リミットⅡ 20 【母への手紙】

20 【母への手紙】

母へ送った深見からの手紙……。消印は昨年の8月末。

一度日本へ戻り、咲にプロポーズした後に、出したものだった。


「読んでいいわよ……ううん、読みなさい、咲」


咲は封筒から便箋を取り出し、ゆっくりと開く。間違いない深見の筆跡に、

すぐ目が潤み始めた。





       突然、このような手紙を出す失礼を、お許し下さい。

       本来なら、きちんとお会いしてお話すべきなのですが、時間が取れず、
       このような形になりました。

       咲さんが入院した時、電話をした深見亮介と申します。

       彼女とは、僕が西支店に主任として赴任した時に知り合いました。
       自分に正直で、仕事に前向きな姿に惹かれ、お付き合いをさせて
       いただいています。

       今回、赴任先の中国から一時戻り、プロポーズをしました。

       体調のことを気にして、返事は1年待って欲しいと言われましたが、
       来年、日本に戻って来た時には、僕についてきてくれるという答えが
       もらえるものだと、信じています。

       咲さんの体のことを、お母さんが気にしていらっしゃることを聞き、
       この手紙を書かせていただきました。

       僕は、たとえ彼女が事故の後遺症を背負うことになったとしても、
       気持ちを変えるつもりはありません。二人で乗り越えて生きていこうと
       思っています。ですから、どうか、そのことを気にするようなことは、
       彼女に言わないでやってください。

       頑張り屋の彼女ですが、時に気持ちを張りすぎて、折れてしまうことが
       心配です。

       もし、残り1年で彼女がそちらに戻るようなことがあった時には、
       どうか支えてやってください 。必ず僕が、迎えに行きます。

       顔も会わせたことのない男を、信用して欲しいと言うことは難しいかも
       しれませんが、互いに手を握りあい、支え合っていくつもりです。

       来年、二人でそちらへうかがえることを、楽しみにしています。
       一方的な内容になり、申し訳ありません。

                                        深見亮介





便箋を見つめたまま、じっとしている咲。こんな手紙を深見が母に出していたことなど、

全く知らなかった。


「お母さん、この手紙をもらって、咲にはもう何も言うことはないんだなってそう思ったのよ。
書いてあるでしょ。気にするようなことは言わないでやってくれって……」

「……うん……」


母は咲の前にお茶を置き、少し笑っている。


「お父さんのお墓に報告もしたのよ。
お父さん、咲はもう私たちの手から離れていきましたよ……って」


母は咲に何枚かのティッシュを手渡す。


「ほら、涙で濡れちゃうでしょ、手紙……。拭きなさい」

「うん……」

「もしかして、この1年で咲がまた泣いてこっちへ戻ってきたら、この手紙を見せようって、
ずっと思っていた。でも、正月にも顔を見せずに、必死で頑張っていたから、
何も言わずに今日まで……」


