【S&B】 7 恋の相談相手

      7 恋の相談相手 背景



電車に揺られ駅を下りると、弁当屋に立ち寄り適当に買い込んだ。

食べて帰った方が楽なのはわかっていたが、今日は早くネクタイを取りたい気分だった。


「ほぉ……この中身は確かに似てるよな」

「だろ、正直情報が漏れたんじゃないかと思ってるんだ。
ただ、それをどう調べたらいいのかもわからないし、そんなことにとらわれている時間もない」


悟は、僕が持って帰ってきた企画書と、『ブランケット』の提案を書いたメモをテーブルに並べ、

見比べながらからあげを指でつまみ、口へ入れた。


「うまいな、これ」

「だろ……」


からあげのトレイを少し悟の方へ動かし、僕はまた食事を続ける。前に買った時よりも、

煮物の味が濃くなっている気がして、里芋を一つ口に入れて確かめる。


「なぁ、祐作。知ってるか? 東成電鉄って、私鉄で唯一直接経営なんだぞ」

「直接経営?」

「売店とレストラン」


悟の職場は信用金庫だ。だから企業の状況にも詳しく、僕の知らない情報も持っている。

もちろん行員として話してはいけないことを、簡単に語るようなことはないが、

視点の違うこの男の意見に、行き詰まった僕が、何度か助けられたこともある。


「売店はどこも関連企業だろ」

「もちろんそうだけど、でも、東成だけは直轄なんだ。竹園急行や東宮電鉄はデパートがあるから、
売店やレストランの経営も、そっちが仕切っているけど、東成だけは鉄道会社の仕切り」


