40 執念の声

40 執念の声


杉町をある意味コントロールしている女帝、井ノ口雅美が仕切る『ヴィーナス』へ、

ホステスを送り届ける運転手の仕事を得た進藤満は、

今までの人生で、一番華やかな世界へ飛び込んでしまったのかもしれない。

夜の街に繰り出し、少し温かくなった財布を持ち、悪い評判を流すようになった。

持ち慣れていないものを持つと、人は冷静でいるつもりが、自然と浮かれていくのだろう。

始めは、こちらが反応し、あれこれ言うのは向こうの思う壺だと思い、

あえて無視し続けたのだが、

その無駄な噂は、僕を疎ましく思う大叔父たちにまで入るようになる。

業績を上げている僕に、直接ぶつける勇気がないのか、

その話は伝言ゲームのように佐久間の母に語られ、

迷った母はどうしたらいいのかと父に訴えた。


「申し訳ありません」

「お前が謝る必要などないだろう、大貴」

「でも……」


多少、夜の店で羽目を外すくらいならば、特に大騒ぎすることではないだろう。

しかし、僕にとってみると、『進藤満』の存在が大きくなることで、

しばらく黙って見守ってくれている沙織の父親へ、

妙な刺激をすることにならないかと、それが心配になる。


「安達さんから、何か言われたのか」

「いえ、何も話はありません。でも、あの人の存在が、そもそものきっかけですから」

「そうか、まぁ、そうだな」


父は一度僕の方を向き、力なく視線を落とす。


「時期的には、そろそろいい頃になったと思っていたが……」


沙織が杉町と離婚して、もう2年経つ。

佐久間の父は、会社の創業記念も終え、僕を跡取りとして紹介し、

そして、沙織との結婚を考えてくれていたようだった。

申し訳ないくらいに僕を思ってくれる父から、また新たな提案がされる。


「大貴、思い切ってお父さんをうちの会社へ入れたらどうだ」

「……どういう意味ですか」

「杉町の手の中にいるからこそ、色々とこちらも考えなければならなくなる。
向こうも、どうしても欲しい戦力というわけではないだろう。
それよりも、うちの方で生活の面倒を見ることにすれば、もっとコントロールが……」

