24 手紙

24 手紙


年が明け、僕の怪我も順調に回復した。

仕事をした後、車でマンションに戻ると、郵便受けに封筒が入っている。

すぐに相手がわかり、僕は急いでエレベーターに飛び乗った。

その場で破いて中を取り出したいところだったが、それを必死にこらえ、

部屋の鍵を開けると上着を脱ぐこともしないまま、ハサミで封をあけた。

手紙をくれたのは沙織で、これでもう10通を数える。



『大貴、怪我の具合はどうですか? 
私は年が明けてから、ご近所の奥さん方とパンを習うようになりました』



「パン……か」


沙織を『陽香里』へ預けてから、僕の携帯と彼女の携帯には、

互いに連絡を取らないようにしようと決めていた。

それは僕の中で、杉町との離婚を想定してのことで、

メールなどのやり取りはデータとして残り、

余計なことを言われかねないと思ったからだ。

戸籍上、杉町の妻となっている沙織に対し、

僕が疑われるような言葉や態度を、残したくなかった。


手紙という方法は、少しアナログ過ぎる気もしたが、

送られてきた時の嬉しさは、メールとは比べ物にならないくらいで、

沙織の記した一文字ずつが、生きているように僕に語りかける。

僕もその手紙を何度も読み、そして自分の状況を同じように手紙で返すことが、

日々の楽しみになっていた。



『仕事を始める前に、めぐみの朝練を見るのが日課になりました。
次のレースが楽しみになるくらい、順調なのだそうです』



石垣家の二人は、僕らにとって、兄弟でもなければ親子でもないのだけれど、

あまりにも身近で、そして重要な人たちだった。

沙織もめぐみの母を『もう一人の母』と呼び、頼りにしているようで、

長い暮らしになった『陽香里』の生活も、すっかり慣れてくれる。





「『菅野ゴム』の孫だけれど、執行猶予が決まったそうだ」

「そうでしたか、それはよかったです」


自首したこと、そして被害者である僕が、情状酌量を望んだことで、

あの事件は一つの終わりを迎えた。

幸い、背中の傷が後遺症を残すこともなく、季節は少しずつ春へ向かっていく。


「大貴」

「はい」

「この秋には、『Tosp』が創業40周年を迎えることになった。
私は、お前を正式に跡取りとして公表するつもりだ。そろそろいいだろう」

「父さん」


父は、僕の怪我が治ったことで、また跡取りのことを口にした。

ここのところ、忙しく動くことに疲れが溜まると笑う。


「それならば、しっかりと入院して検査を受けてください。
僕よりも父さんの方が、いなくなられては困るんですよ」

「いやいや……」


葵の気持ちを知って以来、あえて佐久間家へ近付くのを避けてきたが、

正直、父の様子が少し変わってきていることには気づいていた。

父が別の仕事をしているとき、秘書を呼び、

なんとか入院できる日程を空けて欲しいと頼み込む。


「わかりました。少しお待ちください」

「なるべく早くして欲しい」

「はい……」


僕は父の心配をしながら、午後の会議のため打ち合わせの場所に入った。





父が僕を跡取りとしようとしている雰囲気は、どことなく感じているものだったが、

正直、今、その話をする気持ちにはなれなかった。

佐久間の母は、僕が跡を継ぐことには反対をしているはずで、

そのために葵と夫婦にしようとさえ、考えたこともある。





そして、もう一つ、僕の心を悩ませているのが、杉町の動きだった。

沙織を強引に連れて帰ろうとした時には、父親の反対に合いとりあえず戻ったが、

あれからも頻繁に『陽香里』へ色々な品物を届け、

沙織のパートナーであることを、アピールしているらしい。

めぐみのお母さんは、受け取り拒否をして、また向こうを刺激してはいけないと、

適当な礼をしてくれているらしいが、愛人に子供を産ませるようなことになりながら、

まだ沙織に執念を燃やすのかと、腹立たしくなる。





暦が2月になる少し前、僕は久しぶりに『陽香里』へ顔を出した。

