47 追われる人

47 追われる人


佐久間の父から家へ戻るように言われたのは、次の日だった。

進藤満のカルテを破り父に叩かれてから、会社で顔を合わせても、

あえて語らずに過ごしてきた。

駐車場に車を止め、母に挨拶を済ませると、まだそのまま残る自分の部屋へ向かう。

父は渋滞に巻き込まれたようで、少し遅くなると連絡が入った。



『杉町を救って欲しいって……』



沙織を追い込んだ井ノ口雅美。

誰よりもプライドを高く持ち、杉町の財力を最大限に利用するあの女が、

僕に頭を下げるなど考えられないことだった。

一見、追い込まれているように見えて、実は新たな罠なのだろうかと、

心が揺れる。


しばらくするとエンジン音が聞こえ、父が戻ったのかとカーテンを開けると、

そこに現れたのは葵と昔見かけた彼だった。

葵は相変わらず勝手に助手席を下り、彼はそれを慌てて見送る。

しかし、以前と違っていたのは、その挨拶に葵が手を振って応えたことだった。

彼は嬉しそうに手を振り返し、車の中に消える。

妹のほほえましい瞬間を見た僕の口元も、少しだけゆるんだ。


「お帰り」

「お兄ちゃん、帰っていたの?」

「あぁ、父さんから呼び出されたんだ」

「へぇ……」


葵は夕食は食べるのかと声をかけた母に、相変わらずの面倒くさそうな返事をし、

階段を上がり始めた。僕は体を少し斜めにし、葵の進路を開けてやる。


「優しいな彼は。こんなわがままお嬢さんに、長い間付き合ってくれて」


つい、口からそんな言葉が出ていた。

葵は僕の方を見ると、少し口を結ぶような仕草を見せる。

まだ、余計なお世話だと、言い返してくるのだろか。


「そうでしょ。全く、お人よしなのよ、アイツ。
私が何度も『嫌い』って言ったって、全然めげないし、聞いてないし」

「聞いてない?」

「うん……」


葵はまた3段上に上り、僕の方へ振り返った。

その表情からは尖ったものが消えていて、優しさが見える。


「でも……それもいいかなって、思うようになった。
私があれこれ失敗しても、いつもニコニコ許してくれるし、なんだか楽なの」



『大貴……』



葵がそう言った瞬間、『一番の人』になっていることの喜びを語った、

あかりの声が蘇った。夜の街で輝いていた人は、今もきっと別の場所で輝いている。

少し視点を変えたことで、気付かなかった幸せを掴んだ、あの人。


「楽なのは、いいことだ」


僕は葵にそう声をかけると、そのまま階段を下りる。

葵はもう大丈夫だ。


「お兄ちゃん!」

「ん?」

「いいお酒があるの、一緒に飲まない?」

「あぁ……」


葵は嬉しそうに頷くと、すぐに下へ降りるからと、階段を駆け上がった。





父が戻ってきたのは、それから1時間後だった。

僕が進藤満の行き先を探さないことに痺れを切らし、

父は人を使い、その場所を探しているという。


「杉町の愛人?」

「はい、井ノ口雅美という女性です。沙織と結婚する前からの間柄で、
杉町の子供も産んだのもこの人です。実は、彼女が『Tosp』へたずねてきて、
進藤満の居場所を知らないかと」

「それで……」

「知りませんと言いました。どうしてあの人を探すのかという理由について、
何も話そうとしませんでしたし、杉町が面倒を見ているのだからと突っぱねて」

「そうか……。実はな、大貴。時間がなくて、あまり細かくはわからなかったが、
杉町はお前に対しての嫌がらせで、彼をそばにおいているわけではなさそうなんだ」


父は、進藤満が以前、勤めていたという自動車教習所の人が話した、

彼の生活ぶりを調べた資料を見せてくれた。

とても余裕がある生活とは言えずに、その日を送るだけで精一杯だったと言う。


「あの病院へ行ったのも、職場で倒れたことから運ばれたらしくて、
医者は定期的に通うようにと指示を出したらしいが、
結局、行かないままになっている」


確かに、その日暮らしのあの男に、高額な治療費を工面するのは大変なことだろう。


「進藤満には世話になっているから、ここには置いておけないと、
杉町は教習所の責任者に相当なお金を支払っている」

「金?」


前借をしていた分などを差し引いても余るような金額を、

杉町は進藤満と引き換えに支払ったという。


「杉町が進藤満をどうしても手元におきたかった理由、
そこまではわからなかった。それでも、あれから医者に通っていないことはわかった。
なんとか見つけて、治療を……」


