21 王子と狂犬

21 王子と狂犬



津川家を出た私たちは、森山を見ながら坂をゆっくりと登っていく。

前を歩く陽くんは、ハミングしながらケンケンパをし、

時々電信柱を怪獣に見立て、ご自慢の『ヒーローキック』をおみまいする。

私は、隣に歩く菅沢さんの横顔を見た後、あらためて昼間のことを謝った。


「針平のやつ、恩着せがましく言ったんだろ。いいんだよ、
飯島がガツンとやられて戻ってくるんじゃないかと思っただけで、
諒と食事に行ける余裕があったのなら、それはそれで……」


脇道から飛び出したネコが、陽くんに向かって威嚇の声をあげた。

負けず嫌いの保育園児は、そのネコに向かって、落ちていた石ころを蹴り飛ばす。


「諒は優しすぎるんだ、あいつが優しいのをいいことに、どんどんしわ寄せが来て、
身動きが取れなくなっている。切り捨ててしまえばいいことにも、
自分がどうにかしようなんて思うから、時間もなくなる」


なんだろう。

二人が向かい合っている時は、互いに殴りかかりそうなくらい、

激しく言い合うのに……


「俺にまで、つかわなくてもいい気をつかってるし」


優しい目だった。

兄が弟を思うような、そんな優しい目。


「社長は菅沢さんがかわいいんだって、田ノ倉さんがそう言ってました」

「……だろ? あいつはそう考えるんだ。親父が『BOOZ』なんて買い取るから」

「買い取る?」

「そうか、飯島は知らないんだな。『BOOZ』は元々、『秋月出版社』の本じゃない。
『友成書房』っていう、小さな出版社のものだった。
俺はそこに就職したんだけど、書店に並べないわりには、利益率が高かったことと、
『友成書房』の社長が、権利の買い取りを頼んで、
それで『秋月出版社』の中に入ることになった」


菅沢さんは、利益率のいい雑誌を、買い取っただけだと言い切ったけれど、

田ノ倉さんの立場からすれば、社長が菅沢さんの雑誌だったから買い取ったと思っても、

無理はない気がする。


社長の息子と、社長の弟……か。

近そうで遠い。それでも離れられない関係。


「飯島、お前このままうちまで来るつもりか」

「あ……」


気がつくと坂を登り切っていた。

今まで来たことがない道を歩いたことで、見えた景色がある。

新興住宅地になっている街並みは、規則正しく並ぶライトが、散りばめた宝石のようで、

なんだか見とれてしまった。


「綺麗ですね、この景色」

「ん? まぁ、あらためて見ると、そうかもな」


自転車のハンドルを握る手に、なんだか力が入る。


「ほら、津川さんが心配するから、さっさと帰れ」

「はい」


そうだった。私がここに居続けたら、菅沢さんも帰れなくなる。

自転車の向きを変えて、サドルに足をかけないと。


「菅沢さん」

「なんだよ」

「明日、取材のメモ見てくださいね。今日の分も含めて、
ちゃんと指導してもらいますから」

「どうしてお前が上から目線なんだよ」


一方的な下り坂は、夜風が気持ちいい。

『秋月出版社』の王子様と狂犬は、実は互いを認め合う仲だったのだと、

なんだか嬉しくなった。





私が『秋月出版社』に飛び込んでから、2か月が経った。

『BOOZ』との関わりも、リズムが見え始め、

隠れレポ隊への連絡もこなせるようになる。


「編集長、今月分のレポ、全て揃いました」

「よし、すぐに原稿を流せるか?」

「はい、すぐに流します」


何をした後に何をするのか、それも頭の中に入り始めた。

今月の表紙は、半年前に一度表紙を飾った女性。

資料を取り出して眺めてみると、表情が明らかに違っていた。

彼女もきっと、色々と慣れてきたのだろう。


「『夢尾花』先生のところに行ってきます」

「気をつけてよ、和ちゃん」

「もう、細木さん、仮病だってバレても知りませんからね」

「行っても地獄だから、いいんだよ」


来月は細木さんをと指名した『夢尾花』先生、

私が行って原稿をきちんとくれるだろうか。

不安なまま扉を叩くと、出てきたのはしっかりスーツを着た『尾花堅次』さんだった。


「どうしたんですか? スーツ姿で」

「どうもこうもないの。今日は両親が来るのよ、わざわざ和歌山から」

「和歌山なんですか、『夢尾花』先生」

「そうよ」


すでに嫁いだお姉さんも合わせて食事をするため、今日は男装をしたようだった。

それなりに整えれば、しっかり男の人にしか見えなくなる。


「素敵ですよ、先生」

「飯島ちゃん、ふざけているでしょ」

「いえいえ……」


よかった、細木さんが来るとか来ないとかなんて、どうでもいいみたい。

どさくさ紛れに原稿をもらって、編集長から渡された封筒を先生に渡す。


「あら、もう『MOONグランプリ』の季節なんだ」


『MOONグランプリ』とは、『秋月出版社』の中で、

毎年行っている新人コンクールのことだった。

審査員は『SOFT』や『MELODY』など、

『秋月出版社』の漫画雑誌で書いている先生方で、

その授賞式と、普段からのお世話になっているお礼を兼ね、立食パーティーが開かれる。


「ハチ公に言ったんだけど、こんなの出ないわよって」

「どうしてですか? 美味しいものがたくさん出るみたいですよ」

「いやよぉ……みんな私のこと、変なものがいるって目で見るんだもの」





……そりゃ、そうですよ、普通。





「あぁ~ん、ネクタイ苦しい」


せっかく尾花堅次の姿をしているのに、

心はどうやっても『夢尾花』から抜けだせないみたい。


「だから男なんていやなのよん……」


先生が現実と戦っている間に、私は原稿を抱えて、

怪しさ漂う『夢尾花城』から抜け出した。



22 名か実か


案外、人と言うものは自分が見えないものかもしれない……(笑)
和(のどか)の 『ケ・セラ・セラ』 な毎日を、応援してください。
本日も励ましの1ポチ、よろしくお願いします ★⌒(@^-゜@)v ヨロシクネ♪

コメント

非公開コメント

いいね~~

前回の「価値観の相違」にコメント入れようとして弾かれた(><)
何がいけなかったのかな?(爆)

王子と狂犬、顔を見なけりゃ本音が言える。
共に優しい、相手を思いやってる。

夢尾花先生の男装。うーん(--;)怖いかな?
女装も怖いけど・・・

表現の違い

yonyonさん、こんばんは

>前回の「価値観の相違」にコメント入れようとして弾かれた(><)

あらあら、すみません。
なんでしょう……

>王子と狂犬、顔を見なけりゃ本音が言える。

そうそう、特に男同士は、素直じゃないようです。
表現が違うだけで、どちらも優しいんですけどね。

さて、『夢尾花』先生。
相変わらずのマイペースぶりです(笑)