CIRCLE piece2 【ドライブ】

CIRCLE piece2 【ドライブ】

ドライブタイトル


目の前の信号が青に変わった。ブレーキの上に置いた右足をアクセルへ移し、

少しだけスピードをUPする。これでいいんですよねと、ついついミラーを見る私。


「次、右……」

「はい」


これで何度目の教習だろう。同じ頃に取り始めてた人達は、

もうみんなとっくに卒業していた。私だけ、特別に白い紙を貼られるくらい、

時間がかかっている。


「……で、思い切りカップの山を倒したんです」

「そうか、それは客達も驚いただろうな」

「はい、一組、プロポーズしていたのに、台無しにしてしまいました」

「ふーん……」


山岡先生は少し笑いながら、私のファイルにコメントを書き残している。

初めて教えてもらったのは彼ではなかったが、他の車から降りた彼を見て、

私の心臓がドンと音を立てたのだ。


それからずっと、先生だけを指名し続けてきた。

こんな出来の悪い私を、ちゃんと諦めずに、呆れずに指導してくれた忍耐強い先生。


「よし、今日は合格。残り1回だな、藤沢さん」

「……はい」


残り1回なんだ……、先生と少しだけのデートが出来るのも。


「ありがとうございました」

「どういたしまして。ここまで来たら、最後くらいバッチリ決めてくれよ」

「はい……」


私は、先生に頭を下げた後、今日も頑張ってくれた車に、


「……ありがとう」


そう声をかけた。





帰り際、コンビニでいつも読んでいる雑誌を買う。

ついでにお気に入りのヨーグルトも一つ手に取った。


「袋は別々にされますか?」

「あ、いいです」


店員から袋を受け取り、コンビニを出る私。

さすが女の子のバイトは細かいところに気がつくらしい。

この間の男のバイトは肉マンと冷たいお茶を一緒に入れてしまったんだから。

親から離れて一人暮らしをするようになってもう3年になっていた。

就職に役立つようにと免許を取ろうと決意したのに、

それに間に合わないくらいのスローペース。

でも、どこか気分よく通っている自分がいた。


山岡先生に会いたい……。

途中から目標がそっちへずれこんでいた気がする。


「何、それ! そんな答え合ってるはずないじゃないの!」


TVやコップ、そして教習所の車。一人暮らしに慣れてしまったからなのか、

ものに話しかけることが増えた私。

そして、最後のデートの日は、1週間後にやってきた。


「はい、その通りを右……」

「はい……」


ゆっくりとハンドルを右に切り、車を右折させる。先生、ここまで大丈夫ですよね、私。


「藤沢さんが、ここまで来られて感無量だよ」

「エ……」


山岡先生が外の景色を眺めながら笑っている。恥ずかしくなる気持ちを抑え、

運転に集中する。


「ほら、右にバスが止まっているからね。子供とか飛び出しがあるかもしれないよ」

「はい……」


これが教習車じゃなくて、ただのドライブだったら、どんなにいいだろうか。

出来たら先生の運転で私が助手席にいたいけど。

それは、ちょっとずうずうしいかな?


「次、もう一度右」

「……あ」


少し余計なことを考えていたせいで、車線が真ん中に入ってしまっていた。

直線専用車線のため、移動は出来ない。


クスクス……と山岡先生が笑っている声がする。また、やってしまった。

どうして私はこうドジなんだろう。

『最後の授業』……だったのに。


「いいよ、まっすぐで、5分オーバーで帰れるから」

「……」

「最後の授業だもんな」


坂道発進の時、オートマなのに思い切り踏み込んでしまい、

あやうく先生をフロントガラスにぶつけそうになった私。

縦列駐車の時は思いきり縁石に乗せてしまい、車が斜めになりましたよね。

高速教習ではウインカーを右に出しながら、左へ車線変更し、帰りは俺が運転すると、

半分あきれ顔の先生……。今でも、しっかりと残っています。

教習所への最後の坂をのぼり、車を定位置に止めた。サイドブレーキをかけ、

エンジンを止める。


「藤沢さん、免許取れたらどこへ行くつもり?」

「エ……」


そんな質問の答えなんて、全く用意してませんでした。

そうか、免許を取るために、私はここへ来ていたんだ。

そんな当たり前のことに、今気付く。


「先生は、どこに行くんですか? 休みの時……」


最後だと思っているからだろうか、そんな個人的な質問をしてしまった。

恥ずかしくて顔から火が出そうになる。


「休みかぁ……そうだなぁ。近頃車で出かける事なんてないな、言われてみたら……」


その言葉に、少しだけ顔を横へ向ける。

ねぇ、先生。車で出かけることをしないってことは、彼女、いないってことですか?

いや、そんなことないよね、まさか、変な期待をするなって……。


「彼女でもいれば、ドライブだって言うところだろうけど……」


BINGO!


