37 踏み出す勇気

37 踏み出す勇気


『クリアスポーツ』との提携業務も順調に進み、

『Tosp』は、また一段階上のランクとして、投資家達から認識される企業となった。

そして、その年の『東日本企業対抗駅伝』で初めて優勝する。

監督の沢口は選手達をねぎらい、慰労パーティーでは頼まれてもいないのに、

十八番のカラオケを熱唱した。

上機嫌の人がいる中で、めぐみだけが不満そうな顔をする。


「どうした、楽しそうじゃないな」

「楽しくないですよ、一人だけ茅の外ですから」

「仕方がないだろう。めぐみは来週世界大会前のレースが入っているんだ。
今年はスポンサーの関係で、駅伝の日程がずれたからな……」

「走りたかったな……」


めぐみは本当に走ることが好きなのだろう。

この喜びの中に自分が存在しないことを、残念そうに語ってくる。


「めぐみはしっかり貢献しているよ」

「してませんよ、出ていませんから」

「いちいち突っかかるな。そういう意味じゃない。
お前が『Tosp』の陸上部を引っ張ってきてくれた。その小さな体で、
何度も走ってきたじゃないか。あの舞台でメダルをかけている選手達は、
お前の活躍を見て、沢口さんに指導を受けたいとうちへ入ってきたんだ。
めぐみが『Tosp』に来なければ、ここにはいなかったかもしれない」