その話の間にも、悟の指は何度も人のおかずをつまみ、

ふと気がつくとからあげが目の前から消えていた。普段なら文句をいうところだが、

僕の頭は別の方向に動き、弁当から気持ちが離れていく。


「息子を東成電鉄に就職させたくて、売店のおばさんになりたがる親がいるらしいぞ。
前に徳持さんから聞いた気がする」

「徳持さん?」


聞き慣れない名前に、ごま和えに届いた僕の箸が止まる。


「うちの信用金庫のお得意さんだよ。優しいじいちゃんだけどさ、
アパートとか何軒も持っている金持ち」

「ふーん……」


直轄であるのなら、動かすことも出来るかも知れない。僕の中でもやもやと浮かび上がったものが、

少しずつ形になり始める。


「悟!」


悟に向かって、右手をあげると、あいつは僕の手のひらを思い切り叩き返した。

パチンという大きな音が、互いの気持ちを代弁する。頭の中に浮かんだものを口にして言わなくても、

悟にはこれで十分、伝わったはずだ。


「なぁ、祐作」

「ん?」

「これ、明日も買ってこいよ!」


悟はからあげの入っていたトレイを指さし、笑顔を見せた。

僕は何も言わないまま、返事の代わりに首を振った。





風呂から出て、タオルで髪の毛を拭きながらブログを開くと、また、新しいメンバーが増えていた。

その『えんどうまめ』は、自分でもブログを持っていて、ネット散歩に来たらしい。

彼女はデパートの地下に勤めていて、それなりに美味しいスイーツを知っていると書いてあるが、

初めての発言は、その情報とは外れていた。


     >素敵な店員さんがいるんです。
      彼に会えるのがとっても楽しみ


それでも新顔が増えることはいいことだから、僕は『またどうぞ』と、定食屋のおかみさんのように、

気軽に返事をした。

『すいーつらんち』を閉じ、悟の出してくれたヒントを、確実なものにするために、

『東成電鉄』をはじめとした私鉄大手のホームページをあれこれ調べ始める。

電車の本数、急行の割合、そして売店の売り上げ……

あれこれ頭に浮かぶことを整理しながら調べていたら、時計はいつのまにか日付を簡単に乗り越え、

夜中と呼べる時間まで進んでいた。





次の日、営業に向かう前の濱尾を呼び止め、非常階段へと引っ張り計画の一部を話す。


「売店ですか?」

「あぁ、どこまで協力してもらえるのかどうか、その確認だけ取って欲しいんだ」

「はぁ……」


突然出てきた計画に、濱尾は目を丸くして驚いていたが、このまま相手に仕事をとられ、

ハリネズミの前で土下座をするわけにはいかないため、わかりましたと返事をした。

手帳に指示したことを書き留め、そのページに付箋を貼り付ける。


「いいか、これは濱尾だけでやってくれ。
きちんとした形になった段階でみんなに話そうと思っているけど、今は誰にも言わなくていい」


その言葉に濱尾の顔つきが変化した。ブランケットの企画が、

うちの企画を完全に盗んだものだと言い切ることは出来ないが、口には出さなくても、

メンバー達はそれぞれ、その疑問と戦っていた。あからさまに誰かを疑っているのではないが、

これは絶対に失敗できない仕事なのだと、もう一度念を押す。

僕の真剣な表情に、覚悟を決めた濱尾も大きく一度だけ頷いてくれた。


「よし、行ってこい!」

「はい……」


濱尾と話した非常階段から営業部へ戻ると、入り口には書類が、花びらのように散っていた。


「あ、すみません、今、拾いますから」


三田村はデスクから立ち上がろうとして右足が引っかかり、足をデスクにぶつけてしまう。


「あ……ごめんなさい」

「ちょっと、三田村さん……」


大きな声を出した原田の方を向くと、三田村の衝撃で、なにやら定規で線を引いていた

手元が狂ったらしく、目の前でその失敗したい書類を握りつぶしゴミ箱へ捨てた。

足元に広がっている書類の花びらは、この間、今野が仕事を受け、

女性誌の裏一面に載せた化粧品の、全国売り上げの伸びを示す調査結果だ。


「主任、私が拾いますから」

「いいよ、目の前にあるんだ」


僕が2、3枚その書類を拾ったところで、横から三田村が現れ、残りの紙を懸命に拾い始めた。

ふと視線をあげ彼女の横顔を見ると、失敗したことを気にしている辛そうな表情がそこにある。


「三田村、ぶつけた足は大丈夫か?」

「あ……はい」


三田村は右足の膝のあたりに軽く振れ、少し照れくさそうにした。僕は集めた書類を彼女に手渡す。


「ゆっくりでもいいから正確に仕事をしてくれ。君の失敗が、全員の失敗につながるんだぞ」

「……はい」


派遣社員というシステムが、どれくらい社内のウエイトをしめるのかがわからなかったが、

嫌みにならない程度に、邪魔をしないでほしいと、伝えているつもりだった。

はじめから多くを期待などしていないし、たいした効果などないとわかれば、

ここに派遣社員が来ることもなくなるだろう。僕にとってはその程度にしか、考えてもいなかった。





その日も印刷所から戻ってきた原稿をチェックし、家に戻れたのは日付が変わりそうな時間だった。

寝る前に開いたブログには、昨日も来ていた『えんどうまめ』が、受け入れてもらえたのだと、

すっかりここのメンバーになり、上機嫌で語っている。

昨日の挨拶に『雷おこし』は意外にも楽しそうに答え、

『ランデブー』はここには不必要なコメントだと、少し怒っている。そして、『ぺこすけ』は、


     >えんどうまめさん、
      その気持ちとってもよくわかります。
      職場に素敵な人がいるって、
      気持ちが軽くなりますよね


予想通りに、楽しく返答していた。このブログに集まるのは、やはり女性ばかりなのだろか。

僕はそのコメントを読みながらじっと考える。


人はどこから眠るのだろう。しっかり画面を読んでいるはずだったのに、

僕はそのまま眠りの世界に移り住んでいたらしい。真夜中の3時近くになり、

頭をノートパソコンにぶつけ一度目覚めた。春になっているとはいえ、うたたねは起きたとき

急に寒気が襲う。すぐにPCを閉じ、僕はベッドへ直行した。

えんどうまめとぺこすけの恋愛会話に、どう返事をしようかと考えていると、

いつの間にかまぶたは仕事を放棄し、またすぐに眠りの世界に運ばれていた。


     >私もね、職場に好きな人がいるの! 一緒ね!


こんな返事を、眠っている間に悟がしていたことを僕が知ったのは、それから2日後のことになる。





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コメント

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恋の相談相手

三田村さん(ペコすけと決め付けてる)意味深発言、素敵な人って?v-290
悟が又飛んでもないこと、折角役立つ情報くれたのに・・・

スパイが居るのかしら?それが誰かは追々わかる?v-507

仕事に来いに頑張れ祐作!v-220

あれ~~

v-238を来いって・・トホホだよv-12

ももちゃん こんばんは^^

6話、7話と続けて読んできました!

ぺこすけ=三田村さん・・・のような気もするし、そうじゃないような気もする。
祐作の過去って、自分を作っていないようで、作ってたのかな?
女が勝手に理想を見ていたって事もあるんだろうけど・・・

出来る男は、なにかとあったのね^^;

しかし・・・悟くん、勝手に書いちゃったの?
どうなる!!

まだまだ……

yonyonさん、お返事遅くてすみません


>スパイが居るのかしら?
 それが誰かは追々わかる?

1話ずつが短いから、問題を提示しても、解決させる長さがないのよv-390
のちのち、いや、そんなに遠くなくわかるけどね。

仕事の頑張りは見えても、まだ恋v-344の予感が見えない
祐作ですけど、気長につきあってやって!
いずれ、頑張るからe-278

どもども……

なでしこちゃん、お返事遅くてすみません!


>ぺこすけ=三田村さん・・・のような気もするし、
 そうじゃないような気もする。
 祐作の過去って、自分を作っていないようで、作ってたのかな?

自分はそんなつもりなくても、築かれてしまったイメージがあって、
変えるのも面倒なんじゃないかと。e-396
仕事、職場で本音を見せる必要もないと、思っているやつなんですよ。

そうはとんやがおろさなくなるけどねv-290


>しかし・・・悟くん、勝手に書いちゃったの?
 どうなる!!

あはは……また来てね!v-422