42 許しの壁

42 許しの壁


僕は車の鍵を開け、体を運転席へ押し込んだ。

車内に入り込む日差しが眩しくて、サンバイザーを下に向ける。

杉町には、親しくするような従兄弟は存在しないことを葵に告げると、

あいつは驚き取り乱し、沙織の名前を口にした。


何もかもを沙織は知っていて、それを語ったのではないかと、怒りをあらわにし、

僕が事実を知った理由など、聞こうともしなかった。

なんとか腕をつかんだまま、葵を落ち着かせようとした時、

研究所の所長が、建物から何も知らずに姿を見せ、

僕へ挨拶をしてくれた隙に、葵は腕を振りきり、そのまま中へ戻ってしまった。


システム部へ入り、葵を引きずり出して真実を聞き出そうと思ったが、

他の社員が働いている手前、大げさになるような気がして、結局ここへ戻る。


僕は冷静ではない葵に追求するより、ふさわしい人が他にいることに気づき、

エンジンをかけた。





沙織は、何を隠しているのだろう。

葵が取り乱すような事実が、僕の知らないところで出来上がっているのだろうか。





本社へ戻ろうとした車を『みつばち園』に向け、沙織の存在を確かめる。

まだ、子供たちがいない園の隅に生えた雑草を、手袋をしたまま抜いていた。

しばらく沙織を見つめていると、中にいる職員に呼ばれたのか、

笑顔のまま建物へ消えていく。



井ノ口雅美が管理しているマンションに出入りしていたことを、僕が聞いた時、

確かに沙織はウソをついた。

しかし、それからの生活ぶりを見ていても、

おどおどしているようなところは、全く見られない。

もし、沙織が僕を裏切っているのなら、あれだけ堂々としていることは

出来ないはずだ。



彼女が何を知っていても、そして何を隠していても、それを受け止めよう。

僕はあらためて気持ちを固め、本社へ戻るためアクセルを踏み込んだ。





部屋へ戻ると逸美さんはすでに帰った後で、父と尾崎さんが迎えてくれた。

揃った顔に申し訳ないと謝罪し、とりあえず研究室で見てきたことを告げる。


「鹿島さんから、石垣のお祝いをいただきました。
逸美さんの個人的なお気持ちだそうです。渡してもよろしいですか?」

「お祝い?」

「はい……」


逸美さんは、かわいらしい小ぶりのピアスをめぐみにくれたようだった。

レース中の中継でも、何度か耳が映ったらしい。


「あぁ……そうですか。社長がOKならば、僕は……」

「大貴がOKならばいいと、そう言っただろう、尾崎。話が違うぞ」

「あ……はい」


父はそう言いながら笑うと、ソファーにもたれかかった。


「わかりました。それでは私から陸上部の方へ渡します。それと大貴さん」

「はい」

「次回はぜひ食事をご馳走してもらいたいと、
逸美さんからの伝言です」

「あぁ……はい。僕から謝罪の連絡を入れます」


逸美さんとは不思議な関係が続いている。

出会いの順序が変わっているようなことがあれば、

もっと近くに寄り添えたかもしれないと思うこともあった。


「それでは、私は打ち合わせへ向かいます」

「あぁ……」


尾崎さんは頭を下げると、

スポンサーになっている番組の打ち合わせに向かうため、部屋を出て行った。

父はソファーに座ったまま、僕に前へ座るように手招きする。


「申し訳ありませんでした。社長の予定も考えずに」

「いやいや、名前は私が社長でも、今『Tosp』のトップは大貴、お前だろう。
ただ、逸美さんには失礼なことだったな」

「はい……」


父は笑いながら、秘書室へ連絡をいれ、コーヒーを2つ用意させた。

湯気と香りがあがるカップが2つ、僕達の前に置かれる。


「たまには親子2人、ゆっくりコーヒーでも飲もう」

「……父さん」


父は、僕が逸美さんとの約束を忘れてしまったわけに、

薄々気づいているのかもしれない。いや、中身にまでは気づいていなくとも、

気持ちが乱れていたことだけは、理解してくれているのだろう。


「大貴」

「はい」

「上に立つというのは、周りから言われるほど楽なものではない。
思い通りにならないことに腹を立てたり、
理不尽な要求にも笑顔をみせなければならないこともある」

「はい……わかっています」


父はその返事を聞くと、満足そうにうなずいた。

黙ったままでも、こうして向かい合うだけで、

全てを包み込んでくれるような安心感がある。


「父さん」

「どうした」

「あの人に会いました」

「……あぁ」


『父』とは呼びたくなかった。

あの人で通じると、そう思った。


「あまりにも世間を知らないし、あまりにも気楽な考えに、腹が立って」


僕は進藤満が、『GB出版』にそそのかされ、自分の過去を語り、

『Tosp』の邪魔をしようとしていること、

僕がこの家の跡取りになっていることに浮かれて、夜の街で羽目を外していること、

わかったこと全てを父に吐き出した。


「もう二度と会いたくないことも言いましたし……」




『今すぐ……消えてくれ』




その言葉自体を話すことは出来なかったが、冷たい言葉を浴びせたことも伝えた。

父は僕の湧き出る思いを、ただ黙って聞いてくれる。


「それでも大貴、私は彼に感謝をしているよ」

「……感謝?」

「あぁ……お前がこの世に生まれたこと、私のところに来てくれたこと、
それがなければ、こうして二人で向かい合うこともなかった」


進藤満と結婚し、子供を持った母も、そう思っているだろうか。

だらしがなく、父親とも言えない男だけれど、

それでも、憎んでいることはないのだろうか。

短い間でも、僕を育てたことを、幸せだと感じてくれていただろうか。


「許しなさい、大貴。別に親子として過ごせと言いたいわけではない。
お前の複雑な思いも、理解しているつもりだ。
彼の存在が、沙織さんとの縁談に障害となったことは間違いない。
それでも、許さなければ、この先の道は、開けてこないのだから……」