こちらに向かう頃には考えられないような表情で、沙織が出迎えてくれる。


「大貴」

「久しぶり」

「怪我はもういいの?」

「あぁ……すっかりよくなっていたけれど、溜まっていた仕事を放り出せなくて、
なかなかこっちへ来ることが出来なかった、ごめんな」


沙織は何度も首を振り、そんなことは気にしないで欲しいと言ってくれた。

ごく普通の、エプロンをした沙織がそこにいることが、僕は嬉しくなる。


「杉町がこっちへ来るって聞いたときは、正直どうしようかと思ったけれど、
お父さんが守ってくれたんだって」

「うん……。父が彼に言ってくれたの。子供が生まれるのなら、
そのことを一番大事に考えたらどうだって」



子供が生まれることが大事……



つまり、沙織の父親は、新しい家族を作るようにと、杉町に言ってくれたことになる。

しかし、杉町はそのことについて返事をしないまま、『陽香里』を去った。

ふすまの向こうから声が聞こえ返事をすると、めぐみのお母さんがお茶を持って現れる。

僕達の邪魔をしてはいけないからと笑い、すぐに部屋を出ようとした。


「何、気を遣っているんですか。一緒に飲みましょうよ」

「いえいえ、そんな野暮なことをしたら、めぐみに何を言われるか」


めぐみのお母さんの明るさは、いつ訪れても変わりなくそして温かい。


「あ……そうそう、大貴さん。妹さんにお礼を言ってくださいね。
色々と送って下さるんですよ」

「葵がですか?」

「えぇ……ねぇ、沙織さん」


めぐみのお母さんは、葵が知り合いの造っているものだからと『地酒』を送ってきたり、

こちらの寒さを気にして、毛布を贈ってくれたことがありがたかったと口にした。

僕は沙織の表情が気になり、すぐに確認したが、

その話に言葉を付け加えることなく、静かに受け止めている。




葵は、僕にそんな話をしたことがない。




「沙織」

「何?」

「葵から、何か余計なことを言われたりはしてないの?」


入り込んだ質問かもしれないと思ったが、

ただ、素直に葵が沙織に手を差し伸べているとは、到底思えなかった。

入院していた時、沙織が持ってきた花をむしる姿は、

僕の中に強烈な印象として残されている。


「余計なことって、どういうこと? 考えすぎよ、大貴」

「……本当に?」


テーブルの上に置かれた湯飲みが二つ、温かそうな湯気を上げている。

沙織は両手で湯飲みをつかみ、何度か息を吹きかける。


「僕は葵から、『陽香里』に物を送ったことなど、何も聞いていない。
君に、こんなことをしていないで東京に戻れとでも、手紙をつけているんじゃないのか」


明らかに沙織の表情が変わった。

僕は予想通りだと思い、大きく息を吐く。


「……葵ちゃんを責めたりしないで、大貴」

「沙織」

「葵ちゃんの言う通りなの。私、大貴に甘えてはいけないのに、
ついここまで来てしまった。本当に申し訳ない気持ちで……」

「そんなことを言うなよ」


とってつけたような言葉で、話したくなどなかった。

飾り付けた言葉でしか話せないのなら、ここへ来た意味などない。

葵がよこした手紙を見せて欲しいと頼んだが、

沙織は自分が慌てていて、どこかに押し込んでしまったと笑ってみせる。


「葵も、僕と血がつながらないことを知って、それなりにショックなんだと思う。
今、気持ちが乱れていて、冷静に考えられなくなっている。
僕が君をここへ連れてきたことも、杉町に間接的に伝わるようにしたり、
これからも、どんなことを言い出すか、わからない……」


沙織は、勘のいい女性だ。

葵の文面から、兄への思い以上のものを持っていることくらい、

きっとわかっているだろう。


「沙織、僕は君とこれからの時間を歩んで生きたいと、そう思っている。
何年先になるかどうかわからないけれど、でも、そうして行きたいと強く願うことが、
きっと光りを近づけると思うから、だからこうしてここにいるんだ」