僕はその資料を握り締め、何か言いたい言葉を隠したまま『Tosp』を去った、

井ノ口雅美の顔を思い浮かべる。

杉町がなんとしても進藤満をそばに置きたかった理由。

それを知るためには、やはりあの女に会うしかなかった。





父の話を受け、僕が井ノ口雅美と再び会うことになったのは、

それから2日後のことだった。

彼女の希望で、以前、進藤満を待ったあのマンションへ向かう。

仕事を終え、『みつばち園』で沙織を迎え、そのまま走り出す。

沙織を同席させたいと願ったのは僕の方だった。沙織の希望がなければ、

誰がなんと言っても、井ノ口雅美に会おうとは思わなかっただろう。

『恨みの輪』を広げたくないと言った沙織のため、ただそれだけしかない。

エレベーターを降り訪れた部屋は、夜の街で成功した女の戦利品があちこちに置かれ、

華やかなものだった。


「呆れているでしょうね、何度もこんなふうに」

「余計な話をするつもりはないので、本題に入ってもらえないか」


僕らの前にカップが置かれ、香りのいい紅茶が注がれた。

用意されたシルバーのスプーンが、ライトに当たり、光を放つ。


「テーブルの上に封筒があるでしょ、それを開けてみて」


井ノ口雅美の言葉に、隣にいた沙織が封筒を開けた。

中から出て来たのは古い新聞の記事で、僕は一度だけ目を動かしたがすぐにそらす。

しかし、それがあの記事だとわかり、沙織の手から切り抜きを奪った。


「これ……」


僕の心の奥底には、長い間、形の定まらない固まりが沈んでいた。

それが、一気に浮き上がり、互いにつながっていく。


「佐久間さんのところにも、届いているはずよ」

「どういうことだ」

「杉町の恨みの原点が、そこにあるの」


恨みの原点。

写真として残されているのは、放火された家の焼け跡だった。

小さな白黒写真は、年配の女性。




「その亡くなった女性は、杉町の祖母、寺内美津子さんなの」




杉町の祖母は、自宅の隣にあったアパートの大家だった。

ご主人を亡くした後、この家賃収入で娘を育てたという。

やがて月日は重なり、そのアパートも古くなり、

取り壊しを決め、全ての住居人が立ち退いた後、この事件に巻き込まれたのだ。


「はじめは、安達先生が娘さんのことを話して、そこから始まったことだった。
沙織さんの相手として、自分が望まれていることを知った杉町が、
安達先生から佐久間さんの父親の話を聞いた。そこで『進藤満』の名前を見つけた」


井ノ口雅美は僕と沙織の目の前に座り、もう1枚の記事を置いた。

それは、僕のところにも届けられた、放火事件から3日後の、犯人逮捕の記事だ。


「この人が放火をした犯人。でも、彼は逮捕された後にこう言ったそうよ。
『昔、アパートに住んでいた元同僚の男から、この女性が一人暮らしで、
気持ちの優しい資産家だと聞いていた』って。どうしてそう言えるんだって聞いたら、
『昔、俺が騙した罪を、許してもらえた』ことがあると……」



『元同僚』



尾崎さんが調べてくれた情報と、そこで話が重なった。

つまり、この男は、進藤満が話した内容から、

放火殺人事件を起こしたと言うことなのだろうか。



「結局、その元同僚の話に、直接的な誘導や脅迫はなかったということで、
彼は罪に問われなかった。でも杉町にしてみたら『進藤満』の名前は強烈に残っていて、
あなたがその息子だとわかってから、『進藤満』への恨みが、あなたへと重なった」


杉町は『進藤満』を探したが、すぐには見つからず、その恨みを僕へ向けた。

祖母である寺内美津子さんは、杉町の父と娘が再婚し、広島に拠点を作ったため、

古くなったアパートを取り壊し、土地を処分した後、広島へ向かう計画も立てていた。



しかし……

その計画は、自分勝手な思いを抱いた男によって、全て崩される。



杉町にとって、進藤満は自分を愛してくれた祖母を奪った男だった。

そのきっかけを作った男の息子である僕が、沙織と幸せになろうしているのを知り、

許せなかったのだろうと井ノ口雅美は付け加えた。


「あなたが大切に思うもの、沙織さんであり、妹の葵ちゃんであり、
『Tosp』であり、杉町はそれを奪うために必死だった」


あいつは確かに、僕から大事なものを一つずつ奪っていった。

この話を全て信じ込もうとは思わないが、

確かに言われてみたら、色々な出来事が納得出来る。

沙織を妻にしても、井ノ口雅美を遠ざけなかった理由。

そして、葵を利用し、『Tosp』の邪魔をした理由。



『進藤満』に対しての恨みを、僕は代理で受けていた……ということなのだろうか。



「調べ続けて杉町は、田舎の教習所で教官をしていた進藤満さんにたどり着いた。
1年近くかけて、食事をしたり、お酒を飲むような間柄になって、
それから彼を東京へ引っ張ってきた」



