6 初仕事の日

6 初仕事の日



『BOOZ』の内容が、あまりにも刺激的なため、

津川の家では、とりあえず『秋月出版社』に就職が決まったことだけを語ることにした。

『秋月出版社』に入ったことは間違いない。

ウソをついているわけではないのだから、徐々に話していけばいいだろう。

こちらにもあちらにも、心の準備は必要だもの。


「やっぱり敦美の娘よね、和ちゃんは」

「いやいや、雄也の娘だよ、うん」


おじさんもおばさんも、まずはよかったと笑顔を見せてくれた。

さて、問題はここからだ。


「あの……実は頼みたいことがありまして」

「頼み? なんだ」

「今日も、仕事の帰りに駅前の不動産屋で部屋を探してきたんですけど、
すぐに移れるいい物件が見つからなくて。
仕事が決まった以上、部屋は貸してもらえるはずなんですが、それまでの間……」


特急列車で2時間の実家から、毎日通ってくるわけにはいかない。

ボロアパートでもなんでも、部屋を探して暮らさないと、

私のチャレンジは、そこで終わってしまう。


「和ちゃん、部屋なんて探さなくていいわよ。ここに住めば」


おばさんは、はじめからそう思っていたと笑顔を見せ、

おじさんも二階の和室が空いているから自由に使えと言ってくれる。


「でも……」

「いいの、いいの。和ちゃんがよければ、ずっといなさい、お嫁さんに行くまで」





『ケ・セラ・セラ』





人生はなるようになるものだ。

津川御夫婦の申し出を、ありがたく受けることにしよう。

私はきっと、『秋月出版社』で働き、あの会社をさらなる規模にするために、

神様から指名された『運命の女性』なのだろう。





……秋田編集長によると、だけれど。





「ってことで、明日仕事に出て、週末に戻るから。
うん、会社への連絡は明石さんに入れた。驚いていたよ、もちろん……
そりゃそうだよ、『秋月出版社』だからね、大手の」


結果報告をすると、母は、さすがに私の娘だと喜び、

『守り神』のなりそこないである弟の敬は、どこかに罠があると大きな声を出した。

こちらにももちろん『BOOZ』がどんな雑誌であるかは、語らない。

細かいことは、帰ってから話すよと言い、すぐに電話を切った。





菅沢さんに言われたとおり、次の日の私は、ジーンズにスニーカーで編集部に向かった。

背中には小さなリュック。

両手を開けておくのは、いつどんなスクープに出くわしても、

すぐメモを取れる体勢になれるから。



……というのは、それらしい言い訳。



まとわりつくようなスカートではないので、混雑した電車でも苦にならない。

コンビニに立ち寄り、ここのところ気に入っている野菜ジュースを購入し、

希望あふれる地下の職場へ足を踏み入れた。


「おはようござ……」

「って、あんたさぁ、約束が違うじゃないか! レポが書けないってどういうことだ!」


いきなり飛び込んできたのは、菅沢さんの怒鳴り声で、

怒りの方向がわからず立ち尽くす私を、細木さんが引っ張った。


「あの……何があったんですか?」

「今、郁はぶち切れているから、近づかない方がいいよ」

「はぁ……」


菅沢さんは編集部の電話を握ったまま、片手でなにやら打ち込んでいる。

忙しい銀行員が、片手ずつ別作業をこなす映像を昔見たことがあるが、

それに匹敵するくらい、器用に見える。

頭がぶち切れているのに、指だけは冷静に動くなんて、

この人、きっと只者じゃない。


「あんたのぐたぐたした言い訳を聞いている暇もないし、余裕もない。
いいか、今日の夕方まで待ってやる。は? 出来なかったらだと?
おぉ……出来なかったらな……」





出来なかったら……

私には関係ないんだけど、神経が集中してしまう。





「地の果てまで追いかけて、立ち上がれないようにしてやるからな!」





……どういう人なの? この人





菅沢さんが、電話の誰かに怒りをぶつけている間に、

私の隣で細木さんが、この状況について解説をしてくれた。

『BOOZ』には、『素人レポ隊』という仕事が存在する。

飲食店などに『BOOZ』のお金で行き、実際のサービスなどを採点するという、

名物企画があるのだそうだ。


「俺たちが行くと、面が割れてるだろ、
相手もいつもしないようなサービスをしてくるわけよ。酒が余計に出てきたり、
女の子が普段より多めにきたり、あ、そうそう、郁が行ったりすると、
関係ない女の子まで囲んだりね」

