28 血統の呪縛

28 血統の呪縛


頬に触れる風に、桜の花びらが混じる季節から、

木々の葉が癒しの緑を誇らしげに見せる季節になる。

めぐみを先頭とした部員達の頑張りによって、

『Tosp』の陸上部は、それなりの成績を残した学生達から注目される企業となった。

元々研究室を持ち、そのデータを取るために、

グラウンドが会社と一体化している条件も幸いし、

選手達は仕事が終わるとすぐに、練習時間を取ることが出来る。


春、小さな恋の芽生えがあるように見えためぐみと肇は、

互いの携帯番号を交換し、時折状況を励まし合うような間柄に変わったようだった。

そこまで行ったのなら、僕が口を挟むことではないと、

それからはあえて話題を避ける。


「僕も尾崎さんに同行していいんですか?」

「あぁ……、尾崎さんは広報のベテランだから。肇もそばについて、
しっかりと見てくればいい。君の実家は『海苔』を扱う。
品物が違うから参考にならないと思うかも知れないが、
商品を魅力あるものとして、相手に勧めていく過程は、どこも変わらない」

「はい、行きます!」


付属小学校からストレートに大学まで進んだ肇は、

僕から見ると、あまり挫折を知らないように思えた。

いい意味で彼を語れば素直なのかも知れないが、

商売をするには、あまりにも正直すぎる気がしたからだ。

その点、『Tosp』の広報を仕切っている尾崎さんは、頭もキレるが切り返しもうまい。

いい意味でのズルさを、学んで欲しいとそう思った。





僕を中心に、若手の大きな輪を作る。





秋の『Tosp』40周年を前に、僕には計画があった。

跡取りになることを認めてもらうためには、それなりの実績が必要になる。

『ss(ショットショップ)』は、小さな売り場を持つだけで、在庫は最低限に押さえ、

その代わりダイレクトでネットとつながる方式を導入する。

今までのような店員とは別に、ネットを自由に操れるショップのスタッフを置き、

客のあらゆる要望に対応できるネットワークを持つ。

サイズがない、また好みの色がないなどのミスは、ほぼ無くなり、

他の買い物の邪魔にならないように、商品は全て配送するシステムだ。





「お待たせしました、わざわざ研究室までお越しいただいてすみません」

「いえ……私の方が見学させていただきたいと申し出たのですから」


ネットでの商売を拡大するにあたって、僕のパートナーとも言える存在になったのが、

三浦竜太郎氏だった。年齢は35と若いが、頭脳とアイデアで業界のトップを走っている。

とある経済紙の忘年会で出会ってから、話は一気に進んでいった。


「来週にでも、現地を見に行こうと思っています」

「そうですか。物流の発進拠点を集中させることは、経費の節減にもつながりますから」


世の中は、新しいことを始めるにはいい状況と言えないかもしれない。

同じような企業でも、伸びていくところがあれば、

どうしようもなくなって諦めていく人たちもいる。

経営不振になっている宅配業者の倉庫が、

いくつか売りに出されることになるという極秘の情報をつかんだ僕達は、

『Tosp』のネット販売の拠点として、その場所の購入を検討していた。



少しずつではあるが、確実に、

大手百貨店に振り回されるような商売から、別の方向へ羽ばたけるように、

