27 必勝宣言

27 必勝宣言


僕は2日入院し、体力の回復を確認するとすぐに東京へ戻った。

めぐみの出場した『パリレース』は、自宅のソファーに座りながら観戦する。

日本人のランナーが苦戦した中、めぐみ一人だけが入賞する結果を生み、

彼女の注目度はさらに高くなった。

これから仕掛ける戦略のため、

『Tosp』広報部は、めぐみをCMに起用するのはどうかと、話し合いを進めていく。

それにしても、おまけとしてグラウンドに顔を出しためぐみが、

いまや、『Tosp』の看板選手になろうとは、あの時の僕でも、想像など出来なかった。



めぐみは、僕の予想をはるかに超えて、成長してくれた。



「それでは行って来ます」

「よろしくお願いします」


この夏に向かって『Tosp』はいくつかの地方大学と連携し、

ブランド力を高める営業を始めた。

大学側は、学生を募るために特長を見出そうとし、

『Tosp』側も学生にウェアからシューズまで一式提供することで、

ブランドの宣伝効果を狙う。

大学スポーツは、将来を夢見る人材が多く、マスコミの注目度も高い。

さらに、この春からは大型店舗への出店ではなく、ネットでの販売に力を入れた。

それは、後々展開させる戦略の1ページとなるからだ。


「今、子供を持つ主婦層の多くが、ネットを活用しています。
直接店へ出かける手間を考えるより、気軽に買い物できるネット通販は、
今、非常に伸びていて、店舗で客を受け入れる方法だと、
在庫の振り分けも難しいですが、ネットならば全国共通でさばくことが出来ます」


頭の固くなりかけた世代ではなく、僕は僕と変わらない年の社員たちを集めて、

プロジェクトを始動させた。頭で考えずに足を動かしてほしいと頼んだ社員たちは、

それを一歩進めて、イベントの開催などを企画する。


「イベントか」

「はい、『Tosp』のブランドをより多くの人の知ってもらおうと、
この秋にキャラバンを計画しました」


この秋に『Tosp』は創業40周年を迎える。

『Tosp』に入社して以来、いつも父の後ろに立ち、

一つ下がった場所で仕事をしていたが、これからは前へ出て行く覚悟も決めた。



攻撃は、最大の防御。





「大貴、『キャラバン計画』は順調か」

「はい、尾崎さんが企画を進めています。今まで薄かったジュニアの製品も、
数がそろい始めましたし、少年野球やサッカーイベントにも顔を出し、
実際に素材に触っていただく機会も作りました。
親世代には浸透している『Tosp』ですから、あとはどう売っていくか……」

「そうか……」


僕から3日遅れて、沙織も無事に退院した。

杉町は、海に身を投げた沙織の行動がよほどショックだったのか、

それ以来『陽香里』に姿を見せていないと言う。



あの日……から2週間経とうかという金曜の午後、

僕は車を走らせ、杉町がオフィスを構えるビルへ向かった。

沙織が広島へ連れて行かれた後、必死に乗り込んだあのビルだ。

たたずまいはあの頃と変わらないが、1階に出していたコーヒーショップが姿を消し、

今流行っているスピード理髪店『smart』が開店準備を進めていた。

僕はエレベーターに乗り、あいつの事務所へ向かう。

アポイントなど、取っているわけではない。

ただ、渡すものだけを渡せればそれでいいと思っていた。


「申し訳ありません、社長は今……」

「結構です。お約束もしていないですし、直接お会いするつもりもありませんので」


事務の女性は、僕の言い方に驚いた顔を見せたが、

封筒を出すと、必ず渡すと約束してくれた。

僕は頭を下げて、すぐにオフィスを出る。

あいつが席をおく部屋の、薄汚れた空気など、1秒でも早く断ち切りたい。



僕が杉町に渡したのは、沙織が寄こした手紙だった。

彼女がどんな思いで身を投げたのか、杉町のことをどう思いその後を心配したのか、

それをわかって欲しかったからだ。

こんなことをしても、あの男の心に響くものなどないかもしれないが、

それでも行動を起こさないわけにはいかなかった。



『必勝宣言』



僕にしてみたら、それだけの思いもそこに存在した。

どんな手を使われようとも、二度と沙織を戻さない……

その思いも込めている。



「『Takamiya』から撤退する?」

「はい、すぐにとは言いませんが、
これからは、専門店も自立が求められているのではないかと思っています。
『JUST』も同様の方向で考えているようですし、『Tosp』も……」

「大貴、お前」

「杉町が、揺さぶりをかけてきても、それに対抗するだけの力をつけたいのです。
百貨店が商売を仕切る時代ではありません。向こうの思うように振り回され、
商売とは関係ないつながりを大事にする、古めかしい関係を断ち切りたいのです。
めぐみが『パリレース』で入賞し、うちのブランド力は一気に上がりました。
今、ジョギングをする女性たちの中で、『Tosp』のシューズは1番人気があるそうです」