父の言葉に、すぐ返事が出来なかった。

それは違うという言葉を、必死に隠すことしか出来なかった。



『許すこと』



それは、僕にとって、とても難しく……

とてつもなく大きな壁に思えた。





沙織はその日、僕のマンションへ来ると、すぐに食事の支度を済ませてくれた。

今日あった出来事、これから計画していることなど、

楽しそうに語ってくれる。

僕もその話を聞きながら、何度も頷いた。



そして……



「話?」

「あぁ……しっかり聞いて」


僕は、葵の様子がおかしいことをまず告げることにした。

海での事件以来、どこか僕を避け、何かにおびえるような態度になったこと。


「沙織、君が杉町に広島へ連れて行かれてから、
葵はよく『杉町の従兄弟』という言葉を口にした。
大学の先輩で、その人から情報を得ているから、何もかもわかっていると」


沙織は、すでにわかっているのだろうか。

『みつばち園』の話をしていたときに比べて、表情は固くなる。


「でも、杉町には親しくしている『従兄弟』などいない。父親が亡くなって、
今までおとなしくしていた長男が、アメリカから従兄弟を呼び戻し、
会社の中枢に入れたけれど、その大谷尚道さんは、長男の母親の親戚で、
杉町翔とは何も縁がないと、僕の前で言った」

「……尚道さんを、知っているの、大貴」

「あぁ……『TOMIWA』とのコラボ製品を
『Takamiya』に入れる話をした時にお会いした。頭の切れるしっかりとした人で、
杉町翔よりも年齢が上だし、葵と接点があるようには思えなかった。
以前から、おかしいとは思っていたんだ。
でも、なかなかそれを聞き出すことが出来なくて」


久しぶりに葵と会い、話の途中でそれを追求すると、

葵は、沙織の名前を出したのだ。


「何を知っているの? 沙織。君が全てを話したのではないかと、葵は取り乱した。
言いづらいことなのかもしれないけれど、それを聞いた以上、僕は黙っていられない。
この間、井ノ口雅美のマンションで君を見かけたことも、
この話に関係してくるのか?」


沙織は湯飲みをじっと見つめ、なかなか言葉を出そうとしない。

思い出したくない過去や、触れられたくない思い出も、あるのかもしれない。


「沙織にとって……」

「大貴」

「何?」

「一つだけ、約束してほしいことがあるの」

「約束?」


沙織はそう言うと、視線を湯飲みから外し、僕の方へ向けた。

何か後ろめたいことがあるのなら、

こんなふうに堂々と僕を見ることなど出来ないだろう。

それとはまた別の意味で、これほど沙織が隠し続けてきた事実が、

いったいどれほどのことなのだろうと身構える。


「どんな約束?」

「許すこと」

「許す?」

「そう、私が知っていることを話すから、それを聞いても決して怒らないこと、
葵ちゃんを許すと、そう言ってほしい」





葵を許すこと。

沙織が出してくれた約束とは、その一つだけだった。







43 たった一人

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コメント

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明らかに?

こんにちは。
毎回楽しみにしています。
葵や沙織、こんなふうになるなんて思いもしなくて。
大貴と一緒に驚いてますが、
いよいよ謎がわかるのでしょうか。
ドキドキでお待ちします。

はーとふるももちろん、お待ちしてます。

簡単なことではない

『許す』って大変なことだと思う。
よく憎しみからは何も生まれない、許して初めて
前に進める。とか・・・
人ってそんなに簡単に割り切れない。

沙織も簡単に言ってくれるな!
何も聞く前から、出来る事と出来ない事がある。
葵が言う従兄弟とは?

謎は明らかになるか?

清風明月さん、こんばんは

>大貴と一緒に驚いてますが、
 いよいよ謎がわかるのでしょうか。

葵を許す……
沙織が何を語るのかは、次回で。
そして、みなさんの『謎』ですが、
それは解決……なるのかどうか、
最後まで、お付き合いくださいね。

言うほど楽じゃないよね

yonyonさん、こんばんは

>『許す』って大変なことだと思う。

そう、大変だよね、私も思います。
表向き出来ても、心の奥底まで綺麗サッパリなんて、いかないもん。

さて、大貴は『許す』のか。
沙織は、何を言おうとしているのか、
……で、次回です。

パパ

yokanさん、こんばんは
昨日、お返事しようと思っていたのに、
遅くなりました。

>何度も言うようですが、佐久間のお父さんは素敵な人ですよね^^

はい、佐久間の父が、大貴の救いでしょう。
3人の父親、それぞれ全く違うタイプ……に
しているつもりです。