思わず、私の心臓が意見なく鼓動を速めていく。

待ってってば、私は先生のただの生徒でしょ。しかもメチャクチャに出来の悪い。


「藤沢さんって、いつも車を降りる時に、お礼を言うんだよね」

「あ、それは……。みなさん言うんじゃないですか? 教えてもらったんですから」


今時の生徒は、先生に礼も言わずに帰るのだろうか。

そう思いながら、なかなかファイルにサインをしてくれない先生のことを気にして見る。

もしかして、さっきの右折失敗で不合格なの? それってやっぱり、ダメだよね……。


でも、それでも……。

また、会えるなら……。


「違うよ、降りた時、車に言うだろ。そのことだよ」


まさか……。あんな私の一人言を先生が聞いていたなんて知らなかった。

恥ずかしさのあまり下を向く。


「きっと、優しい子なんだろうなって、ずっと思っていた」


どんなことであれ、先生が私を見ていてくれた。その言葉にどんどん鼓動が速まり、

この車の中という空間が、私の呼吸を少しだけ困難にさせる。

しっかり呼吸が出来てるんだろうか。鯉のように、口がパクパク開いてない?


「TVとか、バイト先のカップとかにすぐ話しかけちゃうんです」

「TVはわかる気がするけど、カップって……」

「エスプレッソを入れることが出来るようになってから、
いつも入れる前に『お願い』って念じることにしているんです。
そうすると、失敗なく出来る気がして……」

「エスプレッソか……」


先生はポケットから印鑑を取り出すと、ファイルに手をかけた。○それとも×?


「今度、飲みに行ってもいいかな」

「は?」


思いがけない先生のセリフに、全ての思考回路がストップしてしまった。

もう、ここがどこだとか、今、何をするべきなのかとか、そんなもの全然気にならない。


先生……、また会えるんですか?


「お客様としてエスプレッソ入れてもらえますか?」

「……」

「それなら、合格になるんだけどな」


私より9つも年上なはずなのに、子供みたいに笑わないで下さい。

大人に見えていた先生が、すごく近くに感じられてしまうんですけど。


「私が入れたので、いいんですか?」

「君が入れてくれたのを、飲みに行くんだよ……」


山岡先生は合格印を押してくれたファイルを私に手渡した。


「合格、おめでとう」

「ありがとうございます……」


教習所にはもうライトがつき、他の教習生がいなくなった頃、車から降りる私。


「ありがとう……」


お世話になった車に、最後の声をかける。


「山岡先生、ありがとうございました」

「試験受かったら運転しろよ。しないとすぐに下手になるからな」

「はい……」


白い紙がたくさんついたファイルを両手で抱え、受付へ提出する。

今まで予約を取り続けていたカードが手元に戻ってきた。

もう、このカードを予約機に入れることはないんだな。

教員番号0238。もうあなたを指名することもないんですね……。





軽く交わした約束。店の入り口がカラン……と音がする度、

ちょっぴりの期待でドキドキする私。


それから、1週間後……。


「いらっしゃい……ま……」

「こんにちは……」

私の前に現れたのは、山岡先生だった。教習所の制服であるブルーのブレザーではなく、

ジーンズ姿。初めて見る先生じゃない彼。


「エスプレッソよろしく」

「はい……」


私はカップを手に取り、いつものように、いや、いつも以上に念じていた。

ねぇ、お願いだから失敗させないでね。そしてもし、出来たら、

出来たらでいいんだけど……。


「お待たせいたしました。エスプレッソです」

「ありがとう」


先生の前に無事エスプレッソを届けた私は、任務の終了に、大きく息を吐く。


「藤沢さん……」

「はい」

「お仕事何時に終わりますか?」


山岡先生はエスプレッソを一口飲むと、私にそう問いかけた。


「あと、1時間で……」


「じゃぁその後、ドライブに行きませんか? 運転は僕ですけど……」


楽しそうに笑っている彼。私でいいんですか? ドライブの相手。


「はい……」


嬉しすぎて心臓が痛い。冷静に返事をしたつもりだけど、

頭の中では小さな私が小躍りしている。足元がふわふわした状態のまま、

すぐに調理場へ戻り、洗い物のカップを手に取った。


その瞬間、手から滑り落ちたカップが大きな音を立て、目の前で割れる。


「すみません!」


私に背を向けた場所で、先生はその音を聞きながら、呆れてるんじゃないだろうか。

どこまでいっても、ドジなんだから。

お願い先生、帰らないでね……。カップの破片を拾いながら、私はただ念じるだけ……。


     『藤沢さん、君には、これからも僕が必要なようだよ』


                                       piece3 へ……





しあわせ……って、人それぞれだよね

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コメント

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びっくり

おもしろい・・・。
本が好きで暇があれば読んでますが、
最近ググッとくる小説にはなかなか出会えませんでした。
これは、久しぶりにググッときました。
つづき、楽しみにしてます。

はじめまして。

ふたつ、まとめて読ませていただきました。
ホント、心がほっこりとしました。

つづき、楽しみにしていますね。

あじといわし……さんへ

こんにちは。
遊びに来てくれて、ありがとうございます。

創作も読んでくださったんですね。

素人のお遊びですが、
楽しく書いているので、
また、ぜひ、続きも読んでみてください。

まだ、始めたばかりで落ち着かないので、
落ち着き次第、遊びに行かせていただきます。

感想、ありがとうございました。

緋沙子……さんへ

こんにちは。
こちらこそ、はじめまして。

読んでいただけて嬉しいです。
わぉ……しかも、2つなんですね。

素人の作品なので、
広く、温かい目でよろしくお願いします。

まだ、引っ越し途中なので、
ドタバタしていますが、
また、落ち着きましたら、
遊びにいかせていただきます。

感想、ありがとうございました。