僕の積極的な仕事振りに、一番驚いているのは父だったかもしれない。

葵が婿を取り、会社を継ぐことが望ましいと思っていた頃には、

そこまで『Tosp』のことを考えられなかった。

しかし、今は違う。

僕は、『Tosp』を武器に、戦っていくことを決めたのだ。


「そうか、そこまで考えているということは、気持ちは決まったな、大貴」

「はい……」


父は、僕の宣言に満足そうな顔を見せてくれた。

葵をかわいがっている大叔父や母にしてみたら、僕がこの会社を継ぐという宣言は、

決して認められるものではないだろう。

だとしたら、それだけの実力があることを、わかってもらわなければならない。



久しぶりに訪れた佐久間家では、いつにもまして、母がよそよそしかった。

おそらく父から、僕が後継者に立候補することを聞いたのだろう。

リビングで新聞を広げると、『Takamiya』が専門店を固めた店を、

オープンさせた話題が載っていた。

立地から、テナントとして入れた店の風格まで、さすがにそつがない。


「お兄ちゃん……」


紙面から視線を上げると、目の前に立つ葵が見える。

沙織を助けたとき、杉町の後ろに、確かに立っている姿を見たが、

僕が病院で目を覚ましたときには、すでに東京へ戻っていた。

それ以来、僕の方から会おうとはしなかったため、久しぶりの再会になる。


「お父さんから聞いたわ、お兄ちゃんが『Tosp』を継ぎたいと言った事」

「そうか……」


新聞を折りながら、何気なく葵の表情を確かめる。


「本来なら葵が継ぐことが理想だけれど、そう決めさせてもらった」

「杉町さんと、戦うため?」


葵が杉町を利用し、杉町も葵を利用した。

互いの状況に目を伏せながら仕組んだことだとは、思いたくなかった。

それでも、傷ついた沙織に近寄る、杉町の後ろに立っていた葵の姿は、

あれ以来、忘れることが出来ない。


「こちらからあえて杉町と戦うつもりはない。
でも沙織を守るのは僕だ。結果的に戦うことになるかもしれない」


それは無言の沙織と再会してから、ずっと心に誓ってきたことだった。

僕が諦めること……

それは、僕らの運命も止まること……


「杉町さんに逆らうなんて、無謀だと思わないの?」




杉町が沙織に近付き、その計画に葵も少なからず力を貸した。

葵は杉町がどれだけ財力を持ち、汚い手を使う恐ろしい男なのか知っている、

そのことが逆に、杉町の近くにいたことを物語った。


「お前は……杉町の恐ろしさがわかると言いたいのか」

「……お兄ちゃん」

「葵……欲しいものを得るために、その場では力を使い従わせることが出来ても、
そんな時間は長く続かない。人には見せない心の奥までは、
取り込むことなど出来ないからだ」


沙織に手紙を出し、僕から離れるように指示をしたこと、

杉町に沙織の状況を語り、少なからず手助けをしたこと、

今更その一つ一つを責めても仕方がないが、

ただ、その事実に目を伏せているわけにもいかなくなる。


「沙織さんが海に身を投げたのは、心が従わなかったからって言いたいの?」

「誰から何を言われたかなんて、沙織は一度も嘆いたことはない。
声が出なくなるほど追い込まれても、杉町のことさえ悪く言わなかった。
寂しい人間だと、そう言っただけだ。他から受けたプレッシャーのことも……」


