43 たった一人

43 たった一人


葵が僕と本当の兄妹ではないことを知ってから、明らかに態度は変わった。

異性として僕を意識し、兄と妹ではない関係を築こうとした。

それと同時に、沙織に対し冷たく接し、僕達の思いを邪魔しているのだと、

そう思い込んでいた。


「確かに、大貴の言うとおり、杉町には頼れる従兄弟などいない。
葵ちゃんがそう呼んでいたのは、杉町本人のことだから」

「杉町本人?」

「杉町は私と大貴のことを調べていく間に、葵ちゃんのことに気がついた。
二人に血のつながりがないことも、
葵ちゃんが大貴に特別な感情を持っていることも知って、
『従兄弟』という言葉を使っては、あなたにあえて情報を流していたの」


沙織が広島に連れて行かれてからのことも、確かに葵は知っていた。

親戚が沙織を快く受け入れ、『お嫁さん』として接していること、

結婚式が決まったことなども、僕は確かに葵の口から聞いた。


「それによって、あなたがどんな行動を取るのか、葵ちゃんはそれを杉町に流していた。
私さえいなくなれば、大貴の気持ちが自分に向くのではと、そう考えていたんだと思うの。
大貴には信じられないかもしれないけれど、杉町は本当に言葉が巧みで、
人を信じ込ませるのが上手い。あまり世間を知らなかった葵ちゃんは、
協力してくれたら悪いようにはしないと言われて、自然とそうなったんじゃないかな」

「……どうして、沙織がそう言い切れるんだ」


確かに言われて見たら、そう取られても仕方がない。

それでも、杉町と接点のあった葵が、沙織と接点を持っていたわけではないはずで、

僕の頭は混乱する。


「葵ちゃん……私が杉町と暮らすマンションに、何度か来た事があるから」


僕の腕が思わず湯飲みに触れ、バランスを崩した湯飲みから、お茶が少しこぼれた。

慌ててそれを押さえ、なんとか冷静さを取り戻そうと必死になる。

杉町と沙織が暮らすマンションに、葵が出入りしていた事実など、

今まで、何も知らなかった。


「杉町に言われたとおりのことをしたのに、大貴の気持ちはなかなか動かなかった。
そんな屈折した思いの中にいた葵ちゃんに、雅美さんが目をつけたの」

「井ノ口雅美が?」

「上杉君と接点を持った国松桃というホステスのこと、覚えているでしょ?」

「あぁ……」


めぐみに好意を持っていたはずの肇に対し、近付き関係を壊した女。

そこから、『笠原運輸』との合併に、話が進んでしまった過去。


「桃ちゃんも、雅美さんを頼って東京に出てきて、
その人懐っこさに、葵ちゃんはどこか妹が出来たような気分だったと思う。
大貴のお見合いを、メールで崩すアイデアを出したのも、雅美さんだった」


鹿島製薬の逸美さんなど、父が選んだ女性との見合いは、

確かにあの当時、葵がメールを送ったことで、すべて壊れてしまった。

あれは葵が勝手にしたことだと、ただ責めたことを思い出す。


「雅美さんは、私と杉町を別れさせようと思っていたから、
大貴のお見合いが成立してしまっては、ダメだと思っていたみたいなの。
私は葵ちゃんに何度か、雅美さんと接点を持たないようにと話したけれど、
『まだお兄ちゃんを忘れられないのか』って逆に反発されて。
杉町にも、葵ちゃんを巻き込まないでと話したけれど、
雅美さんとの付き合いまで、入り込めないと受け入れてもらえなかった」


葵は、杉町にも、井ノ口雅美にも利用されていた。

沙織はそれを知り、なんとか切り離そうとしてみたが、

それが出来なかったことを語っている。


「私の声が出なくなって、『陽香里』へ行ってから、
葵ちゃんは、その事実が大貴にわかってしまうことを恐れるようになったの。
前に見せてくれと言われた手紙を見せなかったのも、それがわかってしまうから」


