【S&B】 8 女性の種類

      8 女性の種類



いつもと同じ電車に乗り、階段を上がっていくと、給湯室の前には原田が一人立っていた。

第一営業部に配属以来、彼女が遅れたとか、ギリギリに慌ててくる姿などは見たことがない。


「おはよう」

「あ……おはようございます」


僕の姿を確認した原田が、当番だからとコーヒーをスタンバイし始める。

第一営業部の扉に手をかけた時、その原田の声が背中越しに届いた。


「青山主任、お話があるんです」


振り向くと原田は真剣な顔で僕を見たまま、小さく一度頭を下げた。その表情から、

話題が明るい方向ではないような、そんな気がしてしまう。


「朝礼の後でいいかな」

「はい……」


僕がそう答えると、原田はほっとした表情を見せ、コーヒーを入れるため、給湯室へ戻っていく。

扉の向こうではすでに仕事を始めていた三田村が、机の上に書類を広げ、なにやら慌てていた。


「どうした、また散らかしたのか?」

「あ、おはようございます。いえ……その……」


答えにくそうにしていた三田村の後ろで、守口がなにやらPCに指を置き、

ゆっくりとその指を下げていく。


「あ、本当だ、本当だよ、三田村さん。うわぁ……助かった」

「よかったですね、守口さん」


三田村は書類を手にして立ち上がり、守口の指が差している場所を一緒に確認し、

嬉しそうに笑顔を見せた。どうもクライアントに提示する金額に狂いがあったらしく、

書類をまとめていた三田村が、そのミスに気づいたらしい。いつものことだが、

メガネの向こうの目は少しだけ目尻を下に向け、口角は上に向き、本当に三田村は嬉しそうに笑う。


「何かおごらないといけないな」

「いえ……先週は私が失敗して、ご迷惑をかけたんです。これで帳消ししてもらえたら」


そんな会話を聞きながら、僕はいつものように主任の席へ着いた。原田があわせるように、

デスクにコーヒーを置く。


「ありがとう……」


濱尾の企画の件が宙に浮いたような状況になってはいたが、見た目第一営業部は

順調に回っているように思えた。各自のスケジュールが書かれているボードを見ると、

それなりに一流企業名がずらりと並び、社員達の奮闘ぶりをアピールする。

寝癖を押さえながら飛び込んできた濱尾を迎え、第一営業部のいつもの朝がスタートした。


「派遣社員の二人?」

「はい」


原田が僕を呼び出して相談があると言ったのは、例の濱尾の企画についてだった。あの時、濱尾は、

集めたメンバー以外に企画書に触れた人間はいないと言っていたが、企業側に書類を提出する前に、

企画書のコピーや書類作りの雑務を、大橋と三田村の二人に頼んだのだと言う。


「で、原田はあの二人を疑っているの?」

「疑うというと決めつけているようなんですが、正直ちょっと気になります」


『ブランケット』がよこした企画書が、明らかにうちの中身を知って作られたものだと言うことは、

僕自身が一番わかっていることだった。社員達の前ではとぼけて見せたが、原田が言うように、

内部から漏れたと考えるのが普通だ。


「証拠がないし、あの二人がそんなことをする意味があるかな」

「確かに証拠はないんです。でも、派遣社員の二人が来るまでこんなことになったことがないですし、
私自身、企業の内部資料を彼女たちに渡すことにどうも抵抗があって……」


