リミットⅡ 13 【あなたの声】

13 【あなたの声】

夕日が反射する川の中で泣き叫ぶ咲。座り込んだ側へ、義成が近づき、腕をひく。


「触らないで! 見つけるんだから……絶対に見つけるの!」

「無理だよ……」

「だって……」

「風邪ひくぞ、上がれ……」

「イヤ! よっちゃんなんてあっち行ってよ!」


それでも強引に川から引きずり出し、咲を座らせる義成。


「そんなに大事なものならな、ちゃんと首につけておけよ! 深見さんの幸せのために、
自分はそばにいない方がいいなんて、物わかりのいいこと言いやがって! そんな気持ち、
全然持ってなんかないんだろう。 なんだよ、今の取り乱し方は……。
みんなに自分はかわいそうな人なんだって、同情でもひくために戻ってきたのか!」


咲はどうしたらいいのかわからずそのまま下を向いていた。義成の言葉は、ストレートで

受けとめるにはあまりにもキツイ気がしたが、言われている内容は、その通りだった。



『だいじょうぶ?』



そう言われることに疲れたものの、そう言われることに酔っていた自分……。


「川の水で、少しは情けない気持ちがきれいになったか?」


黙ったままの咲。義成は左手を取り、そこへ何かを乗せた。目を開けた咲に見えたものは、

深見がくれたペンダントだった。


「……これ……」

「さっき投げたのは、100円ショップで買ってきたおもちゃだよ。お前のお守りなんだろ。
投げられるはずがないだろうが……」

「よっちゃん……」


咲はそのペンダントを両手で握りしめ、安心した表情を見せた。


「確かに売っている商品なら傷がなくて、壊れてない方を選ぶと思うけど、
お前はモノじゃないんだぞ、咲。そんなふうに考えること自体、おかしくなってる証拠だよ。
ここは確かにお前の帰ってくる場所だけど、逃げてくる場所じゃないはずだ」

「……」

「とっとと東京へ帰れ! ここでおばちゃんと顔をつきあわせてたら、お前、
本当に戻れなくなるぞ」


そうかもしれない……。義成の言葉に、思わず目を閉じる咲。


「深見さんが、もう咲の面倒は見られないって言ったのなら、東京を捨てて帰ってくればいい。
そんなことを言われたわけでもないのに、勝手に結論出すなよ。
好きなら、しがみついて離れるな!」

