【S&B】 9 向こうにいる人

      9 向こうにいる人



週末に降り続いていた雨はやみ、電車の窓にはまだ水滴が残っていた。

いつものように会社へ向かい、第一営業部へと向かう。今日は隣の第二営業部に

役所からお偉いさんが来るらしく、七三分けにした堅そうな男が、慌てて廊下を走っていた。

営業部の扉を開け、すぐに隅のデスクを見ると、すでに出社していた三田村が、

なにやらPCの裏に回り、ごそごそ動いている。


「三田村、どうした」

「あ、おはようございます」


振り向いた三田村は両手に抜けたコードを持ち、配線に頭を悩ませていた。

どうもまた失敗したらしく、似たような形の場所に差し込もうとしながら、何度も首を傾げている。


「また、つまずいたのか」


「すみません、その棚の資料を取ろうとしたら、隣の資料が落ちそうになって、
それを支えようとしたら……」


元々机などなかった場所に、派遣社員二人の場所をむりやり作ったため、営業部の動線は

確かに動きづらいものになっていた。特に三田村の周りには、PCや棚が並び、

何かに囲まれているような状態になっている。僕の机は魚沼部長と一番奥にあり、

まっすぐに進めば扉へ向かえたが、彼女は後ろを誰かが通るたび、椅子をひき、体を小さくしていた。


「やっぱり、この配置には無理があったな。いいよ、貸して」


僕は三田村から2本のコードを受け取り、PCの後ろに回る。その抜けた場所を探すと、

少しコード周りにほこりがたまっていた。吹き飛ばそうとした時、

横から三田村が乾いたぞうきんを手に持ち、そのほこりを素早く取りのぞく。


「火事になりますから……」


また、誰でも知っている知識を、得意げに語る三田村がおかしくて、僕は思わず口元をゆるめた。

しかし、そのぞうきんを持った手には、先週見た青あざがまだ残っている。

余計なことかもしれないと思ったが、僕はその理由を聞いていた。


「あ……これは、玄関に挟んだんです」

「玄関?」

「はい……慌て者なんです。みなさんご存じの通り」


そう言いながら恥ずかしそうに彼女は手のあざを隠す。あまり深く追求するのも悪いと思った僕は、

話題をすぐに転換させた。


「なぁ三田村、今日、大橋と一緒に昼食に行こう」

「……はい……」


予想外にあっけなく『はい』と返事をされ、思わず僕が三田村の方を向くと、

何秒か遅れて彼女の表情が変化した。


「エ! 誰とですか?」

「僕と……」


メガネの奥にある、大きな瞳がパチパチと音を立てるように何度かまばたきされ、

また何秒かが過ぎる。


「ランチに招待するよ」


ぞうきんを持った三田村は、無言のまま小さく頷いた。その時扉が開き、今野の声がする。


「三田村さん、何してるの?」

「あ! すみません!」


立ち上がろうとした三田村は、自分の机の引き出しに頭をぶつけまた大きな音を出した。

それでもすぐに立ち上がり、今野に頭を下げる。

その今野は呆れた顔で三田村を見た後、座り込んでいる僕に気づき、慌てて表情を変えた。


「三田村、大丈夫か」

「はい……」


今野の横をすり抜けるようにして、三田村は給湯室へと向かった。

玄関に手を挟んだという理由を聞いて、一瞬、信じられないと思ったが、今の三田村を見ていたら、

そのくらいの失敗はするだろうと、僕の疑問はあっという間に解決した。





二人を連れて行った店は、会社から歩いて10分くらいしたイタリアンだ。

肩の凝らないご夫婦がオーナーの明るい小さな店で、大通りから奥まった場所にあるためか、

社内でも知らない人間が多い。4人がけのテーブルに僕が座ると、向かいには大橋が座り、

三田村はその隣に座る。

お冷やを持ってきた奥さんに、僕は3本の指を立て、ランチを3つと注文した。


「急で申し訳ないけど、ちょうど1ヶ月くらい経ったから、二人にうちの印象など聞きたくて……」


