リミットⅡ 14 【最初のプロポーズ】

14 【最初のプロポーズ】

8月の末、深見は1年振りの日本へ戻ってきた。石原を含めた前半組の5名は、

それぞれの場所へ戻り、最後に本社で集合することになっている。

すぐにでも咲の元へ行きたい気持ちを抑え、そのまま仙台へ……。


「お久しぶりです本郷支店長」

「おぉ、深見! 活躍ぶりは聞いてるぞ。初めての試みだから、色々と大変だろうけど……」

「みんな手探りの1年でした。勝負はこれからだと思います」

「そうか、まぁ、少しゆっくり……」

「失礼します」


髪の毛を一つに束ねた女子社員が、二人のところへお茶を運んできた。

深見はその社員をじっと見る。


「あれ? 榎本?」

「あ、はい。深見部長、お久しぶりです」



『深見部長……こわぁい……』



注意をすると、髪の毛をクルクルといじりながらふてくされていた、あの榎本。

あまりの変わりように驚かされる深見。


「深見、今じゃ榎本はうちの期待の星なんだぞ。お客様からの評判もよくてな……」

「エ! あの語尾伸ばしがですか?」

「深見部長、私も成長しているんですよ。そんな話し方はしません」


時の流れはすごいものだと深見はそう思っていた。





それから2日後、明日、いよいよ深見が東京へやってくるという夜。


「はい、お店に確認とれました!」

「ありがとうございます。結局早瀬さんにやらせたようなもんですね」


浅岡の送別会会場との打ち合わせを終えた咲。社内に残っていた里塚にその報告をする。


「こういうのは女性の方がいいのよ。で、また、2、3日お休みもらうけど……
もし、お店から何か言ってきたら、対応してね」

「はい……修善寺、楽しんできてくださいね」

「うん、ありが……。エ! どうして知ってるの?」

「宮本さんが言ってましたよ。咲、深見さんと修善寺なんだよ……って」


利香の口調をマネして、笑っている里塚。

咲は、内緒にしておこうと思っていた旅行のことがすっかりバレていることに、顔を赤くする。


「いいじゃないですか。この1年。早瀬さん、色々とあったわけだし……」


里塚は机にあった書類をしまいながら、話を続ける。


「やっぱり早瀬さんを元気にさせられるのは……深見さんしかいないってことですね」

「……」

「また、元気に戻ってきてください……」

「ありがとう……」


咲は自分の荷物を持つと、里塚に頭を下げ、営業部を出ていった。



『そんな顔されると……やっぱり妬けますよ……早瀬さん』



里塚は、咲の足音を聴きながら、書類を片付けていた。





深見は明日、レンタカーを借りて迎えに来てくれることになっている。

今日は早く寝てしまおう……そんなことを考えながら駅からの道を歩く咲。

マンションの前の電信柱に寄りかかっている人がいる。それに気付いた咲は、

視線をそこへ向けたまま、走って行く。


「深見さん……」

「お帰り……」


咲は目に涙を溜めたまま、深見に抱きついた。会えなかった1年間が、蘇っていく。

どうしていいのかわからなくなる日々でも、あなたを忘れた事なんてなかった……。


「ごめん、明日迎えにくるはずだったんだけど、早く、顔が見たかったから。
また、突然来たって怒られるかな……」


深見の腕の中で、咲は何度も、何度も首を振っていた。

部屋へ入り、咲は深見と並んで座っていた。TVの歌番組では人気の歌手が歌っている。


「……誰だかわからないな……」

「……エ……そうですか?」


1年いないだけで、世の中はどんどん動いていく。咲が何気なく深見の方を向くと、

深見の顔が咲にくっつくくらい迫ってきた。


「何ですか?」

「……」

「何かついてます?」

「……1年、泣いてばかりだっただろ、咲。目尻にしわ……すごいぞ」

「エ……」


思わず目尻に手を当てる咲。深見はウソだと言いながら笑っている。


「……信じられない、そんなこと言うなんて……」


それでもまたじっと見つめている深見の方を向き、今度は咲が言い返す。


「今度は何ですか? そばかす? それともしみ? 何かあります?」


深見の右手が咲の頬に触れる。真剣な表情に、凝視していられず下を向く咲。


「キス……するぞ……」

「……」

「シャワーだの、風呂だの、片付けだの……今のうちに言ってくれ。ストップ効かない……」


咲はその言葉に、しっかりと深見の方を向き、自分の左手を深見の右手に当てる。