僕に内緒で、『陽香里』へ贈り物をしていたという葵のことを、

めぐみのお母さんが嬉しそうに話してくれたことを思い出す。

沙織に言葉が戻ることは、自分の醜い行動を僕に語られることだと、

焦っていたのかもしれない。


「海に身を投げたときに残したあの手紙にも、葵ちゃんのことは書かなかった。
大貴には、私が自分勝手なことをするだけで、迷惑をかけるのに、
葵ちゃんとの関係が、その後崩れていくのも嫌だったから」


沙織はそこまで淡々と事実を語り、一度言葉を止めると、

口を結ぶような仕草を見せた。

杉町が葵に近付き、何かしらの接点を持っていることは気づいていたが、

まさか、そこまで深く関わっていたとは、想像を超えている。

僕が佐久間の家に残っていたなら、葵の行動にももう少し目を配れたのかもしれないが、

今更振り返ってみても、時間は戻らない。


「葵ちゃんも今、苦しいと思うの。まさか、私が自分から消えようとするなんて、
思わなかっただろうし」





あの日の出来事が、あらたな状況を生み出していったのだろうか。





「あれから、葵の態度が変わったんだ。どこかおどおどして、僕を避けているようで」

「あなたにいつ、本当のことが伝わるのかって、葵ちゃんは気にしていたのだと思う。
それと、雅美さんが自分を利用していたことにも、気がついたはず。
だって、杉町は結局、私と離婚したのだから」

「そういえば、肇を桃というホステスがいるパーティーへ連れて行ったのは、
葵と大叔父だと聞いた。それも井ノ口雅美の計算ということなのか」

「雅美さんの計算だと思う。彼女は頭のいい人なのよ」


杉町を愛し、杉町の財力を愛する女は、確かに頭のいいズルイ女のようだ。

会ったことも見たこともないけれど、その傲慢な態度がどんなものなのか、

なぜか予測がつく気がする。


「井ノ口雅美という女性は、何か杉町の弱みでも握っているの?」

「……弱み?」

「あぁ……君と結婚して、新しい家庭を築いた中に堂々と入り込んで、
結局、思い通りに別れさせるところまで関わっているなんて、僕が杉町なら……」



「杉町が雅美さんを遠ざけることは、絶対にないわ」



沙織は、あまりにも冷静にそう語った。

確かに、杉町との結婚は、愛が先行したものではなかったけれど、

それでも、覚悟を決め乗り込んだ相手に、他の相手がいることなど、

認めたくなかったはずだ。その話は、沙織の言葉がなくなってしまった後、

確かに母親から聞いた気がする。


「どうして、そう言えるんだ。君は君なりに……」

「そうよ、始めは驚いた。いい加減にしてほしいって、杉町に詰め寄った。
でも……彼には大切にしている写真があって」

「写真?」

「幼稚園に行く前くらいの杉町を、笑顔で抱いている女性の写真」

「母親か?」

「ううん……杉町はおばあちゃんだって、私に見せてくれたの。
その人の顔と、雅美さんは似ているから」


葵の話からずれていることは百も承知だったが、

僕はそのまま話をしまいこむ気にはならなかった。

杉町は、結婚して妻とした沙織の前で、堂々と井ノ口雅美が祖母に似ているから、

別れることは出来ない特別な女性だと言い切った。


「特別?」


沙織は黙ったまま頷き、そのまま口を閉じた。

僕はその時初めて、沙織に辛い思いをさせていることに気づき、

話題を葵のことに戻す。どこまで話を聞いたのかと軽く問いかけ、

沙織は顔を上げた。


「国松桃さんと肇君のことでしょ」

「あ、そうだ、そう、うん……」


心を落ち着かせようと、注がれたお茶に一度口をつけた。


「でも、その桃ってホステスを肇に近づけたのが井ノ口雅美なら、
おかしいことがある。僕が、国松桃が他の男と暮らしている事実を突きつけたとき、
あいつは葵からそのことを聞いたと、そう言っていた。確かにそのおかげで、
肇は事実を受け入れてくれたけれど、よく考えてみたら不思議……あっ……」