何を聞かれるために呼ばれたのだろうかと思っていた二人は、一度顔を見合わすと、

少しほっとした表情を見せた。どこか緊張している態度に、よっぽど僕の印象が怖いのだろうかと、

つい考える。


「実は、初めてなんだ。こんなふうに派遣の人を第一営業部に入れるのは。
だから、正直な感想を聞かせてもらいたいと思って。何か気づいたところはある?」


目の前に置かれたお冷やを、三田村は一口飲み、大橋は黙って下を向いた。

何か言い出すのではないかと身構えている僕に、二人の声は全く届いてこない。

やがて黙ったままの時間が過ぎ、目の前にコースのサラダが届けられた。

遠慮がちな二人に、右手でどうぞと合図をする。


「あの……」


その時、大橋が僕の方を向き、重たくなっていた口をやっと開いてくれた。


「答えなければ、まずいでしょうか……」

「ん?」


気持ちを落ち着かせようと軽く息を吐き、申し訳なさそうに語る。


「私たちは会社から言われているんです。企業に入ったら指示されたとおり仕事をすることと、
会社の内情をあれこれ考えたりしないこと。ましてや、正社員の方に意見を言うなんてことは、
してはいけないんです」


彼女たちの本音を聞こうと、ここへ呼び出したのだが、それが無理なのだということを、

僕は大橋から教えられた。同じ空間で仕事をしていても、彼女たちの中には上下の意識が

きちんと植え付けられている。

結局、食事をしてわかったのは、大橋は以前大学の事務処理の仕事をしていて、

グリンピースが嫌いなことと、三田村が大きな宅配弁当の配送管理にいて、

食事をゆっくりする女性なのだということだけだった。


原田に言われて二人を多少なりとも疑ってみたが、仕事は遊びのお金を稼ぐためという大橋や、

仕事はしないとならないものだと言っている三田村から、怪しいところは何も見えなかった。





仕事を終えた僕は家に戻り、冷蔵庫を開け、悟が買ってあったビールを勝手に開ける。

テーブルの上に置いた携帯が揺れ、開くと母からのメールが届いていた。

親子とはどこもこんなものだろうか。父と離婚し、その慰謝料で店を持った母は、

仕入れだと言いながら海外へよく出かけている。店の2階に部屋があるが、

そこは実家と呼べるようなものではなく、会って話したのはもう1年以上も前のことだ。

それでも『はは』とメールの表示がされると、とりあえず元気なのだと安心する。



『明日帰国、食事くらいしようよ!』



僕は左の親指を動かし、登録してあるいつもの言葉をそのまま送信した。



『生きててよかったな、了解です!』



ビールの缶を持ったまま部屋へ入り、ブログを開く。先日、琴子がみやげにくれたプリンの情報は、

雷おこしに好評だった。


     >甘すぎず、口に残らないさっぱり系ですね
      これなら、もう一度食べてみてもいいかな


相変わらずの上から口調だが、状況提供者としては、とりあえず満足する。

もう一人、ぺこすけからのコメントも入っていたので、その名前を軽くクリックした。


     >チーズさん、今日は嬉しいことがありました
      まさかと思っていたんですけど


ここへ入ってきた『えんどうまめ』と僕に成り代わって勝手な返事をした悟のおかげで、

ぺこすけは甘いものの情報を持参しながら、勝手に恋の話をするようになった。今日もまた、

返事をするのに、頭を悩まさないとならないのかと思いながら、残っていたビールを飲み干したが、

その文章に一瞬動きを止められる。


      憧れの人と、一緒にランチをすることが出来ました。
      彼は、とっても綺麗に食事をする人だったの。
      見ていたせいで、自分がとてもゆっくりになったんだけど(笑)
      でも、嫌いなたらこのスパゲティーも、量は少しだったし、
      残しては悪いと思って、食べきっちゃった。
      デザートで食べたジェラートは、抹茶の味がとっても濃厚で美味しかったよ。