ポケットに入れてきた『ハンカチ』をテーブルの上に置いた。

沙織が自由に言葉を使えないような状況の中、僕への思いを乗せたあのハンカチだ。


「僕に『永遠の愛』を持ち続ける気持ちがあるのなら、
どんなことにも負けずに、一緒に戦って欲しい」


沙織は目に涙を溜めながら、あのハンカチを手に取った。

二人で自由を求め逃げていくはずの日から、彼女は自由を奪われたまま、

そして全てを犠牲にしてきた。

ハンカチを握った沙織の手を包み、そのぬくもりにぬくもりを重ねると、

彼女の涙が僕の手の甲に落ち、そしてテーブルへ流れ落ちる。


「僕が君を守る。一緒に生きていこう」


沙織はその言葉をしっかりと受け取り、小さいけれど何度も頷いた。

道は決して易しいものではないだろうが、二人なら越えていける。




『永遠』を『現実』にするために……




杉町の子供が無事に産まれた話を聞いたのは、『陽香里』を訪れて3日後のことだった。

杉町の兄夫婦には子供がなく、初めての孫といえる存在に、

両親は後継者が出来たと大喜びしたという。

井ノ口雅美は、本来、非難されるべき愛人でありながら、

跡取りと言う『最大の武器』を手にし、さらに力をつける勢いだった。





敵は、目の前の現実を追うことに必死なのか、

生ぬるい状態のまま、季節は春を迎える。





暦が3月を刻みだしたある日、僕は以前より、体調不調があった父を検査で入院させ、

その日の会議に一人で出席した。

『Tosp』は株式会社であり、父の叔父や叔母もそれなりの株を持っている。

いつもは、簡単に挨拶だけ済ませているが、その日はそういかなかった。


「博は大貴を後継者にしようとしているようだけれど、大貴はそれを了承したのか」

「いえ……まだ、細かい話は済ませていません。
僕は正直、葵が継いでくれるのが一番いいと思っているので」

「そうだな」


父が、縁もない僕を育てたことでさえ、文句を言ってきた叔父や叔母が、

財産を引き継ぐことに首を振るとは、到底思えなかった。

それにしても、いつもならバラバラと来ては帰っていく大叔父たちが、

今日は揃っていること自体、珍しく思えてしまう。


「大貴」

「はい」

「葵と夫婦になろうとは思わないのか」


そんな提案をしたのは、叔父たちの中で一番の年長者だった。

葵が跡を継ぐと言っても、経営面をフォロー出来るとは思えない。

だとしたら、二人が一緒になることが、両親の希望を考えても、

一番だと当然のように言い切った。


「いえ、それは。僕にとって葵は妹でしかありません」

「葵は……そうは思ってないようだ」

「それは勘違いです。それに、僕には思う人がいますので」


その一言を待っていたかのように、叔父たちは視線を合わせそして苦笑した。

その異様な雰囲気に、僕は自然と身構える。


「『Takamiya』に落第の印を押された嫁を、拾ってくるなんてバカなマネは辞めてくれ。
葵が大貴のやっていることに呆れると、この間も愚痴をこぼしていったわ」


葵を一番かわいがっている大叔父は、沙織のことをすでに知り、

僕が杉町家から追い出された嫁を、大事にかくまっていると他の親戚に話しだした。

こちらが何度訂正しようと言葉を挟んでも、おもしろおかしく聞こえる話のほうが、

真実味を帯びて膨らんでしまう。


「大貴、『Tosp』は上場企業だ。そんな情けないことは許さんぞ」


白いひげを生やし、大きな杖を持ちながら笑い声をあげる大叔父の姿の裏に、

口元を少し上げ、してやったりと笑う女の姿が見えた。


「恩をあだで返すって言うのは、お前のことだな、大貴。
いったいいくらかけて、もらったと思っているんだ。
久恵さんだって色々と思うところもあるだろうに、
お前に対して、一生懸命接してきてくれた。それを……」





佐久間の家で、血のつながりがないのは、僕一人だった。

僕を引き取ったことを、そして育ててきたことを、

疎ましく思っている人たちが、今、目の前に並んでいる。





片方で泣きながら、そして片方の目で笑う葵の顔が浮かび、

僕は、説明するはずの書類の束を、ただ強く握り締めることしか出来なかった。







25 金まみれの愛情

『ももドラ』確立を目指し、奮闘中です。
励ましの1ポチ、よろしくお願いします *´∀`)ノ ヨロシクオネガイシマス♪

コメント

非公開コメント

簡単に言ってしまう

益々難しい立場に立たされた大貴。
沙織への贈り物だったり(嫌味な手紙つきの)、次男への密告(直接ではないにしても)葵は本当に大貴と一緒になりたいのか?只沙織へのあてつけ?

葵は次男より厄介で手ごわい相手かも。

駆け落ちしようとまで思ったのだから、この際
『Tosp』を思い切って辞めてしまったら?
世話になったお父さんには悪いが・・
読み手は勝ってだね~~(爆)

葵の暴走状態

yokanさん、こんばんは

>クッソー、葵のヤツメーーー、腹が立つ!!

そうだよね、おそらく読んだ方みなさんが
そう思っているはず。
葵の思いは、完全に暴走状態です。

それだけ大貴の思いが、一途なのでしょうが。

>この場に社長のお父さんがいたら、どんな話になってたんだろうね

そうなんです。
大貴もこのまま、黙って悔しがっているわけにはいきません。
次回、大きな出来事が起こります。

ぜひぜひ、お付き合いください。

葵の目的

yonyonさん、こんばんは

>葵は本当に大貴と一緒になりたいのか?只沙織へのあてつけ?

葵の思いは、完全に暴走化しています。
大貴と沙織の思いが、まっすぐに見えるだけに、
ひねくれているようにも思えるのですが。

>駆け落ちしようとまで思ったのだから、この際
『Tosp』を思い切って辞めてしまったら?

そう、あの時の二人は、そう思っていたんです。
何もかも放り投げて、逃げてしまえ! と。

次回、大きな出来事が起こります。
そこから大貴がどう変わるのか……
ぜひぜひ、お付き合いくださいね。