女性というのはこういうものだろうか。同性の派遣社員達に対し、遠回しな言い方をしながらも、

内容としては非常にきついことを平気で訴える。


「派遣の二人に渡さずに、全て君が処理してくれても、それは構わないよ。
うちは分担作業の仕事をしているわけではない。ただ……」


僕は手に持っていた携帯電話をポケットにしまい、原田の方を向く。


「あんまり疑心暗鬼になるなよ。チームで仕事をすることも多いんだ。自分が辛くなるぞ」

「……私は……」


原田はあえて僕から視線を外し、小さな声でつぶやいた。


「この件で東成電鉄の仕事がもしダメになったら……。
そんなことが、青山主任の成績に響くのがいやなんです……」


原田はそう言うと、唇を少しだけ噛み下を向いた。その一言を聞き、僕の中でスイッチが入る。

ここからは流れで発言するわけにはいかない。うぬぼれで言うわけではないが、

原田の視線が自分に向いているのかも知れないということは、すでにわかっていることだった。

だから先日、三田村が僕にミルクコーヒーを出したときも、原田はすぐにそれを否定しようとした。

今回派遣の二人を疑うのも、こんな構図が裏にあるのかもしれない。

申し訳ないが部下以上の感情を、彼女に持ったつもりもないし、これからも持つことはないだろう。

職場で恋愛をすれば、そのあとがややこしい。


「心配してくれるのはありがたいけど、東成電鉄の仕事で、僕の仕事に影響が出ることはないよ。
そんなに薄氷の上にいるつもりはないから」

「……すみません、余計なことでした」


原田はそう言うと、申し訳なさそうに下を向いた。真面目な女性だからこそ、

期待をさせるような、下手なリアクションは取れない。


「そう言えば、プロック製薬の薬品袋の件はどうなった?」


座っていた椅子から立ち上がり、話題を僕個人のことから、すぐに切り返す。


「あれは守口さんがすでに先方と話をつけてくれました。私はただ話を聞くことしか出来なくて」


原田にはまだ、一人での仕事を任せたことはなかったが、そろそろそんな時期だろうと、

魚沼部長に言われたことを思い出す。


「プロック製薬の仕事は、守口から引き継ぐようにした方がいいかもしれないな」

「エ……」

「ちょうど別件で抱えているものもあったはずだから、守口と相談して、出来そうな方を
引き継ぐといい。魚沼部長も、原田にはひとりだちしてほしいとそう言っていた」


自分が認められていると思った原田の表情は、少し明るく変化した。

男女も年齢も経験も関係なく、第一営業部は実力のみを評価する。


「ありがとうございます。主任の期待にこたえられるように、頑張ります」

「ん?」


話をそらしたつもりだったが、また強い力に引き戻されそうになる。時間を見ると、

原田とここに入ってから、15分が経過した。女子社員と二人での時間は、長くするものじゃない。

次の話題に持って行かれないようないように、書類を閉じて席を立つ。


「よし、行こう!」

「……はい」


会議室の扉を開け外に出ると、今朝、社員達が飲んだカップをお盆に乗せ、

給湯室に向かう三田村と目があった。彼女は軽く頭を下げ僕の前を通る。お盆を持っている左手には、

少し青ずんでいる打ち身のような跡があった。一瞬そのアザに目がいったが、

また何かしでかしたのだろうと、あまり気にも止めなかった。





派遣社員達が来て1ヶ月、一度二人とゆっくり話しをしようかと思いながら家へ戻ると、

そこには琴子の笑い声が響いていた。


「お、祐作! お帰り!」

「おかえり、祐ちゃん」


嘘泣きの効果が出たのか、悟はご機嫌でリビングに座り、鼻歌を歌いながらビールの缶を開ける。


「なんだ、破局したのかと思ってたよ」


僕は上着を脱ぎながら、わざと憎まれ口を叩いてやる。


「破局なんかするわけないだろ。俺と琴子の相性はバッチリなんだよ、少し会えないだけで、
うずいちゃうんだよな、体が!」

「バカ、悟!」


そんなどうでもいいような会話が、妙にしっくりきて、

僕は内心ほっとしながらハンガーに上着をかけた。


「祐ちゃん、ねぇ、おみやげ買ってきたよ」


琴子のその言葉に振り返ると、ダンボール裏のような箱が僕の目の前で揺れる。