「……迷惑かけたくないって思ってることはウソじゃない……」

「人に迷惑をかけないで生きられる人間なんて、一人もいない。
もし、そんな人間がいるのなら、そいつは山奥の仙人かなんかだろ……」

「……クスッ……こんな状況の時に、笑っちゃうようなこと、言わないでよ」

「は? 真剣だぞ、笑うなよ……」

「……」

「迷惑かけたら、その分、出来ることで返せばいいんじゃないのか? お前、小さい頃から
俺に迷惑かけてきて、その都度、ごめんね……ってあめ玉持ってきたりしてただろ」

「何それ……」


子供の頃の思い出に、少し顔を上げる咲。


「お前が塀によじ登って怒られないといけないのに、下で見ていた俺が叩かれたんだぞ。
村上のじいさんに!」

「……あれは、ついて来ないでって言ったのに、よっちゃんが勝手についてくるから
逃げ遅れたんでしょ!」

「……そうとも……言うのか?」

「そうよ!」


義成は咲のちょっぴり見えた笑顔を確認し、嬉しそうに笑った。


「ほら、駅まで送るから。あのカバン持って帰れよ! おばちゃんには俺が説明しておく」

「こんなにビショビショじゃ、電車に乗れない」

「世話がやけるなぁ、お前……。じゃぁ、うちで着替えていけ!」

「……偉そうに……」


そう言いながら咲は歩き、義成のバイクにまたがった。風が頬にあたり、

涙で濡れた顔は少し冷たく感じられる。



『よっちゃん……ごめん……』



咲は無言の義成の背中に、何度もそう語りかけていた。





義成の家で着替えると、駅へと向かう咲。東京への切符を買い、義成から荷物を受け取った。


「お母さんにはまた、電話する……」

「うん……。大丈夫だよ、正直に話せばわかってくれる。
みんなお前が幸せになって欲しいって、そう思ってるんだから……」

「うん……ありがとう……」

「あ、これ……」

「何?」


義成から手渡されたものは、いなりずしとかんぴょう巻きだった。

咲の小さい頃から食べ続けてきた味。


「これから東京へ戻ったら、途中でお腹すくだろ。親父が持たせろって……」


咲は涙で声が出せずに、何度も何度も頷いていた。駅の改札を通り、ホームへ向かう。


「咲!」


義成の声に、振り向く咲。


「深見さんにしがみついて、絶対に幸せになれよ!」


咲はしっかりと義成を見ると、大きく一度だけ頷いていた。



『じゃぁな……咲……』



義成は咲の後ろ姿に、そう語りかけていた。





「は?」

「帰ります。後はどうにでもしてください」

「深見! ちょっと待てって……」


その頃、咲と連絡がつかなくなっていた深見は、リーダーの石原の部屋にいた。

来月に決まっている帰国を前に、どうしても今すぐ日本へ戻りたいと言うのだ。


「もうダメだと思ったことは……何度かあった。それでも気がつくとあいつがそばにいて、
結局結婚した……」

「……なんの話しですか……」

「だいじょうぶだよ。お前の気持ちにブレがなければ、きっと元に戻る」

「そんな……」

「あのなぁ、深見。お前仕事のことに関しては非情なくらい冷静でいられるのに、
こんなことで、すごい取り乱すんだな……。今、日本へ戻ってどうなるんだ」

「……」

「もう少し待てって。来月帰れるだろ。もし、彼女が本当にお前のところから
去ろうとしているなら、今帰ったって逃げられるだけだぞ……。落ち着いて待て……」


深見は石原の前に、ガックリと肩を落とすようにして座り込んだ。


「いやぁ……若いっていいなぁ……」

「石原さん!」


カギを取り出し、部屋の扉を開ける。1週間振りくらいの自分の部屋。こもっている空気を

窓を開け入れ替える。テーブルの上に置かれている携帯電話をもち、電源を入れた。

いくつも出てくるメールの数。利香、秋山、里塚、主任の浅岡、学生時代の友達、

よく通っている美容室。


そして……深見亮介……


咲はその最初のメールを開けてみた。咲がここを出ていった日の夜。



『来月、日本へ一度戻れることになりました。少し時間を取って、ゆっくり話を聞くから。
もう少し待っていて』



深見が帰ってくる……。その事実をやっと知る咲。次の日、そして次の日……

繰り返されるように深見からのメールが入っていた。自分の仕事のこと、咲の体調のこと、

普段のような言葉を並べているメール。しかし……



『咲……どうしたらいい?』



最後に残されていたメールはこれだけだった。咲は慌てて、深見へと電話をかける。


「もしもし……」

「咲……」


その声を聞いただけで、涙が止まらなくなり、言葉が続かなくなっていた。

泣きじゃくる咲の声を、受話器から聞いている深見。


「今、どこにいる?」

「東京……です」

「そうか……」

「ごめん……なさい……」

「よかった……。今日、戻ってきてくれなかったら、リーダーの石原さんぶん殴って、
明日、日本へ帰るところだった」

「……」

「辞表もんだぞ!」

「……はい……」


咲は受話器を持ったまま、何度も謝っている。


「来月、日本へ1週間くらい帰れることになった。仕事のこともあるから、
ずっと一緒にはいられないけど、どこかゆっくり出来るところに行こう。
誕生日過ぎちゃうけど、咲に話したいことがあるんだ……」

「……」

「いいよな……」

「はい……」


二人の久しぶりの電話は、咲の冷たくなった心を、ゆっくりと溶かしてくれていた。





「ねぇ、利香ってば……」

「どうせね。深見さんの重要さに比べたら、私なんてどうだっていいでしょうけど……」

「だから、そんなことないけど……」

「戻ってきたんなら、連絡くらいしてよ! もう、心配して、心配して
カラオケだって歌いに行けなかったんだからね!」

「……はいはい……」


咲は仕事に復帰し、また東京西支店で働くようになっていた。





そして季節は8月に入り、深見の帰国までもう少しになる。

カレンダーに○をつけながらその日を待つ咲。


「早瀬さん、ちょっといいですか……」

「ん?」


咲は里塚に呼ばれると、休憩室へ向かう。


「エ……浅岡さんの送別会?」

「8月いっぱいで転勤だそうですよ。深見さんと同じく、部長に昇進だそうです。だから、
送別会を企画しないといけないらしいんですけど、みんなあんまり乗り気じゃなくて……。
横山さんから、お前新人だからやれって言われたんですけど、どうなんですかねぇ。
浅岡さんもどうでもいいような気がするし……」

