リミットⅡ 19 【君のぬくもり】

19 【君のぬくもり】

抱きしめられたまま、時が止まっているのではないか……咲はそう思っていた。

目を閉じ、そのぬくもりをただ感じている。


「勝手に来て……ごめんなさい……」

「……」

「どうしても……会いたくて……」

「……」

「深見さん……」


何も言ってくれない深見に、咲は言葉を止め、その息づかいだけを聞いている。


「……咲……会えて嬉しいよ……」


その言葉に、張っていた気持が少し解放される。どうしていいのかわからなかった両手で、

深見をしっかり握りしめた。





「おいしい……」

「よかった……」


深見が知っているという店で、夕食を取る二人。


「驚いたよ。石原さんから電話もらって。頭が真っ白になるって、
あぁいうことを言うんだろうな。まさか一人で来るなんて……思ってもみなかった」

「……」

「大丈夫だなんて言っておいて、おかしいけど。咲が来たって聞いたら、
もう会うことしか考えられなくなってた。どうしても会いたかったのは……俺の方だよ」

「……深見さん……」


深見の正直な気持ちに、咲は来てよかったんだと再確認する。


「ねぇ、深見さん。このお酒買って帰りましょう。ちょっと甘くて美味しいですよ……」

「まだ、飲むの? 咲……」

「だって、深見さん運転するからここじゃ飲めないでしょ? 
それとも……すぐに帰らないとダメですか?」


少しだけ不安そうに、そう深見にたずねる咲。


「いや、咲がいる間は、一緒にいられる……」

「……よかった……」


咲のその一言が、深見の心に小さな灯をともす。ホテルへ戻る車の中で、

咲は疲れたのか横で眠っていた。


「咲……着いたよ……」


そう声をかけてみたが、咲はまだ眠っている。深見は無理に起こさないように、

眠る咲の顔をじっと見つめていた。



『どうしても……会いたくて……』



そう言ってくれた咲の少し震えた声を思い出す。そう……彼女はそういう人だった。

あの山に登った時も、セクハラをする取引先の部長ともめ、謝りに行くと言った時も。

いいとか悪いとかではなく、気持ちのままに行動する……。

その勢いにハラハラしながらも、助けられ、また、惹かれていた自分。

10分ほど寝顔を見続けた深見は、咲の鼻の頭を指で軽く弾く。


「ん?」

「咲、着いたよ……」

「あ……寝ちゃったんだ……」


自分の状況を知り、照れくさそうに笑う咲。深見は咲を引き寄せ、その唇にキスをした。





それぞれのベッドに横になり天井を見上げながら、深見は咲に話し始める。


「長谷部が咲に謝ってくれって……。自分が余計なことを言ったからって気にしてた」



『私が支えるから……』



そう、あの一言がなければ、ここへ来ることはなかったかもしれない。


「私が支えるって長谷部さんに言われた時は、その通りだって思ったんです。
私じゃ仕事のことなんて聞いてもわからないし、役にもたたないし。
でも、電話を切ってから、逆にどうしても会いたいって思うようになって……。
長谷部さんに深見さんを支えてもらうのは……イヤです……」


深見は咲の方を向いた。咲は、それを感じながら、布団を頭までかぶる。

咲の小さな意地が、ここへ一人で来る勇気を与えたのだろう。思わず顔がほころぶ。


「アメリカから来ているチーフは合理主義の人なんだ。どうしても利益率が
基準を超えないとダメだの一点張りで。それでも言うことを聞かずに企画を通していた
こっちのやり方が気に入らなかったんだと思う」


深見は、自分の現状を淡々と語り始める。


「絶対に譲れないって言い続けていた俺が気に入らないって、そう言われた」


布団を被ったまま、ただ黙って話を聞いている咲。


「あの企画がNGになるなんて……。なんのために1年半頑張ってきたのか。
形にならなきゃ何も残らない……結局、チーフには勝てなかった」

「……」

「……」

「違いますよ、深見さん……」


咲は被っていた布団から顔を出し、深見の言葉を否定する。

深見は咲の方を向くと、どうして? と問いかけた。


「私、派遣の仕事をするようになって、始めはイヤで、イヤで仕方なかったんです。
社員の時のようにお客様と接することは出来ないし、企画に参加することも出来ない。
ただ、書かれたアンケートをまとめたり、書類を束ねたり……。でも、やっているうちに、
これもちゃんとお客様とつながっている仕事なんだって、思えるようになりました。
それに、今までこうやってやってくれていた人のおかげで、自分たちがツアーを組んだり、
お客様の要望にこたえることが出来たんだなって……」