葵の名前を口に出さずとも、僕の視線だけで伝わるはずだった。

葵は黙ったまま、その場に立っている。

手紙のことを聞いたのはめぐみの母親からで、沙織からではない。


「杉町が沙織の再出発を邪魔するのなら、僕は戦うまでだ。
いや……杉町以外の人間でも、それを邪魔するものがいるのなら……」


たとえ幼い頃から兄妹として生きてきた間柄だとしても、

これだけは絶対に譲れない。





「たとえ誰でも……許さない」





僕は葵の横を通り、そのままリビングを出た。

遠慮などしないことに決めたのだ。

佐久間の人間でなくても、僕がこの会社を継ぐことが、最善だと言わせれば……





……それでいい。





それから1ヶ月後、『三宝製薬』に汚い手でゆすりをかけた杉町が、

手を引いたという情報が、僕の元に入ってきた。

杉町自身が気持ちを入れ替えたのか、

この騒動にイライラしている母親が決めたのかは知らないが、

沙織との離婚が、少しだけ進んだことに、ほっとする。





「大貴さん! これを見てください」


広報部の尾崎さんに付き仕事を覚え始めた上杉肇は、この春大学を卒業した男だ。

彼の父親と佐久間の父とは大学の同級生で、

実家は東京下町で代々『海苔店』経営している。

企業の中で働く経験をさせたいと、3年の約束で父が預かったが、

肇自身は『Tosp』に残りたいと思っているようだった。


「そうか、このポスターは肇が担当なのか」

「はい、どうしても大貴さんに見せたくて……」


そう言いながらも肇の視線は、グラウンドへまっすぐに向いている。

僕にポスターを見せるということが口実に使われたのかと思い、

軽く頭をはたいてやった。


「めぐみは今日、トレーニングで出かけているぞ」

「あ……いえ、あの……違います」


先日、レースでの様子を語ろうと、先に話しかけたのは肇だったが、

頑張って欲しいと声をかけられて、めぐみもまんざらではなさそうだった。

めぐみに会いに来たわけではないと言いながら、明らかに肇の肩が落ちている。


「食事でも誘ったのか、肇」

「……いえ、僕は……」


大学で沙織に出会い、なんとか顔を覚えてもらおうと必死になった日々を思い出す。

心を近づけるために、どう動くことがいいのかなんてわからずに、

それでも何かしないと、いられなかった頃。


「今度、一緒に食事でもするか。いきなり二人だとお前も話しにくいだろうし、
めぐみも緊張するだろうから」

「……本当ですか? あ……いや……その」

「そんな嬉しそうな顔をしておいて、今さら照れるな!」


肇の明るさが、めぐみにもいい影響を与えてくれるのではないかと、

僕は、キューピッドにでもなったつもりで、急いで食事会の準備をした。





「めぐみちゃんが?」

「あぁ、いつもはケラケラ笑うのに、肇を前にしたら緊張してしまって、
顔がこわばってさ。肇も、声が裏返るんだよ、おかしくて、おかしくて……」

「失礼よ大貴、二人とも真面目なんだもの」

「あぁ……その通りだ」


肇とめぐみに食事会を設定した次の日、僕は『陽香里』へ向かった。

沙織はすっかり元気になっていて、僕を笑顔で迎えてくれる。

杉町からは何も連絡がないけれど、戻って来いと言われていた頃に比べたら、

それは進歩ではないかとそう思った。


「お義母さんがね、私たちの生活ぶりに薄々気づいていたみたいで、
家政婦さんからの言葉も、真剣に受け取ってくれたみたいなの」

「そう……」

「杉町が、初めて赤ちゃんを抱いてあげたって聞いて、ほっとした」

「沙織……」


少しずつだけれど、僕達にも穏やかな時間が近付いてきている……


いや、これから何が起こるのかはわからないが、僕が必ず時間を取り戻してみせる。

そう強く思いながら、湯気の上がる湯飲みを、じっと見続けた。







28 血統の呪縛

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コメント

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希望

おはよう!!


 毎回楽しみに読んでます!
(えるすて・りーべもね(o^-')b)


めぐみちゃんは高橋尚子さんみたいですね。

見守って応援、協力してくれる人が居る(^-^)

それが大輝だけじゃなくて…
(ここは高橋さんの場合どうか解らないけど)

…めぐみちゃんにも恋の兆し有りで…(≧m≦)


 大貴の覚悟も決まり
(葵に言い切っときはスッと!!!しました )
沙織ともいい感じの時間が流れていますが…

このまま何の邪魔も入らず
再び二人の時間が過ごせるようになるのかしら?

もう一山、二山あ…りかな?


では、また…(^.^)/~~~

けじめ

『宣戦布告』

それを決めるのに、めぐみの結果が大いに力になった。

今までは佐久間の家や、継母や、葵に対して何処か遠慮があって、
自分が前に出るのは・・・と思っていたものが、
沙織を守る為には!そんな気持ちなんだろう。

葵もそろそろ自分の気持ちのけじめ付けなきゃね。

めぐみにも来たか?

ネギちゃん、こんばんは!
(ネギちゃんさんって変なので、これでいいかしら)

>めぐみちゃんは高橋尚子さんみたいですね。

おぉ、すごい人を当てはめてくれました。
めぐみは、大貴にとって、恋人ではないし、妹でもないけれど、
それでも必要な人となっています。
いや、めぐみにもそうかな。

恋の兆し……さてさてどうなるのか。

>大貴の覚悟も決まり
 (葵に言い切っときはスッと!!!しました )

大貴にしてみると、今まで心のどこかにあった
『遠慮』が全て取りはらわれたのだと。

一山か二山か……ここでは言えませんが、
これからもお付き合い下さいね。

もちろん、『えるすて・りーべⅡ』の方も!(笑)

恋人でも妹でもなく

yonyonさん、こんばんは

>『宣戦布告』
 それを決めるのに、めぐみの結果が大いに力になった。

はい、めぐみは大貴の理解者ですからね。
逆もそうですけど。
『自分の輪』を作ろうと決めた大貴。
『遠慮』を捨てて、葵にも向き合いました。

攻撃は最大の防御なのです。

>葵もそろそろ自分の気持ちのけじめ付けなきゃね。

ねぇ……(笑)

大貴の変化

yokanさん、こんばんは

>今回は何もかもが一歩前進したような内容で嬉しい^m^

今まで、追い込まれてばかりでしたからね。
大貴もあの出来事で、思いを変化させました。

めぐみの出会い、大貴たちのこれから……などなど
まだまだお話は変化します。
お付き合いくださいませ。

大貴の思い

拍手コメントさん、こんばんは

>沙織さんを命掛けで助けた大貴の覚悟は、凄いですね!

はい、大貴は沙織を何よりも大切に思っているんです。
これからも全力で守りに行きますよ。