49 狙われた人

49 狙われた人


僕は……

君がいなくなったら、きっと、

生きていることをやめてしまうかも知れない。





沙織の携帯へかけてみたが、どうなっているのか全くつながらない。

何も知らない尾崎さんが、慌てた僕に声をかけてくるが、

『どうしたのですか』と問いかけられても、それに応える余裕などない。




『お前の望み通り……消えてやる』

『自分の犯した罪と、お前の大切なものと、一緒に……』




沙織……

君は、また杉町の手の中にいるのだろうか。

いや、まだ電話がつながらないだけだ。取れない事情があるのかもしれないし、

電話が故障した可能性だってある。





……でも





僕の手から、最初に沙織が消えたときも、こうして電話がつながらなくなり……


「副……」


姿を見せてくれたときには、見えない鎖の中で、もがくことしか出来なかった。


「副社長! どうされましたか」

「あぁ……」


目の前にいる尾崎さんは、抜け殻のようになった僕を心配し、

ソファーに座るように支えてくれた。



これではまずい。

何もわからない状態で、あれこれ語ることなど出来やしない。



「申し訳ない。ちょっと思い出したことがあって電話をした。大丈夫だ」

「しかし、顔色が……」

「いいんだ、行こう」


時計を確認すると、出発しなければならない時刻を指し示していた。

相手先の重要さからいっても、ここで僕が仕事から離れるわけにはいかない。

尾崎さんには、以前進藤満の話をした。

しかし、この手紙の中身に、震える気持ちは話せない。




『今すぐ……消えてくれ』




あの日、そんな醜い言葉をぶつけたのは、この僕だった。





車の中でも沙織に電話をかけてみるが、結局つながらないまま会場に到着した。

沙織が僕の発信に気付き、何か返事を寄こすかと思い、何度も着信を確認するが、

それすらもない。


「佐久間さん」

「あ……」


僕に声をかけてきたのは、鹿島製薬の逸美さんだった。

以前、約束を破ったことをわびると、それはもういいのだと笑顔で返される。

めぐみのレースに感動し、個人的にプレゼントとしてピアスをもらってから、

互いにメールアドレスを交換し、試合前に励まし合う間柄になったことを初めて聞く。


「そうですか。マラソンは孤独な戦いなので、
こうして自分を見てくれている人がたくさんいると思えば、
めぐみの力になるでしょう」

「いえ、私こそ、いつも石垣さんの頑張りに、自分を励ましてもらっているんです。
今朝も、練習前にメールをもらったんですよ、新潟から」


司会者から名前を呼ばれ、僕は逸美さんに頭を下げると、会場の前に進んだ。

今日のメインはこの挨拶だ。父も世話になっている会長の『米寿祝い』。

それさえ済めば、対応を尾崎さんに任せることも出来る。





沙織が……どうなっているのかわからない今、

のんびり話をしている場合ではなかった。





「尾崎さん」

「はい……」


僕は、個人的に行きたい場所があることを話す。

1時間後には会社へ戻ることを条件にし、足早に会場を出た。

ロビー前に止まっていたタクシーに乗り、『みつばち園』のある場所を告げる。

タクシーが動く間も、沙織の携帯に電話を入れたが、

相変わらずのメッセージしか聞こえてこなかった。





「病院? 沙織に何かあったのですか」

「いえ、そうではないんです。預かっていた子供同士で強くぶつかってしまって、
一人の男の子が頭を切ってしまったんです。安達さんは付き添って病院へ」

「そう……ですか」


『みつばち園』の代表を務める女性は、沙織が子供に付き添い、

救急車に乗ったことを教えてくれた。未だに携帯がつながらないのは、

院内でかけることが出来ないからではないかと、説明される。


あの日も、会社には出社し、外出していると示した沙織は、

杉町の手の中にあって……


「あ、園長、安達さんからです!」


事務局にいた女性が、代表の女性に声をかけ、僕の顔を見ると、受話器を指差した。

とりあえず先に子供の報告をしているようで、

女性はメモを取り、よかったと安堵の笑みを浮かべている。


「佐久間さん、安達さんです。電話に出られますか?」

「いえ、僕の携帯にかけるように、伝えていただけますか?」


『みつばち園』の回線を使って話すのは失礼だと思い、

僕は園の外に立ち、沙織からの連絡を待った。

それから2、3分もしないうちに、携帯が鳴りはじめる。


「もしもし……」

