20 価値観の相違

20 価値観の相違



田ノ倉さんが菅沢さんに宣言した通り、

私が『BOOZ』に戻ったのは、電話からほぼ2時間後だった。

一緒に食事をした店で、田ノ倉さんは編集部へお茶用のクッキーを購入し、

それを細木さんに手渡している。



菅沢さんは……

全く、田ノ倉さんを見ようともしないけど。



あ、もちろん及川さんも、違った意味で見ないけど。



「うまいんですよね、ここのクッキー」

「ご存じですか」

「はい」


細木さんが箱を棚の上に乗せ、お茶でも入れますかと田ノ倉さんに問いかけた。

田ノ倉さんは手を振り、これで失礼しますと編集長に頭を下げてくれる。


「おい諒、お前あんな場所で朝から何してたんだ」


今まで散々黙っておいて、帰り際に憎まれ口を叩くなんて、

全く菅沢さんは……


「京塚先生のマンションに行ったんだ。
なんとか了解をもらおうと、今日は時間を取っていたから、あの時間に……」

「相変わらず、悠長な仕事ぶりだな。さすが『SOFT』だよ」

「どういう意味だよ、郁」

「そんななぁ、ピークを過ぎた漫画家の処理に一日かけていられるほど、
『BOOZ』は予算もないし時間もないんだってことだ」


田ノ倉さんの足が、進行方向を180度変える。

これはきっと、戦うつもりだぞ。


「悠長にしている訳じゃない。京塚先生は、長い間『SOFT』が世話になった。
それをこちらからの一方的な通知と話で、納得してくれと言う方が失礼だろう」

「一方的とは違うだろう。世の中には契約書が存在する。
作品ごとに条件も提示して、納得の上書いているはずだ。
それをどこかに忘れておいて、自分に不利なことが発生すると、
とたんにああだこうだと言ってくる。それにいちいち付き合う方がおかしい」

「契約書? ……あぁそういうことか、郁、お前、この間のこと恨んで……」



『この間のこと』

あ、バックナンバーを芸能事務所に止められた話だ。



「別に……『王子様』には逆らえませんからね、はなから戦う気すらありません」

「郁!」

「あぁ、もう、私、何でもやりますから。残業でも徹夜でもやりますし、頑張ります。
こんなところで言い合いをする方が、よっぽど時間の無駄です」



どうだ、二人とも! 言い切ったぞ!

これほど建設的な意見は、ないに等しいでしょう。



「諒……お前の常識や考えが、全ての人に当てはまると思うのは、
いい加減にやめてくれ」

「郁……」


それだけを告げると、菅沢さんは印刷所に行くと言い、編集部を出て行って、

田ノ倉さんもあらためて編集長に挨拶をすると、本社ビルへ戻った。



ところで……私の宣言、二人とも聞いてました?

結構いいこと、言っていたはずなんですけど。





「どうして菅沢さんはすぐに『ドン』って怒るんですかね。
もう少しオブラートに包む言い方というか、優しい言い方が出来ないものかと……」


『のどか』さんに取材をしたメモを取り出し、原稿の文字数を計算し、

まずはどこを削るか考えて見る。


「郁さぁ……待っていたんだよ、和ちゃんのこと」

「私のことをですか?」

「あぁ。一人で風俗店初取材だろ、
どうせ面食らってあたふたして帰ってくるだろうって。
それでも、誰かがついていくと、それに甘えて練習にはならない。
帰ってきて教えてやる方が結果的にはいいはずだってそう言って。時計見ながら……」


そういえば、菅沢さんからの電話、最初の一言からして、

いかにも待っていた雰囲気だった。

私、そんなことには全く気づかなくて、田ノ倉さんに食事を誘われたのに、

ただ、邪魔されたくらいにしか、思っていなかったかも。


「私……」

「まぁ、半分以上は『王子様』への嫌味だろうけどね。常日頃の色々を含めて」


私が田ノ倉さんと楽しく食事をしている間、

菅沢さんはここで、やきもきしながら待っていたんだ。


「……それなら、そう言ってくれたらよかったのに」

「それが言えないのが、郁なんだよね」




……言えないのが、菅沢さん




「人には、それぞれ向き、不向きがありますから」


及川さんに、よそを向かれたままそう言われると、心にズシッときちゃいます。

大反省。





せめて1時間半で、戻るべきでした。





「ただいま」

「あ、和だ、和!」

「あれ、陽くん。来ていたの?」

「おかえり、和ちゃん」


リビングではおじさんが新聞紙を丸めて、陽くんとチャンバラの途中だった。

すっかりヒーローに変身した陽くんに、好き放題されている。


「あぁ、参った、参った、おじさん今日は降参だ」

「エーッ、もう?」


夕方前に菅沢さんから電話があって、

敦美おばさんは『きりん保育園』へ迎えに行ったと話してくれた。

だとすると、今日、これから菅沢さんがここへ来る。



昼間のこと、謝らないと。



「和、郁は?」

「菅沢さんは、今日印刷所へ行ったから、もう少ししたら戻ってくると思うよ」

「いんさつ? 何それ」

「そうだなぁ、本を作ってくれるところ……かな」

「あ……知ってる、おっぱいの本でしょ!」





……へ?





「おっぱいがたくさんあるんだよ、ぼよよん……って」

「陽くん、あのさぁ……」

「郁のカバンに入ってたもん。でもナイショだよ。見たらいけないんだから」


陽くんは口に指を当てると、なぜか片目を閉じて笑っている。

全くもう……

油断ならない保育園児だこと。


「そうだね陽くん、ナイショだよ……」


壁にかけた時計が夜9時を示した時、津川家のインターフォンが一度だけ鳴った。



21 王子と狂犬


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コメント

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上司

和は菅沢さんという素敵な上司がいていいなあ。

陽君本のこと……ずばっと……笑

上司菅沢

天川さん、こんばんは

>和は菅沢さんという素敵な上司がいていいなあ。

菅沢は、性格悪いですけど、仕事は出来ますからね。
まぁ、和にとっては厳しいところもあるけれど、
頼りになる先輩でしょう。

陽は……(笑)
これくらいの年の子って、ストレートだからね。