39 スキャンダル

39 スキャンダル


めぐみが『世界大会』に向け出発した次の日、

進藤満はまた『Takamiya』の書類を持ち、『Tosp』を訪れた。

同じように受付へ行き、その日は僕に会いたいと申し出たらしいが、

先に知った広報の尾崎さんが受付へ向かい、書類を受け取ると話しをした。


しかし……


「申し訳ありません。何時でも構わないので直接お渡ししたいと、
受付を動いてくれません。私の判断で『Takamiya』にこのような行いは困ると、
連絡をしてもよろしいでしょうか」


部屋にかかる時計を見ると、まだ昼の2時を少し過ぎた時間だった。

このままあれこれ理由をつけられて居座られるのは、逆に仕事の邪魔になる。

『進藤満』がこうして世に出てきた理由は、おそらく僕にあるのだろう。

今、避け切ったとしても、またのこのこと来られては、逆に社員が怪しむことになる。


「わかった、ここへ通してくれ」

「でも……」

「尾崎さん、理由はあとで話します」


尾崎さんとは、父との関係を考えても、真実を話しておいたほうが言いと判断した。

どうせ隠しておいても、杉町が『進藤満』を見つけ出した以上、

色々な形で、過去のことが表沙汰になる可能性は高い。

葵が、父の勧める女性に親の過去を記したメールを送った時、

僕は何も知らないまま、曲がった情報だけが受け取られた。

その時はそれでいいと流したが、今はそうもいかない。

自分を信じ、ついてきてくれている人には、自ら語ったほうが後味もいいはずだ。





生まれて初めて会う、血のつながる父親。





会いたいと願ったことなど、一度もなかった。

子供を抱えた母を放り出し、さらに犯罪を重ねた男になど、

今さら何も話すことはない。

尾崎さんに連れられ目の前に現れたのは、白髪混じりの色黒い中年だった。

僕に頭を下げた尾崎さんは、何か理由があるのだろうと黙ったまま席を外す。

進藤満は、入ったこともない部屋の装飾が気になるのか、目をあちこちに動かした。


「お持ちいただいた書類を受け取りましょう」

「あぁ……」


進藤が机に置いた書類を開け、どうでもいいような中身を確認する。

先日断ったアウトレットへの出店を、もう一度検討しないかという、

あまりにもくだらない内容だ。

杉町の狙いなど、はじめから明らかだった。

こうして進藤を目の前にした僕が、苛ついたり怒ったりすることを期待しているのだろう。



そうはいかない。



「申し訳ないですが、専務にお伝え願いたい。今後書類は全て、郵送でお願いしたいと」



「……お前が……大貴か……」



佐久間の父の声とは違う声が、僕の耳に届いた。

冷静に追い返せると思っていた気持ちが、たった一言で心を逆立てる。

その口のどこから何を探せば、『大貴』という名前を発することが出来るのだろう。


「はい、私が『Tosp』の佐久間大貴です」


進藤の聞きたい返事ではないはずだ。

僕の言いたいことがわかったのだろう、目の前の男は口元を緩め苦笑する。


「真梨子が産んだ赤ん坊が、こんな上玉に化けるとはなぁ……。佐久間……大貴。
まさかこんな企業の跡取りに俺の息子がなれるなんて、
どんな人生でも長生きはするもんだ。今まで泥まみれだったけどよぉ、
ここから一気に浮き上がるかもしれないもんな」


進藤はそう言うと、満足そうに頷いた。

お前を満足させるために、生きてきた訳じゃない。


「私の父親は、佐久間博です。それ以外の人物ではありません」


父と血のつながりがないことくらい承知している。

それでも、僕が父と呼べるのは、この男ではない。


「あぁ、そりゃそうだろうよ。今さらお前に父親と呼んでもらいたいなんて、
考えてはないさ。ただな……礼くらいはしないといけないだろうが」

「礼?」

「お前には世話になっているからと言って、『Takamiya』の専務がよくしてくれた。
それまで勤めていた教習所にまで足を運んで、わざわざ仕事を俺にくれたんだ。
『ヴィーナス』っていう店のホステスを、マンションから店へ運ぶ運転手だ。
まとまった金なんてなぁ、この年になって稼げるとも思ってなかったから、
拾ってもらって助かってる」