「……」

「あ……」

「何?」

「偉そうですよね、私。でも、本当にそう思えるようになってからは、仕事も
楽しくなりました。今じゃ、アンケート用紙を新しく作り変えられるようになりましたよ」

「作り変える?」

「チェックシート方式にして、バスの中で揺られながらでも記入しやすく改良したんです」

「へぇ……そうなんだ」


咲は嬉しそうに頷いている。


「たとえ、深見さんの企画が通らなくても、あなたがやってきた1年半は、
どこかにちゃんと入ってますよ。無駄になんてならないはずです」

「……」

「そうだ、もしなんなら、その企画を仙台でもう一度チャレンジすればいいじゃないですか。
あ、あの時、深見の企画を逃しておくんじゃなかったって、
そのなんたら……とかいうチーフに思わせるように」

「なんたらじゃないよ、ヘイロンだよ……」

「あ、そうですか。私にとってはヘイロンでもアイロンでもどっちでもいいです」


咲は真剣な顔で、そう答えている。


「そうだな、咲の言うとおりだ。あの企画内容には、絶対に自信がある。
もし、ここでダメなら、日本に戻ってから練り直してみるか……」

「そうですよ。深見さんは、まだまだこれから、ずっと会社の中心にいる人なんですから。
私は、頑張れ! って言うことくらいしか出来ないけど……」


その咲の頑張れ……に、自分が力をもらっていたのだと気付く深見。だからこそ、

そばにいてほしい……と願ったのに。見栄を張ることも、ウソをつくことも必要のない、

たった一人の人。


「クスッ……」

「ん?」

「深見さんが、私が急に来たって知って、慌てるところを見てみたい! って
秋山さんが言ってましたよ」

「……あいつ……」

「でも、すぐに来てくれて嬉しかった。もし、怒って来てくれなかったら、私、
万里の長城で『深見のバカ!』って叫ぶところでしたから」

「……それは、ちょっと嫌だな……」


咲の笑顔を見つめながら、離れていることが無性に寂しくなる。

君に触れていたい……その自然な感情が、深見から溢れていく。


「咲……」


右手でこっちへ……と咲に、手招きをする。

咲はその合図を見た後、少し照れくさそうな顔をして、首を左右に振った。


「エ……」


深見がどうして? というような顔をしているのを確かめると、

今度は咲が左手で手招きをする。

その咲の仕草に、少しだけ笑顔を見せる深見。自分のベッドから抜け出すと、

咲のベッドへ入っていく。


「今日は咲には逆らえないな……」

「……」

「ありがとう……ここまで、来てくれて……」

「怒ってないですか? 本当に……」

「怒るはずないだろう……。ただ……」

「エ?」

「……離せるかどうかが問題だけど……」


二人はゆっくりと唇を重ね、深見は左手を伸ばしライトを消した。





2日ほど滞在していた咲が日本へ帰り、また深見は積極的に仕事をこなすようになっていた。

石原はコーヒーを手に持ち、PCで入力された、その資料を確認する。


「なぁ、深見。タマちゃんが来てからさぁ……」

「……咲です!」

「そうそう、咲ちゃんが来てからさ、俺、奥さんに電話したんだよ。お前も俺に会いたいって、
一人で中国へ来てみるかって……そうしたら」

「そうしたら?」

「ふざけるな! って怒られた……」


深見は石原の話に、声を出して笑っていた。そんな深見の表情を、

祥子も少し離れた場所から見つめている。

そんなある日、深見は祥子に食事に誘われた。以前来て気に入った日本料理の店。


「私ね、こっちへ来る前に早瀬さんに言ったの。私はまだ深見君が好きだって……」


思いがけないそのセリフに、少し表情を変える深見。


「彼女もそうやって顔色変えたけど、別にとってやろうとかそういうことじゃないの。
一緒に仕事が出来るってわかって、あぁ、昔みたいにまた、
互いにいい影響を与えられればってそう思ったから」

