2 私に吹く風

2 私に吹く風



地元の業界誌に勤めていた私だったが、その『月刊きのこ』がいきなり廃刊となった。

あらたな仕事を探さないとと思っていた目に飛び込んだ、『経験者募集』の小さな広告。


「敬、ちょっとこれ見て、これ!」

「ん?」

「ほら、『秋月出版社』が経験者を募集している。ちょっとどうよ、これ。
私のためにあるような広告じゃない?」

「は? 姉ちゃん、どうしたらそういう頭の発想になるんだよ」


あぁ、もう、ガチガチの敬なんかに聞くだけ無駄。

私はすぐに台所へ立つ母のところへ走り、紙面の記事を指差した。

母は包丁をまな板の上に置き、これはチャンスだと笑顔を見せる。


「でしょ? 新規採用じゃなくて、今欲しいのよ、向こうは! 
今、すぐに動ける人ってことだもの、ほら……」

「そうだよね、今すぐに仕事が出来る人だもんね、和」

「うん!」


履歴書なんてすぐにでも書けるし、『今、私が望むこと』なんていうお題の文章も、

あっさり書く自信はある。


「あ、そうだ……まずいかも」

「どうしたの」

「東京に生活していないでしょ、私。住む場所が決まっていませんなんて言ったら、
ちょっと不利かもしれないし、決めてから部屋を探すのは大変だよね」

「あらまぁ、そういえばそうね……。とりあえず、落ち着ける場所があれば……」

「は? 二人とも受かるつもりになっているわけ?」


母は少しだけ考えるポーズを取った後、何かを思い出したのか、

敬が小学校の授業で作った手紙入れから、今年の年賀状を1枚取り出した。

その名前を見せられ、私もすぐに手を叩く。


「津川のおじさん!」

「そうそう、敦美のところ!」


東京に住む津川文則さん敦美さん御夫婦は、我が家とは縁の深い他人さんだ。

というのもご主人の文則さんと亡くなった父は、

全国規模の新聞社『東西新聞』に同期入社をした親友同士で、

当時、総務部に働いていた母に一目惚れをした父は、デートに誘うため、

親友の津川さんを無理矢理誘い、母も、一人で行くのは嫌だからと、

短大の同級生だった敦美さんを誘い、ダブルでよく会っていた。



友達の友達が、恋を呼び……



父と母が結婚した翌年、二人も無事ゴールインし、その仲人をしたのが、

うちの両親だった。子供がない津川夫婦には、私達も小さい頃から、

よくかわいがってもらった記憶がある。


「敦美おばさん、字が綺麗だよね」

「そうそう、敦美は書道の先生になれるくらいの腕前だもの」


5年ほど前に、早期退職をしたおじさんは、

確か下町にある小さな印刷業者に再就職したと、聞いた覚えがある。


「とりあえず、敦美に頼めば何泊かくらいなら、させてくれるはずよ」

「うん、うん……」


呆れる敬を横に置いたまま、母はすぐに敦美おばさんへ電話をかけてくれた。

敦美おばさんからは、いつでもおいでと、頼もしい返事が返ってくる。

まさに、私の運命は、こちらに動くために回っているのではないだろうか。


「よろしくお願いします!」


私の心は、すっかり『東京』へ出発し始め、

自転車で5分ほどの場所にあるコンビニへ、履歴書を買うために走りだした。





『善は急げ』ということわざがある。

良いと思ったことは、気が変わる前に行動した方がいい……ということで、

私の気持ちは変わらないが、

『秋月出版社』が経験者を取るという気持ちが変わらないうちに、

履歴書をポストへ入れることなく、自分で『東京』へ向かう。

この業界に必要なことの一つが、『積極性』。

取材などでも、もじもじしていたら、ライバルに先を越されるか、

足でも踏まれるのがオチだ。

『月刊きのこ』でも、ちょっとした営業部長の言葉尻の変化に気付き、

スクープを取ったことだって、何回かあった。

敬に言わせると、それ以上に失敗した回数が多いと言われたけれど、

そんなものを怖がっていたら、前になど何も進まない。

思い立ったら即行動、すぐにでも戦力が欲しいという相手の気持ちを読めるあたりが、

経験者と学生の違うところ。

しかも、今いる会社からは、すぐにでも次を選んでいいと言われているんだもの。

これは本当に、私を東京へ羽ばたかせようとしているに違いない。


「よぉ~し!」


『秋月出版社』の前には、

看板雑誌ともいえる『週刊文青』と『SOFT』の大きな広告が

ショーウインドーに立つマネキンのように並んでいる。


「文青かぁ……ちょっとお堅いのよね、中身が」


『週刊文青』は、話題のニュースなどを追いかけ、

政治家のスキャンダルなども特集する。

ここの記者だということは、一種、ステータスともいえる雑誌だ。

政治に興味がないわけではないけれど、『きのこ』から『政治家』では、

ちょっとすっ飛びすぎよね。


「私はこっちかな」


『SOFT』。これは私が小さい頃から存在する、歴史ある少女漫画雑誌。

お目目がキラキラしている男性に憧れた経験は、誰にでもあるはずだ。