目の前に美味しい物を落とすと、すぐに飛びつく弱い人間がいることを、

あいつは体の芯まで知り尽くしている。

その中に毒があることにも気づかず、ただがむしゃらに食いつく人間の臭いを、

すぐにかぎ分ける能力は、並ぶものがいないだろう。


「それはよかったですね」

「おぉ、落ちぶれた田舎の教習所なんて、とっとと辞めてやったよ。
『Takamiya』の息子が寄こした仕事だからな」


これ以上、話すことなど何もない。

進藤満が、どこで生き何をしようが、僕には興味がないのだから。


「もしさぁ、『Takamiya』の専務に会うことがあったら、
お前からも一言、礼を言ってくれないか。そうしたらもっともっと、
いい仕事がもらえるかもしれない」


杉町がなぜ自分を抱え込もうとしているのか、この男は何も知らない。

いや、たとえ理由がどうであろうとも、目の前につかめる札さえあれば、

どうでもいいことなのだろう。


「私が、専務に礼を言う話ではないですね。仕事を得たのはあなただ。
礼ならばあなたがすればいい。用件が済んだのでしたら、お帰りください」

「チッ……冷てぇなぁ」


僕は、どういう生き方をすれば、そんなセリフを恥ずかしげもなく吐けるのか、

頭の中を全て取り除いて見てみたいと、目の前の男をにらみつけた。

これ以上、言葉を一言も交わしたくはない。


「はいはい、帰りますよ」


たった5分くらいの会話だった。

どこかでお金の話でもするのかと思っていたが、それだけは避けられる。

しかし、それは杉町が何かをたくらみ、あえてこの男に与えているかもしれないという、

異様な思いだけを漂わせた。

僕は、あの男が触れた置物がずれていたので、それを元の位置に戻し、

何事もなかったかのように、部屋の空気を入れ替えた。





その日、経営関係者の会議に出ていた父が『Tosp』に戻り、

僕は進藤満が来たことを、初めて話した。

杉町が、どういういきさつで進藤を探し当てたのかはわからなかったが、

どうでもいいような書類を渡す口実を作り、向こうから顔を見せたこと、

ここへ入れて、話をしたことも付け加える。

僕は、父の表情が気になったが、特に驚くことなく、黙って聞いてくれた。


「そうか……」

「尾崎さんには、おおよそのことを知ってもらった方がいいと思いまして。
僕の方から事情を話しました。すみません、勝手に……」

「いや、お前が信頼しているスタッフだ。少なからず、個人的に会いに来たとなれば、
尾崎君も内心、気になっていただろう」

「はい」


進藤満が、杉町の息がかかる場所で仕事をしていることを話すつもりだった。

しかし、僕の心は、進藤がこれからまた何か言い出してくるのではないかと、

いつの間にか心の中の不安を、父に吐き出している。


「すみません、いつの間にかあれこれ」

「大貴」

「はい」

「あまり気にするな。何かを言ってくるのなら、その時に考えれば済むことだ。
お前も私も、相手につけ込まれるようなことをした覚えはない。堂々としていなさい」

「……はい」





僕は一人ではなかった。

僕が、心から信頼する『父親』は間違いなくここにいる。





父の言うとおり、進藤満の登場に焦りやいらだちを感じていては、相手の思うツボだ。

あらためて父への感謝を胸に秘め、その日は早めに部屋へ戻った。





めぐみが出場した『世界大会』は、難しいコースということもあり、

非常に厳しいものになった。リタイヤする選手が続出する中で、

めぐみだけが日本人として唯一完走する。

記録保持者と途中まで争ったことなどが評価され、彼女への期待は、

さらに膨らむことになった。

『Tosp』のCMに起用し、めぐみの走る姿をポスターにする。

さらなる宣伝効果が期待できると、社内が盛り上がりを見せた頃に、

災難は突然降りかかった。





『Tosp所属、陸連期待の星 石垣めぐみは若き経営者の恋人』





サラリーマンが電車の中で読み捨てる雑誌ではあったが、

いきなり出された記事は、噂話をするネタとして、なかなかうまく出来ていた。

めぐみが高校時代、たいした成績も残していないのに

『Tosp』で練習をすることが出来たのは、社長の息子である僕が、

個人的にチームに押し込み、特別扱いをしているからだという内容のものだ。

ご丁寧に、生活費を面倒見ているなどと、ウソの上塗りまでしてくれる。


「ばかばかしい! こんなウソだらけの記事が、堂々と出版されるなんて、
どういうことなんだ」

「広報部の方から、『GB出版』には正式な抗議文の提出と、訂正の記事を要求しました。
それが通らないようでしたら裁判をするべきだと、顧問弁護士も話しています」

「あぁ……そうしてくれ」


確かに、めぐみがチームのメンバーではないのに、練習に参加したことは事実だ。

しかし、それは彼女の熱意と、真剣な訴えに、僕が折れたからで、

やる気のある選手に、最大限の協力をすること。

それは会社に陸上部を作った時から、父がずっと言い続けてきたことでもあった。


「それだけ『Tosp』と石垣が、突出する存在になったということでしょうね」

「……だとしても、こんなことは許されることじゃない」


話の出所は、めぐみと同じように熱い気持ちを持ち、

うちの陸上部へ入った元社員らしかった。

面倒を見ようと決めた選手達が、全て実力を出し切れればいいと思い育ててはいるが、

確かにそこから漏れていく者もいる。





「めぐみちゃんは?」