『もしもし、どうしたの、大貴。何度も着信が入っていたわ。
病院にいたから気付けなくて。急ぎの用件?』


間違いなく沙織の声だった。

ただ、それを確認しただけなのに足が震えだし、

僕はその場にあった花壇の脇に腰を下ろした。


『大貴? ねぇ、どうしたの』

「沙織、今、どこにいる?」

『『みつばち園』へ向かう、タクシーの中にいるわ』


顔を見て話がしたかった。

尾崎さんには隠せても、沙織には全てを語らなければならない。

沙織がタクシーに乗り、『みつばち園』へ戻ってきたのは、それから15分後だった。





「消えるって?」


僕は送られて来た手紙のこと、そして、以前あの人に会ったとき、

自分が『消えて欲しい』と言葉をぶつけた話をした。


「きつい事を言ったのかもしれない。でも、僕の正直な思いだった。
今更出てきて、父親だからとあれこれ関われるのは、迷惑でしかなかったから」


ひどい男だと思うだろうか。

沙織は、こんな僕のことを、どう思うのだろう。


言葉より先に届いたのは、沙織の細い腕だった。

僕よりも背も低く細いはずの腕と指が届き、しっかりと包み込んでくれる。


「大丈夫、誰もあなたを責めたりなんて出来ないわ。だから前を向いて……大貴」

「沙織……」

「杉町からも、私には連絡なんてないし、ここ数日間のことを思い出しても、
何も怪しいことはなかった。あなたの大事なもの……は、私ではないと思う」

「でも……」

「ねぇ、葵ちゃんは?」


沙織は僕から腕を外すと、そう問いかけた。杉町は葵を知っている。

進藤満と会ったときにも、葵が佐久間の娘であることが、僕の邪魔ではないかと、

そう言って笑った。


「こんなことは失礼な言い方だけれど、葵ちゃんさえいなければ、
大貴が跡を継ぐことに不満を言う人はいないでしょ。そんな話を杉町がすることも、
考えられる気がして」


確かに沙織の言うとおりだとそう思った。

葵には沙織と別れないような話をし、僕への思いを利用した。

しかし、本音は別の部分にあり、葵は翻弄された。


僕は携帯を取り出し、葵のいるシステム部へ連絡を入れた。

電話に出てくれたのは葵の先輩らしく、僕からかかってきたことに驚き、

すぐに葵を呼び出してくれる。


『もしもし……何、どうしたの?』

「あぁ……葵」


僕は沙織と目を合わせ、葵がいたことを合図した。

沙織はほっとした表情に戻り、よかったと軽く胸に触れる。


「今、仕事中か」

『そうよ、お兄ちゃんから電話だって言うから、
お父さんにでも何かがあったのかと思って驚いたじゃない』


葵の口調は普段どおりだった。

杉町から何かを言われているのなら、こんなふうに出来ないだろう。

葵は、コントロールされていた時とは違う。


「お前が早く帰る日にでもあわせて、家に戻ろうかと思ったんだ」

『家に?』

「うん……」


無事が確認できたら、それでよかった。

下手な言い訳だけれど、そんなことはどうでもいい。

沙織と葵。

『僕の大切なもの』が、杉町に囚われているわけではないことがわかり、

足の震えが、少しずつ収まっていく。


「佐久間のお父さんは?」

「父さんは秘書も一緒だし、運転手も一緒だ。
そう簡単に何かを仕掛けられる相手ではない。
母さんも……とは思ったけれど、杉町自体が近付く可能性は低い」

「そうね……」

「きっと、あいつの脅かしだろう。
こんなことをするしか、もう手段がないのかもしれない」


僕が携帯を閉じると、沙織がその手に右手を乗せた。

彼女のぬくもりが、肌を通して伝わってくる。


「ねぇ、大貴」

「何?」

「進藤満さんを許してあげてとは言わない。でも、探してあげて」


沙織はそういうと、僕自身が進藤満の『捜索願』を出した方がいいと忠告した。

言い返そうとした僕の口は、力なくそのまま閉じてしまう。

さすがに、今日の出来事には、堪えたところもあった。


「大貴が探してくれるだけで、きっと……お父さんは嬉しいはず」


僕の手に乗せられた沙織の右手に、力が入るのがわかる。




「あなたが……声の出なくなった私のところに来てくれたとき、
私は、このまま死んでしまってもいいと……本当にそう思えたの」




沙織の言葉に、僕は何も言えなかった。

杉町に追い込まれ、声を出せなくなった沙織の涙は、今でも忘れられない。


「一生、あなたには許してもらえないとそう思っていた。
どんな理由があろうとも、あなたを裏切ったのだから。
でも、あの時、寄り添ってくれたでしょ。私はそれで救われたの」