その少し下には、子供達の学習雑誌や、図鑑のようなものも置かれている。


「まぁ、どこでもいい」


この中のどこに配属されるかなんて、私にもまだわからないけれど、

きっと、私の力を必要としてくれる場所が、あるはず。

とにかく歴史がありそうな扉を開け、中へ進むと、正面に受付があった。

さすがに東京の大手出版社だ。田舎の小さな出版社には受付なんてない。


「すみません、履歴書を提出しに来ました」


ほら、『履歴書』だってば。

何、きょとんとした顔をしているの? あなたたち……





「あはは……」

「おじさん、そこまで笑わなくてもいいじゃないですか。
これでも積極性をアピールするつもりで、直接行ったんですよ」

「いやいや、ごめん、ごめん。さすがに乗り込むとは思わなくてさ。
やはり雄也の娘だな、和は」


自信満々に乗り込んだ私は、『秋月出版社』の受付で、撃沈した。

直接採用担当者に履歴書を手渡したいと言ってみたが、

エレベーターガールのように、丁寧な指の動きを見せる受付嬢は、

それは出来ないと譲らずに、『履歴書』は受け取られるだけになる。


「で、面接は?」

「明日あらためてしてくれるそうです。
いるのなら、今日してくれって言ったんですけど、相手も譲らなくて。
履歴書にまず目を通して、それから連絡を入れて、さらに面接になるって。
そんなの面倒じゃないですか、目の前にいるのに。でも、大手はそういうところに、
融通性がないんですよね」


私が文則おじさんと話している間に、

敦美おばさんは美味しそうな手料理を、あれこれテーブルに並べてくれた。

話をしなければと思っても、ふわりと上がる湯気と香りに、自然と視線が奪われていく。


「和、『秋月出版社』がダメなら、どうするつもりなんだ」

「……何も」

「ん?」

「失敗するなんて、思っていませんから。まずは一つに全力投球です」


気持ちがあちこちにぶれると、失敗することが多いのは、

私が今まで生きてきた24年の中で学んだことだ。

『こうならなかったらどうなるのか』を考えることより、

『なるようになる』と思うこと。





ケ・セラ・セラなのだから。





次の日、あらためて『秋月出版社』の前に立ち、大きく息を吐く。

私はここで働くのだと強く心に念じ、面接のために一歩を踏み入れた。



3 テラスの君


東京の一流出版社は、はたしてそんなに甘いだろうか……
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コメント

非公開コメント

ファイト

和~頑張れ~

というところです。(^_^)

ケ・セラ・セラですね

和、東京へ!

天川さん、こんばんは

>和~頑張れ~
 というところです。(^_^)

はい、応援ヨロシクお願いします。

和、東京へ!

pokoさん、こんばんは

>和のつぶやきに、クスクス笑ってしまう私。

ありがとうございます。
和の語りで話が流れていきますので、
おもしろいと思ってもらえたら、嬉しいな。

>すてきな男性が現れるのも、お待ちしてます。

はい、この先、素敵な人も、そうでない人も、現れますので、
少々お待ちを。

頑張れ~

和のポジティブシンキング!
その調子その調子。頑張れ~!
と取りあえず応援しておく。

だって・・・水を注すのは憚れる位の前向き(^^;)

何処にもそれなりのルールがある。

すごい行動力!!

す…すごい和の行動力。
今後周りをどこまで巻き込むことが出来るのか見ものですね!

「やはり雄也の娘だな」
これ、若い頃は言われてもあまり何とも思わなかった(むしろ嫌だった!?)けど、
ある程度大人になって言われたら嬉しい言葉だな~と思いました。

また、タイトルもいいですね!
「私に吹く風」
追い風にできるかどうかは、本人の前向きさにかかってるのだなーと思いながら読み進めています。

続き、楽しみにしています

和、東京へ!

yonyonさん、こんばんは

>水を注すのは憚れる位の前向き(^^;)

あはは……そうかも。
このままいけるはずないよ……とつい言いたくなるよね。

>何処にもそれなりのルールがある。

はい、和の『勢い』だけでは、どうにもならないこともあるはず。
さて、どうなるのか。

和、東京へ!

you01さん、こんばんは

>今後周りをどこまで巻き込むことが出来るのか見ものですね!

はい、巻き込むことが出来るか、
思い切り浮くのか(笑)
このままお付き合いください。

誰々の娘……確かにそうかもしれないですね。
親を面倒だと思うような年齢ではなくなった今、
一緒に暮らしていて、逆に意識することもあります。

>追い風にできるかどうかは、
 本人の前向きさにかかってるのだなーと思いながら読み進めています。

それはあるかもしれません。
ものの感じ方、見方によって、良くも悪くもなる……
って、ありますよね。

続きも、ぜひぜひお付き合いくださいね。