこんなことに。
すぐにベッドへ寝かせてくれますか」

「あ……はい」


看護士二人の手を借りながら、ゆっくりと起こされた僕は、

そのまままた、ベッドに戻されてしまう。


「ダメですよ佐久間さん。今、無理をすると後遺症が残るかもしれませんし、
変な歩き方になりますからね。ちゃんと治しましょう」


事情など何も知らない看護士は、葵に対して、いつもお見舞いに来られるなんて、

仲のいいご兄妹ですねと、笑顔を見せた。

葵はそれに対して笑顔で返事をし、僕の動きに蓋をするように布団をかける。


「また何かありましたら」

「はい……」


もがいたのは僕だけで、葵はこの時間に何もなかったという顔で、

持ってきたメロンを一切れ口に入れる。

甘みがあって美味しいと笑いながら、僕の方を見た。


「無理なことはやめなさい。運命に逆らうべきではないわ。
お兄ちゃんには、お兄ちゃんの歩くべき道があるの。もう30でしょ。
そろそろ気づきなさい」


動けない僕の顔に、ゆっくりと葵の顔が近付いた。

目を合わせるのも嫌で首を横に向けると、ふぅっと頬に風が触れる。


「どう? メロンの匂いがする? 甘いわよ? 食べる?」

「……いいからここを出て行け……今すぐ帰れ!」


異様なくらい、僕をまっすぐに見る葵から顔をそらしたまま、

どうにも出来ないもどかしさに、拳だけを握り続けた。





杉町が、僕とのことを知り、『陽香里』へ出かけた。

そのことを間接的に報告したのは、妹の葵だった。

ただ、一人の女性を愛し、その人と幸せになろうとしただけなのに、

どうしてこうも、トラブルが広がるのだろう。

めぐみの母親に、その後どうなったのかメールをしたが、

返事は返らないまま、次の朝を迎えた。





「おはようございます」


朝一番に、病室へ飛び込んできたのはめぐみだった。

春に行われる『パリレース』に出場することが決まり、

これから他の選手たちと記者会見があると言う。

気持ちが上向きの彼女に比べて、僕はどうしようもなく下降気味の思いを募らせる。


「母からの報告です」

「……めぐみに報告がいったのか?」

「はい。母の携帯が壊れたそうなんです。もみ合っているうちに……」

「もみ合い? じゃぁ、杉町が……」

「昨日『陽香里』へ来て、沙織さんを連れて帰るとそう……」

「それで?」


杉町は、昨日の昼過ぎに『陽香里』へ到着した。

スタッフたちはそれを知り、沙織をめぐみの実家へ移動させたが、

めぐみの実家があることも、向こうは承知していて、

すでにそこにも待っている男がいたのだという。

このまま返すわけにはいかないと、

めぐみの母親はその頑丈そうな男たちにほうきで戦い、その結果携帯が壊れてしまった。


沙織の母親も、沙織がここで少しずつよくなっていることを必死に話し、

どうか帰って欲しいと頭を下げたが、

杉町はそれを無視したまま、部屋の荷物をまとめ始めた。


「そうか……」


強引に連れて帰られたのだろう。

めぐみのお母さんは、それを報告するのが辛くて、今朝まで引き伸ばした。

これで、沙織を囲む杉町の鎖は、さらに無意味なくらいきつくなる。



もう……元の沙織には、戻れない。



「母たちもみんな、どうしようもないところまで来てしまって、
警察を呼ぶ騒ぎになったんです。でも、警察は民事不介入で、
戸籍上のご主人が迎えに来ているのを、逮捕するわけにはいかないと……」

「そうだろうな……」


僕は沙織からもらったお守り袋を強く握り締めた。

この袋を持っていなければならなかったのは、僕ではなく、沙織だったのだ。

今更ながら、後悔する。


「そこに、来てくれたんですよ」

「来た? 誰が」

「沙織さんのお父さんです」

「お父さん?」


杉町が『陽香里』へ行くことを知った沙織の父は、それから1時間後に到着し、

杉町にこのまま帰る様に告げた。もちろん杉町は怒ったが、

それでも沙織の父は譲らなかったという。


「杉町の車の前にも秘書の方が立って、杉町さんがまとめた沙織さんの荷物も、
全て取り上げて、ここへ娘を置いているのは、親としての決定だと、
そう言ってくれたそうです」



親として、病気の娘のことを考え、ここに置いている。



あの日、僕の存在を知りながら、沙織を置いていった父親は、

杉町の前に、立ちはだかってくれた。

沙織が大事な娘だと言ったセリフを思い出す。


「沙織さんと杉町さんとは、離婚してもらいたいとそう、
ハッキリ言ってくれたそうです」


結果的に杉町はそれ以上強引に行動を起こすことなく、そのまま東京へ戻った。

スタッフや町の人たちも喜び、その夜は小さな宴会状態だったという。


「沙織さんのお父さん、沙織さんが話すのを聞いて、泣いていたそうです。
その日は、同じ部屋で3人、過ごしてもらったって……母が」


めぐみの話はここまでだった。

それでも、沙織が『陽香里』へ残れたと聞きほっとする。

そして、『離婚させたい』と願っていることも聞き、諦めかけていた思いが、

また少しずつ膨らんでいく。



もう一度、沙織と歩むことが出来たら……

僕は、他に何も望むことはない。



めぐみは時間があるのでと、それからすぐに病室を出て行った。

記者会見は今日の午後行われる。

嵐の去った『陽香里』でも、みんな揃ってその会見を見るのだろうかと、

冬の風が吹き、音を立てる窓の外を見る。

冷たい風は歩いている人の気持ちを固く閉ざすような勢いだったけれど、

僕の心は、不安が吹き飛んでいくようで、

その冷たささえ、次のぬくもりに向かうための、準備にしか思えなかった。







24 手紙

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コメント

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沙織父、天晴れ!

>無理なことはやめなさい。運命に逆らうべきではないわ。
そう言った葵こそが運命に逆らってるのでは?
気付かないか・・・もはやそれは恋とは言わないぞ!

沙織父、凄い!それでこそ父親。
次男の報復もあるかと思うが、娘より大事な議員の席なんて無い。

ハラハラドキドキの展開に手に汗握る!凄いぞももドラ。

yonyonさん、こんばんは

>沙織父、凄い!それでこそ父親。

沙織に対する大貴の気持ち、
届いたのかどうか……
それでも、言葉が戻ったことは、
きっと評価しているはずで。

>ハラハラドキドキの展開に手に汗握る!凄いぞももドラ。

ありがとう!
調子に乗りながら、さらに話は続きますね。

怪しさ全開

yokanさん、こんばんは

>葵ちゃんはやっぱり不気味だ

うふふ……その不気味感が、『ももドラ』ですので。
怪しさとか、漂う不気味さとか……
重要なのです。

杉町、沙織、大貴のトライアングルがどうなるのか、
もうしばらくお付き合いください。

続きます

拍手コメントさん、こんばんは

>ハラハラ、ドキドキですね

はい、『昼ドラ』を目指している『ももドラ』ですから。
これからもハラハラが続きます。
どうか、楽しんでお付き合いください。