「里塚君!」

「本当にマイペースな人ですよね。全然プライベートを見せないし、付き合わないし……」


東京西支店の主任になって1年半。確かに咲もそう思っていた。深見とのこともあり、

あまり個人的に好きではないにしろ、送別会も開かずに送り出すわけにはいかなかった。





「で、結局、私も手伝うはめになったの……」

「あ、そう……」


自ら幹事を引き受けたという咲に、適当な返事を返す深見。


「浅岡さんって、どんな食べ物が好きなのかな……。深見さん、
一緒に働いていたことがあるんでしょ? 知らないんですか?」

「……そう言われると、一緒に食事にいった覚えなんてないなぁ……。
長谷部ならわかるかもしれないけど」

「長谷部さん?」

「あぁ、あいつの方が付き合いあるみたいだし、聞いてみようか?」

「……いいんですか? そんなこと聞いて……」

「そっちが知りたがってるんだろ。明日にでも聞いておくよ」

「はい、お願いします。どうせなら、浅岡さんが好きなようなものが出せるところが
いいんじゃないかと思うので……」


自分に批判的で、咲を派遣社員にした浅岡のことを、気にしている態度が、

なんとなく気に入らない深見。


「……俺の時は居酒屋でしたけどね……。そんなリサーチされたこともないし……」

「エ? 深見さんは安くても、たくさんお酒が飲めればいいんだって
秋山さんが言ってましたけど……」





次の日、咲は支店長から呼び出されていた。ノックをし、部屋へ入る。


「悪いな、早瀬君。どうだ? 体調の方は……」

「はい、だいじょうぶです。色々とご心配をおかけしてすみませんでした」

「いや……君を社員として残せなかったことは、今でも申し訳ないと思ってるんだ。
浅岡も、相当頑張ったんだけどな……」

「エ……」

「君の重要性を本社の人事部へ通していたみたいだけど、今の就職事情から、
結局こうなってしまった……」


咲は、浅岡が自分を残そうとしていたことを初めて知り、驚いていた。深見とのいざこざから、

自分のことなどお荷物程度にしか思っていないのだろう……そう考えていたからだ。


「で、浅岡が横浜に転勤になるんだが、君を一緒に連れて行けないかと言ってきたんだ」

「……横浜支店ですか?」

「あぁ、あそこは規模も大きいし、派遣社員も数が多い。ここにはない仕事もあって、
もう少し中身のある仕事を出来るんじゃないかと……どうだ? 考えてみるか?」


咲は突然の話に驚かされていた。もちろん横浜支社へ行くなんて考えたこともなかったし、

それよりも、浅岡が自分を残すために奮闘してくれていたという事実を知ったことの方が、

驚きが大きかった。





「浅岡主任……」

「ん?」


咲が支店長との話を終え、営業部へ戻ろうとした時、ちょうど浅岡が

エレベーターを降りたところだった。咲は声をかけ、二人は休憩室へ向かう。


「浅岡主任が、私のことを気遣ってくれていたと、支店長からお聞きしました。
色々とすみませんでした」

「いや……」


浅岡は荷物を下へ置くと、咲と視線を初めて合わせた。


「君が体調を崩して、これからどうなるかって時、すぐに深見が動くだろうと
そう思っていたんだ。あいつの力があれば、君一人特別に社員として残すことくらい
簡単にできる。ここの支店長は深見を今回のメンバーに推薦した一人だったし……」

「……」

「でも、しばらく様子を見ていても、何も動いている気配がなかった。相談はしなかったのか?」

「相談はしましたけど、派遣社員になるってことは言いませんでした。
浅岡さんがおっしゃる通り、深見さんが動くと困るので……」


その咲の言葉に、驚いたような顔をする浅岡。


「支店のみんなが、私の後ろには深見さんがいる……そう思いながら見ているのが
わかったんです。今、考えたら、こうしていただいてよかったんだなって……」

「早瀬……」

「ありがとうございました。みんなと変な空気にならずによかったです」

「礼なんて必要ないよ。結果的に残せなかったんだ……」

「主任……」

「僕は深見が好きじゃない。その理由を君に言う必要はないだろうけど。だからと言って、
仕事にそんな感情を挟んだつもりもない。深見とは関係なく、君が社員として残ることが、
会社のメリットになると考えた。それだけだ……」

「……」

「変に恩を感じたりしないでくれ……」


咲は、そう言った浅岡が、寂しげな表情を浮かべている気がして、仕方がなかった。

                                    …………まで、あと770日





やっぱり深見だよね……

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コメント

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拍手コメントさんへ!

ごめんなさいね、拍手コメントをくださった方には、
こうしてお返事をさせていただきます。

この作品を大好きだと言って下さって……
通勤途中にも携帯で読んでいただけるなんて、
書き手としては嬉しい限りです。
しかも、最初に掲載してから、もう1年以上経ってますからね。

それでも、私にとって、とても大切なカップルです。
これからも、楽しんでくださいね!