そういえば以前、僕に言わずに沙織が東京へ来たことがあった。

めぐみから聞いて驚き、慌てて車を走らせ、街まで迎えに行った。

沙織は、久しぶりにショッピングをしたかったと笑っていて……


「沙織が前に、黙って東京へ来たのは、このことと関係があるの?」

「……うん。あのマンションにあなたが桃ちゃんのことを探りにいったら、
葵ちゃんと会ってしまう可能性があると思って、私、先に会いに行ったの」

「葵に?」

「私は、大貴に事実を話すつもりはないから、
だから、ここは葵ちゃんが肇君を説得してってそう話をした」


どうして隠し事をしたのだろうかと、沙織に対して思ったこともあった。

それでも、やっと穏やかになりかけた関係を崩したくなくて、黙っていた。

僕は事実の大きさに、すぐ乾いてしまう喉を潤し、最後の質問をする。


「この間、井ノ口雅美のマンションで君を見かけたのも、
葵のことがあったからなのか」


沙織は黙って頷き、井ノ口雅美に、葵を呼ばないようにしてほしいと

話をしたことを聞かされた。愛する杉町は無事離婚し、まだ籍は入っていないにしても、

子供を持っている。井ノ口雅美にとっては、確かに葵はもう必要ないだろう。


「杉町にも、葵ちゃんを巻き込まないでほしいと、伝えてもらえるように、
雅美さんに……」


沙織が語ってくれたのは、そこまでだった。

いや、これで全てが納得できた。

葵が杉町と沙織のことを何でも知っていたこと、

僕が沙織を手助けすることを、嫌な顔をして見ていたこと、

そして、あの出来事から、僕を避けるようになったこと。





その全てが納得できる。





「ごめんなさい」


沙織は椅子から立ちあがり、床に手をつくと、僕に向かって頭を下げた。

おでこが床に張り付くのではないかというくらい深く下げていて、

僕は慌てて沙織の腕をつかむ。


「何をしているんだ、君が謝ることじゃない」

「でも……結局あなたに全てを話すことになってしまった。
葵ちゃんには、何があっても絶対に話をしないって誓ったのに……」


僕は自分を責める沙織を抱え、その体をしっかりと抱きしめた。

この話を沙織以外の人間から聞いたのなら、

おそらく葵への怒りは封印できなかっただろう。

兄妹という垣根を越え、憎しみをぶつけ合う存在として、固まってしまうかもしれない。



でも、一番被害を受けていたのは、ここにいる沙織で、

それは紛れもない事実だった。



「どうしてここまで葵をかばってくれるんだ。
沙織が一番、迷惑をかけられているのに」


葵がもっと違う行動に出ていたなら、杉町の暴走を止めることが出来たかもしれない。

そう思うと、積み重なった月日が、とても重くのしかかってくる。


「私ね……」

「うん」

「一人っ子でしょ。いつも大貴が葵ちゃんのことを話すのを聞きながら、
少しだけやきもちを焼いて、それ以上にうらやましかったの」


大学時代、僕はバイトの初給料で、葵が欲しがっていたバッグをプレゼントした。

本当の妹ではないことも知っていたが、血のつながりなんかとは違う、

もっと大きなものでつながれている自信もあった。

『お兄ちゃん』の声にくすぐったいような、それでいて、なによりも癒された日々。


「葵ちゃんに……いつか、お姉さんって呼んでもらいたかったから……」


僕達は、そんな関係を築けるはずだった。


いや、これからでももう一度、ゆっくり少しずつ、

その方向へ歩けるのではないだろうか。


僕は沙織を抱きしめながら、暗い部屋の中で一人怯えている葵のことを考えた。







44 近付く足音

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コメント

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成程!

従兄弟は次男だろうな、の予想はついたが、
葵がそこまで次男と雅美に利用されてるとは・・

分かってしまえば納得。

いつかきっと『お義姉さん』と呼んで貰えるよ。

思い込み

yonyonさん、こんばんは

>葵がそこまで次男と雅美に利用されてるとは・・

人って、信じている時には、
利用されていると、思えないんだよね。
思い込んでいるから……

沙織の捨て身行動で、やっと我に返った葵。
大貴はどう出るか。
そして杉町は……で、続く。

スッキリ?

yokanさん、こちらもこんばんは

>ビンゴ!やっぱり杉町本人だったんだ、スッキリした~^^;

そうだろうなと思っていた人は多いでしょうが、
ハッキリわかると、スッキリするよね。

さて、このまま一気に流れるのか、
(と、意味深な言葉を残す私・笑)

もう少しお付き合いくださいね。