「沙織……」

「お父さんと分り合わなくてもいいの。ただ、探してあげて、お願い」


沙織の目に、涙が光って見えた。

彼女の涙がこれ以上こぼれないように、僕は何度も頷き返す。





許せるかどうかなど、どうでもいい。

とりあえず、杉町から進藤満を離す事。





左手の中にあった携帯が鳴り出し、僕は着信相手を確認した。

それは広報の尾崎さんで、慌てて時間を確かめると、

1時間くらいで戻ると宣言した時刻は、とうに過ぎている。


「まずい、時間オーバーだ、尾崎さんから戻れコールがかかってきた」

「あ……うん」


沙織は笑顔を見せ、涙をふき取った。

僕は受話器を開け、すぐに戻るからと返事をする。


『副社長、すぐに会社へ戻ってください。大変なことになったようなんです』

「大変なこと? 何があった」

『ほんの2、3分前に、新潟にいる陸上部の八幡コーチから連絡が入りまして。
申し訳ないです。なんだか興奮状態にあるようで、正確な情報ではないのですが、
石垣が崖から落ちたと……』

「崖? めぐみがどうして」

『車が石垣に向かってきたとかなんだとか……
とにかく石垣は救急車で運ばれたようです』





沙織はめぐみの名前を聞き、何が起こったのかと僕に問いかける。





めぐみに、向かった……





『自分の犯した罪と、お前の大切なものと、一緒に……』





杉町が狙ったのは、めぐみだったのだと……





僕はその時に初めてわかった。







50 隠れた真実

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コメント

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もう、○ドラ越え?

毎回ハラハラドキドキの展開で血が騒いでます(*^_^*)

本当に杉町はめぐみを?
私の中ではてっきり進藤満かと思っていましたが・・・。
先の読めないお話し。。楽しみです。
もう 昼ドラ追い越してますね~^^


PS はーとふるはいつ頃ですか?<(_ _)>

優しい気持ち

え~~~沙織じゃなくて、めぐみ???
次男、そこくるか!?
ももドラ、勢い増してますね^^

『探してあげて』の沙織の言葉がいいですね。
許す許さないでは無くて、探しているという行動で
自分のことを少しでも気にかけて貰っている。
お互いの救いになるようで・・

めぐみ無事でいて!

ドキドキのまま

yasai52enさん、こんばんは

>毎回ハラハラドキドキの展開で血が騒いでます(*^_^*)

ありがとうございます。
『ももドラ』のテーマは、ドキドキなので。
『?』や『!』がたくさんあると、嬉しいな。

『大貴の大切なもの』

という表現で、狙われたのはめぐみでした。
誰が、なんのために……は次回へ続きます。

>PS はーとふるはいつ頃ですか?<(_ _)>

待ってもらえるのは嬉しいですね。
『Ripple……』が終了後と思っていますが、
また、近付いたらお知らせします。

少しだけ前進を

yonyonさん、こんばんは

>え~~~沙織じゃなくて、めぐみ???
 次男、そこくるか!?

はい、大貴にとっては驚きでしょうが、
そう言われて見たら、『大切』なはず。
めぐみがどうなっているのかは、次回で。

>『探してあげて』の沙織の言葉がいいですね。

沙織は、自らの経験で語っています。
自分を許してくれた大貴の思いを、少しでも進藤に向けたくて。
一気に進むことは難しいけれど、少しずつ……

残りは2話です、最後までお付き合いくださいね。

大切なもの……

yokanさん、こんばんは

>めぐみちゃんだったのか~、読み続けながら、
 いったい誰?大貴の大切なものって何?って考え続けてたんだけど、
 めぐみちゃんだったとは(@@)

あはは……
こういう反応をお待ちしてました。
どっち? 誰? 何? と頭をグルグルしてほしくて。
なんせ『ももドラ』ですから、
最後までハラハラしてくださいませ。

さて、めぐみはどうなっているのか、
それは明日の次話で。
(残りは2話です)