【S&B】 10 戻される記憶

      10 戻される記憶



濱尾と僕で三田村と大橋の机を少し右にずらし、棚から離す。とりあえずうしろを誰が通っても、

窮屈な感じはなくなった。


「あ、ありがとうございます」


三田村は嬉しそうに頭をさげ、座りやすくなった椅子に腰掛けた。

もっと早く気付いてあげたらよかったねと濱尾が言いながら、三田村と話し続ける。

その空間を取ったおかげで、僕のデスクが魚沼部長と距離を近くしたが、

あまりこの席にいない人は、邪魔にもならず、今まで隠れていた三田村の表情が、

ここからまっすぐに見えるようになった。


……ぺこすけが三田村かもしれない。


あれだけの書き込みで、決めつけるのはよくないが、可能性を考えれば、低いはずがない。

彼女も甘い物が好きなことは、初めて会ったケーキ店でわかっていたし、

『ぺこすけ』というあだ名を持っていても、おかしくないようなドジぶりも知っている。

もし三田村がぺこすけだったとしても、僕の正体が割れているわけではない。



『企業に入ったら指示されたとおり仕事をすることと、会社の内情をあれこれ考えたりしないこと。
ましてや、正社員の方に意見を言うなんてことは、してはいけないんです』



逆にもし本当に三田村が『ぺこすけ』なら、彼女がこの職場をどう思っているのかを聞くためには、

絶好のチャンスだと思い、あえて何も言わず気付かないふりをすることにした。



     >長坂の駅で降りて、そこから5分ほど歩くと
      レストランがあるんです。
      そこには『最後のケーキ』と言われている
      シェフ自慢のチーズケーキがあるんですよ。



仕事で出張に行っていたというランデブーが、久しぶりにブログに訪れ、そんな情報を残していった。

僕は地図を開き、場所の確認をする。そのレストランの場所は15分ほど歩くと、

『かいづか』の本社がある。

今年の初めに、急に開いてしまった雑誌の広告記事の穴を会長に頼み込み、

埋めてもらった企画の効果が出始めているだろうと、挨拶がてら『かいづか』へ行き、

その後、その店へ向かうことにする。





アポイントを取ると、会長がまた企みをするはずで、あえて何も言わずに立ち寄ることにした。

呉服メーカーの大手だが、5年ほど前に本社は建て直され、シンプルな建物の中に

一歩踏み入れると、そこはどこかの国の洋館ではないかと思えるような内装になっている。

日常生活の中で、ちょっとした贅沢をする。着物を着ると言うことはそういうことだ。

これは会長のポリシーで、確かにあの場所に入ると、ちょっと日常空間から飛び出した気がする。

駅から歩いていると、濱尾からメールが入る。極秘で進めている計画が形になり始め、

僕は左の親指を動かし、濱尾に返信をした。


「いらっしゃいませ……」

「すみません、青山ですが……」


新人の店員は、僕のことを知らないようで、客のように近づいてきたが、

奥にいたベテランの店員はすぐに頭を下げ、奥にいる夕夏さんを呼んだ。

外に飛び回ることが好きな会長の脇にいて、今、本当の意味で『かいづか』の中心は彼女だった。

無地の着物を粋に着こなし、颯爽と登場する姿は、企業のトップとして君臨できる華がある。


「青山さん、どうしたんですか? 母とお約束?」

「いえ、ちょっとこちらに用事があって……」


まさかケーキを買うために立ち寄ったとも言えなかったが、こういう時、

営業マンというのは本当に恵まれていると思う。どこで何をしていても、すぐに仕事に結びつく。

嫌なことがあって、街をぶらついていただけでも、仕事だと言えるし、

図書館に籠もって本を読んでいても仕事だとごまかせる。

ただ、営業成績がついてくればの話だが……。


「年明けにお願いしてしまった企画の効果が、出ているのか気になったものですから」

「あ……」


夕夏さんは両手で軽くポンと叩くと、すぐに奥から雑誌を1冊手に持ち、こちらに戻ってきた。

年明けに30代の主婦を対象とした雑誌の広告記事ページ。

本来ある遊園地の特集を組むことになっていたが、その経営者が脱税でつかまり、

急に企画が浮いてしまった。世話になっている雑誌だったため、編集長に頼み込まれた

営業部としても、断ることは出来ず、急遽スポンサーを探し、僕が会長に頼み込んだ。


「おやこでゆかた……すごい好評なのよ。冬の時期だったでしょ? 
浴衣? って疑問符だったんだけど、今、注文が結構来ていてビックリなんだから。
それでつり上げたドラマのタイアップも、おかげさまで好評!」