僕は前進を繰り返した。





そして、季節は新緑の香りから、セミの鳴き声に悩まされる日々を迎えていく。





「ほら、沙織気をつけて」

「大貴、どうしてそんなに急ぐの? 目的地に着くまでに、疲れそう」

「毎日散歩しているわりには、体力ないな」


差し出した手を、沙織はしっかりとつかみ、僕はその手を引っ張ると、

岩場の道をさらに進んだ。僕は仕事のつなぎ目に『陽香里』を訪れ、

すっかり元気になった沙織と、釣りをすることにする。

めぐみに鍛えられた腕は、それなりに成果をあげるようになり、

今では『陽香里』の人たちに、献立の一部として期待されるまでになった。


「エサをつけるから、竿を貸してごらん」

「はい……」


杉町と沙織の離婚話は、大きな変化を見せたわけではなかったが、

それでも家政婦として働いてくれていた女性の証言もあり、

あとは時間が解決するまでになる。


「初めてここに来たのは、君が『広島』へ行ったときだった。
どうやって助け出したらいいのかわからなくて、イライラしていたんだろうね、
めぐみが誘ってくれたんだ」

「めぐみちゃんが?」

「あぁ……『ニュースターラン』の前で、絶対に自分が優勝するってそう言って……」


僕は穏やかな波の音を聞きながら、あの時の話を語った。

めぐみに沙織の話をしながら、自分の力不足を嘆いたことが蘇る。


「めぐみが優勝すると、必ず願いが叶ったんだって」

「願い?」

「褒めてくれたことのないお父さんが喜んでくれたり、
お母さんの腰の痛みが治ったり、だから、きっと沙織も戻ってくるからって……」


根拠のない話だったが、あの時はそんな言葉にもすがりたい自分がいた。

大きな力にどう立ち向かったらいいのかさえわからず、ただ地団太を繰り返した。


「君が結局、杉町の元へ行かなければならなくなったあとも、
めぐみはまだわからない、人生は終わるまでわからないんだって、
僕を励ましてくれた」


めぐみの話を聞きながら、沙織は黙っているだけだった。

その時、広島で何があったのか、辛い思いが蘇ってくるのかもしれない。

今まであえて避けてきた話だったが、それでも僕は語ろうとそう思った。


「めぐみの言うとおりだった。君はまだ杉町沙織だけれど、
またこんなふうに穏やかな時間を、二人で持つことが出来るようになった。
あと……もう少しだ……」


沙織の竿が勢いよく動き出し、

僕はリールの使い方を教えながら、彼女の手に僕の手を添える。

魚の抵抗はだんだんと弱くなり、沙織は人生で初めて魚を釣り上げた。


「すごい……キラキラしている」

「あぁ、鮮度が違うんだよ」


用意してきたクーラーボックスに魚を入れると、最後の抵抗なのか、

魚が勢いよく飛び跳ねた。沙織は怖がって軽く悲鳴のような声を出す。


「あはは……こんなに小さな魚が怖いんだ」

「急に飛び跳ねるからよ、大丈夫なのに……」


沙織はそう言うと蓋を閉め、魚が自分の目に入らないようにした。

僕はあらためて彼女の竿の先に、新しいエサをつけ、海に投げてやる。


「自分でもずうずうしい人間だと思うのよ……」

「……ん?」

「結果的に大貴を裏切って、杉町のところへ嫁いだことには変わらない。
それなのにまたこうやって、助けてもらって……あなたとの幸せを願う自分が、
ずるいとは思うのだけれど……」