「……何分ありますか? 猶予……」

「……3秒……」

「……じゃぁ、いらない……」


二人の唇が重なり、互いの想いがあふれ出していく。

そして、朝になるまで、咲はしっかりと深見の胸に抱きしめられていた。





出発の日は、見事なくらいの快晴で、二人を乗せた車は順調に高速を走っていく。


「神奈川育ちでしたよね、深見さんって」

「そうだよ」

「……でも、よく予約取れましたね。また、職権乱用ですか?」


仙台へ向かう前日、急にグランホテルを予約した深見。

ひいきにしてくれた会長に頼み込んだと話をしてくれた。


「は? 違うよ。今回のところは親が毎年行っているところなんだ。結婚記念日には、
必ず子供達二人……兄貴と俺と連れて泊まりに行く」

「毎年ですか?」

「さすがに高校生くらいまでしか親とは行ってないけどね。だから俺は15年振りくらい
なのかも……。おかみさんは小さい頃からかわいがってくれた人で、
大事な人を連れて行くって言ったら、部屋を用意してくれた……」



『大事な人……』



深見のその言葉に、くすぐったいような気持ちになる咲。早くなる鼓動を隠すように、

大きく深呼吸をした。


「こちらへ……」


二人が訪れた旅館は、客室が全てはなれになっている。さっきまで夏の太陽を浴びながら

車を走らせていたのに、周りの木々に遮られ、少しだけ涼しく感じられる。

建て方や雰囲気から、結構な高級旅館であることを確認する咲。

家族で毎年訪れていたという深見の家庭は、いったいどんな感じなのだろう。

出逢ってから今まで、深見のことを知るだけで精一杯だった日々。


「ごゆっくりどうぞ……」


部屋付きの仲居は、二人に頭を下げると、部屋から出て行った。


「食事だけ母屋に行くのが少し面倒だけど、でも、その方が落ち着けるよ……」


「うん……」


深見と過ごすことは、初めてではないのに、いつもと違う場所にいることで、逆に咲は緊張していた。


二人が食事を終え、部屋へ戻ろうとした時、深見は咲の右手を取り、つないで歩き出した。

自分より大きくて、がっちりしている深見の手。その手から伝わるぬくもりが、

咲の緊張をほぐし、気持ちを温かくさせた。

温泉に入り、浴衣に着替える咲。着慣れないからなのか、どこかがおかしい気がして、

何度も確認をする。ふすまを開け、部屋へ入ると、携帯電話で誰かと話している深見がいた。

タオルを広げタオルかけにかける。


「あ……それは、こっちで用意できると思います」


少しだけ視線を横に向けると、浴衣の彼がそこにいる。いつもと違う姿に、

すぐに鼓動が速まる。深見をじっと見ていることが出来ずに、椅子へ座る咲。


「では……東京で……」


携帯電話を切り、窓の障子の前へ置く。


「咲……何か飲む?」

「エ……うん」


冷蔵庫を開け、ウーロン茶を指さす深見に、頷き合図を送る。


「似合うよ……浴衣……」


ウーロン茶を取り出しながら、そう言う深見の言葉に少しだけ照れくさくなる咲。


「……そうかな、なんだか慣れてないからおかしくない?」


襟元を整えながらもう一度全身を確かめるように見る。


「おかしくないよ……」


手渡されたウーロン茶の缶を開け、少しだけ口をつける。窓の外を見つめている深見の横顔を

しばらく見つめていたが、ゆっくりと近づき、並ぶように立ち、同じ方向を向いてみる。


「静かなんだよな……ここは……。子供の頃はあまりにも静かで、結構怖かった覚えがある」

「そうなんだ……」

「うん……」


深見が子供の頃って、どんな感じだったのだろう。咲は、ふと考えてみる。その瞬間、

深見の手が、咲の肩に触れ、スッと引き寄せられた。素肌に近い浴衣の感覚が、

彼の体温を感じさせる。


「咲……戻ってきたら、結婚しよう……」


思いがけないプロポーズに、咲は深見の方を向いた。


「2年仕事をして、帰ってきたらそう言おうと思ってた。
でも、今、君に伝えておいた方がいいような気がする……」

「……」

「連絡が取れなくなった時、秋山から、咲がまた体調を崩したって聞いて、
きっとそのことを気にしているんだろう……とすぐにわかった」

「……」

「咲……君がもし、一生事故の後遺症を背負って生きることになったとしても、
気持ちはかわらない。二人で乗り越えていけばいいことなんだから……。
2年仕事をしてからプロポーズしたんじゃ、その検査結果を待っていたみたいに思えるだろ。
だから、今日、伝えておきたかった」