危機を救った雑誌の、編集長の縁で、4月スタートしたドラマのオープニングを、

『かいづか』の着物が華やかに彩った。成人式を迎えた主人公達が田舎で再会するシーン。

主演女優達が着た着物のデザインが、あっという間に広まったのだ。


「もう、さすが青山ちゃんよって、母がテレビにキスしてましたよ」

「そうですか、相手が僕じゃなくてよかったです」

「あ……あはは……。いたら危なかったわ、きっと」


あの会長ならやるだろうと、僕は頷きながらそう思った。夕夏さんは展示されている着物の前で、

立ち止まり僕の方を向く。


「ねぇ、青山さん。一度着てみない? 似合うと思うわよ」

「夕夏さん、いつから会長と同じ手を使うようになったんですか?」


一度『かいづか』のモデルになってくれというのは、会長の口癖だった。

プライベートで着物を着たこともない僕は、窮屈そうで嫌だと言ったが、

その技は娘の夕夏さんにどうも引き継がれているらしい。


「背も高いし、見栄えもするもの。もったいないわよ、営業マンだなんて……」

「いえいえ……」


視線の隅に入っていた螺旋階段を、一人の女性が下りてくる気配を感じ、

僕はなにげなくそちらを向いた。和模様で朱色の着物を着た三女の京佳さんが、

階段を踏み外さないように、着物の裾を少しつまみながら一歩ずつ下りてくる。

京佳さんの雰囲気と朱色の着物は、僕の閉まっていた記憶を呼び戻した。大学に入り、

バイトをした家庭教師の登録所。そこで出会った千鶴は、同じ年の女性だった。

自分の考えをしっかりと持った彼女と意気投合し、それからしばらくして

一人暮らしをする彼女の部屋に、僕が顔を出すようになった。


成人式は地元で済ませたと言った千鶴に、どうしても着物を着て欲しいと頼んだのは僕で、

近くの美容室を予約し、少し遅れた成人式を二人で迎えた。



『ねぇ、祐作。私たちきっと結婚式に出たんだと思われてるわよ』

『あぁ、そうかもね』



彼女にあうように僕もスーツを着て、互いに大人になったことを祝い、

学生レベルでは高級な店へ行く。何かを考える頭の隙間があれば、

千鶴のことばかりを考えていた日々。今思い出せば子供のようだが、大学を卒業したら、

僕達は当たり前のように結婚し、新しい家族を作るのだと疑うこともしなかった。



『部屋に戻って脱がせるのは、もったいないな……』

『じゃぁ、触らないでよ……』

『……いやだ!』



「こんにちは……青山さんですよね」

「あ……はい」


僕の記憶の旅は、京佳さんの挨拶で幕を下ろした。彼女の大学のゼミに、

教授が招待した外人スタッフがいて、着物を披露するのだと夕夏さんが教えてくれる。

僕も学生時代、アメリカにホームステイをしたことがあったが、着物に興味がある外人が多いことに、

驚かされた覚えがある。


「ママが言っていたイメージより、もっと素敵な方でした」

「エ……」


京佳さんはそう言いながら僕に頭を下げると、あらかじめ呼んであったタクシーに乗り込み、

見えなくなった。彼女が千鶴ではないことは、十分わかっているつもりだったが、

もう一度彼女に会ってみたいという思いが、少しずつわき上がる。





『かいづか』を出て、本来の目的である店へ向かう。店内で食事をする客も多く、

なかなか人気の店らしい。何度かこの前を通ったこともあったのに、

『最後のケーキ』があることには、今まで気づかなかった。

店に入ろうと扉に手をかけた時、店の奥でカップルが楽しそうに食事を続けているのが見えた。

そんな光景はどこにでもあるが、その女性が第一営業部の今野で、

相手の男が『ブランケット』の営業マンだったことに、僕の動きがそこで止まった。





11 心の奥の顔 へ……





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コメント

非公開コメント

な、なんと!

京佳さんに昔の彼女をダブらせて・・・心が騒いじゃった?
もう一度会いたいと思うのは恋の始まり。かな?v-238
ん?前にもこんなコメントした記憶がe-351

着物脱がせて、後どうした?彼女の部屋なら、構わないかe-461

今野さんが怪しいの??v-12

yonyonさん!

祐作と千鶴との関係は、これから少しずつ明らかになるんですよ。
まだまだ序盤ですから、一気には出てこないのさ。
さて、雰囲気の似ている京佳とのこれからは……

どうなるのでしょうかねぇ……v-410


>着物脱がせて、後どうした?彼女の部屋なら、構わないか

脱がせてどうしたか?
知ってるでしょうが! 奥様ったら……v-398


>今野さんが怪しいの??

うふふ……ということで。v-391

ボチボチと。。

カッコいい(古~~い)祐作なら素敵な女性は
周りに居たでしょうし、お付き合いもそれなりにねv-10

千鶴さんがどんな人でどうして別れちゃったのかは
これから、教えて頂けるでしょうからね
ボチボチと祐作の過去が見えてくるのでしょう!
楽しみですv-238

ぺこすけが三田村さんなのかハッキリ
決まった訳じゃないけどかなり濃厚ですよねv-28

仕事の事も何だか原因が見えてきたようだし
面白くなってきたぞ~v-218



beayj15さん!

こんばんは! です

>千鶴さんがどんな人でどうして別れちゃったのかは
 これから、教えて頂けるでしょうからね
 ボチボチと祐作の過去が見えてくるのでしょう!
 楽しみです

そうそう、ボチボチですけど、ちゃんと進みますからね。
今はしっかりと登場人物の特徴などを、見てやって下さい。v-218

面白くなってきた……と言い続けてもらえるように頑張りますね!v-291