「はぁ……」

「普通の男が行って、正確に採点することが必要だからさ、
読者を面接して頼んだりするんだけど、
これがさぁ……ちゃんとやるやつばかりじゃないから、面倒なんだよ」

「へぇ……」

「おい、そこの……えっと……何だっけ名前」

「……飯島和ですけど」


何よ、昨日、よろしくなんて言って握手までしたくせに、もう名前を忘れているわけ?

全く、いい人なんだかそうじゃないのか、わからない。


「お前、『青島駅』の駅前にある『どんどん亭』へ行って、
堺って男からレポとって来い」

「『どんどん亭』?」

「あぁ、堺って男がバイトしているんだ。
昨日までにレポを入れる予定だったのに、入れてこない。
今日の夕方までに入らないと印刷アウトだ。真っ白なページは、まずいだろ」


原稿が入らないのは、確かに困る。

『月刊きのこ』だって、過去にトラブルだってありましたから、

それくらいの事情は理解できるけれど。


「バイト中なんですよね、向こうは」

「関係ないだろうが。休み時間でもなんでも書かせるんだよ。
いいか、書けないなんて言い張ったら、付け回せ!」

「付け回す?」

「どこまでも追いかけて、書かせろってことだよ」


菅沢さん、それは世の中で『脅迫』という行動に入る気がしますけれど。

そう言おうとした私の口は、向こうの視線に開く勇気さえ出てこない。


「あ、そうだ『秋月出版社』と言えよ。『BOOZ』の名前は出すな」

「どうしてですか? そう言わないと……」


私の不満そうな顔を見た菅沢さんが、

面倒くさそうに首筋をポリポリっとかいた。


「お前、親にもう言ったのか、『BOOZ』に入ったって」

「……えっと」





言っていません。





「ということだ。いいな、あいつが書くまで離れるなよ!」

「あ、菅沢さん!」


私の返事を聞くまでもなく、菅沢さんは編集部から出て行ってしまう。

初仕事は、なんだかとても面倒なことになりそうな、そんな予感がした。



7 張り込み編集者


『どんどん亭』の定食は、味噌汁付きでピッタリ500円。
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コメント

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おはつ

和の初仕事、初っ端から大変そうな……笑

どんどん亭の定食おいしそう (^_^)

No title

個性あふれる面々に囲まれましたね。
和がこれからどうなっていくのか楽しみです。
テラスの君は、出てくるかしら。

楽しそうじゃん

憧れの出版業界・・・ん?エロ漫画(^^;)ハハハ

しかも編集仲間の個性あふれる面々。
テラスの君は居ないのか?残念!!!!

初仕事が何やら一筋縄では行かない感じ。
嫌~な予感がするが、ま、頑張れ!

ケ・セラ・セラだ。

和、出陣!

天川さん、こんばんは

>和の初仕事、初っ端から大変そうな……笑
 どんどん亭の定食おいしそう (^_^)

いきなり仕事を振られた和です。
『どんどん亭』の定食、食べている余裕があるかなぁ(笑)

和、出陣!

あんころもちさん、こんばんは

>個性あふれる面々に囲まれましたね。

はい、色々な特徴を持った3人の男
……プラス編集長の『秋田犬』です。

>テラスの君は、出てくるかしら。

はい、出てきますからね、
もう少々、お待ちを。

和、出陣!

yonyonさん、こんばんは

>テラスの君は居ないのか?残念!!!!

はい、ここにはいませんでした。
『テラスの君』にエロ漫画は似合いませんから(笑)
さて、彼はどこにいるのか、誰なのか……

もう少々お待ちを。

初仕事に向かった和、yonyonさんの嫌な予感が当たるでしょうか。