15 王子の笑顔

15 王子の笑顔



私は飲み干さなかったカフェラテを置き、田ノ倉さんと白いテーブルで向かい合った。

目の前には互いの、同じ『STAR COFFEE』のカップ。

お・そ・ろ・い・だ……


「飯島さん、この間は、色々と愚痴をこぼしてしまい、すみませんでした」

「いえ……」


田ノ倉さんと菅沢さんが親戚だと言うことを聞き、

それから確かに少しだけ、今の自分がいる立場が嫌だと話してくれたっけ。

エレベーターがゆっくり上昇すればいいと、願ったあの時。


「あの時、飯島さん『人生はケ・セラ・セラ』だって、言われましたよね」

「あ、はい」

「ケ・セラ・セラ……なるようになる。
飯島さんはいつも、そんなふうに考えているのですか?」


私だって、生まれた時から常に前向きだった訳じゃない。

今日は天気もいいし、菅沢さんもいないから怒られないし、

なんだか気分がよくて、父の話をし始める。


「お父さんが……」

「はい。部活を始めたばかりで、色々と友達関係に悩んだりしている時、
そんなに悩んでばかりいてはダメだって、そう教えてくれました。
『なるようになる』と思うことは、どうでもいいということではなくて、
気持ちを前に向けることの方が、結果的にいい風を運ぶことが多いからです。
苦しい時にも、それがプラスになると思えたら、その方が得じゃないですか」


私はそう言いながら空を見る。

今日も、この空のどこかから、父はきっと私を見てくれているだろう。

今の説明、どう? 合格点?


