29 蜜の罠

29 蜜の罠


喜びの日から一夜明け、僕はグラウンドで走るめぐみのところへ向かった。

新人として走った『ニュースターラン』から、すでに3年以上が経っている。

自分が優勝すると必ずいいことがあると宣言したが、思い通りにことは進まなかった。

しかし、人生は終るまでわからないと言い返され、そして……


「はい!」

「……なんだ、めぐみ知っていたのか」

「すみません、母から電話がありまして」

「あ……そうか」


めぐみの母親も事情を全て知っていて、

昨日は『陽香里』でも簡単なお祝いをしてくれたのだと言う。

あくまでも離婚なのに祝うのはおかしい気もするが、

それだけ沙織がみなさんの輪に入っているのだとわかり、

僕は本当に感謝の気持ちでいっぱいになった。


「私のジンクスは、まだまだ健在ですね」

「かろうじてってところだな」


僕は話のついでに、肇とのことを聞いてみる。

夏から秋にかけて忙しかったが、肇は会うといつも楽しそうに笑っていたので、

二人の交際は順調だとそう思っていた。


「……それが……夏ごろからあまり連絡をくれなくなりました」

「夏?」

「はい……私、臆病で慎重すぎたのかな……」


めぐみは、何度か食事には出かけたものの、肇との距離はなかなか近付かず、

それが嫌になったのかあまり連絡をくれなくなったと笑って見せた。

時折、肇に会っても、楽しそうな笑顔を見せていたので、

二人の交際は順調だと思っていたが、そうではなかったことを知り、

僕は何も言えなくなる。

沙織の話をしようと出かけたが、めぐみの状況にそこからは何も言えないまま、

しばらく秋の風に、並んで吹かれ続けた。





それから1週間後、仕事の調査を頼んでいた三浦さんと、

『モンテカルロ』という店で待ちあわせた。

開店してまだ半年だと言うが、場所がいいのか、

それとも接客をするホステスの顔ぶれがいいのか、

時代の中で苦戦する店が多いのに、かなり繁盛しているように思える。

さらにそこでは突然の再会も待っていた。


「……『かな』?」

「そうです、よく覚えていましたね佐久間さん」


あかりの店に途中から入ってきた『かな』は、この店のホステスになっていた。

三浦さんは『かな』を贔屓にしているようで、互いに絡めあう指先に、

それ以上の関係を予感させる。


「佐久間さんの話をしたら、『ユリ』が連れてきてくれって言うものですから。
そうか……知り合いなんですね」

「佐久間さんは別の女の子を贔屓にしていたから、
私なんて見向きもしてくれなかったのよ……どう思う? 三浦さん」

「ん? それはお前に魅力がないんだろ……」

「ひどい!」


『かな』は、この店で『ユリ』と呼ばれていているようだった。

お酒を作る仕草、話題を振りながら大きく頷いたり笑ってみせる営業に、

僕はふと、あかりのことを思い出す。



あの別れから、一度も連絡を取ってはいない。

こうした商売をする女の意地だろうか、

今では彼女がどこにいるのかさえ、僕にはわからなくなっている。



「そうだ佐久間さん。今日はこれをお見せしたくて、ここへお呼びしました」

「何でしょうか」


三浦さんから手渡されたのは、『Tosp』の名刺だった。

上杉肇。

外の人間と、あまり関わりのない肇が、なぜ三浦さんと接点を持ったのだろうか。


「三浦さん、上杉とどこで」

「いえ、私ではありません。これは『ユリ』が持ち込んだもので」

「『かな』が?」

「佐久間さん、ここでは『ユリ』なんです。二つも名前があるとややこしいわね……」


僕はそれもそうだと名刺を受け取り、どうして肇と接点があるのか問いかけた。

『ユリ』は、肇が『ヴィーナス』にしょっちゅう出入りし、

今、若いホステスと同棲しているのではないかと語りだす。


「ホステスと同棲?」

「『ヴィーナス』は『REICA』さんの店だから、『Takamiya』よりってことでしょ」


杉町が井ノ口雅美に頼み込まれ、持たせた店が『ヴィーナス』だった。

そう言えば、『ヴィーナス』をオープンさせるときに、

あかりを引き抜こうとした井ノ口雅美は、手紙を寄こしたことがある。


夜の華は子供を生みさらに力を強め、杉町の財力を使い、

『ヴィーナス』だけではなく、コンパニオンを派遣する会社を興した。

昼間、コンパニオンとして店の若いホステスたちを使い、

業界の男たちとさらにつながりを作るチャンスを得ると、

その男たちを夜には『ヴィーナス』へ誘うという展開をつくり、店を盛り上げていた。


「『Takamiya』は、我々のような商売を目指すものの敵とも言える存在です。
まぁ、個人的な付き合いだと言われてしまえばそれまでですが、
佐久間さんのそばで働いている社員が、相手方の女に入れ込んでいるというのは……
どうもよくない気がしまして」


