3 テラスの君

3 テラスの君



面接はたった一人の男性が、目の前の椅子に座るだけだった。

私のイメージでは、たくさんのライバルたちと、視線をぶつけ合いながら、

勝ち残っていく予定だったのに、これでは不戦勝もいいところだ。



……が。



「決まった? 決まったってどういうことですか」

「申し訳ない。採用者は決定してしまって……」

「ちょっと待ってください。それはおかしいのではないですか? 
私、採用の広告を見たのは3日前ですよ。
これでも相当、積極的に出てきたと思いますけれど」

「そうなんだよねぇ、広告を出した日に候補者が出てきて、
結局昨日、正式に決まってしまって。
慌てて、色々と連絡をしたつもりだったけれど、君は……抜けてしまったのかな?」



……かな? って、そこで首を傾げられても。



予想外の展開だった。受ける前からレースがなくなったと言われても、

それをそうですかと、あっさり認められるはずもない。

私はここまで、自分で交通費を払って、わざわざ出てきているのに、

何もつかまないで、戻ることなど絶対に出来ない。


「それならばその方の内定をとりあえず撤回してください。
私を面接して、それから決めてもおかしくないはずです」

「あのねぇ……」

「私をきちんと見てください!」


どんな雑誌の編集部だか知らないけれど、その隅に机と椅子があり、

私は勢いよく立ち上がり、しっかりと言葉を発した。

面接をしてくれた少し色黒の編集者さんは、困った顔をしたまま下を向く。


「見てください……ってば」


編集者さんの顔が、上に向くことはなく、私は履歴書を押し返された。





「はぁ……」


私の前に決まったという男性は、

大手出版社『小鈴館』の雑誌編集を4年やっていたという人で、

キャリアという点では、少し私の方が下だった。



……ほんの少しだけど。



実力が下だったとは認めたくないが、

短い面接だけでそれを見抜けというのは、確かに無理だろう。

『小鈴館』と『月刊きのこ』では、

確かにメジャーブランドと、叩き売りくらい差があるように見えてしまう。

この際、見習いでもなんでもいいと条件を下げてみたけれど、

色黒編集者、増渕さんの頭が縦に振られることはなく、『なるように』はならなかった。





「すごい、何よここ、いい景色」


編集部の窓から見えた景色がすばらしくて、上へ向かう階段を探すと、

あっさり屋上へ出ることが出来た。パターゴルフの練習場があったり、

コーヒーを飲めるような椅子とテーブルも置いてある。

東京の大きな出版社というのは、こうも恵まれているものなのかと、

『きのこ』業界誌を手がけていた私は、久しぶりに履いたパンプスに足が痛くなり、

パターゴルフ用の人工芝の上で、それを脱ぎ足を解放した。


「あぁ……楽だ、楽だ。足が喜んでる」


どうせ採用されることもないのなら、大好きなスニーカーででもくればよかった。

慣れないパンプスなんて履いて、いつもの自分を見せられなかった。

こんなの、私じゃない。

どうせ落とされるのなら、飾ったようなことなんてしなければよかった。

そうそう、自由にタップなんか踏んじゃってさ。

『君、それは素晴らしい特技だね、君にしよう!』なんてことになったかも。


「まぁ、それはないな、タップなんてしたことないし……」


タップではないけれど、足の裏が気持ちいいので、少しリズムよく足踏みする。

そして、親指から小指まで、押さえつけられていた1本1本をしっかりと動かし、

じわじわと戻っていくいつもの感覚を確認した。

どこからか、時間を知らせる時計の音がする。

はい、はい、わかっています。

いつまでもここにいるわけにはいかないから、手に持ったパンプスを……


「ん?」


誰もいないだろうと思っていた白いテーブルに、腰かけている男性がいた。

前には『STAR COFFEE』のカップとブックカバーつきの本。

そして、目にはおしゃれなメガネ。

着ている高級そうなスーツ姿は、今まで私の周りにうろついたことのない人種に見える。

編集者だろうか、それとも、仕事に来たモデルだろうか。

左手で頬杖をついている彼は、柔らかい笑顔でこっちを見ている。

風にふわりとなびきそうな髪の毛、きっといい匂いがするんだろうな……。



……なんだろう……このドキドキ感。

何も言葉をかわしたわけでもないし、目だってたった今、合ったばかりなのに。

金縛りみたいに、動けない。



「楽しそうですね」



心地よいトーンの声に、私の心臓がさらにさらに勝手に動く。

この人、有名な俳優? それとも声優?

顔だけじゃなくて、声まで素敵じゃないの。

只者ではない気がして、鼓動がますます速まってしまう。



「……あなた、誰ですか」



この場所に勝手に入り込んだことが、本能的にまずいと思ったのだろうか、

くだらないおふざけを見られたことに、焦りがあったのだろうか。

私の頭は無意識に変な問いかけをしてしまった。この落ち着き払った態度からして、

どう考えても、私より彼の方がこの場所にはふさわしいはず。


「僕は……」


テーブルの上に置いてあった携帯が揺れ、『テラスの君』は軽くボタンを押した。

小さく何度か頷くと、『わかりました』と返事をしている。


「それじゃ……」

「どうも」


こげ茶色のブックカバーに包まれた本を脇に挟み、

『テラスの君』は建物の中へ消えた。


それにしても、いったい誰だろう。

俳優だとしたら、ここでコーヒーを飲んでいることを、

マネージャーは知っているのだろうか。芸能人って、いつも管理されているはず。

取り巻きもいなかったし、社員達が騒がしく動く気配もない。

だとすると、やはり彼はどこかの編集者?



「アツッ……」



何? 私、今までずっと両手にパンプスを持っていたの?

履いているつもりで鉄板に足を乗せたら、結構熱かった。


「あぁ、びっくりした……」


ボーッとしている気持ちを元に戻し、パンプスを履くとすぐに彼を追いかけたが、

姿はそこになく、遠ざかる足音さえ聞こえない。


「まさか、幻じゃないわよね」


結局、彼が誰なのかはわからないまま、私は『秋月出版社』を出るしかなかった。



4 秋田犬と私


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コメント

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誰ですか

いい男……誰だろう

気になる~!

キャ~~~♪

妄想炸裂!!!!

愛しの彼を思い浮かべた❤
雰囲気がそのものじゃん!ね、ももちゃん^^

和・・・なるようにならなかったね。

男の正体は?

天川さん、こんばんは

>いい男……誰だろう

はい、彼の正体は、もう少し後でわかりますよ。
待っていてください。

男の正体は?

yonyonさん、こんばんは

>愛しの彼を思い浮かべた❤
 雰囲気がそのものじゃん!ね、ももちゃん^^

あはは……yonyonさんの興奮ぶりが伝わるよ。
そのままのイメージでいけるかどうか、
わからないけれど、彼の正体はもう少し先で……

和の明日は、どこにあるのか……