「『世界大会』を終えて、今、沢口監督と一緒にいる。
おそらくこの雑誌が出ていることもまだ知らないだろう」

「そう……こんな記事を読んで、気持ちが乱れなければいいけれど」


週刊誌を買い、僕のマンションへ来た沙織は、めぐみのことを妹のように思い、

そして心配した。めぐみの母親が経営する『陽香里』に、

僕が頻繁に出入りしていることも記事になっていて、作られたものとはいえ、

暇つぶしに読むには、なかなか凝ったものになっている。


「失礼ね、こんなふうに書くなんて。妙な評判がたったら、
『陽香里』からお客様が遠ざかるのに」

「あぁ……」


めぐみの活躍を、そして『Tosp』の快進撃を嫌う人間が出した記事だとは思うが、

僕には1点だけ気になることがあった。これほどまで色々と調べているのにも関わらず、

沙織のことには一切触れていない。関係ない人間だといえばそれまでだが、

スキャンダル的な要素があるとしたら、外せないはずだ。


何かが動いているのだろうか……

確信のない思いは、誰に話すこともないまま、僕の中に押し込まれた。





それから1週間後に、『GB出版』は『訂正文』を掲載したが、

ウソの記事が占めた割合からしたら、あまりにも小さく目立たない。

実家の『海苔店』へ戻り、少しずつめぐみとの距離を埋め始めた肇が『Tosp』に姿を見せ、

世の中の状況を語ってくれた。


「僕が『Tosp』にいて、大貴さんとも親しくしていたことを知っている近所の人からも、
この噂は本当じゃないのかって、色々と聞かれました。もちろんウソだと答えましたけど、
人の頭は、インパクトの強いことを、残してしまう傾向があるみたいで」

「うん……」

「あの……石垣さんは」

「めぐみは明日、アメリカから戻ってくる予定だ。沢口監督にも記事の話はした。
まぁ、空港で囲まれることもあるかもしれないが、ウソなんだから堂々としていればいい」

「大貴さん」


肇はあらためて立ち上がると、僕にしっかりと頭を下げた。

どうしてそんなことを急にするのかと問いかける。


「あいつを守ってやれるのは、大貴さんだけです。
レースに集中できるように、してやってください」


一歩引いたところでめぐみを心配する肇の気持ちに、

僕は必ず守るからと約束し、その肩をしっかりとつかんだ。





その日の夜は、イギリスへ出かけていた三浦さんと久しぶりに飲むことになった。

空港からの道が混雑し、彼から遅れると電話が入る。

携帯をポケットに押し込み、出されたグラスの先を見ると『ユリ』が姿を見せた。


「佐久間さん」

「あぁ……悪いな、三浦さんが来るまでこれ1杯で」

「いえいえ……」


『ユリ』はそういうと、僕の隣に座り、グラスに氷を一つだけ足してくる。


「佐久間さん、いいですか?」

「ん?」

「この店とは別の店でおととい、ちょっとしたお客さんとの揉め事があったんです。
お酒を飲んで上機嫌だった中年の男性が、深く酔いすぎて、
女の子の胸をつかみあげてしまって……」


我を忘れて飲む客など、どこの店にもいることだった。

僕は、そんな世間話だと思いながら、『ユリ』の話を聞く。


「そうしたら、その人が佐久間さんの名前を出したって」

「僕の?」

「俺の息子は、『Tosp』の跡取りだって。
お金だってあるって、財布から何枚か1万円札を出して、たたきつけたらしいんです」





進藤満





「一緒にいたのが、『GB出版』の編集者でした。
『GB出版』って、この間のスキャンダル記事を出したところですよね」


扉が開く音がして、三浦さんが姿を見せた。

『ユリ』はすぐに表情を変え、入り口まで迎えに出る。

三浦さんがいる席で、あえてこの話をしなかったのは、

色々な客と接し、それぞれに抱える事情があることを、

『ユリ』が本能でわかっているからだろう。



『俺の息子は、『Tosp』の跡取り』



振りかざしたい拳を懸命に握り締め、

僕は何も知らない三浦さんに、普段通りの挨拶をした。







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コメント

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裏にはアイツ

yokanさん、こっちにも、こんばんは

>この進藤という男にはイライラさせられるわね~(ー_ー)!!
 こういう親も居るのか~って怒り心頭よ!

大貴にとっては、父親が二人となりました。
まぁ、片方にはそんな気持ちもないでしょうが。
イライラする進藤の存在と、その裏にいる杉町。

勝手な行動に、大貴はどう出る?

次男・・

父としての自覚もなく、ま、当然ですけど。
捨てて逃げたわけですから・・

自覚も無いのに権利だけ主張する。馬鹿の典型だわ。つける薬は無い。

しかしこんなことまでやるか?二男が何を言い、何をさせたいのか、もう考えるだけでむかつく。
焦っているのが見え見え。

ムカムカ

yonyonさん、こんばんは

>しかしこんなことまでやるか?
 二男が何を言い、何をさせたいのか、もう考えるだけでむかつく。

あはは……yonyonさん、怒ってるわ。
『ももドラ』ですからね、嫌なヤツにはとことんやってもらわないと。
杉町がなぜ、こんなことをしているのか……
おそらく大貴も『呆れている』状態だと思うのですが。

なぜなのか……

を、今は言えません。
もう少しすると、全体像が見えてきますので、
それまでご辛抱くださいませ。