三浦さんは、肇が『Takamiya』側と接点を持つようなことになると、

極秘の計画が進まなくなることを警戒しているようだった。

世の中にどこか疎い肇と、夏ごろからめぐみに連絡を取らなくなったという話が

急に湧き上がる。


「『ヴィーナス』は『REICA』さんが仕切るだけあって、あざといのよ。
まぁ、この若手社員君だけがターゲットじゃないでしょうけれど、
遊び方を間違えると、とんでもない状況になると思うから……」


『ユリ』は三浦さんのポケットからタバコを取り出すと、それを口にくわえて見せた。

三浦さんはそのタバコにライターで火をつけると、

『ユリ』がくわえていたタバコを取り上げ、自分の口に入れる。


「あん……ケチ!」


『ユリ』の腰に手を当て、三浦さんはしっかりと引き寄せた。

僕は二人の笑い声を聞きながら、肇の名刺をじっと見る。

沙織との離婚を決めた杉町と、杉町を使い力をつけた井ノ口雅美。


「わかりました、本人に確認を取ってみます」

「そうしてください。取り越し苦労ならいいことですが……」

「はい……」


その日は三浦さんと更なる計画について語り合い、

楽しそうに笑う『ユリ』を交えての酒になった。





次の日、僕はさっそく肇を部屋へ呼び出した。

いきなりホステスとの関係を聞くのもどうかと思い、

さりげなく、めぐみとはどうなったのかと問いかけてみる。

肇は一度口を結び、すぐに付き合うにはちょっとと言葉を付け足した。


「ちょっと……何だよ」

「いい子だとは思うんですけど……」


学生時代からスポーツに向かい、恋の駆け引きも何も知らないめぐみと、

化粧をし、男の気を引く仕事をする女との勝負。

人生をレールに乗せ、走り続けてきた肇にとって、

ホステスの手慣れた刺激は、きっと魅力的だったのだろう。

僕は肇の言葉を頷きながら聞き返し、

あえて知らないふりをしたまま、付き合っている人でもいるのかと問い返す。


「はい……3ヶ月になります。今、一緒に住んでいて……」


肇は、国松桃という女性のことを、嬉しそうに語りだした。

出会いは『常盤物販』が計画した、新規事業のお披露目会だったという。

『常盤物販』の娘さんとは、以前、父が見合いを仕組もうとしたことがあった。

結局、葵が送りつけたメールで、うまくは行かなかったが。




「葵ちゃんと大叔父さんと一緒に、出席して……」




「葵と大叔父が?」

「はい、僕、一度そういうところに出てみたいって葵ちゃんに話をしたら、
一緒にどうだって言われて……」


父親同士が友人で、葵と肇は年も近いので、昔からそれなりの交流もあった。

別に二人が一緒に出かけたとしても、問題はないはずだが、

そこに大叔父がからむとなると、話は違ってくる。


「桃がコンパニオンをしていたんです。葵の知り合いが紹介してくれて、
それで……話をしたら、『ヴィーナス』って店でホステスをしているって。
あ……でも、辞めようと思っているんですよ、僕も辞めて欲しいと言っているし……」