「嫌です」

「大貴……」


進藤満の面倒を見ることなど、考えてもみなかった。

この会社を、佐久間の父がどれだけ苦労して築き上げてきたのか、

僕なりにわかっている。父が幸せにしたかったのは、僕を抱えていた母であり、

葵を産んでくれた母のはずだ。

罪を犯し、親としての責任も果たしてこなかった男を、

ただ、僕と血がつながっていることだけで、認めてもらうことなど出来るわけがない。


「そんなことは絶対に反対です。父さん、僕の父親だと言うことで、
気を遣ったりしないでください」

「しかし……」

「佐久間の母にも申し訳ないですし、大叔父たちにまた、何を言われるかわかりません。
僕にとっても、争いのタネになるだけです」


遠慮でも何でもなかった。心の底からそう思えた。

葵に譲るべきだと思い続けてきた『Tosp』を、自分で引き継ぐ覚悟を決めたのも、

もう一つ自分を高めるために、勇気を出しての決断だった。

周りから何を言われようと、沙織を守るため、自分の人生を守るため、

この会社と一緒に戦うのだと決め、その僕にめぐみが力を貸してくれた。



今までの努力を、全て覆すようなことをされてしまっては……



「僕が話をします」

「大貴……」

「少なくとも、僕にはその権利がありますから」


心配そうに僕を見る佐久間の父に向かって、大丈夫だと頷いてみせる。

守るべきものを守るために、僕は最大の敵と戦うことを決めた。





以前、肇が夢中になったホステスが住むマンションは、調べるとすぐにわかった。

10部屋ほどある細長い建物全てが、井ノ口雅美の管理する社宅扱いになっている。

沙織を追い込み、杉町の財産を受け継ぐ子供を産んだ女は、

ただ男に迫るだけではない、なかなかの才能があるようだ。

向かい側の道の前に車を止め、進藤満が到着するのを待つ。

個人的な連絡先など、何も知らなかった。

無駄な時間だとは思ったが、こうして近付くしか方法はない。

やたらに動いてしまっては、

杉町にまた余計なことを考えさせるきっかけになりかねない。


『ヴィーナス』へホステスを運ぶのなら、時間的にはまだ早いくらいだろう。

すぐ隣にはコンビニがあるため、人の動きはある程度あった。

サラリーマンもOLもビルの前を何人か通り、その中から一人の女性が、

マンションの玄関へ入っていく。

僕の心臓は、その瞬間から一気に速まった。


茶色のコートを着て、小さなカバンを持った女性は、

インターフォン前に止まり、そして数秒後に扉が開く。

それが顔の知らないホステスなら、何も考えず見送るだけだろう。

しかし……





それは沙織だった。





どうして沙織がマンションへ入るのだろう。

ここがどんなマンションなのか、彼女が知らないはずがない。

しかも、オートロックを解除してもらえるのは、

中にいる人物も、沙織だとわかって開けているとしか思えない。





杉町翔





沙織は……

このマンションで、杉町と会っているのだろうか。





その日、会おうと思っていた男には結局会うことが出来ず、

僕は沙織が来たという知りたくもない事実だけ抱え、仕事に戻り、

部屋へ帰ることになった。

鍵を開けたとたん鼻に届く、夕食の幸せな香りが、逆に心を乱していく。


「ただいま」

「おかえりなさい。待っていたの、すぐに温めるから」

「あぁ……」


リビングの脇にかけたコートは、確かに昼間見た色と同じものだ。

あれは見間違いなどではなく、沙織本人だと証明する。


「『みつばち園』の先生が、ご実家から贈られて来たお野菜を分けてくれたの。
だから今日はここへ持ってきたのよ、私が料理をするのならいいでしょ?」

「うん……」


なぜ、あのマンションにいたのか、聞かなければならないのに、

僕にはその勇気が出なかった。沙織の方から話してくれたら、

隠し事にはならないと思いながら、割り切れない気持ちを抱え口を動かす。

美味しいはずの食事は、思ったよりも喉を通らない。


「味、合わない?」

「いや……」


沙織は心配そうに僕のことを見ている。

この表情が作り物だとは思いたくない。


「沙織……」

「何?」

「今日は、『みつばち園』で何をしていたの?」

「何って?」


僕は、『みつばち園』で一日どんなことをしていたのか、それを問いかけた。

沙織は不思議そうな顔をしながら、それでも朝からの動きを語ってくれる。


「ご近所に借りている小さな畑があって、
今日はそこでみんなとさつまいもの収穫をしたの。その後それをふかしたり、
色々と大変だった」


沙織の話の中に、外出の文字は一つもなかった。

このまま流されてしまうのは、やはり気持ちが落ち着かない。

僕の頭は、整理されていないままの思いを、我慢する形で処理出来なくなる。


「何をしてたんだ、あのマンションで」

「……マンション?」

「井ノ口雅美が管理するマンションのことだ」


驚いた沙織の表情は、明らかに何かを隠しているように見えた。

ひきつった笑顔から出てきたのは、どうして僕がそこへ行ったのかという逆の問いかけ。


「進藤満に会いに行った。ホステスを運ぶ仕事をしていると聞いたから、
あのマンションへ行けば、会えると思ったんだ。まさか、君が来るとは思わずに……」


沙織は一度開きかけた口を、無言のまま閉じてしまった。

言いたいことがあるように思え、僕はその中身を聞きたくなる。


「何をしに行ったの? あれは井ノ口雅美が管理しているマンションだろ。
沙織が一人で行く理由があるの?」


食べ物は喉をなかなか通らなかったのに、追求の言葉は、容赦なく沙織へ向かって行く。

杉町の姿が、どこか散らつきそうで、黙っている彼女の口を、

無理にでも開きたくなった。


「どうして黙るんだ、何か言えないようなことでも……」

「そうじゃないわ、渡しただけ」

「渡す?」

「プレゼントを……雅美さんに」

「プレゼント?」


沙織は、井ノ口雅美と杉町との間に産まれた子供へ、

プレゼントを渡しに向かったと、どう考えても信じがたいことを言い始めた。

ウソだと追求することは出来たが、

その発言に、さらに言葉を重ねる気持ちがそがれてしまう。

どこまでも疑わしいとはいえ、確認したわけではないのだから、

そうなんだと言われたら、それ以上、責めることが出来なくなる。


「ごめんなさい、これからはきちんと話をしていくから」




何を隠しているのだろう。



黙っている沙織の目を、出来るだけ冷静な思いで見つめても、

見えてくるものは何一つない。

沸き上がってくるのは、そのどこかに潜む、杉町への嫉妬だけだ。


「お父さんには、会えたの? それで」


沙織の問いかけは当然のものだろう。

また、時間がある時にでも行ってみると答え、針を進めた時計を確認する。


「雅美さんに予定を確認してみる?」

「は?」

「大貴だって時間が余っているわけではないから。いつなら会えるのか……私……」


僕の中で、何かがプツンと弾け飛んだ。

沙織にしてみたら、そんな気持ちはないのかもしれない。

それでも、『僕の存在しない世界』が彼女の中に残っていて、

心のどこか一部分だけでも、杉町との関係が繋がり続けているような、

恐ろしさを感じてしまう。


「そんな必要はない」

「でも……」

「必要はないと言っているだろ!」


何もかも投げ捨てて、君が欲しいと願い、

誰に反対されても、その思いを貫き通そうと決めて生きてきた。

目の前の人を愛しいと思い、その人を守るため、

あえて火の中に飛び込んだつもりだったのに。





沙織には、そこまでの覚悟がないのだろうか……





「ごめんなさい」


沙織が僕を裏切るわけはない。

そう信じようとしているのに、整理できない思いだけが、胸の中で不完全燃焼を起こす。


「……いいよ、もう」


僕は沙織を送るために、車のキーへ手を伸ばす。

派手に動かれているわけでもなく、この場所にいるわけでもない。

呪いのようにつきまとう男の執念が、僕の胸の中で、不気味な声を上げた。







41 一つだけの願い

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コメント

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さおり・・

進藤の動きも気になるが、沙織はいったい何を考えてるのか?

次男とのことを忘れたわけでは無いだろうに。
雅美に会いに行く理由・・・

大貴も悩み多い(--〆)

さおり?

yonyonさん、こんばんは

>進藤の動きも気になるが、沙織はいったい何を考えてるのか?

大貴をはじめとして、読んでいるほとんどの方が
沙織に『?』だったはず。
悩み通り、杉町との縁が切れていないのか、
そこら辺は続きで……

沙織は

yokanさん、こんばんは

>沙織さんはいったい・・・

ですよね。沙織はどうしてこんなことを……と思うのは、
読んでくれているみなさん、全てだと思います。

不安な気持ちを抱えてもらったまま、
次回へ……

これから色々、わかります

拍手コメントさん、こんばんは

>このお話も複雑な内容ですね・・・

はい。このお話しもあれこれあります。
『そうだったのか』に繋がっていきますので、
最後までお楽しみ下さい

連休、晴れそうですね。
体を動かすのには、いい天気だと思いますよ。
楽しんでください。