「素敵なお父さんですね、そんなふうにアドバイスしてくれるのは」

「はい……もう亡くなって8年近く経ちますが」


田ノ倉さんから、『あっ……』と小さな声が漏れた気がした。

聞いてはいけないようなことを聞いてしまった、そんな気まずい空気を感じてしまう。


「すみません、僕はそんなことも知らずに」

「いいんです。久し振りに父の話が出来て、私は嬉しいので」

「そうですか?」

「はい。亡くなった父は、『東西新聞』の記者でした。
アメリカへ取材に出かけた時に乗った、小型機が事故になって、それで……」


幼い頃から、父が記事を書く新聞を、いつも広げて読んでいた。

地方の小さな雑誌社に入ったのも、

父の仕事を少しでも身近に感じたかったから。

そして運命は私に変化を呼び、この『秋月出版社』へ入社する。


「へぇ……『きのこ』の情報誌ですか」

「そうです。素人さんでも結構山へ入ると気軽に取れるんですよね、きのこ。
でも、毒があったりして、全てが食べられるわけではないですから」


田ノ倉さんが、本当に優しい笑顔で話を聞いてくれるからか、

『月刊きのこ』時代に、きのこ帳という付録を作り、つけるアイデアを出した話まで、

私の口は滑らかに語ってしまう。


「あはは……きのこの単語帳か」

「はい、見つけたきのこをすぐに調べられるように。これが結構評判でした。
私が仕事をした1年1ヶ月で、一番のヒットです」

「確かに、そういうものがあれば、勝手に思い込むことも少なくなりますね」

「はい!」


私のカフェラテは、全く進む気配がなかった。

いつの間にか話すことが楽しくて、休み時間がどれくらい過ぎたのかも、

頭から飛んでいる。


「『BOOZ』に入ることは自分が選んだ訳ではありません。内容も内容ですし……」


そう、普通なら女性は入らない雑誌だろう。

まぁ、だからこそ、アシスタントが決まらなかったのだけれど。


「それでも、私にチャンスをくれた雑誌ですから。頑張ります」

「『ケ・セラ・セラ』ですからね」

「はい!」


そう、女性の裸とか、ちょっと性別不明の先生が書く漫画だろうが、

私を成長させてくれることは、間違いないはず。

言いたいことを言い切って、カフェラテにあらためて口をつけた時、

扉が開き一人の女性が現れた。すぐに田ノ倉さんを見つけ、かけ寄ってくる。


「チーフ、休憩中申し訳ありませんが、すぐに戻っていただけますか。
京塚先生が、打ち切りの理由を教えてくれと、座り込んでしまって」

「あぁ……今行くよ」


田ノ倉さんはそう返事をすると、食べるために持ってきたはずの紙袋に、

何も手をつけないまま席を立った。


「田ノ倉さん」




私、なんてことをしてしまったんだろう……




調子に乗って、一人でしゃべって、田ノ倉さんがここで食事をする時間を、

奪ってしまった。


「すみません、私が話し続けてしまったから、昼食……」

「聞きたいと言ったのは僕です。そんなことは気にしないで」

「でも……」

「大丈夫です、サンドイッチなら2、3分もあれば食べられます。
あ、そうだ」


田ノ倉さんは袋を開けると、小さな『バウムクーヘン』を、私に差し出した。

袋には『STAR COFFEE』のマーク。


「これ美味しいですよ。ぜひ、食べてみてください」

「いえ……でも」

「楽しい時間でした。僕も『ケ・セラ・セラ』を、心に置くことにします」


田ノ倉さんはそう言いながら、心臓の部分を軽くトントンと叩いた。


「京塚先生に、一応の説明はしたの?」

「はい……」


遠くなる田ノ倉さんの声と、私の手に残る『バウムクーヘン』。

申し訳ない気持ちは残るけれど、『楽しい時間』だと言ってくれたのだから、

それを信じることにしよう。


「うわぁ……青い空」


いただいた『バウムクーヘン』の穴の部分に、今日のご機嫌な空を映して見る。


「飯島さんっておっしゃるんですね」


田ノ倉さんを呼びに来た編集部員さん、一緒に戻ったんじゃなかったんだ。


「はい……」

「『BOOZ』のような雑誌なら、どれだけ油を売っていてもいいのでしょうけれど、
『SOFT』は1分1秒を争う中で仕事をしているんです。
それでなくてもチーフは色々と抱えて、なかなか休憩を取れないから、
私達もここへ上がるときには邪魔にならないようにと遠慮しているのに……」


編集部員の社員証には、『東原』と名前が書いてある。

ストレートな黒髪がきらりと光る、なかなかの美人さんだ。



「立場を少し、わきまえてくださいね」



『少女漫画雑誌、売り上げ日本一』のプライドだろうか、

『立場』なんて言われて、なんだか無性に腹が立った。


「あの……」

「何ですか」

「貴重な時間をつぶしてしまったことは、田ノ倉さんに謝りました。
でも、東原さんに『BOOZ』を批判される筋合いはありません。
『BOOZ』も『SOFT』と同じように、1冊1冊、みんなで必死に作っていますから」

「は?」


私はカフェラテと『バウムクーヘン』を握りしめ、どうでもいいプライドから、

東原さんよりも先に屋上を出た。そのまま階段を下り続け、本社ビルを出る。

見上げる建物は大きく、重厚感もあるが、

だからといって、半地下編集部が、劣っているとは思えない。

信号が赤から青に変わり、『手を叩きましょう』が流れ出す。

私は胸を張り、本社ビルに背を向けると、職場に向かって一歩を踏み出した。



16 ブルーな男


和 VS 東原……この二人の子供のような戦いの幕は開いた!
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コメント

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空が

東原さん、強い女性がでてきましたね。

バウムクーヘンから見える空の描写が好きです(^_^)

きのこの単語帳、可愛い。笑

おっ!

お。ライバル出現か?

仲良くしていたのが気に入らないんだろうね。

自分も気軽に話したい。バレバレですよ~東原さん。

東原登場

天川さん、こんばんは

>バウムクーヘンから見える空の描写が好きです(^_^)

うわぁい、ありがとう。
和の嬉しい気持ちが、出ている文章で、私も気に入っています。
これからも、コツコツ、お付き合いください。

東原登場

yonyonさん、こんばんは

>仲良くしていたのが気に入らないんだろうね。

そうだろうね。
まぁ、立場が違うと、対応も違うんでしょうが。
東原と和のちっちゃな争い(笑)は、これからも起こります。