そうだった。母にまた何かを言われたら……。そう思うと高かった家の敷居。


「咲……」


母は手紙を持っている咲の両手を自分の手で包み込む。


「深見さんを信じて、頑張りなさい! いいね…… 」


声が出せないまま、咲は何度も頷いていた。父を亡くしてから、

ずっと一人で頑張ってきた母の手のぬくもり。


「今度二人で来てくれることを、お母さん、楽しみに待ってるからね」

「……うん……」


母はエプロンで自分の目を少し押さえると、スッと立ち上がった。


「咲、いつまでこっちにいるの?」

「……2日くらい……泊まるつもりで来た」

「……じゃぁ、明日から料理させないと。もう、30も近い娘なんだから、
出来ないなんて恥ずかしいよ」

「……うん……」

「ほら、お風呂沸いてるから ……入ってきなさい」

「……うん……」



『ありがとう……お母さん。私、深見さんと幸せになるからね』



咲は台所に立つ母の後ろ姿に向かって、そう誓っていた。





2階の部屋から見る月明かり。その光りに深見からの手紙をあてながら、もう一度読み返す。

実家の住所を教えたのは、誰なんだろう。秋山か……それとも利香か……。

そんなことを考えていると、携帯が鳴り出しそれを取る咲。


「もしもし……咲?」


深見の声を聞いただけで、すぐに涙が出そうになる。


「深見さん、月見えますか?」

「……ん?」


咲の問いかけに、電話を持ちながら、窓を開ける深見。


「少し雲がかかってるけど、見えるよ。……東京は?」

「東京じゃないですよ。今、実家です。きれいに……見えます……」

「……そうか……お母さんは元気?」

「はい……」


母に出してくれた手紙のことを思い出し、言葉に詰まる。

それでも、明るく話そうと深見に問いかけた。


「深見さん、ちゃんと食べてますか?」

「は? なんだよ、いきなり……食べてるよ。一人暮らし長いから、結構自炊だって出来るし」

「……ちゃんと睡眠取ってますか?」

「……」

「……」

「取ってるよ……」



『来年、日本に戻って来た時には、僕についてきてくれるという答えがもらえるものだと、
信じています。』



「深見さん……」

「……咲を、愛してるよ……」

「……エ?」

「あれ? 違うの? そう来るのかと思って、先に言ったんだけどな。なんだ……」



『もし、残り1年で彼女がそちらに戻るようなことがあった時には、
どうか支えてやってください。必ず僕が、迎えに行きます。』



深見の声を聞く度に、手紙の文面を思い出してしまう。言葉に詰まる咲を心配する深見。


「咲……泣いてるんだろう……どうした……」

「……」

「お母さんに、何か言われたのか?」


悲しいわけじゃないんです……。そう何度も首を横に振ってみるが、

電話の深見にはそれが分からない。


「何かあったなら、ちゃんと言えって言っただろ……おい……」


咲は受話器を握りながら、何度もうなずく。


「深見さん……」

「ん?」

「私を好きになってくれて……ありがとう……」


咲の深見への感謝の言葉。止まってしまった深見の声に、咲は、自分と同じように、

今、深見も泣いているんじゃないか……そう感じている。

悲しくなくても、涙が止まらなくなるときがある……。

咲は、何も声が聞こえない電話を握りしめたまま、そう思っていた。





そして、季節は7月。咲は相変わらずの毎日を送っている。ちょっとした事件で

話すようになった寺内とは、今では利香も交えて食事をする間柄になっていた。


「どうかなぁ、秋山君の結果」

「そうですよね……」


寺内と咲は秋山の主任試験の結果を気にしていた。一番気にしなければならない利香は、

高校の修学旅行の件で朝から外回りだった。


「深見さんが言うには、秋山さんの実績があれば間違いないって……」

「そう……。ただ、ストームツアーズとの提携のことで、
条件が厳しくなっているんじゃないかって、噂も流れてるんだよね」

「そうですか……」


そして、1週間後。エレベーターの前で大きく深呼吸をする秋山。手に茶色の封筒を持ち、

上行きに乗り込む。営業部へ顔を出すと、席に座っている利香に声をかけた。


「宮本! ちょっと……」





「あ、そうなんだ!」

「そうなんです。秋山さん合格して、利香に告白! したんですよ」

「そうか……宮本とね……」

「利香、最初はビックリしたみたいだけど、主任試験を頑張っていたことを知ると、
大泣きしてました。なんだか、自分のことみたいに、私も興奮しちゃって」

「咲が興奮しなくても……」


深見が東京を去る前、自分の好みはグラマーな女性だと言っていた秋山のことを思い出す。


「宮本と咲じゃ、見た目は変わらないけどな」

「エ? なんですか?」

「いえいえ……こっちの話です」


咲はその後も、利香と秋山のことを嬉しそうに話し続けた。





咲は書類を持ち、横浜支店へ向かっている。寺内が任されたものだったが、

どうしても会いたい人がいる…… と理由を話し変わってもらったのだ。


「浅岡主任……じゃない、浅岡部長、お久しぶりです」


西支店から横浜支店へ栄転になった浅岡。咲の会いたい人物とは彼のことだった。


「そうか、 8月で辞めるのか……」

「はい……」

「仙台へ行くんだろ」

「はい……。西支店では色々とご迷惑をおかけしました」


浅岡が主任の時に、体調を崩し、派遣になり、色々とあったことを思い出す。


「あの……」

「何だ」


咲は浅岡の方を向き、話し出す。


「浅岡部長、深見さんのことが嫌いだって、言われましたよね」

「……あぁ、言った……」


西支店を去るとき、浅岡は咲にそう言って別れていった。初めて赴任先になった千葉支店から、

ずっとライバルだった二人。


「あの時は何も言い返しませんでしたけど、もう辞表も出しましたし、
怖いものもないですから、ハッキリ言わせていただきます」

「……」

「深見さんが嫌な人間に見えるのは、浅岡部長がちゃんと見てくれていないからだと、
私は思っています」

「……」

「少なくとも、私にとっては、この世の中で一番素敵な人だと思っていますから」


そう言い切ると浅岡の方を向く。始めは真剣な顔で咲を見ていた浅岡だったが、

その発言にしだいに表情を崩し出す。


「それをわざわざ言いに来たわけだ、早瀬は……」

「はい! 言われたまま、仙台へ行くのは嫌だったので」


浅岡の笑顔に、つられて笑う咲。


「残念だけど、僕があいつを好きになる日は一生来ない。でも、あいつがいたから
今の自分がある……それも間違いない。これからもずっとあいつを意識して
仕事をしていくと思う。出世街道から深見が転げ落ちなければ……の話しだけどな……」