今日のランチプレートの隅に入っていた、たらこスパゲティー、そして抹茶のジェラート、

食事のペースは……そう、ゆっくりで、そのことも印象に残っている。



『私、ドジなので失敗ばかりするんです……』

『私、すぐに何でも失敗するんです。だから、ぺこぺこ謝らないとならなくて』



『ぺこすけ=三田村』


そんな考えが僕の頭の中を、グルグルと回り始めた。





10 戻される記憶 へ……





ランキング参加中です。よかったら1ポチ……ご協力ください。    

コメント

非公開コメント

こんばんは。

おっとっと・・・もう=になってきたのかな?

でもこの= 吉とでるのか 凶と出るのかな?

派遣と言う立場から 意見は控えたいと言うコメント。
フンフンと読みました。
いろいろな会社あるものね
会社の事情もさまざま・・・でも社員の命令は絶対!!!

さぁ  ぺこすけじゃなくって三田村にどう接する?

やっぱり・・・

やっぱり、ぺこすけ=三田村ちゃんだった。
祐作さん、どうコメント入れる?
オフィスでの対応は・・・気になります。

原田さんの性格も当然ありですが、ぺこちゃんの性格が好き。
きっと、損する事が多いだろうけど・・・

ももんたさん、次回早めに・・・待つのは辛い・・・
我が儘で、ごめんなさい。

今、巷でインフルエンザが大流行です。
お兄ちゃんの学校、8クラス中4クラス学級閉鎖になり、
とうとう学年閉鎖で、火曜日までお休みです。
元気なお兄ちゃんは(アホは風邪ひかん)、学校休み!大喜びしてます。

皆さん、体調にはくれぐれもご注意下さいね。

azureさんへ!

azureさん、どうも!


>派遣と言う立場から 意見は控えたいと言うコメント。
 フンフンと読みました。

私も以前、派遣をしていたことがありまして、正直、正社員との差を、感じていた一人なんです。
大手の企業v-260は、特にそういう傾向があるような気がします。
まぁ、創作ですから、なんなんですけど(笑)

ぺこちゃんが三田村さん……

うふふ……さて、どうでしょうか。e-328

au4769さんへ!

au4769さん、どうも!


>やっぱり、ぺこすけ=三田村ちゃんだった。
 祐作さん、どうコメント入れる?
 オフィスでの対応は・・・気になります。

ぺこちゃんが三田村さん……うふふ……e-266

祐作はどんなふうになっていくのかは、読んでいただかないとなんとも言えないのです。


>ももんたさん、次回早めに・・・待つのは辛い・・・
 我が儘で、ごめんなさい。

ありがとうございます。
でもね、2、3日でUPだから、これ以上は早くならないよぉ。e-451
【again】は1週間だったんだから、大丈夫、待てます!

インフルe-304、うちの方は静かですよ。このまま行って欲しい!

よっしゃ!

フフフン♪ぺこすけ=三田村 v-292 いい流れだ。
しかし自分が三田村の憧れの人だと知ってしまったわけで・・・
どうしたものか。e-451

派遣社員というのは結構難しいものなんですね。全然しらなかった。
お口に鍵なんだ。v-83

祐作の母のこともっと知りたくなったv-209

よっしゃ! のよっしゃ!

yonyonさん、こんにちは!


>派遣社員というのは結構難しいものなんですね。全然しらなかった。
 お口に鍵なんだ。

うん、そうなんです。だって、あちこちに出入りするから、口の堅い人じゃないとまずいでしょ。
まぁ、そんな責任あるポストにつかされることはないけど、
それでも、企業秘密をペラペラ……は絶対にダメv-431だと、
私も以前、社長に言われたことがあります。

今の時代、特に派遣に厳しいから、もっと厳しいのかもな……と書きながら思ってました。


>祐作の母のこともっと知りたくなった

知って、知って!v-322
私の作品には、必ず出てくる親ですから(笑)
これからまた出るよ!