葵の知り合い……

その言葉を聞き、葵が杉町の従兄弟と交流がある話を思い出した。

あまりにも偶然だが、僕の中に起きた胸騒ぎは、どんどん大きくなっていく。


「肇、お前のプライベートに口を挟める立場ではないかもしれないけれど、
仕事の線はしっかりと引いているんだろうな」

「……エ……あ、はい、もちろんです。桃には仕事の話なんてしたことがないですし、
僕達は本当に個人的な思いがあるだけで……」


肇は何もわかっていない。

それでも、これ以上入り組んだ仕事の中に、肇を入れるわけには行かないと、

僕の中にあるセンサーが、咄嗟に感じ取った。





「上杉を外すのですか」

「あぁ、しばらく別行動をしてほしい」


不確かな理由で肇を外すのは心苦しかったが、三浦さんをからめた倉庫購入の話は、

極秘で進めなければならなかった。肇と暮らし始めた国松桃という女性が、

もし、杉町から送り込まれたスパイなのだとしたら、

仕事を外された肇に対してどういう態度を取るのか、そこにも興味があった。





「大貴さん!」


尾崎さんに頼んで、肇には別の仕事を振ってもらった。

しかし、この決断に納得がいかないのは肇で、何かを失敗したわけではないのに、

急に重要ポジションから外されたことが、悔しいと訴えてくる。

なんとか元の仕事に戻して欲しいと、時間があるとすぐに研究室へやってきた。

元気のいい大きな声は、耳を通りすぎ、頭の芯まで届こうとする。


「肇、仕事の配分は上層部で決めることだ。お前が知り合いだからといって、
好きなところで仕事をしていいとは、一度も言っていない」

「でも……僕は……せっかく関わってきた仕事なんです。
どうして外されるのか、わからないから」

「外されたわけではないんだ。
最初に頼んでおいた広報に力を入れて欲しいと、そう……」


父から頼まれ、弟のような気分でかわいがったことが

逆に自分を苦しめることになろうとは、思わなかった。

肇はどうしても元のポジションに戻りたいといい、

僕だけではなく、尾崎さんをも困らせてしまう。


「待ち伏せ?」

「はい、先日も打ち合わせに使う店に先回りしていたので、
とりあえず説得して会社へ戻したのですが……。
これでは余計な気を回さないとならなくて」

「申し訳ない」


社内で計画の本筋を知っているのは、僕と尾崎さんと数名の社員しかいない。

肇の行動が輪を乱したら、三浦さんとの計画も、うまく運ばなくなってしまう。





それは、跡取りとして認めてもらうはずの計画も、崩すことにつながってくる。





「失礼します」

「肇……そこに座ってくれ」


僕はあらためて肇を研究室へ呼び、話をすることにした。

頼んだポスターの評判がよく、

肇には、この仕事をさらに進めてもらうことにしたことが決定したこと、

いくら同じ社内の社員だからといって、呼ばれていない席に顔を出すのは、

相手に対して失礼だと言うこと、僕なりに冷静な口調で淡々と語ったつもりだったが、

肇は終始無言のまま、納得とはほど遠い表情を浮かべたままだ。


「とにかく、決定には従ってもらう。今度、自分勝手な行動をした時には、
新規計画のプロジェクト自体から外れてもらわなければならない」

「……はい」


僕は打ち合わせのために部屋を出ようと、かけていた上着を手に取った。


「……言うとおりだ……」

「ん?」

「いえ、何でもありません、失礼します」


肇は僕の顔を見ないまま、軽く頭を下げると、そのまま部屋を出て行った。

ふてくされたような態度に、もう一度つかまえて話をしたかったが、

その時間はなかったため、しかたなく部屋を出る。

ポケットに入れてあった携帯が鳴り出し、相手を見ると沙織だった。

仕事をしている時間にかけてくることがめずらしく、

何かがあったのかと受話器を開ける。


「どうした? 何かあった?」

「大貴……杉町から手紙が来たの」

「手紙?」

「『今から、楽しいことが起こる』って……ねぇ、気をつけて……」





『楽しいこと』





沙織は僕の身の回りに何かが起こるのではないかと警戒し、電話をよこした。

僕は心配せずにと声をかけ、とりあえず電話を切る。

駐車場へ向かいながら、何を仕掛けてくるのかと考えていると、

今度は三浦さんから、電話がかかってきた。


「はい……」

『大貴さん……『笠原運輸』が『Takamiya』に合併された』

「……合併?」


僕にからみつく悪魔の笑い声が、誰もいない駐車場の中で、不気味に響き渡った。







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コメント

非公開コメント

次男!!

肇を取り込むなんて、赤子の手を捻るより簡単だったかも。
次男が簡単に離婚したのが引っかかってたのよ。

沙織より大貴を陥れたい、が次男の本当の目的だな。

あーくそ!!!!純粋な肇とめぐみを・・・

まだ見えてません

yokanさん、こんばんは

>上杉君、かなり丸め込まれてるような気がするわ(ーー;)

肇には、周りで動いている色々なことが、
わからないのでしょう。
利用されているのか、そうではないのか、
大貴の邪魔なのか、ただの偶然なのか……


>シャンプーブラシは私も使ってます。

おぉ! それはお仲間ですね。
マッサージ効果があるんですか。
じゃぁ、私もまた使おうかな。
(でも、長い髪だとちょっと不便なんですよね)

次の手

yonyonさん、こんばんは

>肇を取り込むなんて、赤子の手を捻るより簡単だったかも。

肇君、まっすぐなレールを走ってきただけに、
裏の裏なんて、読むことも出来ないのでしょう。

>次男が簡単に離婚したのが引っかかってたのよ。

杉町、これで終わりか……と思うと、また出てくる(笑)
大貴が沙織を救った時、宣言しちゃいましたからね。
悔しさもあるでしょう。

さて、邪魔をされた大貴。
また悔しさに唇を噛みしめるのか……

あれ? ところでPC大丈夫なの?