咲を挑発するように言う浅岡。咲は何度か頷きすぐに言い返す。


「転がり落ちたりなんてしませんよ。私がついてますから……」

「……」

「……ってたいした力じゃないですけど……」


深見のことを想い、頑張り続けてきた咲の言葉。


「そうだな、今、あいつに負けているところがあるとするなら、君のような応援団が
いないことだろうな……」

「……」

「早瀬、俺とあいつは正反対なんだよ、仕事に対する考え方も、人との接し方も。
……で、名前も……」

「……名前?」

「浅岡と深見だからな。わかりあうのが無理なんだ……最初から……」


浅岡と深見……。浅いと深いでは確かに正反対だ。そんな浅岡の例えに、納得してうなずく咲。


「仕方ないですね。わかりました……」


咲は少し笑いながら、そう言い返す。


「あ、そうだ、秋山主任試験通ったんだろ」

「あ、ご存じなんですか?」

「あぁ…… よかったなって言ってくれ」

「浅岡部長から言ってあげてください。喜びますよ、秋山さん」


浅岡は座っていたベンチから立ち上がり首を振る。


「深見はすぐに電話でもしたんだろ、秋山に……」


そう、その通り、深見はすぐに秋山と連絡を取っていた。


「な? あいつはそういうヤツなんだよ……」


浅岡は悪い人ではないんだ……。それは深見が最初に言っていたことだった。

人と接するのが上手くない。ただ、深見との差はそれだけなのかもしれない……。


「お仕事の邪魔してすみませんでした」

「いや……」


丁寧に頭を下げ、浅岡のところから少しずつ離れる咲。


「早瀬!」


その声に、咲は浅岡の方を振り返る。


「お幸せに……」


咲がどうしても会いたかった浅岡との再会は、また一つ心の荷物を整理してくれるものだった。





「浅岡さんに会いにいったのか……」

「お世話になったし、色々と言ってあげたいことがあったんです。
深見さんのことが、どうも嫌いらしいので…… 」

「……あはは……いいよ、そんなことどうだって」

「浅岡部長も早くいい人見つけた方がいいですよ! じゃないと、
一生深見さんには勝てませんからね! って……」

「言ったのか?」

「言いません……」


7月、夏が本格的になり、二人が会える日が少しずつ近づいてきていた。

                                    …………まで、あと453日





やっぱり深見だよね……

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コメント

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こんばんわ

亮介の手紙がとても印象に残った、好きな回でした。このお部屋のおかげで、また、新しい気持ちで読めて嬉しいです。 亮介と直人は近いかなあ。私のなかでは。 このももんたさんのお家、なんか近所にいる友達に遊びにいく気楽な感じでいいですね。 ̄m ̄ ふふ、、、私ごとなのですが、少しずつ、べったり子育てから、社会にゆっくり、出始めました。癒していただいている SOBにお礼を言う勇気がなかなかでなくて、ここでももんたさんをはじめ、作家の皆様にこそっとお礼を言います。 本当にありがとうございます。

おさんぽに……

hallさん、こんにちは!


>亮介の手紙がとても印象に残った、好きな回でした。

ありがとうございます。以前、サークルに掲載した時にも、
娘にこんな手紙v-4をもらったら、即OK! だと言ってくれた方がいらっしゃいました。
咲、咲の母、それぞれの立場に立って、読んでもらえるって、嬉しいことです。

hallさんの中では、亮介と直斗が似ているように見えますか? 
そうですね、作者が同じなので、どこか共通点はあると思いますが、亮介には全く影がなく、
直斗には影がある……その点は別なところもあるかなと思ったりもしています。

私は、創作に写真をあまり使わないので、読み手の方が好きなように想像してもらえたら。

私も子育てから、少しだけ社会へ……の日々を送っている一人です。
大変なこともあるけれど、気分転換も出来て、楽しいですよね。
これからも、ちょっとお散歩程度に来てもらえるような、お気楽な場所を目指してますので、
お茶v-365でも飲みながら、読んでみてください。

ここで慣れてしまったら、サークルデビューもどうですか?
(いや、無理にとは言いませんよ……マイペース、それが一番長続きしますからね)