琴子が勤めている歯科の並びにあるケーキ屋は、カップ入りのプリンが美味しい店だ。

受け取った箱を開け、中からふわりと香る少し焦げたようなカラメルの匂い。

逃すまいと大きく息を吸い込み箱を素早く閉じて、その香りを封じ込めた。


「さすが琴子」

「なんだよな、俺にみやげじゃなくて、祐作に気を遣うんだからさ」


甘いものに興味のない悟は、ビールの缶を揺らしながら、文句を言う。


「当たり前でしょ、祐ちゃんの好意でここに住んでられるのよ、悟。大家さんには気を遣うの」


琴子は僕たちのためにサラダや煮物を、手際よく容器に詰めながら、そう言った。

時々来ては、こうして何かを残していってくれる。


「しょうがないな、琴子のために、もう少し悟を置いておくよ」

「は?」

「でも、琴子を裏切るようなことをしたら、すぐにでも追い出してやるからな!」


僕が笑いながらそう言うと、悟は悔しそうにそばにあった小さなクッションを投げつけた。

予測していた僕は、もちろんそれをよける。


「うん、そうして、そうして! 私を裏切ったらしっかり怒ってね!」


左手で握り拳を作り、琴子は、楽しそうに、悟をガツンと叩くマネをする。

男と女という部分を越えたところで、僕は琴子が好きだ。悟を本当に愛し支えてくれる笑顔は、

僕の心にもやすらぎを与えてくれる。

あの時、ダメになりそうだった僕を支えてくれた悟とともに、本当に大切な友人だ。

二人のためなら、何でもしてやりたいと、心の底から思う。


琴子の笑顔は、いつでもそこにある……。空気や水があるように、ただそう思っていた。





9 向こうにいる人 へ……





ランキング参加中です。よかったら1ポチ……ご協力ください。

コメント

非公開コメント

女の感?

原田さん好き好きオーラ出しちゃってる。v-238v-238
此処は上手くかわさないと、後が面倒になりかねないからね。

でも派遣の二人が来てからとなると、うーーん(¬_¬;)
ぺこすけ(もう私の中では三田村さんがぺこちゃんですから、違うと困っちゃう^^;)の手の痣も気になるしv-12

悟君は祐作にとって大事な人なのね、その悟を支える琴ちゃんもv-219

どうなんだろう?

やっぱり疑われちゃうよね?
今までは外部に漏れることが無かったんだからv-37

原田さんの祐作に対する気持ちがこれからもっと
強くなるような。。。
三田村さんの痣はどうして出来たのか?
ただのドジで出来たものなのか?
色んな種を蒔きますねv-267

悟くんと琴子ちゃんのカップルは
裏も表もなくて祐作にも私にも
オアシスですよv-22

好き好きオーラ!

yonyonさん、いらっしゃいませ!

もう、サークルだけでなく、こちらにもフル参加状態で、嬉しいですが、無理のないようにして
ちょうだいね。あなたには読むものがたくさんあるから……


>原田さん好き好きオーラ出しちゃってる。

あはは……オーラe-491出てるよね。昔、いた職場にもこういう人がいたんだよ。
明らかに意識してますって、態度に出す人。
まぁ、創作なので、いろいろキャラがいた方が楽しいでしょう。e-348

タネの仕込み

beayj15さん、いらっしゃいませ!


>三田村さんの痣はどうして出来たのか?
 ただのドジで出来たものなのか?
 色んな種を蒔きますね

そうそう、タネまき中なのよ、まきすぎて、発芽v-22しないと困るけど。
なんにもタネがないのも、つまらないでしょ?
……と自己満足中v-221

悟と琴子、オアシスv-46なんだね。好き勝手に見える二人だけど、
まぁ、いろいろあるのさ。

拍手コメントさんへ!

はい、ここへ来ていただけたら、いつでも私に会えますよv-14

……エ、作品だけに会いたい?
まぁ、そうでしょうね(笑)

まだ、引っ越しが終わらないのんびり状態ですが、自分のお城e-497ですから、
楽しく続けて行きたいと思っています。遊びにきて、楽しんでいってくださいね。

嬉しいです

拍手コメントさん、こんばんは

古い作品なのに、読んでもらえて嬉しいです。
コメントをいただいて、自分でも読み返してしまいました(笑)
続きも、楽しんでくださいね。