「……うん……」


自分と深見にそれぞれお酒をつぐ、祥子。


「でもね、今回、あんな余計なことを言ってしまって、本当の理由がわかった。
私、心のどこかで、仕事の部分では、私の方が上なんだ……。早瀬さんより、
深見君には私の力が必要になるって……。そう、勘違いしてたのね。
結局、鼻っ柱ばっかり強いのよ、私」


祥子は自らを納得させるように、大きくため息をつく。


「君と咲は違う……。以前深見君、私にそう言ったわよね、覚えてる?」

「あぁ……言ったね」

「あの時は何言ってるのよって正直思ったけど、早瀬さんを見て、確かにそうだって思ったわ」

「……」

「私には、あんなふうに行動する勇気はなかった……。7年前、あなたが名古屋へ
飛んだのを知った時、くだらないプライドで連絡を絶ってしまった。
自分で確かめもせずに、周りの言葉を信用して……」

「……今と年令も違うし、状況も違うよ」


深見は祥子にそう言い返した。


「君は、家で僕を待っている姿が想像できない……ってそう言われたわ」

「エ……」

「結婚出来るんじゃないかって、そう思っていた人に……」


祥子は煮物を箸でつかみ、口に入れる。


「でもね、その時こう思ったの。どうして待ってないといけないの? 
私の帰りをあなたが待っていてくれたっていいはずでしょ……って」

「……で?」

「結婚には向かない人間なのかもね、私……」


自分で自分を判断する祥子に、思わず笑ってしまう深見。


「早瀬さんはあなたを待っていたい……って思うんだろうし、
きっと、自分より深見君って人なんだろうな……」

「……どうかな……」

「違うの?」


深見は箸を置き、目の前の酒をグイッと飲む。


「咲は、待っているつもりでそこにいたら、待ち合わせの場所が全然違っていた……って
人かもしれない」

「……どういうこと?」

「手をつないでいたくなるんだ……。そうすれば、互いに間違えそうになった時、
引っ張って止めることが出来るだろ……」

「……」

「一生懸命に頑張るから、周りの人間が手を差し伸べたくなるし、彼女と手をつなぎたくなる。
そんな人だよ……あいつは……」

「……そう……」

「うん……」





その頃、咲はカレンダーを見つめていた。明日から3日間、休みを取り、

実家へ向かうことになっていた。深見の帰国を待ち、その後、二人が離れないように……。

仙台へ行きたい。

弟が東京へ出て、一人になった母。体のことを心配し、田舎へ戻るように言っていた。

そこから逃げるように東京へ帰り、避け続けてきた。

それでも、ちゃんと話したい……。咲の気持ちは固まっていた。


深見さんについていく……。それを告げるために……。


「ただいま……」

「お帰り、咲」


いつものように迎える母。洗濯物の少なさが、寂しくなったこの家を物語っている。


「卓は元気?」

「……うん、この間、様子を見に行ったらまた部屋がグチャグチャだった」

「そう……片付け下手なのね、あの子……」


荷物を2階の部屋へ運び、隣の部屋をのぞく。いつもなら、あふれかえるほどの荷物があった

弟の部屋は、いくつかのダンボールが残されているだけだった。

二人きりの夕食を終え、TVを見ながらお茶を飲む。こっちへ戻ってからも、何も聞かない母。


「お母さん、話があるんだけど……。TV切ってもいい?」


覚悟を決めて、話を切り出す咲。母は、いいわよと返事をした。


深見と生きていきたい……そのために仕事を辞めて仙台へ行く。

母はどんなふうに言ってくれるのだろうか。


「お母さん……私、仕事辞めることにした。深見さんが中国から戻ってきたら、
仙台で一緒に暮らしたい。もちろん、時期が来たらちゃんとするつもりだけど……」

「……」

「検査の結果もまだ出てないけど、私の気持ちは固まってるの。
深見さんも、そう言ってくれている。例え事故の……」

「咲……」


何を言われても、絶対に引かないから……。咲はそう思いながら母を見る。


「見てほしいものがあるの、話の途中だけどいい?」


母は立ち上がり、仏壇の下の引き出しから、封筒を一つ取り出し、咲の目の前に置く。


「手紙……誰からだと思う?」


咲はその封筒を見た。見覚えのある筆跡に、鼓動が速まっていく。まさか……どうして……。

そんな気持ちのまま封筒を裏返し、差出人を確認した。


……深見亮介。


差出人は、深見だった。

                                    …………まで、あと490日





やっぱり深見だよね……

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