あれだけのことをして沙織と結婚しながら、結局、沙織を手放した。

それは進藤満への足がかりを掴んだからだったのだろうか。

確かに、沙織が言ったように、杉町は人の心を巧みに操ることが出来るらしい。

いや、あの単純な男なら、『いい話』をちらつかせるだけで、

すぐに着いてきたのかも知れない。沙織の父親が嫌っている男を目の前に出し、

僕に対してくだらない嫌がらせをしているのだと思っていたが、

杉町の過去と進藤満に、それだけの関わりがあったとは、何も気付けなかった。



だけど……



「それで……」

「言いたいことはだいたいわかった。
杉町にしてみたら、進藤満が恨みの対象なのだということも、理解出来た」

「それならば、一緒に……」

「いや、一緒に探す気持ちもなければ、関わるつもりもない」

「大貴」


横に座った沙織は、僕の言葉に驚き、腕を何度も揺らした。

気持ちを乱して、適当なことを言ったわけではない。

杉町が進藤満を恨もうが、それをどんなふうにはらそうが、正直、興味が持てなかった。



むしろ、この話を聞きだしたことで、僕の杉町への恨みはさらに強くなる。



僕が進藤満の息子だと言うことだけで、いや、僕と関わりがあるというだけで、

人生を翻弄された沙織や葵の恨みを、逆に晴らしたいくらいだった。



過去にたとえ悲劇が起こっていても、それに誰が関わっていたとしても、

杉町が今まで行ってきたことは、そんな過去に同情されるものではない。





「杉町と……連絡が取れないの」





井ノ口雅美は、力なくそう言った。

どこへ行ったのかわからない進藤満と、連絡の取れない杉町翔。

これから起こるかもしれない何か……に、井ノ口雅美はおびえている。





だから……それが何なのだ。





「それならば、あなたが警察にでもなんでも相談して、探せば済むことだ」

「私は、進藤満さんの親戚でも何でもないわ。
でもあなたにとっても、進藤満は……」

「関係ない!」

「大貴! やめて、そんな言い方」


沙織の言葉が終わるか終わらないかのタイミングに、

僕達のいた部屋の奥から、子供の泣き声が聞こえた。

井ノ口雅美は立ち上がり、扉を開けると声の場所へ向かう。

トーンの高い『だぁれ?』の問いかけに、井ノ口雅美は母親として、

『ママのお友達』だと、語っているようだった。


「帰ろう、沙織」

「大貴……」

「ここで言い合いをしても時間の無駄だ」


杉町が進藤満を恨み、何をしようとしているのかはわからない。

しかし、散々こちらを巻き込んでおいて、今さら助けて欲しいなど、

どう考えても受け入れることが出来ない。





落ちるのなら、どこまでも落ちていけばいい。

どちらも、それだけの人間だ。





「ばいばい……」





もみじのように小さな、何も知らない子供のふっくらとした手が、

僕と沙織に向かって振られている。


「バイバイ」


僕は沙織がそう子供に返す言葉を背中に受けながら、

井ノ口雅美のマンションを出ると、振り返ることなく歩き続けた。







48 最後の手紙

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コメント

非公開コメント

『転』ですからね

yokanさん、こんばんは

>一気に点が線になりましたね

はい、杉町がなぜ大貴に執念を燃やすのか、
沙織のこと、葵のこと、進藤のこと……全てつながっていきました。


二人の対決は、どういう結末をむかえるのか。


>起承転結のところで見事に『転』に転がされてる私です(笑)

あはは……転んでくれて、ありがとうございます。
『最初から全てお見通しです』されちゃうと困りますし、
これから先も、たくさん転んでくれたら嬉しいです。

ラストまでぜひぜひ

拍手コメントさん、こんばんは

目指せ昼ドラ! で始めたものなので、色々なものがお話しに絡んでいきます。
大貴も気持ちが追い付かない状態になっていて、
これがラストまでどうつながるのか……それはぜひ、読んで確かめてくださいね。

いつもありがとう。