今でも、選手として恵まれている体だとは言えないめぐみだが、

前を向く姿勢だけは、誰にも負けないだろう。

僕自身、彼女の言葉や行動に、何度も勇気をもらってきた。

妹でもなく、恋人でもない存在だけれど、説明できない絆がそこにある。


「私にとって原点は、今でも『ニュースターラン』です」

「『ニュースターラン』?」

「はい……」


沙織が杉町に連れ去られた後、めぐみの走った新人レース。

ジンクス通りに戻ってくることはなかったが、それでもめぐみも僕も、

こうして戦い続けている。



そして、思いは、叶う寸前まで……



「2年越しの世界大会……行けよ、めぐみ」

「はい!」

「お前のためにだけ……走ればいい」

「……はい」


めぐみが夢を叶えられるように、僕は精一杯の手助けをしてやるのだと、

会場の盛り上がりを見つめながら、あらためて心に誓った。





それから1週間後、

めぐみが世界大会に出られるかどうかを賭けたレースが、行われることになった。

『陽香里』のスタッフ達は、応援幕を作って東京に乗り込んだが、

めぐみの母親だけは、今までしたことのないようなことはしないと、

一人『陽香里』に残ったと言う。

僕も沙織を連れ、めぐみの応援をするために、

スタートとゴールになる競技場へ向かう。

他企業も、会社に所属する選手の応援にかけつけていて、

すでにヒートアップする様子を見せていた。


「沙織……」


隣に座る沙織に声をかけてみたが、視線はグラウンドに向かったまま、

声も届いていないように見える。


「沙織!」

「エ……何?」

「何を君が緊張しているんだ。走るのはめぐみだろ」

「そうだけれど、でも……」


沙織は祈るように両手を合わせ、グラウンドでスタートを待つめぐみを見続ける。

大会役員から声がかかり、選手たちがスタート地点に集合した。

観客席からも、それぞれの選手に向かって、声が飛ぶ。

祈っている沙織の少し後ろに立っていた男が、

そろそろと観客席の前へ歩いていくのが見えた。


「あれ……」

「何?」

「いや……いいんだ」


僕達と同じように、グラウンドを見ていたのは肇だった。

『Tosp』の応援団の中には入らずに、観客席の隅で目立たないように立っている。


ざわついた中、スターターが腕をあげた瞬間、一瞬の静けさが存在し、

乾いたピストルの音が鳴り響いた。

この日のために、体を整えてきた選手たちが一斉にスタートを切る。

めぐみはあっという間に大群の中で、見えなくなってしまった。

しかし、グラウンドを一周する間に、少しずつ集団は小さくなり、

外へ飛び出していく時には、めぐみはしっかりと自分のポジションを確保し、

余裕のある走りを見せてくれる。

僕はたくましく成長しためぐみの後姿を見つめ、一番にここへ戻ってこいと、

心でつぶやいた。





そして……


「おめでとう!」

「ありがとうございます」


めぐみは日本人選手の中で2位になり、無事世界大会の出場権を手に入れた。

その結果はすぐに携帯で『陽香里』に残る母親に届けられる。

表彰台にあがるめぐみに、僕と沙織もしっかりと観客席に立ち拍手を送る。

『ニュースターラン』から4年、めぐみは一流選手の仲間入りを果たした。

陸上界が待ち望んでいたニューヒロインの登場は、マスコミを賑わせ、

そして、その活躍は、僕の生活も変えていく。





「副社長、『トレンド』から取材の申し込みがありましたが、
どうされますか」

「5分くらいの電話なら移動の間に出来るけれど、この1週間はとても動けないな」

「そうですね」


『Tosp』が他企業とコラボをしたり、提携したりで業績を重ね、

さらにめぐみが名前をあげたことで、僕への取材が一気に増えた。

経済紙と業界紙だけでも、今週すでに3つこなしている。


「肇、話ってなんだ」

「あ……はい」


会社全体が盛り上がる中、ただ一人浮かない顔をしているのは肇だった。

担当していたトレーニングジムが完成し、今はイベントの仕事を請け負っている。


「すみません、忙しいのに」

「そんなことはいいから、どうしたんだ」


肇は話しづらそうにしていたが、覚悟を決めたように顔を上げ、

この9月で実家へ戻るつもりだとそう言った。

父から聞いていた期間は3年だったはずで、

それを切り上げてまで戻る理由があるのかと問いかける。


「いえ……」


肇は多くを語らないまま、とにかく報告だけしに来たと部屋を出ようとしたため、

僕はレースの日のことを思い出し、確信のない言葉をかけてみた。


「めぐみか……」


肇はその名前に動きを止め、僕の方をじっと見た。

どこか自信のなさそうな顔で、小さく頷く。


「俺……最低です」

「最低? どうしてだ」

「彼女へ近付きながら、他の女に気持ちを移したのに、自分が騙されていたことを知って、
それからまた君が好きになっているなんて、とても言えないですし、それに……」


肇は下を向いたまま、何かを吹っ切ろうと息を吐き出した。


「石垣さんはもっともっと大きくなるはずだから、邪魔をするわけにはいきません」


肇とめぐみが初めて会った時よりも、確かにめぐみは大きくなった。

今や『Tosp』の社員というよりも、日本の選手といえるくらいの活躍ぶりで、

肇にしてみたら、近寄りがたくなったこともあるだろう。


「邪魔かどうかは、めぐみが決めることだ」

「……大貴さん」

「裏切られたと思うかどうかも、めぐみが決めることだ」


監督の沢口さんがどう考えるのかはわからないが、

僕は年頃の女性なら、恋をすることが選手としてマイナスになるとは思わなかった。

ジム建設の時にめぐみが見せていた笑顔を考えても、

肇に対して、悪いイメージを持っているようには思えない。

めぐみが肇の気持ちを知ったとしたら、素直に喜ぶのではないかと、

僕は自分の想いを重ね、そう思ってしまう。





「私はわかるわ、上杉さんの気持ち」

「沙織……」

「相手側には非がないからこそ、自分のことが許せなくなるときがある」


沙織と初めて出会ったのは、僕らが大学生の頃だった。

そのまま重なり合うと信じ、付き合ってきた月日を含めると、10年以上が経過する。

とんでもない渦に巻き込まれ、僕達の関係は、いまだに中途半端なままだ。


「沙織、まだそんなことを言うの?」

「違うのよ、大貴。私はあなたと何度も話し合って、自分をさらけ出してきた。
あなたに何度も救ってもらって、申し訳ないと思いながらも、
それをこれからの人生で返していくべきだって、思えるようにもなった。
でも、上杉君はそこまで思えないでしょ、めぐみちゃんの気持ちがまだ見えないし」