海を見ている沙織の目が、じわりと潤み始め、そして涙が溢れ出した。

僕は悲しみも全て受け入れるつもりだと、沙織の体をしっかりと抱き寄せる。


「ずるくなどない……。そんなことを思ってはいけない、そう何度も言っただろ」

「大貴……」

「僕達の手で、幸せをつかむんだ……」




沙織の唇に触れた僕の心は、懐かしい彼女の全てを欲しいと願った。

一度奪われた大切な人を取り戻すのだという誓いが、

触れた場所に、何度も思いを乗せに向かう。





『愛している』の言葉を語る隙間もないくらいに……





もう二度とあいつには触れさせないという、強い気持ちを込め口づける。

波の音と海の上から聞こえるかもめの声が、僕の耳に繰り返され、

潮の香りが鼻をくすぐった。





『陽香里』から戻った僕を待っていたのは、父が跡取りを僕に決めるという宣言を聞き、

明らかに不満の声を上げた大叔父だった。


「博、なぜ今大貴に決めなければならないのだ」

「『Tosp』は新しい計画をスタートさせています。そのリーダーは大貴ですし、
周りのスタッフも、次の展開を予想しながら働いています」


大叔父の反対はわかりきっていることだった。

ソファーに腰掛けた状態で、僕の胸の前に持っていた杖の先をいきなり向けてくる。


「叔父さん、何をするんですか」

「博は黙っていろ。私は大貴に話をする」


あと数十センチ杖が動けば、僕の心臓に杖がぶつかるだろう。

力を入れたら、さらに大きな傷になるかもしれない。


「お前は自分が『Tosp』を継ぐことが当然だと、そう思っているのか」

「当然だとは思っていません。葵にも、お前がその気ならば譲るといい続けてきました」

「葵の気持ちを知っていて、そういうことを言うのか」

「葵は妹です……それ以外の思いはありません」


僕の発言に、隣にいた父も僕達が夫婦になることなどありえないことだと付け足した。

これだけ長くそばで暮らしていながら、

平気でそうではないのだと認める、大叔父や母にとって僕は、

やはり『家族』にはなれていないのだと痛感する。


「拾われて、育ててもらっておいて、全て奪い取ろうだなんて、
お前はどこまでずうずうしい男なんだ、私は認めないぞ。
『Tosp』は葵に株を持たせ、それなりに優秀な社員を社長とすればいい。
博が育てたから大貴が社長とならなくても、いいはずだ」

「叔父さん、私は大貴が息子だから社長と決めたわけではありません」


すべて予想通りだった。

僕はあえて大叔父の話しに反論せずに、ただ淡々と書類を前に置く。


「ただ、社長として認めろというつもりはありません。
それなりの成果を出すつもりです」

「成果だと?」

「はい、新しい企業計画が動き始めています。
来年の春になれば、具体的なことも明らかになるでしょう。
その仕事振りが認められないというのでしたら、僕はいつでも次期社長の座を戻します」

「大貴……」


不条理なことを言う年寄り達、そして沙織を苦しめる質の悪い男、

そして、僕の出生を気にしたまま、目をそらしている彼女の父親。

全ての人たちを納得させる方法、それが『仕事』にあると、僕は結論付けた。





全てに勝つために……





真夏が終わり、少しずつ秋の色を景色がつけ始めた日、沙織から手紙が届いた。

そこには、杉町が正式に離婚に同意したことが記されていた。


今まで、一度も携帯で連絡を取ったことがなかったが、

その日はそばに行くことも出来ず、

かといって、手紙でやりとりするほど心の余裕もなく、

僕は受話器を開けて、今すぐにでも抱きしめたい人の声を聞いた。


『大貴……』

「あぁ……」


なんだろうか。声を聞いたら色々と話そうと思っていたのに、何も言葉が浮かばない。

突然、広島に連れて行かれ、正しい道に戻ることも出来ないまま、

奪われてしまった二人の時間が、これで本当に戻ってくるのだ。


「……大変だったね」


沙織からの言葉は何もなかったが、その無言の時間が、全てを物語った。

どんな暮らしをしたのか、そんなことを聞き出すつもりもない。

僕達はまた、ここから始まるのだと、あらためて大きく息を吸い込んだ。







29 蜜の罠

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コメント

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男は仕事だ!成果を出して誰にも何も言わせない。
その心意気があれば前に進める。

沙織の事だってちゃんと進んだ。
離婚はしないだろうと思っていた次男が・・・

大叔父やその他の親戚に、グーの音も出ないほどの
結果を突きつけてやれ!

仕事でGO

yonyonさん、こんばんは

>男は仕事だ!成果を出して誰にも何も言わせない。
 その心意気があれば前に進める。

はい、大貴はそれを自分の武器だと考えるようになりました。
結果を出して、言わせない構図を作るつもりです。

このまま沙織とのことも進むのか、そうではないのか、
それはさらにここから続きます。

山を一つだけ

yokanさん、こんばんは

>離婚で喜ぶなんて変だけど、やっぱり「おめでとう」ですよね^^

あはは……確かに喜ぶのも変だけど、
でも、一つ山を越えたはずですね。

大貴が選んだ、仕事という武器は、
どう二人を導くのか、続きもおつきあいくださいね。