咲は黙ったまま下を向いている。深見は、そんな咲に気持ちが届くよう、

引き寄せる手にさらに力を込める。


「深見さん……その返事は1年待ってもらえますか?」


咲のその言葉に、深見は驚くこともなく、黙っている。


「逃げないで頑張るって約束を、私は破りました。後遺症を背負った私を、
深見さんが選んでくれるのか……。今年の正月に母にそう言われたんです。
その時は、つっぱねたんですけど、色々なことが重なっている中で、
自分でもそう思うようになっていて……」

「お母さんがそんなことを?」

「母は、母で心配しているんです」

「……だろうね……」

「……私、深見さんにも、職場にもお荷物でしかないのなら、田舎へ戻って。
そう思ってはみたんですけど……」

「……」

「みたんですけど……」

「もう、いいよ……咲」


深見は咲を自分の胸に抱き寄せた。側にいられれば、

こんなふうに彼女を追い込むことにはならなかったのかもしれない。


「お荷物ってなんだよ……それ」

「……」

「咲はそんな後ろ向きな人間じゃないだろう……。トラブルがあっても、
負けずに乗り越えていく……そんな前向きな人間だったんじゃないのか?」

「……」

「命の期限を決められていた時の方が、もっと辛かったはずなのに……」

「……」


神に告げられた時間を、懸命に生きていた自分。そんな咲を認め、心を寄せてくれた深見。


「あの時は、まさかこんなふうに未来があるなんて、思ってもみなかったんです。ただ、毎日、
深見さんを見ていたいって……そう思っていただけで精一杯でした。あなたを見つめていても、
迷惑になることもなかったし……」

「今だって、迷惑なんてかけてないのに……」

「……」

「咲、もっと甘えていいんだぞ。辛ければ辛いって言って、泣けばいいのに……。
秋山も宮本もそんな咲の言葉を待っていてくれるし、それに……」

「……」

「俺だってそうして欲しいと思ってる。好きな人に甘えてもらえもしない存在じゃ、
困るんだけどな……」

「……深見さん……」

「黙っていて解決する事なんて……ないよ……」


咲はその通りだと、小さく頷いた。


「なぁ、咲。……咲が山へ勝手に登った後、背負って降りただろ……」

「あ、はい……」


自殺願望者が山へ登ったと思い、一人で勝手に行動した咲を追い掛けた深見。


「あの後、部屋へ寝かせた君の頬に……」


深見はそこで言葉を止め、少しだけ照れくさそうに笑っている。


「……キスしたんだぞ……」


自分が深見のことを好きなんだ……と気付いて泣いたあの日。そんなことがあったなんて、

全然気がつきもしなかった。咲は初めて知る事実に、驚かされる。


「どうしてなんだろうかって、戻ってきてから悩んだけど。
きっとあの頃から……咲を好きだったんだと……今ではそう思う」

「……」

「俺は、咲と出逢うために、東京へ来たんだよ……」



『咲と出逢うために、東京へ来たんだよ……』



その一言に、咲の目から、涙が頬へつたい始めた。深見は咲を見つめ、自分の浴衣の袖で、

その涙をふいてやる。


「後遺症のことを気にするなっていうのが無理かもしれないけど、
そのことで俺に気を使ったり、悩んだりするな。……な?」


咲は小さく一度頷くと、もう一度自分の浴衣の袖で、涙をぬぐう。


「あと1年、自分の力で頑張りますから……。そうしたら……」

「そうしたら?」

「もう一度、プロポーズしてくれますか?」


少し微笑みながら、小さく何度も頷く深見。咲の頬に手を添えて、約束のキスをする。


夜、木々が風に揺れる音で、ふと目が開いた深見は、自分の腕に頭を乗せて眠っている、

咲の顔を見た。その眠りが深いことを確認し、腕を外し、

浴衣を羽織り窓の側にあった携帯を取る。



『秋山、悪いんだけど至急調べて返信して欲しいことがあるんだ……』



木々の間から見える月は、優しい光りを地上へ向けていた。

深見は、久しぶりのゆっくりとした時間に、ただ目を閉じる。

秋山へのメールを終え、もう一度咲の側へ戻る深見。抱きしめていた咲は、

去年より痩せていた。それでも今、穏やかで幸せそうな表情に、少しだけ安心する。



『あと1年……』



深見は眠っている咲の頬に、あの山の日のように、そっと唇を寄せていった。

                                    …………まで、あと747日





やっぱり深見だよね……

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