肇が会社を辞めることを知ったら、めぐみはどう思うのだろう。

その日は食事をしながら、一人黙々とグラウンドを走るめぐみの姿だけが思い出せた。





打ち合わせを済ませ、久しぶりに『研究室』へ向かった。

この春から、商品ごとにチームを組ませ、研究成果をプレゼンし、

競わせる方法をとることにする。

今までは一つのチームだけであれこれこなしていたが、提携する企業も増え、

商品や販売方法も変化したため、関わる社員は以前の1.5倍に膨れ上がる。


「はい、上杉から聞きました」

「そうですか、尾崎さんにも」

「もう少し頑張ってみろとは言ったのですが、本人がどうしてもと聞かなくて」

「うん……」


肇は、尾崎さんに自分がやめようと思う本当の理由は、話していないようだった。

僕はグラウンドの方へ目を向け、めぐみを探す。

ほとんどの選手が休憩を取る中、小さなあいつだけが一人、

どこまで走るのかわからないくらい、ただ足を動かしている。

僕は、コーチに声をかけ、めぐみを呼んでもらった。


「こんにちは……」

「何だよ、よそよそしいな」

「……すみません」


『世界大会』が近付き、気持ちがナーバスになっていることもあるだろうが、

僕にはそれだけに思えなかった。アスリートに大切なものの一つが、精神面。

邪念があれこれあるだけで、自然と体の動きが不自然になる。


「なぁ、めぐみ。お前が世界大会に出場を決めたレースの日、
肇は応援団とは別の場所で、黙ってお前を見ていた」

「……別の場所ですか」

「あぁ……お前がどんどん強い選手になって、
遠く離れていくのが寂しかったんじゃないかな。
僕も応援しながら、実は少し寂しかったところもある」

「寂しい?」

「昔みたいに冗談言ってここで寝転がったり、
『愛人』になるつもりはないなんていって、笑っていたことを思い出した」


固かっためぐみの表情が変わり、

当時のことを思い出したのか、何度も頷き笑顔を見せる。

心が苦しくなったとき、めぐみといると自然に気持ちが癒された。


「楽しかったですよねあの頃、あ、そうか、大貴さんは楽しくなかったんだ」

「……あはは……今なら冗談として笑えるけどな、そのセリフ」


小さなめぐみの頭に、ポンポンと軽く触れてやる。

どこか兄のような、そして親のような、また違う何かがあるような、

正体のわからない気持ちがそこにある。


「お前が思うように夢を追えるよう、僕はどんなことでもフォローするつもりだ。
レースのことはもちろん、その他のことも……」

「大貴さん……」

「めぐみが思うように、行動してみるといい。答えはお前の中にあるのだろうから」


めぐみは無言のまま小さく頷いた。

僕は増設されたトレーニングルームを見つめ、

もっともっと『Tosp』の力を強く出来るようにと、さらに決意を固くした。







38 過去を知る男

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コメント

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当たって砕けろ!

マラソンと駅伝。
企業の属していると、自分のやりたいことだけ
というわけには行かなくなる。
東京マラソンで2位になった藤原新さん(名前がうろ覚えで、すみません)
がマラソンに集中したいから退社したと・・

肇君、ここは素直に自分の気持ちを伝えたほうがいいのでは?
言わないで後悔するより、言って玉砕しろ!でもめぐみちゃんは分かってくれると思うな。

いやはや『Tosp』は最早一流企業だね~^^

正体は不明だけれど

yokanさん、こんばんは

>正体のわからない気持ちという表現が物語的に不安にさせるわ^^;

大貴の中にある、めぐみへの気持ち
そうかぁ、正体がわからないのは、不安要素が
確かにたっぷりあるかも(笑)

色々考えてもらいながら、読んでいただけると楽しいので、
このままよろしくお願いします。

大きくなったのです

yonyonさん、こんばんは

>企業の属していると、自分のやりたいことだけ
というわけには行かなくなる。

そうそう、いかなくなるんですよね。
特に、めぐみは昔と違って、期待される選手になりましたから。

それにしても日本のマラソン界。
一般選手……のような人が多いんだなと思ったわ。

>いやはや『Tosp』は最早一流企業だね~^^

うふふ……
そうなんですよ、大きくなっているのです。
……と、変な言葉を残して、続く。

すごい

拍手コメントさん、こんばんは
お返事、遅くなりました。体調はいかがですか?

>全国マラソンに向け、絶好調だった足が痛くなり

始めにお話しを聞いたときには、趣味なのかと思っていたのに、
本格的なんですね。
私は仕事で毎日、自転車に乗ることが運動と言えば運動ですが、
お気楽に走っているので、あまり体型に変化はありません。

めぐみに共感を持っていただけたようで、嬉しいです。
登場人物の気持ちが『わかる』と思っていただけないと、
最後まで読むことは難しいですからね。

マイペースにお付き合いください。